政治家が失言したり、有名人がTwitterで炎上したりすることがよくあります。
たいていの場合は悪意があっての発言や書き込みではなくて、仲間内での冗談やそのノリでやってしまったことが報道・拡散されて大騒ぎになっていきます。
もちろん、ヘイトスピーチに類するものは本気で悪意を持って行われているでしょうが、たいてい騒ぎになっているのはたいてい本人は悪気があってのものではないことが多いはずです。
悪気がないからこそ、誤解だからこそ、当の本人によるその騒ぎに対する対応、つまりは全面的な謝罪がなされなかったり遅れたりするわけですが、日本人のジョーク・笑いの感覚的に、ツッコミ待ちの冗談をうっかり言ってしまって、その冗談に対して誰も突っ込まないから大騒ぎになっているような気がします。
例えば漫才でボケ役がとんでもない、無茶苦茶なことを言ったとしてもそれはツッコミによって笑いに昇華されます。ツッコミ待ちのボケがツッコまれないと小さな笑いしか生めません。ツッコミあってのボケ(逆もまた真なり)なのです。落語の場合は一人二役で上下に分かれて会話しますからその中でツッコミが発生します。
そういうツッコミ待ちのボケを、自分一人しか壇上に立っていない、マイクを握っていない状況でスピーチの中に織り交ぜてしまうと、誰もツッコんでくれず、ただ当人は笑わすためのボケとして言い放ったジョークが一人歩きしてしまい、それのみを切り取るととんでもない発言ということになってしまいます。
まあ、もちろんそんな不用意なボケを不用意にぶちかます人間がそもそも悪いのですが、公的な場面、例えば国会や記者会見、会議などでの発言と、私的な場面、誰かの結婚式や支援者とのパーティーなどでの発言とでは、同じ失言をしたとしても批判のレベルは変えるべきではないかと思います。
公私の別がつかない書き込みによる炎上についてはTwitterなどSNSは分かりやすいでしょう。
そもそもSNSは私(身内)というものは基本的には存在していなくて、全てが公開されているものと思わないといけないはずです。自分のフォロワー・友人知人だけが読んでくれると思って書いたとしても、それは無限に拡散される可能性があります。
仲間だけでの集まりでくだらない冗談を言い合うのはごく普通のことです。冗談に対して冗談で返したり、ツッコんだり、さらに悪ノリしたり、と話が続いて行くのは誰だって同じでしょう。
しかし、SNSでの書き込みも前述の政治家の失言と同じく、書き込みそのものにはツッコまれても変化はありません。その書き込みに対して、「いいね」の数が増えたりリツイートのような参照・引用がされることはツッコミとは言えず、漫才に例えるとボケに対しての観客の反応の方が近いでしょう。
飲み会で喋る分には誰かがツッコんで笑いになりますが、SNSではツッコまれないままただひたすら拡散されていきます。それを全世界に公開してしまえば炎上は必至でしょう。
結局は、スピーチにしろ書き込みにしろ慎重にしなさい、ということなのですが、ツッコミ無しでも成立するボケというのは難しいものですね。
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