
久し振りに大阪城に行ってきました。
コロナ禍やら梅雨やらあって久し振りでした。当然のことながら非常に人が少なかったです。当たり前と言えば当たり前なのですが、外国人観光客が全くいない大阪城というのは久し振りです。10年くらい、平日の昼間に行っても外国人観光客がたくさんいる状態が続いていた気がします。それ以前は日本人観光客の方が多かったですね。全国から観光バスが来ていました。

人気が少ない大阪城というのは私が歩く分には快適ですが、お店やガイドやタクシー・バス会社など観光業界にとってはたまったものではないでしょう。大阪も東京に比例するかのように、新型コロナウイルスの感染者数が毎日増加してきています。
正直なところ、100%どこかの段階で感染者数をゼロにして、ウイルスを消滅させるという未来はもはや存在しないでしょう。通常の風邪のコロナウイルスほどではないにしても、ある程度は共存していくしかないと覚悟しています。
ただ、その共存にあたって、急速に感染者数が増加しすぎて医療崩壊を招いてしまってはいけないので、公的もしくは民間レベルでなんらかの制限を社会生活にかけて、なんとか感染が広がりすぎないように上手く調節しながらやっていくしかありません。
日本に限らず欧米でもどこでも、ロックダウンや法的規制、自粛などを緩めたら感染者数は増えています。当たり前の話ですが、厳しく制限したら減り、緩めたら増えるのですから、水道の蛇口を閉めたり開けたりして水の量を調節するようなものかも知れません。
あるいは、自動車の運転にも例えられるでしょうか。アクセルが通常の社会生活の度合いで、ブレーキが法的規制、サイドブレーキが限定的なロックダウン、イグニッションキーが完全なロックダウンとして見ても良いかもしれません。
そう考えると、今の日本では法的な規制をかけられない中で、緊急事態宣言も撤回していますので、ブレーキをかけずにアクセルの強弱だけで車を運転しているようなものです。止まることを考えるとスピードは出せないし、かといってアクセルを踏まなければ先に行けない(イコール経済が死ぬ)状態となってしまいます。アクセルを踏み込んでヤバくなったらブレーキをかける(法的規制をかける)ことが出来る国家・政府に比べると、出来ることはかなり少なくなってしまいます。
感染者数が急増する中で政府が動かないため、各自治体が独自の自粛要請や宣言を行うようになっていましたが、目で障害物を見てブレーキに頼らずハンドルさばきで交わしていくような運転をしている状態に近いかも知れません。でもそれって、どこかで交わしきれずに事故ってしまいますよねえ・・・。
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