ここにきて、プーチン大統領がどうやら本当に正しい情報を部下から報告されていないのではないか、というニュースが流れ始めました。これだってウクライナ・西側諸国のプロパガンダやプーチン政権内部崩壊のための策略の可能性はありますが、ロシア軍のウクライナ侵攻が事前の想定通りには行っていないことは間違いありませんので、少なくとも開戦前にプーチン大統領が受けていた戦況予想が完全に誤っていたことは明らかです。
事前の予想自体が、ロシアにとって相当に楽観的なもので、それを信じて軍事侵攻を指示したのだとしたら、プーチン大統領はとんだ裸の王様だったことになりますが、今の自分やロシアの立ち位置を正確に理解しているかどうかも怪しいでしょう。ロシアの総兵力をウクライナにぶち込めば一時的にウクライナを占領と言うよりは破壊することは可能でしょうけれど、そこまで行くと何のためにやっているのかが分からなくなります。
ロシアに利益がある形でウクライナを占領あるいは屈服させ、国際的な経済制裁を撤回させることが唯一かつ全ての目標でしょうけれど、実現の可能性は日々小さくなっています。プーチン大統領が部下や軍部に騙されていたのか、あるいは正確な報告を上げさせないほどの恐怖を与えていたからか、どちらにせよ今回の軍事侵攻が失敗に終われば、プーチン大統領が間違っていたことになります。
古今東西、独裁者というものは自らの無謬性を神格化させます。言い換えると、自分が正しいから何も言わずに付いてこい、という理屈です。意見も反論も認めず、もし部下や政敵が互角の議論などしようものなら良くて失脚悪くて処刑です。反対意見を軒並み潰せば、あとは絶対に間違わないという独裁者、その周りを腰巾着と太鼓持ちが固める政権中枢の出来上がりです。
世界中の人も組織も既に支配下に入れているのなら、何もかも思い通りに出来るでしょうけれど、支配しているのが一国家だけなら当然ですが国際間の揉め事や情勢の変化によって、かつての自分の方針を変える必要が出てきます。
その時に柔軟に変えることが出来ればまだマシですが、かつての自分の発言や行動に縛られて変えられず、現実を無視してしまえば待っているのは悲劇です。それははるか昔のことでもなく、スターリンの計画経済の失敗と大粛清、毛沢東の大躍進計画と文化大革命などは半世紀ちょっと前の話です。
無謬性など幻想です。間違わない人間など一人も存在しないのですが、自分は間違っていないと思いがちなのも人間です。だからこそ、間違っている人間を指摘し、修正させ、あるいは撤回させる相手が必要で、それでも考えを変えないなら、地位から下ろさねばなりません。その点において、民主主義に優る政治制度は存在しません。
民主主義や自由選挙は強権的な全体主義国家は否定し、あざけり、ともすれば非効率だとも言いますが、失敗したときのリカバーの方法としては民主主義しかあり得ません。上手く行くときは上手く行くが失敗したときに暴走する独裁政治は、上手く行き続けた試しが無いのです。
間違いを指摘する人も、間違っている人を更迭する仕組みも存在しない国は必ず失敗するのだという教訓は、歴史上多くの人間が経験してきました。そしてまた、人間は歴史を繰り返し歴史に学ばないことも忘れてはならない教訓であります。
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