ウクライナ戦争における保守とリベラルの奇妙な一致

このウクライナ戦争において、特に戦争開始初期に、普段はリベラル的な言動で旧日本軍の太平洋戦争やアメリカ軍のこれまでの軍事侵攻を批判していたような人たちが、ロシア軍やプーチン大統領を非難するのではなく、ウクライナ側を戦争の責任があるとして批判していたケースがあったことには結構驚きました。

軍事侵攻する側を責めずに、攻められた側を責めているのは結構な「反平和主義」だと思うのですが、彼ら彼女らの中には整合性がとれているのでしょう。

なんでそんな理屈になるのかと疑問に思いましたが、そういう人たちは当然ながら日頃から日本国憲法第9条の平和主義の信奉者であり、日本及び在日米軍の軍備増強を根本的に否定し、軍隊がなくても平和を守れるという主張をしています。軍隊がなくても外交手段で戦争は防げるはずということなのですが、これはつまり、戦争が起きたら攻められた側の外交努力が足りなかったという結論に容易につながります。

そう考えると、ロシアに攻められているウクライナの外交が失敗したからこの惨事を招いたのだ、という論理が成立します。

ただ、それだったらかつて日本が侵略した朝鮮・中国などのアジア各国は日本への外交努力が足りなかったのであり、日本が悪くないというむしろ保守側の論理にくっついてしまうのですが、その辺はリベラルっぽい人たちは気が付いているのでしょうかね。それはそれ、これはこれと心の中に区切りを無理矢理設けているのか、あるいはもしかしたら気が付いていないのかも知れません。

軍隊ゼロとまではいかなくても、アメリカと密接な軍事同盟を結んでいることに不満を覚えている人も結構います。保守・リベラル双方の側に存在しています。中国との軍事同盟を締結すべきとまで主張する人はまずいないので、事実上の等距離外交、中立的立場を取るという主張になるのですが、中立宣言がその国家の安全を保証することも歴史が否定しています。

かつてベルギー・ルクセンブルクは永世中立国でしたが、第一次世界大戦、次いで第二次世界大戦においてドイツ軍の侵攻を受けました。どちらもこの両国の占領がドイツ軍の目的ではなく、フランスを攻撃するための侵攻でした。結局、両国共に第二次世界大戦後に中立を放棄しています。

他国への軍事侵略を企む国が、中立国を避けて行軍してくれる保証などないのです。

この戦争を終わらせるために、停戦後にウクライナは中立を宣言すべきという意見もありますが、どう考えても中立国たるウクライナをロシア(プーチン)がそれと遇して敬遠するとは思えません。

保守が主張する中立は再軍備のためであり、リベラルが主張する中立は武力放棄のためという違いがありますが、どちらも脱アメリカ、脱日米安保という点では一致しています。

なんだ、保守もリベラルも同じじゃないか、と言ったら、どっちも顔を真っ赤にして反論してくるとでしょうけれど。

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