私はnoteを書くネタはGoogle Keepにまとめています。未完成のネタを一旦、MacのCot Editorにコピーして、完成したらまたGoogle Keepにコピーして保存、同じ文章をnoteにアップロードして下書きに保存か、すぐに公開する流れです。
直でnoteに書けばコピーする手間は減りますが、一応別の場所にも残しておきたいのでそうしているだけです。
当然ながら、Google KeepやCot Editorで書いているテキストの状態と、noteで公開した画面では表示は全く同じではありません。プレーンテキストベースのものですので大差はないのですが、これがもっと装飾したり、画像・動画・音声などマルチメディアよりになったりすると、作成・編集している画面と公開された画面ではまるきり異なることになります。
HTMLのソースコードと実際の表示の違いを見れば分かりやすいでしょう。
昔と比べてそういった装飾されたページを作るにしても、作成編集機能が付いたアイデア保存サービスも増えました。第一人者はEvernoteでしたが、Google KeepもOne Noteが猛追し、最近ではNotionやCraftなどどんどん機能が豊かなサービスも現れています。単なるメモ書きから、アウトラインエディタとして、またはプレゼンの原稿にしたり、他人に共有や共同編集も出来ます。
そのサービス内で作成している画面そのままが公開されるようになれば、
「あれ? 思ってた感じに表示されていない?」
というトラブルもなくなりますが、まだまだそこまでは進化していません。いずれはするのでしょうけれど。
パソコンが一般的に普及した頃に、WYSIWYGという言葉が流行りました。
What you see is what you get. の略ですが、今後は、What you made is what you upload. という時代になってくれるでしょうか。
話が変わりますが、創作物は大昔は一点物で、当然ながら作ったそのままが鑑賞されました。絵画や彫刻などは当然ですが、制作者が作ってそれを鑑賞者がそのまま見ます。見るだけではなく、音楽にしても演奏者の演奏を目の前で鑑賞するものでした。
活版あるいは木版での印刷による大量生産が出来るようになると、制作者のオリジナルそのものではなくて、編集された上でのコピー品が鑑賞者の元に届きます。そのコピーにしても、アナログ時代での大量生産はどうしても劣化コピーとなってしまいます。
20世紀末にデジタル時代が到来しても、先に書いたように、制作者が制作しているそのものが、実際には画面上では違って見えます。HTMLの解釈レベルなら仕方ないにしても、実際には、鑑賞者が使用しているデバイスの画面サイズも色表現もバラバラです。
制作者が27インチの高級ディスプレイで制作した微妙な色合いもある作品が、鑑賞者が5インチのスマートフォンで見たときも全く同じ作品と言えるでしょうか?
音楽の方がもっと分かりやすいはずです。実際に演奏した音と、高品質な機材で編集した音楽データと、そこそこのビットレートで配信されるストリーミングサービスで聞く音と、全て異なります。
これが例えば油絵なら、画家の筆致そのものが絵に残りそれを見ることが出来ます。
アナログとデジタルでは、非劣化コピーの恩恵とオリジナルとの隔絶がトレードオフになっています。
デジタルでのオリジナルの貴重さは、まさに2021年に流行したNFTの原動力になっていますが、唯一性を売りにするよりも、オリジナルをオリジナルとして無限の人が見ることが出来る方が、デジタルの本質に沿っているのではないでしょうか。
とは言っても、デジタルのオリジナルを制作者と同じように鑑賞する術は今のところは存在しません。
メタバースが普及すれば、制作者がメタバース内で作成し、鑑賞者もメタバース内で見ることが出来るはずです。
What you made is what others see in metaverse. といったところですかね。
それが楽しいかどうかは別の話でしょうけれど。
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