日本では人が死なないと動かないとか変わらないとかよく言われますが、もっと最悪なのは人が死んでも変わらないことです。
SNSによる中傷で被害が出ても、元のテレビ番組はいったん休止や中止になったとしても、また形を変えて出てくるでしょう。そもそも外国でもリアリティーショー番組の問題は噴出していました。
もちろん一番悪いのは誹謗中傷を直接伝えた人です。SNS自体の問題はテレビ番組出演者に対するものだけではありません。これはこれで重要視すべきですが、その一方で誹謗中傷を煽るような番組になっていなかったのでしょうか。
かつて、TBSがワイドショーでオウム真理教に関してとんでもないミスを犯し、ワイドショーそのものが無くなり、「報道のTBSは死んだ」とまで言われました。フジテレビ系でもかつて発掘あるある大辞典で虚偽の内容を放送して番組終了しましたが、ワイドショーとは名乗らない情報番組という曖昧なジャンルの番組が放送されています。
番組の責任ではないと開き直られたらそれまでですが、誹謗中傷した人が誹謗中傷が原因ではないと開き直ったらやっぱりそれまでです。名誉毀損程度は問えるでしょうけれど、直接の因果関係を立証するのは相当困難ではないでしょうか。
また、誹謗中傷を受ける芸能人・著名人に対して自己責任というのもおかしな話です。自己責任を問うならそれこそ番組やテレビ局や、誹謗中傷”する”側の自己責任も問えるはずです。
SNSが無い時代にも似たようなことはありました。ただ、SNSが人間の悪い面を脅威的なまでに拡大してしまうところはあります。心の弱い人はSNSをするな、という意見もありますが、そもそも心の弱い部分を持っていない人なんて存在するのでしょうか。そして、その弱い部分を全て把握している人などいるのでしょうか。ブラック企業に勤めている人に対して、「退職すればいいだけで、そんなところに勤めているのが悪い」と言うのに近い気がします。
そして、もう一つ気になるのが、話題沸騰のこの話も時間が経てば話題にならなくなることです。「人の噂も七十五日」ということわざは今では通用しないでしょう。「人の噂も7.5日」程度かも知れません。1ヶ月後、1年後、10年後にも問題視出来るのか。
近しい人はいつまで経っても忘れられません。おそらく悲劇に直面したほぼ全ての人に言えることでしょうけれど、その差がもう一度絶望を与えてしまうとしたらあまりに悲しい話です。
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