何か調べるとなったら、まず最初に目に入るのはWikipediaという時代でもあります。
同じ事柄を検索する人がWikipediaを見る回数が多ければ、Google検索結果の順位は必然的に上がります。
一般人がちょっとした疑問とか、気になったことを調べてみるという使い方であれば全く問題ありませんが、最近では大学生がレポートや論文にWikipediaで調べたことを書いてくる、という問題が出てきました。
このようなWikipediaに頼る学生を嘆く大学教員は数え切れないほどいるのでしょうけれど、そもそも大学教育は学生に正解を教えるものではありません。それこそ通常の講義において使用する教科書・テキストについても、講義の中で「ここが間違っている」とか「この考えは今は否定されている」とか指摘しながら利用しているはずです。
学問において前の時代の実績に立脚しながらもそれを否定して新しい研究結果を出していくことが進歩なのであり、自分が参照しているソースが正しいものと無条件で受け入れる時点で間違っています。
参考にするべき出版物などに比べてWikipediaが信用できないのはたいていの項目において事実でしょうけれど、前者の出版物だって100%無条件に信じてはいけないものです。
Wikipediaを使用するな、というのはもちろん学生に課されるべき制約ですが、それ以外にソースとして適している過去の研究結果についても、それを乗り越えてこその学問・研究である、ということはまず学生が認識すべきことでしょう。
むしろWikipedia引用の問題点は、信頼できないことだけではなく内容が頻繁に改訂される可能性があること、そして改訂されてしまうと前の内容を容易にたどれないことの方かも知れません。
出版物であれば版によっては内容が変わることがありますが、以前の版の現物を持っていればいくらでも参照できます。Wikipediaでは、今見ている内容が1日後には変わっていてもおかしくありません。
物心ついた時からネットに接続するデバイスを使っていたデジタルネイティブ・クラウドネイティブの世代ではネットで調べ物をすることは染みついたライフスタイルかも知れませんが、出版物という「アップデートされないソース」の重要性を認識することも、学生にとっては大学での重要な体験となるのではないでしょうか。
今後は大学で使用される出版物でも、電子書籍になるかも知れません。ただ、電子書籍ではアップデートが配信元、出版元である程度コントロール出来るはずですし、版や更新の表示を載せることも出来るはずです。電子書籍の場合は書籍内の箇所を指定して引用するのが難しいですが、この点をクリア出来ている電子書籍媒体ってあるのでしょうか?
ともかく、Wikipediaではなく出来るだけソースは厳選すること、そしてそのソースにも今後の研究次第では信頼性も変わってくることなど、引用やソースは研究の土台であり重要ですよ、というのは学生に限らず認識しておかないといけないですね。
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