「目は口ほどにものを言う」ということわざがあります。
言葉を発していなくても目が言いたいことを表していて隠しきれないことを言いますが、表情を出す顔のパーツの中で、日本人が目やその周りの動きを重視している表れでもあります。
ケータイ文化から生まれた絵文字でも、目を中心に描かれているものが多く、感情を目から読み取る文化なのかも知れません。
冬から春にかけて、インフルエンザと花粉症を防ぐ目的で日本ではマスクを付けることが当たり前になっていました。そのためにマスク姿で外を出歩くことは日本人にとってごく当たり前のことでした。それでもマスクを付けているからコミュニケーションが取れないわけではありません。会話はくぐもって聞こえるものの成り立ちますし、それこそ目を見ればある程度の意思疎通が出来ます。
一方で、今回の新型コロナウイルスの問題によって、各種メディアでも取り上げられているように、外国ではマスクを付けるのは日常的ではありませんでした。病気にかかっているというようなものであり、軟弱な証しとも言われていたそうです。
感染予防の邪魔をするイランの行き過ぎた「マッチョ信仰」
https://www.newsweekjapan.jp/tokyoeye/2020/03/post-14.php
マスクや傘は体を守るためのアクセサリーだと感じている人が多いのだが、それは弱々しいイメージがあるからだ。
今はどこの国でもマスクが不足するくらい、手に入れようと必死になっています。かつてのマスク嫌いは減っているようですが、新型コロナウイルスが過ぎ去った後でもマスクに対する考え方は変わったままでしょうかね。
さて、マスクを付けていても会話は出来ますが、やはり聞こえづらいです。その一方で聴覚障害者の人がよく使う手話であれば、マスクは無くても通じます。
実際には手話の時でも大きく口を動かして何を意味しているのか補助的に使っていますが、最悪無くても通じます。その点は逆に利点となっていますが、耳が不自由な方というのは色々な状態があります。
全く聞こえない人もいれば、少しだけ聞こえる人、そこそこ聞こえる人などです。また、周波数というか高い音低い音によっての違いもありますし、補聴器・人工内耳を付けて聞こえるにしても雑音も大きくなってしまう不便さもあります。
耳が不自由だからといって誰もが手話を使いこなせるわけではなく、相手の口の動き、唇の動きを見て言葉を読み取っている人もいます。少し聞こえる音と、口の動きをミックスして理解しているわけです。
そういう人にとっては、マスクを付けている相手との会話は難しくなります。
こういうことは想像で考えることも出来るはずですが、本当のところはそのようなケースに遭遇してはじめてハッと気がつくものだと、実際に遭遇して思いました。
コメントを残す