ガンバ大阪サポーターとしては2012年、2018年に続いて、この2021年も苦難の残留争いに加わってしまったシーズンとなりました(2019年もまあまあヤバかったですが)。この3年とも、いずれも早い時期に監督が交代していますが、個人的には3回とも監督交代には納得しています。
2012年は10年続いた西野監督からのスイッチで、強化方針の失敗により、なかなか見られないセホーン・ロペス二頭体制になって何も出来ずに監督交代となりました。いやー、あの時は開幕戦で衝撃を受けました。チームとしての約束事が全部ゼロになっていて、このままだと降格する!、と確信したら本当に落ちました。
2018年も5年続いた長谷川監督からの転換でした。前年後半に何も無くなったチームでしたので交代には賛成だったのですが、まさかのクルピ、そしてまさかの残留争い、さらに天皇杯で関学に敗戦と、またシーズン中の監督交代をせざるを得ない状況でした。
そして今年は前年の2位という順位と守備的なサッカーからのステップアップを目指して攻撃的なスタイルとFWの大補強を行ったら、むしろ得点が激減したという事態となり、已むなく監督交代となってしまいました。
今年はまだ結果が出ていないので、監督交代が正解だったかどうか誰にも分かりませんが、状況としては切羽詰まってきていました。交代するなら天皇杯・ACLを捨てて新監督でのチーム整備に充てると思っていましたが、それよりも早い時期になったことが驚きだったくらいです。むしろ今の方が苦しんでいるという見方も出来なくはないですが、それはとりあえず置いておきましょう。
ともかく応援していくしかないわけですが、クラブの決断に対しては批判や不満を持っている人も当然ながらいるでしょう。誰もが素直に受け入れるわけもありません。
もしかすると、私のように物わかりの良いサポーター・ファンというのは、珍しいのでしょうか。しょうがないか、とか、自分より詳しいはずの内部の人間が決めたことだから、というのは、物わかりが良すぎるのかも知れません。
比較的物わかりの良いファンだとは思っていますが、全てを無条件で受け入れるのがいいのか悪いのか。
どんな状況でも応援することと、どんな時でも批判しないことは別でしょう。
応援するからこそ批判するということも当然あります。より良いものになってほしいから、勝ってほしいから、もっと楽しみたいから。あくまで応援する側のエゴでもありますが、それをエゴと認識しないとクレーマーになりかねません。
「お前のためを思って怒ってやっているんだ」
という叱責やクレームは多分、あらゆるところで起こりうるでしょうけれど、本当に正当な批判かどうかは、あくまで内容によります。正当な批判は必要です。不当な悪口は不要だが、その区別を付けるのは難しい問題です。
応援される側にしてみれば、批判は受けたくないものです。とはいっても、全ての批判を無視して独善的になると、たいていは失敗します。自己を客観視できる能力があれば別ですが、無ければ他者の視線によるフィードバックは重要です。
その代わり、批判を過剰に受け入れてもダメです。欠点を無くそうとして長所が無くなる恐れもあります。
批判や悪口は声が大きくなります。満足している、不満が無い時にはそもそも声を上げませんし、大きな声を出す必然性を感じません。どうしても、声が大きい人が目立ちます。これもサイレントマジョリティと言っていいのか分かりませんが、現状の問題点を改善することでファンが離れたら本末転倒です。
そもそも、ファンを辞める・応援を止める時は無言で離れていきます。
エンタメ業界・スポーツ界だけの話ではなく、一般的な商売でも同じなんじゃないですかね。

