異端や悪党による反脆弱性

中世キリスト教社会における異端は、ローマカトリック教会の意にそぐわぬ思想の持ち主が押し付けられたレッテルでした。ここで重要なのは異端は他宗教ではなく、あくまでキリスト教の内部におけるはみ出しものを意味することです。

完全に異なる考え方の異教徒とももちろん長年争っていました。具体的にはイスラム教ですが、大航海時代を迎えて南北アメリカ大陸やアフリカ、インド、東南アジアに進出していく中で当然、ヒンズー教や仏教や現地宗教と対立もしました。しかしそれらは異端とは言いません。

分かりやすいのは魔女裁判でしょうけれど、宗教改革を唱えたマルティンルターやそれ以前のヤンフスらもカトリック教会から見れば異端です。

カトリックとプロテスタントによる宗教戦争ではヨーロッパのほぼ全域で多くの被害をもたらしました。犠牲も多かったもののキリスト教がその後も存続し続ける原因にもなりました。プロテスタントだからこそ受け入れる人もいましたし、何より、プロテスタント的な考え方、個人の努力で富を増やして成功するという思想によって多くの先進国の繁栄が築かれました。

カトリックにしても反宗教改革によって内的な反省と改善が生まれ、イエズス会などの欧州域外への布教が盛んになり、現代でも中南米や一部のアフリカ、フィリピンなどカトリックが中心の国があります。もちろん、カトリックから見ての成功であって、その過程で失われた在来民の命や文化はまた別の問題があります。

ともかく、キリスト教は異端の取り扱いが100%排除出来なかったからこそ長く続いているとも言えます。完全に純粋無垢な一つの思想しか無ければ寿命も短かったでしょう。

翻って中世日本社会では悪党という集団がいました。中央の統制に従わない人や組織のことを表しますが、「悪い」「悪人」「悪事を働く者」という意味はありません。朝廷や幕府に連なる正統な権力支配に逆らう集団を悪党と呼んでいました。

その悪党も立場が変われば正統になり、鎌倉幕府に対する悪党が後醍醐天皇に味方して倒幕が実現しました。武力集団だからと言って必ずしも幕府の管轄にいるとは限らず、武力に対する武力としての存在が、鎌倉幕府(北条得宗家)の独裁支配を打ち破ることになったのです。

どんな時代・社会でも中央・中心・正統という存在が持つ、常識・普通・一般の考え方から外れて嫌われる人はいます。メインステージからそういう人が除けられるのはしょうがないとしても、完全に排除するか社会の周縁部に残して取り込んだ形にするかによって、その社会や組織が長続きするかどうかが変わります。

異なった考えを持つ「変な奴」をどれだけ、いつまで抱えておけるかが、国や組織の耐衝撃性、反脆弱性になります。言い換えると、一つの考え一辺倒だとそれが機能しなくなったらたちまち終わります。

以前、こんなnoteを書いたことがあります。

https://hrsgmb.com/n/n662cf70553f9

異端・悪党のような反体制がいない一枚岩は、その特徴が故に脆いという理屈ですが、対立によって多少の不安定さが生じても、そのメリットの方が長期的に見れば大きいです。

だからこそ思想的純粋性を強要する今の中国には未来の長大な発展を期待できません。人口が多いからこそ中進国レベルになるまでは成長するでしょうけれど、何かでつまずいたら立ち直れるでしょうか?

多様性ポリコレ原理主義のようになっている西側諸国でも似たようなものかも知れません。多様性と異端・悪党は多分異なります。多様性は組織が乱立するものであって、一つの中に対立概念があるわけではありません。

さて、もちろん日本でも問題はあります。かつての戦時中、鬼畜米英、忠臣愛国を唱えて反対すれば憲兵に連行されていた時代の記憶は遠くなりました。

平和な時代に平和を唱えても逮捕されたり処刑されたりすることはありませんが、戦火の中で平和を唱えるのは命懸けです。

今の日本を中心で動かしている人が現実的に戦争を仕掛けるとは思いませんが、もしそうなったときに異端・悪党になる覚悟は持てるでしょうか?

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