「市長、例の報告書を持って参りました」
私はこの街の市長をしている。先日、私が立案した画期的な政策を行ったばかりで、部下がその報告に来たようだ。
「先日、月面第一刑務所を出所した四人の再就職は、全て問題なく決まりました。早速、勤務しているようです」
私は報告書をパラパラとめくりながら、部下に話しかけた。
「そうか、分かった。報告ご苦労だった。彼らも、月での苦労を糧にして、立派に社会復帰を果たしてもらいたいものだ。そのために、出所直後の受刑者を市による斡旋で、再就職させたのだからな」
「話に聞いたのですが、月では水が貴重なため、受刑者の生活は大変つらいものだそうですね」
「ああ、月の水一グラムは地球の金一グラムに匹敵するくらい高価なのだそうだ。一般居住民は、地球から輸送された水を利用できるが、自由が制限される受刑者は、自らの排泄物を浄化して再利用しなくてはいけないことになっている。衛生上の安全は完璧だそうだが、やはり嫌なものだろうな」
窓の外を見上げた。昼間の青い空に白い月がうっすらと映えていた。
「そういう辛さを経た者なら、社会復帰してもすぐに根をあげたりしないだろうというわけですね」
「そうだ。きっと社会に貢献する立派な人間になってくれることだろうよ」
数日後、部下が慌てて市長室に駆け込んできた。
「大変です、市長。前に報告した四人が、みんな警察に逮捕されてしまったようです」
一瞬、部下の言うことが理解できなかった。
「何だと! どういうことだ?」
「まず、消防署に職を得た一人は、火事の際に放水がもったいないと言って反対し、消火活動の障害となったため、公務執行妨害で逮捕されました。それから、大衆食堂に勤めた一人は、水を大事にしすぎてほとんど皿を洗わずにいたため、食中毒が発生して、食品衛生法違反で逮捕。あと、市の上水場に就職した一人は、勝手に取水制限をして捕まりました。皆、『月ではこんな贅沢は許されない』と主張しているそうです」
何てことだ。月での苦労が逆にアダとなるとは。
「それで、最後の一人は?」
私は脱力して尋ねた。
「はい、祈祷師に弟子入りした者ですね。彼は、豪雨に悩む地域での雨止みの儀式の祭壇を、滅茶苦茶に壊して器物破損の罪で逮捕されました」
「過ぎたるは及ばざるが如しか……」
私はそう呟きながら市長室の窓から外を見た。地球温暖化により両極の氷が融けて出来た、地球表面の九割を覆うほど広範な海が、穏やかな波をたてていた。
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