みなさん、何か寄付していますか?
寄付する余裕なんて無いわ!と言われたらそれまでですが、私だって余裕ありまくりという豊かな生活を送っているわけではないですし、将来の不安だってなくはないですが、それでも、自分に無理のない範囲で出来ることはしておこうと思っています。
「無理のない」範囲というのは、金額的な負担に加えて、精神的にも負担にならない範囲、ということです。寄付することで自分や家族が生活に苦しむのは駄目ですし、寄付によって自分が苦しい思いをすることも良くありません。
災害や事故の救助活動で真っ先に必要なのが救助する側の安全確保であるように、寄付する側が不幸・不便・不自由になってはいかんのですよ。
また、寄付を神聖視しすぎているのか、寄付した人を偽善者とか売名とか言う人も出てきますけれど、寄付せずに寄付したと言っているのならともかく、実際に寄付している人を偽善というのはおかしいだろう。寄付を受けた人の前で、「あなたがもらった寄付は偽善によるものですよ」と言えるのか。偽善だったからと言って、その寄付の価値が10分の1になったりするのか。
また、「寄付をしない」選択肢は、「寄付をする」選択肢と同等であるべきです。寄付なんてやりたい人がやれば良いのです。誰かが寄付をしたからと言って、別の誰かに寄付を強要してはならない。それを強要してしまえば税金みたいなものです。
税金は見返りに政府・自治体による公共サービスとして何らかの形で戻ってきますが、一般的な寄付は見返りがないのが当たり前です。最近は寄付と言いつつ、何らかの見返りがあるのもありますね。寄付を受けた側からの報告だけではなくて、物質的な見返りがあったら、それは寄付ではなくて単なる商売やんと思うのですが。
商売と言うと、納税地の移転という名のネットショッピングに近くなってきた、ふるさと納税は制度の曲がり角に来ているのではないかと思っています。
2008年から開始されたこの制度は、地方税の偏在を是正するために設けられたもので、具体的には首都圏や京阪神などの大都市圏に住む人が、生まれ故郷や所縁のある地方に自ら支払う地方税を納める、ということが想定されていました。
納める自治体は自由に選べるため、税金の見返りとして手に入れられる「返礼品」を魅力的なものにした自治体が、それだけ多くの地方税を獲得できることになります。
それが加熱していくと、アマゾンギフト券で総務省と揉めたり、返礼品の原価率の計算を誤ってしまったり、業者が産地偽装したために返って税金を失ってしまったり、といった大小様々なトラブルが起きてしまうようになりました。
最初の仕組みは面白いものだと思いますが、現在では納税者が節税できるネットショッピングになってしまっているため、結局総務省は何がしたかったのだろうという気がします。
そもそも、オトクな返礼品目当てになってしまっている時点で、もう「ふるさと」もへったくれもないでしょうに。都会から地方への税収移転させるなら、いっそのこと住民票の移動時に移転先から移転元に対して一人あたりいくらでお金払ったら良いんじゃないですかね。もっと大反発が出てきそうですけれど。
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