ショートショート「被験者」

 白衣を着た中年の男が言った。
「博士、ウソ発見器の準備が終わりました」
「うむ、ご苦労だった、中村君。いよいよだぞ、この画期的な実験が始まるのは」
 答えたのは初老の男で、彼も同じく白衣を着ていた。彼ら二人の間にはイスに縛り付けられた若い男が、焦点の定まらない目で、あらぬ方向を黙って見つめていた。
「さあ、中村君、この、ウソは絶対につけないという催眠術にかかった男が、ウソ発見器に対してどのような反応を示すのか、しっかりと記録しておいてくれよ」
「はい、博士。記録の準備も整っています。どうぞ開始して下さい」
 博士は、若い男に向かって、
「よし、質問を始めるぞ。さて、あなたの名前は田中良雄ですか?」
 と尋ねた。若い男は、
「はい。私の名前は田中良雄です」
 と、しっかりした口調で返答した。
「あなたは女性ですか?」
「いいえ、男です」
 博士は、答えを聞きながら計器類を見て、満足そうにうなずき、質問を続けた。
「ウソ発見器はちゃんと動作しているようだな。では、この男はウソがつけないという催眠術にちゃんとかかっているのか確かめてみよう。田中さん、あなたはウソをつけますか、もしくは、ウソを今ついていますか?」
「いいえ、ついていません。私は、ウソはつかない人間です」
「それでは、あなたは、ウソをつけない催眠術をかけられていますか?」
「……。はい。かけられています」
 若い男の思わぬ反応に、白衣の二人は驚き慌てた。
「どういうことでしょうか? 博士」
「いや、私にも分からん。計器には何の反応も現れておらんし。彼が自分の状況を正しく理解していれば、催眠術とは言えないのだから。もしかすると、催眠術にかかっていることを無意識のうちに悟っているのかもしれない」
「しかし、そんな事があり得るのでしょうか」
「何とも言えないね。さっきの質問への答えは、イエスでもノーでも矛盾が生じるものな
のだ。イエスの場合、催眠術にかけられているのを自覚しているという事になり、それは理性が保たれていることである。ノーの場合はもちろん事実に反する。結果としてイエスの方が出てきたわけだが、私の予測ではその時にウソを付いているという反応が計器に現れるはずなのだ」
「しかし、反応は現れていません」
「うむ、そこが不思議なところだ」
「ひょっとして、催眠術が失敗だったのではないですか?」
「いや、そんなはずは……。待てよ、この男に催眠術をかけたのは、一体誰なのだ? 私は催眠術のかけ方なんか知らないぞ。中村君、君か?」
「私だって博士と同じですよ。第一、ここはどこなのです?」
「むむっ、そういえばこの部屋には窓がないし、ドアにも外側から鍵がかかっている。これはどういう事なのだ?」

 白衣の男二人が慌てふためく様を隠しカメラのモニターで見ながら、身なりの立派な中年の男は、ソファでくつろぎながらつぶやいた。
「おや、もう私が二人にかけた催眠術が切れてしまったか。やはりパラドックスに直面すると意識が覚醒してしまうようだ。まあ研究材料としてはなかなか面白い実験だったな。さて、彼らに事情をはなして開放してやるとするか。ん? 何でこのドアには外から鍵がかかっているんだ?」

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