カテゴリー: 未分類

  • エネルギー源にも原材料にもなる石油と木材

    人類は19世紀から20世紀にかけて石油をエネルギー源としてフル活用出来る技術を生み出し、地球上で多くのエネルギーとして消費し始めました。また、その一方で石油などからプラスチック、アクリル、ナイロンなどの合成樹脂を作り出して、モノの原料にも活用出来るようになりました。

    石油はエネルギー源にも原材料にもなる物質であるわけですが、古来その役目を果たしていたのは主に木材でした。

    木材も燃料にもなり原材料にもなります。燃やせば灯りになり、水を沸かせ、生では食べられない食料を食べられるように調理できます。また木材は家の柱・壁・床になり、器・家具・乗り物にも加工できます。

    繰り返すと、石油と木材はともにエネルギー源にもなりますし、物品の原材料にもなる資源です。そもそも石油は植物などの有機物がものすごい長い時間をかけて変化したものではあります(無機物由来という説もあるらしいです)。

    しかし石油と木材には再生産性が高い低いで差があります。

    石油はいずれ資源として枯渇します(これも諸説あります)が、木材は植林によって増やすことが可能です。

    もちろん植林したからといってすぐに切り出して加工できるわけではなく、数十年はかかるのですが、石油の場合は油田が数十年で元に戻るわけがありません。この点は大きな違いです。

    もちろん、エネルギー源としては石油と木材以外にもたくさんありますので木材も石油も燃やすとCO2の問題があります。可能な限りエネルギー源として使わないようにした方がいいのは確かです。

    原材料としての使い道で石油と木材で分けるとして先の再生産性を持ち出すと、長く使用する物品には石油由来の合成樹脂、すぐに捨てたり燃やしたりするものであれば木材由来のものを使うようにすれば、バランスは良いはずです。

    日常的に使われる品でいうと、レジ袋やペットボトル、食品トレーなどにプラスチック素材を利用するのはもったいないということです。使い終わればゴミ箱直行ですから。木材由来の紙のような素材で作った方がいいはずです。また紙ならリサイクルも合成樹脂よりはしやすいはずです。

    まあ、そもそも石油がまだまだ枯渇しないかも知れませんし、プラ製品のリサイクルも進歩していますし、こんな素人があれこれ考えてもしようがないかも知れませんが・・・。

  • PFIなどによるスタジアム整備の時代

    水戸ホーリーホックのホームスタジアムとするサッカー専用スタジアム整備に関するニュースがありました。

    J2水戸 スタジアム建設へ 5年後目標 収容1.5万人超
    https://ibarakinews.jp/news/newsdetail.php?f_jun=15743388065852
    総工費は国内のほかの事例を参考に約100億円を見込む。資金調達や整備手法については、PFI(民間資金を活用した社会資本整備)や、PPP(公民連携)方式を含め、検討を進めている。

    上記記事内のPFIでの整備についてが気になったのですが、PFIでのスタジアム整備と言えばギラヴァンツ北九州のホームスタジアムであるミクニワールドスタジアム北九州がそうでした。

    スタジアム整備等PFI事業
    https://www.city.kitakyushu.lg.jp/shimin/08100065.html

    日本全国には国体開催時に利用するための陸上競技場が多数存在していますが、サッカーなどの球技専用スタジアムというのはまだまだ少ないです。少し前では全額、自治体&国からの税金で建設されていましたが、最近では数十億から数百億円かかるスタジアムの建設というのは市民・有権者の理解を得るのが難しくなってきました。

    そんな中でもJリーグの各クラブが利用する専スタが2010年代中頃から建設ラッシュ状態となっています。

    その先駆けとなったのが吹田スタジアムでした(竣工は長野Uスタジアムの方が先でしたが)。

    ただ、ガンバ大阪のホームスタジアムであるパナソニックスタジアム吹田(建設時は吹田スタジアム)の建設経緯については、結構特殊な事例というか、クラブの親会社兼メインスポンサーであるパナソニックの支援があったからこその建設でした。

    補助金・助成金やサポーター個人からの寄付に加えて、パナソニックなどの法人からの多額の寄付金によって、後々の債務が残らない形で建てることが出来たわけです。

    ちなみに長野Uスタジアムは国庫支出金と市債でほとんどを賄っています。

    その後、前述の北九州のスタジアムが出来て、来年には京都サンガのホームとなる亀岡駅前の京都スタジアムが完成・利用されます。こちらは出来るだけ早めに観に行きたいですね。今はこんな感じになっているようです。

    京都スタジアム工事進捗状況の空撮動画(令和元年11月12日現在)
    http://www.pref.kyoto.jp/net_tv/cm/186.html
    https://www.youtube.com/watch?v=_xOb17r8kZ8&t=15s

    V・ファーレン長崎の新スタジアム計画は、メインスポンサーであるジャパネットたかたのバックアップにより行われるみたいなので、これもまた日本では特殊な事例になるかと思います。

    京都スタジアムの計画にもPFIはありましたし、今後は単純に自治体&国がボーンと税金をそのまま建設に使うやり方は減っていくでしょう。

    吹田スタジアムみたいな全額寄付金&補助金というケースもそうそうないでしょうし、PFIのような民設民営だけど公共施設、という形が増えていくと思います。

    ちなみにPFIについて、北九州のスタジアムが採用するというニュースを見たときにもざっとネットで調べて、今も調べたのですがいまいち理解出来てません。

    PPP/PFIとは|内閣府
    https://www8.cao.go.jp/pfi/pfi_jouhou/aboutpfi/aboutpfi_index.html

    それなりにメリットがあるのでしょうけれど、行政や自治体運営などについて素人なのでメリットデメリットを把握し切れていないのでとんでもない勘違いをしていそうで怖いのですが。

    吹田スタジアム建設時に寄付という選択肢を取ったのは、

    民間側のリスク
    ・集めたお金が収入・売上扱いになり法人税の課税の可能性があった。→寄付金団体で解決
    ・建設した建物に対して多額の固定資産税が必要となる。→自治体への寄付で解決

    自治体側のリスク
    ・多額の税金をサッカースタジアム建設に回すことへの反発→税金を使用しないことで解決
    ・維持費がかかる→指定管理者制度で解決
    ・将来の修繕費→ガンバ及びパナソニックからの積み立てで解決

    こういったリスクがあったからでした。ガンバではなく寄付のための団体を設立し、そこにお金を集めてスタジアムを建設してスタジアムを吹田市に寄付、吹田市はスタジアムの指定管理者としてガンバを指定、そしてパナソニックがネーミングライツのお金を払って吹田市はそれを将来の修繕費とする、という奇跡的なスキームを作り上げました。

    まあ、こうせざるを得なかったとも言えるのですが。吹田市や高槻市との交渉というかせめぎ合いというか、かなり長い間いろいろとあったみたいですから。クラブと自治体の関係が上手く行っていれば、あるいは自治体にとって新スタジアムを作る動機が大きければ、市債やPFIなどのスキームでやってくれていたはずなんでしょうけれど。

    今さら言ってもしょうがない恨み言は置いておいて、PFIに関しては事業者が各種税金を納める必要があるので、トータルの金額ではコストパフォーマンス的に吹田スタジアムよりは割高になるでしょう。

    PFIの対象となる施設は当然ながらスタジアムだけではありません。

    PFIの対象施設
    https://www8.cao.go.jp/pfi/pfi_jouhou/aboutpfi/pfi_taishou.html

    これを見ると、むしろ何が対象にならないかがちょっと分からないくらいです。純粋な商業施設くらいでしょうか? サッカースタジアムは観光施設に含まれるのでしょう。

    相模原での新スタジアム建設の要望とか、名古屋の瑞穂公園陸上競技場建て替えなども最近ニュースになっています。

    返還地にスタジアムを 相模原拠点4プロチームが署名活動
    https://www.kanaloco.jp/article/entry-210300.html

    瑞穂公園陸上競技場(パロマ瑞穂スタジアム)建て替えに伴う休場について
    https://nagoya-grampus.jp/news/game/2019/1122post-1326.php

    名古屋の方は2026年のアジア大会のためらしいですが、名古屋市内の専スタ構想もあまり進展は聞きませんね。静岡市の新スタ計画はどうなのかなと思って検索してみたらこんなのが見つかりました。

    サッカー新スタジアムを早く建設してください。
    最終更新日: 2019年04月22日
    https://www.city.shizuoka.lg.jp/koe/detail.php?id=6719
    IAIスタジアムが老朽化し、1階自由席は雨漏りしています。2階自由席では、多くのサポーターが飛び跳ねて応援をしていますが、崩れるのではと心配です。

    雨漏りしているんですね・・・。旧万博スタジアムもまあまあ劣化していましたがそこまでではなかったかなあ。試合中にバックスタンドのトイレの配水管が破裂したことがあったような・・・。

  • ソフトウェアはバグを無くせるのか

    この9月に相次いでリリースされた、Appleの一連のOS(iOS、iPadOS、macOSなど)で結構面倒なバグがたくさんあると言われています。

    Apple製品の質の低下を主張する人も当然ながら多くいて、実際に不便を感じる者としては当然の印象ではあるのですが、じゃあ他のメーカー、ソフトウェア会社はどうなのかというとそれほど大きな差があるとも思えません。MicrosoftのWindows10では毎年2回の大型アップデートでは直後にたいてい結構大きめのバグが残っていて大変なことになります。AppleやMicrosoftクラスの企業であれば優秀なソフトウェアエンジニアはいくらでもいるはずですし、それでもなお、OSやソフトウェア上のバグを無くせないというのは、もはやソフトウェアの管理が人間で出来るレベルではなくなっているのかも知れません。

    現在のソフトウェアは複雑かつ膨大なソースコードによって構築されています。新しい機能を追加するためのソースコードを追加するとバグが出ることは良くあります。そのチェックは当然ながらしているはずですが、あまりにソースコードが大規模になりすぎてチェックが追いついていないのでしょうか。

    コードを自動的に解析して分かりやすくするツールは一般人でも買えるレベルで売られていますし、巨大IT企業であれば自社開発のツールも持っているでしょう。AIによるコーディングの自動化やチェックも進化しているはずですが、それでもまだまだ複雑化と巨大化するソースコードに追いついていないのかも知れません。

    そもそもハードウェアを制御するところを含んでいるソフトウェアのコード制御は自動生成やテストの確認もそう簡単ではないでしょう。

    「ハードウェア ソフト無ければ ただの箱」
    とはよく言ったもので、バグが多いソフトウェアで制御されているハードウェアを利用するのはある意味拷問に近いものがありますが、ハードウェアが先にあってその後にソフトウェアがある以上、製品の完成過程において後追いになってしまうのではないかと素人ながらに想像します。

    ハードウェアの進化とソフトウェアの進化のバランスが取れていないのかも、とも思ってしまいます。

    2000年代半ばくらいのところでは、パソコン用CPUの開発が進む中で、クロック数増大のための微細化が進みすぎてリーク電流を制御しきれず発熱量が増加してこれ以上CPUは進化できないのではないか、というパソコン雑誌の記事を読んだ記憶があります。

    結局、Intelはその状態に陥ったPentium4の次からはCore Duoシリーズなどで進化の方向を修正し、単一コアのクロック数工場ではなくコア数を増やす路線に進みました。今でもCore i7やi9などハイエンドCPUでのクロック数自体はPentium4のころと差は無い(もちろん処理能力は増えています)一方で、コア数は18コア36スレッドとかいう化け物みたいな並列処理能力を揃えています。

    ハードウェアの進化が止まりそうになったところで別の考え方で回避してさらに進化を続けました。さて、ソフトウェアはこのような進化が出来るでしょうか。

  • 学校で教えること・教えるひとについて

    勉強は何のために行うのでしょうか?

    勉強しないといけないから勉強する、というトートロジー的な答えでは何の意味もありませんが、勉強する意味や必要性はどこまで社会的に認知されているのでしょうか?

    よく、勉強する意味が「ない」理由として、
    「三角関数なんて社会に出てから一度も使わない」
    とか
    「鎌倉幕府が何年に出来たかなんて覚えてもしょうがない」
    とかいった感じです。

    そうは言っても仕事によっては三角関数をバリバリ使う研究者やエンジニアもいるはずですし、鎌倉周辺の街の歴史に関する仕事をしている自治体関係者にとっては鎌倉幕府の成立年代は仕事に関わってきます。

    これらは極端な例ですが、学校で勉強する内容が全て将来の仕事につながる人なんているわけがありません。しかし、一部が仕事に絡んでくるという人は逆にいくらでもいるでしょう。

    そういった将来必要な知識を得るために勉強する、というのも大きな理由ではあるのですが、それ以上に勉強というのは、一定の情報を自分の頭にインプットして、答えを知らない問題を解くために、出来るだけ素早く正確に必要に応じた形でアウトプットできるかどうか、という能力を鍛えるためにあるのだと個人的に思っています。

    学ぶ内容自体にも価値はありますが、学んで出すという入出力能力を測り鍛えるために勉強する、ということです。

    それであれば学び覚える内容は別に何でもいいのか、というとそういうわけにもいきません。

    サッカー選手のプロフィールを大量に覚えてチーム別や年度別に振り分けて書き出す能力を誇示されても社会での利用シーンは非常に限られるでしょう。円周率の羅列の内、501桁目から600桁目を覚えているかどうかを大学入試の試験で出すわけにはいかないでしょう。

    必要とされる学習内容は、その社会、文化、国家や歴史において必要とされるものとしてそれなりに合意が得られているものになるはずです。

    必要なものだからといって覚えやすいとは限りませんが、体系的に学ぶことで理解を深めて知識を増やしていくことが出来ます。

    科目別に分けて教科書を使用して体系的に学ぶことが出来ることが、学校で勉強できる大きな利点ですが、時には諸々をすっ飛ばして力技で覚えてしまうこともあります。

    いわゆる「丸暗記」ですが、やみくもに丸暗記しても大して役に立ちません。当たり前の事ですが結構丸暗記に頼ってしまうところがあるような気がします。丸暗記の問題点は体系的に学んでいない状態で知識を詰め込むからですが、体系的でないためそもそも覚えるのが大変です。

    丸暗記を上手く使えるのはむしろ体系的に効率よく学んだ後です。そのような良い学びの前に丸暗記という力技は非常に難しいものです。

    そもそも、「力(チカラ)」技という限り、チカラがあってこそのやり方であり、この場合のチカラとは学力です。学力は体系的に学んだことで身につくものであり、「体系的に学んでいない」=「学力がまだない」状態で力技で丸暗記しようとしても非常に効率が悪くほとんど覚えられないはずです。

    無理な例かも知れませんが、例えば大相撲で
    「横綱が苦しい体勢ながらも力技で前頭に勝った」
    ということはあっても、
    「前頭が苦しい体勢ながらも力技で横綱に勝った」
    ということにはまずならないはずです。力技はチカラがないと出来ないものです。

    ある程度学んでから暗記するという流れが本筋であって、学ぶ前に暗記させるのは無駄とは言わないまでも効率が悪いと思います。

    そういった、何のために学ぶのか、どうやって学べば良いのか、ということは主に学校で教師から教えてもらうということになるはずですが、昨今の悪いニュースを見ていると本当にちゃんと指導出来るのかどうかということに疑問を抱いてしまいます。

    ああいったパワハラ問題というのは根深いもので、事件化された時の加害者だけを非難しても一向に無くなりません。社会や文化の中にパワハラを容認する空気があれば根絶出来ないでしょう。パワハラされた人に対して我慢や堪え性がないといった無理筋な非難が起きることもあります。しかし、被害者側がパワハラをパワハラと認識できなければ、その人が次は加害者側になりかねません。

    パワハラを無くすためにはその連鎖を断ち切ることが必要です。かつてパワハラを受けた人がそれを次につなげないことが必要です。

    教育というのは社会にとって重要なことであり、それに携わる教師という仕事は本来尊敬されるべき仕事です。教師になった理由として若い頃に立派な先生に教えてもらえて憧れたから、という人もかなり多いはずです。その連環が増えてつながれば良い教師の拡大再生産が出来るはずですが、さて、今の時代はどうでしょうか?

    もちろん、あんな事件になるレベルでのパワハラを起こす教師などほんの一部であって、大半の教師は優れている人達ばかりだとは思いたいのですが。

  • 2019年12月1日J3リーグ第33節ガンバ大阪U23対アスルクラロ沼津試合観戦の感想

    二日続けてのホームゲームというだけではなく、二日続けてのホーム最終戦でもあります。昨日はトップチーム、今日はU23のセカンドチームの方です。

    今日はかつてのホームスタジアム、万博記念陸上競技場にてアメフトの西日本代表決定戦があったようで、そっちへの人の流れが多く最初は何事だと思ったというか、一瞬もしかしてU23の試合がパナスタではなく万博だったかなと思いかけました。

    ちなみに関学が立命に勝ったそうです。

    関学大が立命大にリベンジ、RB三宅が2TDで躍動/アメフト
    https://www.sanspo.com/sports/news/20191201/spo19120116260018-n1.html

    パナスタ近くにはフラッシュフィールドがあり、今日も試合をやっていましたが、万博もアメフトの使用率高いですよね。

    それはともかく、U23の方は連敗中でチームとしては苦しい状況が続いています。18節の折り返しから数えると2勝9敗4分です。あくまでセカンドチームなのでU23の方が負けが込んだとしてもクラブとして何か苦しくなるわけではありませんが、個人的には敗北から得られる経験よりも勝利から得られる経験の方がはるかに大きいと思いますので、やはりU23が育成のためであっても勝ってほしいところです。

    さて、試合内容の方はというと、前半のうちに2失点。右からのクロスが松田に当たってこぼれたところを決められたのと、ゴール前での混戦で大きくクリアしきれずにいたらボレーで決められた形でした。

    その前もその後もガンバにもチャンスはありましたが決められず、後半についてもシュートは打てどGKに防がれ続けて結局0−2のまま敗戦となりました。

    画像1

    途中から入った中村仁郎は違いを見せてくれましたがゴールは決まらず。またGKの谷は2失点ながらもファインセーブも多く、点差がこれ以上広がらなかったのは谷のおかげでもありました。

    結局これで3連敗となりましたが、試合全体を通してみると別にずっと押されているわけでもありません。良い流れで攻めている時もあるのですが、そこできっちりシュートまで持っていけないことが多いのも原因の一つかも知れません。サイドからのクロスが少ないことやセットプレーで放り込まないことなどはおそらくチームとしてのオーダーなのだと思いますが、ミドルシュートが少ないというのは課題でしょうね。途中交代の中村がファーストプレーでいきなりミドルシュートを放ったのは森下監督の指示があったかなとも思いました。

    セットプレーやクロスについての攻め方の制限や、毎試合半分近くが高校生で戦っていることを考えると、足枷を付けながらプロチーム相手に試合をしているようなものですから、相手チームによる分析が進んでくるとなかなか盛り返すのが難しいでしょう。若い選手ばかりと言うこともありますし、今日の試合後のセレモニー時に森下監督が言っていたメンタル面での物足りなさはトップ・U23共通の認識として指導陣で問題意識があるのでしょう。

    しかし思えば、プロとしてのゲームを2チーム分見て応援することが出来るというのは非常に贅沢ですね。U23の活動はとりあえず来年もJ3にて行われます。というか来年が最後で、その後はJリーグが新たに立ち上げる「エリートリーグ」に参加するかどうか、まだ決まっていないようです。

    堂安律&食野亮太郎をタフにしたG大阪U-23と、育成リーグへの懸念。
    https://number.bunshun.jp/articles/-/841571
    ガンバ大阪が懸念するのは、来年からJリーグが新たに立ち上げる「エリートリーグ」の存在だ。
     若手に実戦経験を積ませることを主眼にするリーグだが、上野山取締役は手厳しい。
    「あるチームはユースが主体で、あるチームはU-23になってしまうのではという懸念はある。対戦相手を考えるとうちにはあまりメリットがない。僕の個人的な考えでは新しいリーグに入るつもりはないし、ガンバは独自のチームをキャンプで鍛え上げるとか、海外の大会に送ってもいいと思っている。それに僕が考えるカテゴリーはU-21。23歳ではもう遅い」
    (中略)
     上野山取締役はエリートリーグへの参加に否定的だが、松波強化部長は「エリートリーグがどういうリーグになるのかを、J3の最終年に見極めながら、今後の育成方針について上野山さんと話をしていく」と言う。

    今のセカンドチームやエリートリーグがU23としているのは、大卒ルーキーの出場機会を考えているのでしょうけれど、年齢的には大卒なら即ベンチ入りになるクラスでないとダメだ、というのが上野山さんの考えなのでしょう。今年のガンバで言えば高尾の獲得は成功でした。

    しかし海外の大会に送るというのは可能なんですかね・・・? ガンバで契約して海外で立ち上げたクラブにレンタル移籍するんでしょうか? アルビレックス新潟のシンガポールチームみたいな感じなんですかね。

    ともかく、J1にしろJ3にしろ今度の土日の最終節は観に行かないので、今日が今年のサッカー観戦納めとなりました。天皇杯で勝ち上がれていないのは残念ですね。二年連続で大学生に負けているのでもはや残念とか言うレベルではないのですが。かつて明神が「ガンバは元日までプレーしないといけないクラブ」と言っていたのが遠い昔のようです。

    来年こそは、強豪ガンバの復活を。

  • ショートショート「はっぱ」

     ある山の中で、タヌキのポン太とキツネのコン助が、変化の術を競い合っていました。二匹とも、優れた技の持ち主で、なかなか決着は付きませんでした。
    「はあはあ。結構やるじゃないか。よし、次は人間に化けてみよう」
     と、コン助が持ちかけました。
    「ああ、いいよ。今度はおいらからいくぞ」
    ポン太はそう言って賛成し、足下に落ちていた枯れ葉を一枚拾いました。そして、それを頭の上に載せ、おもむろに念じ始めました。
    「ムニャムニャムニャ、エイッ!」
     気合いを入れて宙返りをしたポン太は、地面にその足が着いたときには、ヨボヨボのおじいさんになっていました。本当の人間のように見えます。ポン太は、よっこらしょ、と言って、老人さながらによろよろと前転すると、ボンッ!という音とともに、また元の体に戻りました。
    「むむっ、こっちも負けないぞ」
     コン助はちょっと跳んで、側の木にある若芽を取り、ポン太と同じように変身してみました。
     一瞬の後、コン助は五、六歳の男の子になっていました。それから、幼い子供らしく、うんしょ、と言って前回りをして、キツネの姿に戻りました。
    「うーん。これじゃあ勝負が決まらないなあ。今度はどんな人間に化けようか」
     ポン太が悩んでいると、コン助が物陰から一枚のテカテカした葉っぱを取り出して、
    「じゃあ、これを使って変身してみなよ。でも出来るかなあ」
     と言いました。その口調に少し馬鹿にされたと思ったポン太は、
    「おいらに化けられないものなんて無いよ。貸してみな」
     と言って、青々とした葉っぱを受け取り、頭に載せて宙返りをしてみると・・・。

     その場所には、コン助が一匹だけでいました。
    「いやあ、本当に変身できるものなんだなあ。人間達が「カンヨウショクブツ」とか言っていた木からちぎってきた、変な葉っぱだったんだけど。ああ、お腹がすいた。何か食べようっと」
     そう言ってコン助は、林の奥の方へと走り去っていきました。後に残ったのは、男性のマネキン一体だけでした。

  • 2019年11月30日J1リーグ第33節ガンバ大阪対松本山雅FC試合観戦の感想

    暖かかった先週の試合とは打って変わって寒さが本格化してきた中でのホーム最終戦となりました。

    ガンバ大阪は前節の勝利でJ1残留を決め、残る2試合は少しでも順位を上げるのが目標です。対する松本は勝たねば他会場次第で降格がここで決まってしまう状況です。

    家を出たときには寒いなと思ったのですが、スタジアムの席に着くと日差しが強く暖かいくらいでしたね。

    画像1

    ガンバは前節、仙台に快勝したのと全く同じメンバーで試合に臨みます。

    8分くらいのところで松本の永井がスルーパスから打ったシュートがポストに弾かれて助かりました。前節も同じくらいの時間帯に仙台の長沢が抜け出して1対1で外したシーンがありましたが、どうも開始直後がピリッとしませんね。

    そうは言っても今のガンバはどっちかというと好調で、得点は取れます。CKからボールを受けた小野瀬が見事なシュートを突き刺して先制。

    ここ最近は遠藤がアンカーに入る形でやっていますが、ポゼッションで上回れる相手だとこの布陣は協力ですね。良い流れの時は攻撃が途切れず、ずっと攻撃し続けることが出来ます。

    最終ラインでのヨングォンとのパス交換もシーズン最初の頃に比べると見違えるほどスムーズになったと思います。

    さて、ガンバの攻撃は続き、左クロスを矢島がエリア内で合わせて、ポストに跳ね返ったところを流し込んだのは井手口。中盤2人がゴールエリアに飛び込んで来ての得点です。永井のシュートの跳ね返りに詰める選手がいなかった松本と、中盤2人が最前線に上がってくるガンバの大きな違いがゴールという結果に出たとも言えるでしょう。

    前半のガンバは攻撃をコントロールし続けるだけではなく、守備でも相手をコントロールできているような感じでした。危険なエリアにボールを持ってこさせないように、スペースの埋め方、マーキング、カバーリングなどもほぼ完璧だったのではないかと見ていて思えました。

    前半終了間際にも、アデミウソンがドリブルをエリア内に仕掛けてマイナスに戻したところ、アデミウソン自身がマーカーを引き連れて空けたスペースに入って来たのは再び井手口。これで試合としては3−0、井手口はガンバ復帰からずっと得点できていませんでしたが、今日は前半だけで2ゴールです。

    井手口はミドルシュートも持ち味ですが、こんな感じでゴール前のこぼれ球に誰よりも素早く反応して詰めて決める得点も、ヨーロッパに行く前には結構ありましたね。ここに来てかつての感覚を宇佐美共々取り戻しているようです。あとはパトリックですかね・・・。

    そして前半はこのまま終了。5−0で勝った札幌戦よりも充実した前半45分だったかも知れません。

    さて後半、両チームとも交代無しで始まりましたが、やはり開始10分くらいの守備が安定しないというか、危険なシーンを何度も作られました。

    そんな中、前半2ゴールの井手口が倉田と交代します。どこか痛めたようには見えなかったのですが、試合後の宮本監督のコメントで、前半の内に足を痛めていたから、ということでした。

    倉田  矢島
      遠藤

    という並びの中盤になりました。相手にチャンスを作られながらも、矢島が見事なクロスをアデミウソンに入れて、アデミウソンがきっちり決めて4−0。松本が先に得点したら嫌だな、という流れだったので助かりました。これでほぼ試合の勝敗は決定した感がありました。

    そして得点したばかりのアデミウソンが渡邉千真に代わりました。得点した選手二人が入れ替わったことになります。

    4−0になったあと、そして二人交代した後は攻撃も守備も緊張感が抜けてしまったようでした。もちろん選手はそんな気持ちではなかったと思いますが、この後の試合の進め方が意思統一出来ていないようにも見えました。

    ただ、得点も失点もないまま時間は過ぎ、小野瀬も福田に変わって完全に得点者がいなくなりました。宇佐美が相手GK守田とぶつかって心配しましたが、立ち上がってプレーに戻りました。結局、終了間際に失点してしまい、課題が残る終わらせ方であり、今年一年のガンバを考えさせる終わり方となってしまいました。

    試合終了後、センターサークル付近で宇佐美がずっと座り込んでしまい、少しふらつきながら戻っていったのが心配ですね。試合後のセレモニーにもいなかったと思います。

    画像2

    さて、試合終了後には毎年恒例の黄金の脚賞の発表があり、倉田が受賞しました。個人的には小野瀬か東口かなと思ったのですが、倉田もナンバー10にふさわしいプレーはしてくれたと思います。東口は不安定な試合が少しあったものの、シーズンで最もパフォーマンスが安定していたと思います。代表に復帰しない理由は年齢で若い選手を選んでいるだけ、ということくらいしか思いつかないですね。

    宮本監督の挨拶では、ガンバの「変化」についての言及が何度もありました。変わらなければいけないということは当然ながら現場の人が一番強く感じていることなんでしょうね。ちなみに去年、挨拶に出てきてブーイングを受けた社長が今年はそもそもいなかったみたいですが、どうしたんでしょうか?

    画像3

    松本は湘南が勝ったことでこれで降格が決まりました。予算や選手層を考えると厳しい戦いだったのかとも思います。ちなみに磐田も勝ったけれど降格となりました。こちらはフベロ新監督の戦術が浸透してからはかなり勝ち点を稼いでいたので、あと一ヶ月早めに就任していたら残留していたのではないでしょうか。監督含め主力を維持できたら来年は磐田がJ2で自動昇格しても全くおかしくないと思います。

    さてJ1はまだ一試合残っています。最終節は埼玉スタジアムでの浦和戦。しかも浦和はまだ残留が決まっていなくて、浦和が負けて下位のチームが勝つと浦和が16位でプレーオフ行きという可能性もあります。(追記:鳥栖と清水が直接対決なので16位になる可能性はまず無いですね)。そんなことになったら埼スタの雰囲気がとんでもないことになりそうですが、ガンバもまだ7位にアップする可能性が残りましたので勝ちたいのは同じです。勝って終わって来季のことを考えたいものです。

  • ショートショート「まねきねこ」

     ある駅前の通りに、小さな食堂があった。立地条件も料理の味も良い割には客足が少なく、店の主人は悩んでいた。そんなある日、一人のおじいさんがその食堂を訪れて、食事後、店主にこう切り出した。

    「ご主人、失礼ですが、こちらのお店は繁盛しておらんようですな。この招き猫を厨房にお供え物と一緒に置いてみなさい。きっと繁盛しますよ」

    と言って勘定を済ませて出て行った。

     主人は、見知らぬ老人に招き猫を渡されて戸惑っていたが、とりあえず厨房の一隅に供え物の煮干と共に置いてみた。

     そして翌日。果たして、客足は急に増えていた。店主は驚きのうちに一日を終えたが、例の招き猫のお供え物が無くなっているのに気が付いた。不審に思いながらも、今度は余った焼き魚を供えて店を閉めた。その翌日はさらに客が増えて忙しすぎ、お供え物が無くなっている事に気付いたのは、その次の日、客足がぱったり途絶えた時だった。

     ここに至って、お供えをした次の日は客が多い、という法則があることが主人には分かった。不思議な気持ちはあったが、とにかく供え物を欠かさず置いておくと客はどんどん入り、店は大繁盛していき、店舗も拡張して従業員を何人も雇うようになった。

     そんなある時、招き猫をくれた老人がまたその店を訪れ、招き猫を見ながら、

    「ふむ、結構繁盛していますな。こいつも淋しいじゃろうから、このメスの招き猫を一緒に置いといてくれ」

    と言って、もう一体招き猫を置いて去っていった。感謝も質問もする間も無く老人に去られてしまった店主は、老人の言う通りにし、お供え物も毎日二匹分用意した。そして当然の如く、大きくなった食堂も今まで以上に大繁盛した。

     数ヶ月経ったある日、忙しい一日を終え、後片付けをしていた店主が、他の従業員らに見られないよう隠していた招き猫を見に行って驚いた。オスとメスの招き猫の間に、子供と思われる小さな招き猫があったからである。戸惑いを抑えられないまま店を閉め、翌日店で仕込みを始めたところ、従業員の一人が

    「大将、すみませんが独立したいので、のれん分けしてもらえないでしょうか」

    と頼んできた。主人は驚きながらも、
    (やっぱり、あの子供の招き猫を渡してやるべきなんだろうな)
    と思っていた。

  • ビーガン思想と肉食動物否定は違うだろうと言いたい

    ビーガン、完全菜食主義者とも言いますが、正確には菜食主義にもいっぱい種類があるらしいです。別にそれはいいのですが、菜食主義を貫くあまり、飼い猫にもそれを強いるのはいかがなものかと思います。ウォールストリートジャーナルにこんな記事があって驚きました。

    あなたの猫にビーガン食は必要?
    完全菜食主義者の飼い主に好評、専門家からは批判も
    https://jp.wsj.com/articles/SB12339696631032474872304586011023028812148
    獣医師や動物栄養専門家は、雑食性の犬が肉を食べないことは問題ないと口をそろえるが、ビーガン向けキャットフードは論争の的だ。彼らの話では「真性肉食動物」である猫は、肉だけに含まれる特定の栄養素を必要としているという。野生動物は事実上、狩りの獲物から全ての栄養素を摂取する。それゆえ、完全菜食主義は猫にとって健康な選択肢ではないと主張する人もいる。

    本来肉食である猫に肉を食べさせないのはまさに動物虐待だと思うのですが、ビーガンの人にとってはそうではないのでしょうか?

    もちろんビーガンを自認している人全てがこのような行いをしているわけではないでしょうけれど、さすがに飼い猫には好きに食べさせてやれよ、というかなんで肉食の猫をペットにしているんだというツッコミをせざるを得ません。

    動物を可哀想と思って一人の人間として肉食を否定して生きる分には別に構わないですし、他人に影響を与えない限りで勝手にしてくれとも思いますが、ペットに無理強いすることがなぜ動物虐待とつながらないのかが不思議です。

    動物が動物を食べることを否定するのであれば、野生のサバンナでライオンがシマウマを食べるところを見かけたら、ライオンを止めて大豆由来の餌を与えるんでしょうかね?

  • ファイルを操作する意識があるパソコン利用、意識しないスマホ利用

    最近のiOS、iPadOSではファイルを直接操作する事が出来るようになりました。パソコンほどではありませんが、以前よりはパソコンの操作方法に近付いたと言えます。

    iPhone、iPad、iPod touch でファイル App を使う
    https://support.apple.com/ja-jp/HT206481

    AndroidではiOSよりも自由度が高いこともあり、ファイル操作するアプリを入れれば以前から直接操作する事が出来ました。ただ基本的にはファイルを直接開いて既定のアプリケーションが起動するパソコン用OSとは違い、アプリを起動してからファイルを選ぶというプロセスはiOSもAndroidも変わりません。

    iOSの進化を見るに、スマホやタブレットの利用頻度が増えたことで、従来とは異なる使い方が増えたのでしょう。従来はアプリ中心でそのアプリで完結出来るデータ処理で済む程度の使い方だったのが、スマホ・タブレットの高速化・大容量化・周辺機器の充実といった発展を遂げた結果、パソコンのように使いたいという要望が増えたのでしょう。

    WindowsにしろMacにしろLinuxにしろ、パソコンで使用するOSではファイルを中心とした処理でした。それがスマートフォンなどの登場によってアプリ中心になり、ファイルの存在を意識しなくなる、ということが書かれた山田祥平氏の記事を昔読んだ記憶があって、ずっと心に残っていました。探してみるとありました。多分これです。

    ■山田祥平のRe:config.sys■ 今、ファイルが危ない
    https://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/config/392391.html

    記事の最後には
    (2010年 9月 10日)
    とありました。9年以上前の記事ですが、今でも普通にバックナンバーとして読めるのはありがたいですね。新聞社などのマスメディアでは数年前の記事が消えていて読めなくなるケースは多いですから。

    それはともかく、スマホやタブレットをその持ち味を生かす使い方をしている限りはファイルの存在を意識する必要は無いでしょう。上記の山田氏の記事中にあるように、動画や音楽はファイルの存在を意識せざるを得ないですが、それもストリーミング配信によって動画の第何話や音楽のアルバムの曲ごとにファイルが分かれているであろうことは想像可能ですが、配信されるコンテンツを続けて鑑賞する上ではファイルを選択して再生する必要はありません。この点は、動画や音楽がパソコンからスマートデバイスよりに移行しつつあるという見方も成り立つでしょう。

    パソコン的な使い方をするのであれば、パソコンがファイルの集合体で成り立っている以上、ファイルやフォルダ(ディレクトリ)の存在を意識せざるを得ない。これは分かりやすい理屈だと思います。

    その一方で、ドラクエウォークやパズドラをプレイする人が
    「この音楽は別のファイルから読み出しているな」
    とか
    「このシーンでは画像ファイルを連続で読み出して重ね合わせてる」
    とか考えるわけがありません。それは別にスマホ時代が来てからの話ではなく、プレステ、ゲームボーイ、ファミコンあるいはさらに昔のゲームウォッチでもそうでしょう。インストール後のファイル・フォルダ階層を見ることが出来るパソコンゲームの方が異質な存在とも言えます。

    結局のところ、デバイスを何のためにどのように使用しているか、によってファイルを意識するかどうかに分かれるのではないかと思います。ファイルの存在が見た目の上だけでも消滅する時代が来る頃には、パソコン・スマホ・タブレットなどのデバイスそのものが全く異なるインターフェイス・表示方法を備えたまるっきり新しいデバイスに置き換わっているような気がします。そういう未来があと何十年後に来るのか分かりませんが、ドラえもんやペッパーのようなロボットを一人一つあるいは複数所有する時代になれば、人間がコンピュータを直接操作せずに何でも出来るようになるでしょうけれど、それが理想の未来になるかどうかはまた別の話ですね。

  • ラスプーチンの再来を畏れるプーチン?

    ロシアという国は近代化が西欧列強に比べて遅かったのですが、下記の引用記事のように宗教的存在がそれなりに住民に影響力を持っています。

    プーチン退治を目指す霊媒師が掻き立てる地方の「怒り」
    https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/11/post-13415.php
    ガビシェフは今年3月、8000キロ先の首都モスクワを目指して徒歩で旅を始めた。目的は、ウラジーミル・プーチン大統領という悪魔を退治すること。道中で支持者を増やして首都に入り、大勢が見守るなかで悪魔払いを行おうというもくろみだった。

    もちろん、アメリカ合衆国だって田舎に行けばキリスト教の頑迷な信者がいて、進化論も地球が丸いことも認めないような人が住んでいます。その点はアメリカもロシアも大差なく、広大な領土が半面仇となっているのだと思いますが、じゃあトランプ大統領が地方の司祭や牧師を不当に拘束するかと言ったらそこまではしないでしょうし、そういう人が影響を及ぼせる範囲も限られているはずです。

    その面では、ロシアはもっと宗教的存在、この記事で言えばシャーマンのような立場の人が強い影響を人々に及ぼせる社会が残っているようです。

    ロシア当局に警戒される霊媒師と聞くと、ロシア帝国末期のラスプーチンを思い出してしまうのですが、さすがにこの記事のシャーマンの方にしてみたらラスプーチンとは比べられたくないでしょうね。

    しかし、ラスプーチンとの大きな違いとしては、ラスプーチンはロシア帝国の中枢である皇帝一家に深く入り込んで権力を手に入れたのですが、今回のシャーマンは最初から反政府のような感じになっています。ラスプーチン死後に起きたロシア革命からソ連崩壊までの二十世期の大半を共産主義がロシアを覆い、宗教が制限されていたこともあるでしょう。ソ連崩壊後のロシアは正教との関係性は悪くないようですが、それは権力者と権威者の協力であって、地方の境界はまた別なのかも知れません。

    プーチン大統領自身が、このシャーマンであるガビシェフの力そのものを真剣に恐れているというよりは、影響力を恐れているのでしょうけれど、拘束や強硬手段に出てしまうとかえって逆効果のような気がしますがいいんでしょうか。たとえ殺したとしても次々に同じようなシャーマンが現れる気がします。

    ただ、ロシアは西洋社会に比べると権威主義的ですし、プーチンが権力を握り続けている以上はそれほど大きな混乱は起きないでしょう。問題はプーチンが誰かに権力を譲った後(もしくは死んだ後)でしょう。

    最初に、アメリカではシャーマンのような存在が大統領に影響を及ぼさないと書きましたが、トランプ大統領が保守派(旧習派)と上手くやっているうちは問題ないでしょう。しかし、それらの存在と対立し始めると、右から左まで、上から下までトランプが四面楚歌の状態に陥ってしまうと分かりません。手っ取り早く、現行の法体系と対立しそうな田舎の新興宗教を過剰に弾圧して、かえって混乱を招きます。そうなるとロシア以上にアメリカの方が国力を一時的に落とすことにもなりかねないかも知れませんね。

  • 人にお金はどれくらい必要か?

    昔読んだ本で、江戸時代のどこかの藩の家老(確か長岡藩の河井継之助だったと思いますが)が賄賂を受け取った部下に対して、
    「生活するのに扶持米がいくら足りないのか」
    と言って諭したというエピソードがありました。

    正確に覚えていないのであまり言及するのもアレなんですが、収賄の犯罪のニュースを見たときだけではなく、貧富の格差、特に高収入の話を見聞きしたときにこの話を思い出します。

    アングル:膨張続ける米企業の役員報酬、株主や政治家から異議
    https://jp.reuters.com/article/us-compensation-directors-insight-idJPKBN1XO02Q
    人材会社スペンサー・スチュアートによると、S&P総合500種株価指数企業で、代表権を持たない取締役の平均年間報酬は昨年に前年比2%増の30万4856ドルと過去最高を更新した。10年前からは43%増えた。実際には株式報酬のおかげで、一部の取締役はもっと多くの報酬を得ている。

    贅沢するのであれば限りはありませんが、必要なだけの金額となると人間である以上、どんなお金持ちでも限界があるでしょう。大きな家に住んだところで、トイレが3箇所あるからといっても出す回数は変わりませんし、一度にたくさん食べても余分は脂肪や病気になって返ってきます。

    いったい、人が生きるのに必要なお金はどれくらいなのでしょうか?

    例えば、毎月10万円必要だとすると、1年で120万円、平均寿命の84歳をかけるとおよそ1億円になります。毎月20万円なら合計2億円、30万円なら3億円です。もちろん生きている間に物価の変動もありますし、そもそも毎月同じ金額が均等に必要なわけではないですが、平均生涯年収が2億円とか3億円とか言われているのは、必要な金額から見ても平均値としてはそんなところなんだろうな、と思います。

    人によっては月50万必要な人もいれば、100万でも足りないような生き方をしているケースもあるでしょうし、逆に10万でも事足りるライフスタイルの人もいるでしょう。

    宝くじとかtotoとかの一等の金額もその辺は考慮されているのかも知れませんが、とりあえず数億円から十数億円あれば人一人死ぬまで生活に困ることは無いでしょう。これは日本での話ですが、ある程度以上の先進国であれば大差ないでしょう。

    いわばそれ以上のお金は必要ではないお金になるわけですが、もちろんとてつもない金額を稼ぐことそのものを否定するつもりはありません。大雑把に言うと、お金を稼いでも教会に寄進しなさいというカトリック社会から、稼ぎたい人は稼げるだけ稼ぐことが認められるプロテスタント社会になったことが、資本主義経済の発展をもたらし、数々の発明・テクノロジー・商品・文化を生み出されたことで今の私たちの生活が成り立っているわけですし。

    そうは言ってもモノには限度があるわけですし、使わない、使えきれないお金を一部に集中させて貧富の格差が増大しすぎてしまうと、社会が不安定化します。そうなっては結局、富める者の財産も例え正当に得たものであったとしても奪われかねません。そのため、富の再分配が必要になってくるのですが、それがどこまで出来ているかによって、暴動・クーデター・革命などが起こりやすいかどうかの目安になると思います。

    再分配は基本的に高収入者に対する累進課税と低収入者に対する免税・福祉サービスで行われますが、それでも足りないと考える人たちからは、収入ではなく資産に課税する資産税が提案されています。

    https://hrsgmb.com/n/n0949ce771661

    以前にnoteに書きましたが、出来るかどうかは課税される富裕層に社会格差の是正と安定化にどれだけ理解があるかによります。

    不安定化していく社会を放置してでも富の集中を行い続けるアメリカ合衆国では、民主党の大統領候補に過激な社会主義者が並んでいます。大企業・IT企業群は揃ってその過激な政策を防ごうと必死になっていますが、それはリーマンショック以降も変わることなく、いやむしろさらに無茶苦茶な富の集中を行い続ける経済界へのカウンターパンチである以上、次の大統領選挙をしのいでもその次の選挙でさらに格差是正を求める強い主張が出てくるでしょう。