趣味で楽しめないことはあり得ない

好きなものでお金を稼げるとしたら幸せなことです。それはごくわずかな限られた人にしか出来ない芸当かも知れませんが、逆に仕事では良いこともあれば悪いことも、楽しいこともあれば辛いこともあります。自分が好きなはずの趣味が仕事になったために、悲しい気持ちになることがあるとすればそれはそれで厳しいものです。

本来、趣味というのは楽しむためにあるもので、リラックスして心を休めたり、あるいはドキドキハラハラしながらリフレッシュすることが出来るものなのですが、仕事になってしまうとそういうわけにもいきません。

趣味を仕事にするのが向いている人は、趣味を仕事にしても楽しめる人でしょう。もちろん、趣味の種類や中身にもよるのでしょうけれど。

仕事と趣味が完全に異なる場合、仕事と趣味で頭も体も切り替えて日々生きていきます。仕事では色々あったとしても、趣味では自分に正直に楽しみます。

仕事は嫌々でも、生きるため稼ぐためにやっていくしかありません。趣味はそれとは全く逆で、嫌々やるものではないですし、生きるために必須でもなく、稼ぐよりはむしろ費やすものです。

私の好きな作家のG・K・チェスタトンの「知りすぎた男」にこんな一節がありました。

“人間は商売でずるをしても、趣味ではしません。”

逆説とアフォリズムと諧謔に満ちた彼の文章ですので、これが必ず誰にでも適用されるわけではないですが、商売(仕事)は真面目極まりないのに趣味ではズルをするという人は確かにいないでしょう。楽しめたものではありません。

また、同じく好きな作家である星新一もエッセイで昔、「本業をおろそかにするサラリーマンはたくさんいるが、内職や副業をいい加減にするサラリーマンはいない」みたいなことを書いていたと思います。

これが逆説や冗談として受け止めるか、あるいは一面の真実を突いていると考えるか。結構人によって差が出る気がします。

趣味は楽しむべきものです。もちろんスポーツや芸術などでは成果を出すのに練習で苦しむことはあるでしょうけれど、それは後の大いなる楽しみのために行うことですので我慢は出来ます。

それでも、某学校の某部活における暴行(敢えて体罰とは言いません)のようなことは、学生の本分である勉強・学習ではない、いわば趣味に当たるスポーツで起きたことであり、どこに楽しみやリラックスやリフレッシュがあるのかと思ってしまいます。

暴行している側は趣味ではなく純粋な仕事として行っていたのですかね。それでも仕事としては大失敗の部類に入るものだと思いますが。

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