占いは迷いを決するためにある

あくまで個人的な見解ですが、「占い」は何かの「迷い」を「決断」するためのものだと思っています。

二つの選択肢のうちどちらを選んだら良いのか、前に進むのか後ろに引くのか、新しいことを始めるのか現状維持の方が良いのか、いろいろ悩むことがある中で、自分ではどうにも決断できないようなことで占いを利用するのは別に良いと思っています。

占いなんて非科学的だからダメだ、というのは確かにそうなのですし、吟味もせずに適当に選択肢を決するのは問題があるでしょう。失敗したときに後悔も大きいはずです。

しかし、検討や調査を重ねた上でどっちがいいのか決められない、というような問題であれば、どちらを選んでもそれなりに理由があるはずです。選択肢のどちらにも選ばれるべき正当性があるということです。それであれば、占いで決断した後に迷いを捨てて突き進んだ方が、どちらを選んだとしても成功する可能性は高いでしょう。

古代中国での占いでは、亀甲や牛骨を焼いて出来たヒビの形で占っていました。読み解くのに特別な知識が必要であり、早い時期に廃れたのですが、解釈によって全く異なる意思表示が生まれます。ちなみにこの亀「甲」と牛「骨」を用いて占った結果をそこに記したことから、「甲骨」文字が生まれたと言われています。

春秋左氏伝には、攻めてきた敵を迎え撃とうとした大臣が占ったときには、「軍を出せば敗れる」という読み解きになったのに対し、別の人がその占いで解釈を真逆にして、「軍を出せば敗れる」のであれば、攻めてきた敵が敗れるのだからこちらは勝つから迎え撃つべき、という助言に従い、実際に戦って勝ったという逸話があります。

方法はどうあれ、迷いを占いで決断できるのであれば良いと思います。胡散臭いとか科学的ではないとかいうのは無粋でしょう。もちろん、ぼったくりだったり、怖い予言を押しつけて余計に不安がらせるのはダメです。

占われる側に悪影響を及ぼしてしまう占いは、例え正確に未来を予知していても役に立たないものと言えるでしょう。

また、迷いがない状況で占いを行って、かえって迷いを招いてしまうのも使い方としてはいかがなものかと思います。神社で引いたおみくじの結果が凶や大凶だからといって落ち込む必要はなく、当分は物事が自分の思い通りには進まないから、より慎重になろう、とか助言をよく聞こう、というくらいの受け止め方で良いはずです。

占いは占いのために存在しているのではありません。占われる側のために存在しています。ただ単に甘い言葉を占いとして与えるのも間違っていますが、厳しすぎる占いによって悩みが増したり迷いが深くなったりしては本末転倒でしょう。

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