形あるモノにお金が必要、ということは分かりやすいです。箕面の山にいる猿ですら、観光客からコインを取って自販機で飲み物を買うくらいです。物体と貨幣を交換しているわけです(もちろん猿に貨幣の概念はないでしょうけれど)。
その一方で、形のないモノにお金を払うということは、慣れない人は未だにいると思います。
弁護士の初回相談で30分5000円かかると聞いて、高いと思うか当然と思うか、人によって分かれるのではないでしょうか。さすがに安いと思う人はあまりいないと思いますが。
病院だって、問診だけで終わって薬(処方箋)も出ないで費用を払うことに満足できる人がどれくらいいるでしょうか。
そういう資格が必要な士業や医者の業務だけではなく、どんな仕事でも無形の部分もまずあります。それらに必要な無形のサポート費用は、対象となる商品やサービス料金に明示されているか、もしくは見えない形で盛り込まれているわけです。
モノが売れない時代になると、見た目の値段を下げるためにそういう無形のサポートにかかるコスト(と料金)は削られます。説明書・サポート電話などはすぐに思いつくでしょう。
かつては安いだけの商品は安物買いの銭失いでした。逆に言うと、安くない商品にはサポートも含まれていたわけです。
顧客への訴求のために安さが重要な現代では、サポート費用を盛り込まない価格設定になっています。
その商品なりサービスを上手に利用するためには、消費者側が知識を得るか、誰かのサポートを得るか、何らかの手間暇が必要となります。今の時代ならたいていのものはネットで検索すれば、誰かのブログか動画が見つかるでしょうし。
安い代わりに自分もしくは誰かの知識が要る、ということを理解出来ない人は、そもそも売り手側やメーカーに対して、アドバイスや設定など無形のサポートが無いことに文句を言うことになります。
多分、人間関係でのサポートも同じな気がします。
昔の日本では、同僚や上司が仕事終わりに一杯飲みながら無料で相談に乗っていました。むしろ相談する側が相談に乗ってもらっている人におごってもらうケースも多かったのではないでしょうか。
ステレオタイプな見方ですけれど、こういう場合のコストは、その人たちがいる組織、つまりは企業が終身雇用・年功序列で成立させている人間関係ですから、その組織運営のコストの中に盛り込まれていることになります。上司も部下も同僚も、終身雇用・年功序列の中ではお互いにサポートし合うことがメリットを生むわけですから、相談する・相談に乗るインセンティブが存在します。
終身雇用・年功序列が成り立たない現代では、人間関係のコストも給与からは切り離されています。その代わり、企業活動の外において、コーチングやメンター制度で資格や役割として明確にすることで資本主義社会に組み込まれています。
無形のサポートは無料で行われるのが当然だと思う人は、人間関係のサポートも相互扶助ではなくて、自分が一方的に助けてもらえるものと思っているかも知れません。
モノを買うにしろ、人間関係にしろ、無形のモノが無料で存在しているわけではない、ということは、常に頭に留めておきたいですね。
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