特定の誰かを擁護あるいは非難する内容ではないことを先に断っておきます。
森保ジャパンがカタールワールドカップ出場権を獲得したものの、そのサッカーの内容については悪い評価をする人がずっと絶えません。その批評自体はまあ理解出来なくもないですし、各人それぞれ理想のサッカーはあるでしょうけれど、即交代を求めるのはいかがなものかとも思ってしまいます。
代表監督を替えれば強くなる、という意見はもちろん真っ当なものですが、じゃあ強くなったらどうなるか。直近のワールドカップなりアジアカップなりでの好成績はもたらされるでしょうけれど、それが継続的な強化と言えるかどうか。
海外からすごく優秀な監督を高額で招いても、あくまで一時的な結果しかもたらさないはずです。大金払って有名どころの監督を連れてきたとしても、ワールドカップで好成績を収められなければそれこそ台無しになってしまいます。
代表監督による強化は一時的であり表層的なものであり、その国のサッカーの重層的な強化とは別物です。
また、特別な代表監督によって特別強くなったとしても、その強さは継続されません。かつて、ボラ・ミルティノビッチが率いて好成績を収めた各国代表を見れば分かります。メキシコは良いものの、コスタリカ・アメリカ・ナイジェリア・中国らはその後、強さを継続し続けていると言えるでしょうか?
最新の戦術を代表監督がもたらしてくれる、というのもあえて言うなら幻想でしょう。年間20〜30日程度しか活動できない代表チームでそんな高度な戦術をやれるはずもありません。それをやるならJリーグのクラブの方です。Jリーグの選手育成、戦術の発展、経済的成功などの方が代表強化に貢献できるはずです。
最新の戦術を採用しているヨーロッパの各クラブでプレーしている日本人選手が増えれば、代表で集まって数日でも戦術を落とし込めるでしょうけれど、結局はそれもJリーグクラブを含めた育成年代での強化育成が成功して、さらにJリーグでプレーしてヨーロッパに移籍する選手がどんどん増えてきての話です。そして今はそのトレンドに乗っている状態です。
そう考えると、代表監督を最新の戦術を持ってくる外国人監督である必然性をあまり感じません。日本とよく比較されがちなメキシコ代表の監督だって基本的にメキシコ人がほとんどです。
日本サッカーの日本化という、イビチャ・オシムが挙げた命題を試行錯誤しながらも、長期的には少しずつではあるものの解答に近付いている気はします。もちろん3歩進んで2歩下がることもありますが。
また、オシムは本来は日本人が日本代表の監督をするべきとも言っていました。その日本人監督を選ぶなら、Jリーグクラブの監督として成功した人たちの中から選ぶのが当然でもあります。
今回の森保監督は、Jリーグで優勝した日本人監督がA代表の監督になった代表例です。ロシア大会での西野監督ももちろんJリーグで素晴らしい実績を持っていますが、あの時は強化委員長からスライドしたのでJリーグでの結果が評価されたわけではありません。
ハンス・オフト、イビチャ・オシムの2人も日本リーグ・Jリーグでの指揮を評価されての就任でしたが、森保監督は日本人であることが最初の例になりました。
五輪代表の方は、反町・関塚・手倉森・大岩と続いた流れはJリーグでの監督としての成功によるものでした。
Jリーグで好成績を収めた日本人監督が、A代表や五輪代表の監督をする流れは断つべきではないと思います。目の前の試合だけを考えれば目の前の試合に勝てる監督をどこからでも連れてくるべきなんでしょうけれど、10年先、20年先、そして50年先を見据えた強化としては、今の代表監督選びの方針は間違っていないはずです。
日本のサッカーとはなんでしょうか?
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