夫婦別姓を認めた方が少子化対策になるのではないのか

子どもは自らを生む親を選ぶことは出来ません。

そしてその親の行いに関して、生まれてくる子どもには何の責任もありません。

子どもが生きる権利は子どもが生まれながらに持つものであり、その子の親が両親がいようと片親であろうと、富裕であろうと貧しかろうと、生きる権利が制限される理由はありません。

子ども4人を放置疑い 乳児死亡
https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20200123/2000024524.html

未だにこのような痛ましい事件、法律上はともかく道徳的には殺人とも言える事件は無くなりません。パチンコ店があるからこのような事件が起きるのだ、とまで言うつもりはありませんが、少なくとも三点方式という事実上の賭博システムは厳しく禁止するべきでしょう。日本では私営ギャンブルは認められていないのですから、取り締まることには何の問題もないはずです。

それは別として、子どもの権利は憲法上も必ず保護されるべきものです。子どもの養育は保護者の義務でありますが、子どもが生きる権利と密接につながる保護者の養育義務が履行されるのに必要な支援が適切に行うことは、出生率の低下に対しても有効に働くはずです。

さて、国会ではこんな事件もありました。

「選択的夫婦別姓」代表質問にヤジ、自民の女性議員「だったら結婚しなくていい」
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20200122-OYT1T50332/

そもそも、ヒト(ホモサピエンス)が結婚という制度を作り出したのは、多くの動物と同じように「つがい」として子どもを産み育てるためでした。

特にヒトは他の哺乳類と比べても出産や子育てに手間暇がかかる動物です。妊娠期間は約10ヶ月に及び、その間は妊婦の行動に制限がかかります。子どもは生まれてから成人(自分で食料を得る年齢)に達するまで十数年は必要です。そのような子孫を確実に残すためには、妊婦や乳幼児を守るオスが必要となります。言い換えれば、つがいのメスとその子を見捨てないようにオスを制度で縛る必要がありました。

さらにつがいだけではなく、血縁関係での集団に発展して、さらにそこから発展して社会が生まれていきましたが、子どもの養育が親(保護者)によるものという考えは昔から今まで続いてきました。

そして結婚する家庭を社会が支えるわけですが、その社会において子どもの成育に憲法に基づく保護が与えられるのであれば、あえて結婚する理由が無くなってしまいます。

そんな時代においても結婚というシステムを選択しようとする二人がいるのであれば、結婚しやすいシステムに改変していくのは社会的進化としては普通のことだと思いますが、選択的別姓に対しては感情的に反発する保守派(個人的にはこんな考えは保守でも何でもないと思いますが)もたくさんいるようです。

シングルマザー・シングルファーザーでも育てられる社会にはなるべきですが、シングルのよりは両親がいる方がいろいろと子育てしやすくなるのは当たり前です。その夫婦の成立のしやすさを反対するのが保守派というのは無理があるのではないでしょうか。

夫婦別姓を認めないことは、結婚しない男女、及び親が一人の子どもをかえって増やすことになるのではないでしょうか?

出産や子育てをしやすくする政策に反対し、外国からの移民導入にも反対するのであれば、ひたすら人口が減少していきます。減った方が良いと考えているのなら別ですが、そうでないのならそういう政策を作り出すべきだと思うんですが。

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA