
紙に文字を書いた文書は、必ずそれが唯一のものとなります。コピーをとっても原本は原本であり、コピーはコピーに過ぎません。古文書では写し(日本史だと案など)というものが存在しますが、簡単にコピーをとれない時代では同じように書くことで複製を残していました。手書きで複写するかインクトナーで簡単にコピーするか、どちらにせよ原本との相違は存在します。
パソコンでのファイルをフォルダに分けて保存したり、あるいは古いメールソフトで行われるフォルダ分けなどでは、一つの文書を一つのフォルダのみに保存することになります。意図的に複製しない限り複数のフォルダに保存することは出来ません。これは紙媒体の文書を紙のフォルダにファイリングするときと同じです。
しかし、Gmailのような、メール1通に複数のタグを付けて管理するメールソフト(メールシステム)であれば、メールを複製せずに複数のタグを付けることで、無数に分類することが出来ます。
デジタルデータのいいところは、完全なコピーを取ることが出来ることでもありますが、その場合、単純にコピーの分だけ容量を食います。昔に比べればHDDにしろSSDにしろフラッシュメモリにしろとてつもなく容量は巨大化していますが、それでも少なく済ませるに越したことはありません。同じデータを複数コピーして必要なフォルダに保存するよりも、元のデータは一つのままで置いておいて、タグ付けのようにショートカットやエイリアスのような機能を使って分類して置く方がいいでしょう。フォルダごとに分けておくと、それぞれのフォルダで使用して変更させたときにファイルの同一性を確保するのも面倒になりますし。
デジタルコピーよりもこういった使い方の方が、デジタルデータの醍醐味と言えるかも知れません。アナログデータである紙のファイルであれば、こっちのフォルダには原本があり、あっちのフォルダには複製物があって、原本が必要な場合は結局こっちのフォルダを開けないといけませんし、複製物の分だけ紙が必要になります。だからといって複製物のあるはずのフォルダに
「〜〜のフォルダに原本あり」
というメモ書き1枚だけ挟まっていたらなんかイタズラみたいですし、急いでいるときだとムカついてしょうがないでしょう。
同じファイルは複数作らない、というのがデジタル的と書きましたが、バックアップはもちろん異なります。同一のファイルを作成出来るバックアップも充分デジタル的と言えるでしょう。
デジタル化が成し遂げられるまで、人類社会における情報管理はどうやって保存するかが問題でした。紙は保存場所を取りませんが火や水で破損してしまいます。木簡・竹簡も同様に腐る可能性があります。粘土板は火には強いですが重く書きづらいという難点があります。現代の図書館ではマイクロフィルムで紙文書をさらに省スペース、かつ長期間保存することが可能になりましたが、アナログである以上限界があります。国会図書館では全ての出版物を保存していますが大規模な保管場所が必要であり、これも限界があります。いずれは電子出版物をデジタルデータで保存することが主体になる時代が来るでしょうけれど、そうなると今度はデジタル的な問題である、タグ付けの混乱という困難が出てくるのでしょうか?
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