昔読んだ本で、江戸時代のどこかの藩の家老(確か長岡藩の河井継之助だったと思いますが)が賄賂を受け取った部下に対して、
「生活するのに扶持米がいくら足りないのか」
と言って諭したというエピソードがありました。
正確に覚えていないのであまり言及するのもアレなんですが、収賄の犯罪のニュースを見たときだけではなく、貧富の格差、特に高収入の話を見聞きしたときにこの話を思い出します。
アングル:膨張続ける米企業の役員報酬、株主や政治家から異議
https://jp.reuters.com/article/us-compensation-directors-insight-idJPKBN1XO02Q
人材会社スペンサー・スチュアートによると、S&P総合500種株価指数企業で、代表権を持たない取締役の平均年間報酬は昨年に前年比2%増の30万4856ドルと過去最高を更新した。10年前からは43%増えた。実際には株式報酬のおかげで、一部の取締役はもっと多くの報酬を得ている。
贅沢するのであれば限りはありませんが、必要なだけの金額となると人間である以上、どんなお金持ちでも限界があるでしょう。大きな家に住んだところで、トイレが3箇所あるからといっても出す回数は変わりませんし、一度にたくさん食べても余分は脂肪や病気になって返ってきます。
いったい、人が生きるのに必要なお金はどれくらいなのでしょうか?
例えば、毎月10万円必要だとすると、1年で120万円、平均寿命の84歳をかけるとおよそ1億円になります。毎月20万円なら合計2億円、30万円なら3億円です。もちろん生きている間に物価の変動もありますし、そもそも毎月同じ金額が均等に必要なわけではないですが、平均生涯年収が2億円とか3億円とか言われているのは、必要な金額から見ても平均値としてはそんなところなんだろうな、と思います。
人によっては月50万必要な人もいれば、100万でも足りないような生き方をしているケースもあるでしょうし、逆に10万でも事足りるライフスタイルの人もいるでしょう。
宝くじとかtotoとかの一等の金額もその辺は考慮されているのかも知れませんが、とりあえず数億円から十数億円あれば人一人死ぬまで生活に困ることは無いでしょう。これは日本での話ですが、ある程度以上の先進国であれば大差ないでしょう。
いわばそれ以上のお金は必要ではないお金になるわけですが、もちろんとてつもない金額を稼ぐことそのものを否定するつもりはありません。大雑把に言うと、お金を稼いでも教会に寄進しなさいというカトリック社会から、稼ぎたい人は稼げるだけ稼ぐことが認められるプロテスタント社会になったことが、資本主義経済の発展をもたらし、数々の発明・テクノロジー・商品・文化を生み出されたことで今の私たちの生活が成り立っているわけですし。
そうは言ってもモノには限度があるわけですし、使わない、使えきれないお金を一部に集中させて貧富の格差が増大しすぎてしまうと、社会が不安定化します。そうなっては結局、富める者の財産も例え正当に得たものであったとしても奪われかねません。そのため、富の再分配が必要になってくるのですが、それがどこまで出来ているかによって、暴動・クーデター・革命などが起こりやすいかどうかの目安になると思います。
再分配は基本的に高収入者に対する累進課税と低収入者に対する免税・福祉サービスで行われますが、それでも足りないと考える人たちからは、収入ではなく資産に課税する資産税が提案されています。
https://hrsgmb.com/n/n0949ce771661
以前にnoteに書きましたが、出来るかどうかは課税される富裕層に社会格差の是正と安定化にどれだけ理解があるかによります。
不安定化していく社会を放置してでも富の集中を行い続けるアメリカ合衆国では、民主党の大統領候補に過激な社会主義者が並んでいます。大企業・IT企業群は揃ってその過激な政策を防ごうと必死になっていますが、それはリーマンショック以降も変わることなく、いやむしろさらに無茶苦茶な富の集中を行い続ける経済界へのカウンターパンチである以上、次の大統領選挙をしのいでもその次の選挙でさらに格差是正を求める強い主張が出てくるでしょう。
コメントを残す