天災地変が政治の良否を歴史に残す

天災地変・天変地異はいつの時代にも起きるものです。平和な時代には発生せずに、社会や政治が乱れているときにだけ発生するわけではありません。後世から見たときに、大規模な災害が起きたことが歴史に重大な影響を与えたように思えるのは、災害がもたらした混乱を当時の社会や政治体制が収拾できなかったからです。

政治が安定していれば、被災した人への救済を行ったり、食料生産・輸送に支障をきたさないように出来ます。もちろん、現代の先進国ですら被災者が救われないケースだってありますので、あくまで同時代において比較的救済されるということなのですが、災害と政治には重大な関係があることは確かです。

古来、中国でも日本でも天変地異は、政(まつりごと)が正しく行われていないために天の怒りを受けた、と見なされました。それは則ちその時点での王・皇帝・天皇や将軍といった国のトップが宜しくないから、天罰を受けたということになります。

もちろん科学的に言えば、国のトップが英邁であろうとアホボンであろうと、地震も大雨も起きる確率は同じです。ただ、その災害が起きた後に対策を適切に素早く実行出来るかどうかが大きく異なるだけです。もちろん、トップの資質だけが必要なのではなくて、その政治組織全体の行政処理能力や政治的安定性の方が重要です。実際に人民を救うのは、災害現場の最前線にいる役人なのです。

例えば、1783年にアイスランドのラキ火山で巨大噴火が起き、ヨーロッパ全域に降灰と硫化化合物と日照不足をもたらし、亡くなった人も多かった上に異常気象により大飢饉が発生しました。そしてその社会的不安定が数年後のフランス革命の遠因になりました。

しかし、フランスのように他のヨーロッパ諸国でも革命が起きたかというとそうでもなく、むしろイギリスでは先行して成し遂げた産業革命の真っ最中であり、加速度的な経済発展を続けていました。

また、同時代の日本でも1783年(天明3年)に浅間山の大噴火が起きました。火砕流や土石流などの直接的な被害のみならず、降灰による冷害で飢饉(天明の大飢饉)を引き起こしました。噴火だけが飢饉の原因では無かったとも言われますが、ダメ押しになったのは間違いないでしょう。飢饉は江戸時代を通じて何度も起きてはいますが、この時も直接的な政治体制の変更にまでは至ってはいません。もちろん幕府や藩の威信低下にはつながったでしょうけれど、実際に幕府が倒れて明治維新が成し遂げられるのは80年以上後のことです。

江戸時代を政治的に優れた時代と断言してしまうのは無理があるかも知れませんが、少なくとも同時代のフランスよりはマシだったのでしょう。対外的な軍事行動の必要が無かった分、軍事費用の負担が少なく済み、社会福祉に回せたのかも知れません。

そう考えると、日本の20世紀後半の戦後体制が、軽軍備による経済重視の予算分配が政治のみならず社会の安定にも大きく寄与したと言えるでしょうか。

地震はどうしようもないとしても、津波対策はある程度は可能です。そして気候変動の影響もあってか災害レベルの集中豪雨も頻発してきましたが、それも被災前にも被災後にも政治体制が出来ることはあるはずです。

そしてそれは自然災害だけではなく、世界的大規模な感染症でも同じはずです。

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