被害者意識は麻薬のようなもの

まず冒頭において、特定の個人、集団、団体、人種、民族、国家や地域を批判するものではないことを前置きとしますが、
「被害者意識は麻薬」
ということは切に感じます。

被害者であることはもちろん被害を回復し補償を受ける権利を生みますし、その権利を行使することは何の問題もありません。ただ、被害者であるという考えが自らの努力を生むモチベーションを阻害してしまうことがあります。

今、自分が置かれている不遇、苦境、不便な環境が自らの努力や能力の不足によるものではなく、自らが受けた被害や自らが被害者であることが原因なのだ、と考えてしまうと、努力して能力をアップして苦境を打破しようとは思わなくなります。被害者なのだから加害者からの補償や公的な援助があってしかるべきで、それがないから自分が苦しいのだと思ってしまうと、もう努力のモチベーションを保てません。

これはミクロな個人レベルだけではなく、マクロな集団レベルでも同じことでしょう。

逆に言うと、苦境を跳ね返せるのは自分の努力だけです。補償や援助によって一時的に改善されることはあっても、根本的には変わりません。補償や援助がなくなった時に、依って立つのが「努力していない」自分になるのですから、やはり元通りになってしまいます。まるで、麻薬が切れたときに痛みが戻ってしまうかのように。

もっと恐ろしいことを言うと、援助をし続けると援助を受けている相手は自立する術を自ら放棄し、援助が無いと生きていけなくなります。こうなると明確に人間関係が階層を形成してしまい、格差の是正どころか拡大する一方となります。

こういう構図は、おそらく世界の至る所で見られるでしょう。無意識的にそうなってしまうケースもあれば、意図的にそのような状況に追いやっている場合もあるかも知れません。

最後に再度、このnoteが特定の誰かを貶めているものではないということを明記しておきます。

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