後からは何とでも言えるし、前からでも無責任な立場なら何でも言える

日本が厳しい制限、特に私権の制限やロックダウンを伴わずにほぼ新型コロナウイルスを収束させつつあることをもって、実は今回のウイルスは大したものではなく、緊急事態宣言などは不要だった、と言う人がいます。

思想信条の自由があるのでそう主張するのは勝手ですが、そう言う人が国政や自治体の上部に存在していなくて良かったとも思ってしまいます。

今回の新型コロナウイルスが広まりつつあった時、分からないことがあまりにも多すぎました。後になって判明したウイルスの特性や事実などのうち、最初の頃から主張されていたようなものもありましたが、それとは相反するような、例えば空気感染するかも知れないとか、マスクは付けても意味が無いばかりか逆効果だとか、一般人にとっては判断に迷うような情報がまさに錯綜していました。

世界中が混乱している中で、実はこのウイルスは大したことがないのだから、自粛も休校も緊急事態宣言も不要だ、経済を減速させる必要は全く無いと断定して動けることなど、本当に出来たでしょうか?

自粛などをやり過ぎたことでのマイナスがあるのは確かでしょうけれど、その見極めが誰に出来たでしょうか? 「羮に懲りて膾を吹く」とは言いますが、膾を吹いてヤケドすることはありません。馬鹿にされる程度です。ロックダウンとウイルス死を天秤にかけた場合は馬鹿にされる程度では済みませんが、大ヤケドしないのであれば政治としては間違っていないでしょう。

全面的な休校措置や飲食店の営業自粛も行わず、ソーシャルディスタンスだけで対応している、日本よりも緩い対応策で挑んでいるスウェーデンでは人口比率ではかなり高い死亡率を示してしまっています。

あるいは、ボルソナロ大統領がとてつもないメンタルで全く制限をかけなかった結果、ブラジルの被害状況は大変深刻なものとなっています。

日本でこの程度の被害で済んでいるのは、政府や自治体の対応に加えて、各企業の自粛、国民の衛生意識など多くの理由が重なったのが原因でしょう。もちろん、検査や治療の最前線で戦い続けている人たちの献身もあってのことですがこれは他の国だってそうでしょう。ただ、もしも100%ノーガードで挑んでいれば、スウェーデンよりも酷く、ブラジルに近い状況になっていたかも知れないのです。

そういう可能性が2月や3月の時点ではありましたが、誰にも他人を納得させられるほどの根拠を持ってコロナウイルスは大したことが無いと言うことは出来ませんでした。

収束が近付いてから大したことが無かったというのはさすがに無理があります。為政者がルーレットの赤に国民全員の命をオールインするわけにはいきません。例えそれで勝ったとしても、そんな人は政治家には向いていないでしょう。政治家の仕事は国民の生命・財産を守ることですが、財産を守るために生命を賭けるのはあまりに分が悪いギャンブルです。

経済が止まって失われる命があるのは確かです。経済をどの程度止めて、それによって失われる命と、それによって救われる命を天秤にかけるしかありません。その線引きの見極めは非常に難しい問題ですがそれが政治でもあります。線引きをせずひたすら経済を守る方を無条件で選ぶのは政治家ではなく、後先考えないタイプのギャンブラーと言わざるを得ません。

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