2020年に行われるはずだった、そして今年2021年に行われる予定の東京オリンピックの招致が決まったのは、2013年9月7日でした。
その後は都知事が汚職疑惑・政治資金疑惑で既に二人も入れ替わったり、新国立競技場のデザインが決まったのに白紙になったり、五輪ロゴも決まったのに盗作問題が出て変更になったり、コロナ禍によって1年延期になった上に、森喜朗前組織委員長の失言問題からの交代があったりと、ここまでケチが付き続ける五輪もそうないのではないかと思います。ただ、他の国で行われた五輪の詳細については、そんなに知っているわけではないので、もしかしたら他の五輪でも大差は無いかも知れません。少なくとも、1980年と1984年の東西冷戦の煽りを受けた世界的なボイコット合戦とか、1972年のミュンヘン五輪でのテロ事件ほど酷いわけではないとは思いますが。
ともかく、招致活動で騒いだ7年半前が嘘のような状況になってしまっていますが、今の日本にあの時の「お・も・て・な・し」の気持ちはまだあるのでしょうか?
今回の東京五輪が、
・2011年の東日本大震災からの復興アピール
・停滞する経済状況をインフラや特需で盛り上げる
といった目論見があったのは確かです。この2点は純粋に、日本国内の問題解決のための五輪利用だったわけですが、一応は招致運動の中では、日本の「お・も・て・な・し」精神という、ホスピタリティ能力を発揮して世界中から選手と観客を集めて、五輪とスポーツの重要性を世界に知らしめる、という大義名分がありました。
はたして、今の日本にもてなそうという考えを持っている人はどれくらいいるでしょうかね。五輪を開催する大義名分に、新型コロナウイルスを克服した意味合いも加わりましたが、大丈夫でしょうか。開催をするのか中止するのかでかなり揉めている、賛否両論分かれてしまっている気がします。
少なくとも、ゴタゴタ揉めているところが「お・も・て・な・し」と言っていても相手はドン引きするだけだと思います。
例えば、あなたが子どもだとして、友人の家に遊びに来るよう誘われたときに、
「ずっとお父さんとお母さんが喧嘩し続けているけど、気にせず遊びに来て!」
と言われて、喜んで行きますか?
開催・中止を巡っても揉めていますし、組織委員長人事でも足の引っ張り合いをしています。少なくとも、五輪開催反対派が森喜朗も橋本聖子も否定するのは分かります。とにかく人事に反対し続けて組織委員会を機能不全に陥らせれば、中止に持ち込みやすいですから、理屈の正否はともかく戦略的には理屈は通っています。
しかし、本来五輪を開催してほしいと思っているはずの保守的な人が、橋本聖子の過去のセクハラ問題を取り上げ、男女セクハラ問題を大事にするのはむしろ逆効果なんじゃないでしょうか。
まあ、とりあえずは決まったこの状況で進めていくことになりそうですが、夏までにも一波乱ありそうな気もします。
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