感情をマイナスに動かす広告の時代

今の中年以上の人たちは、私も含めて、インターネット・SNSが無い時代とある時代を経験しています。情報伝達・情報収集に関してだけではなく、世の中のあらゆる分野において、IT・インターネット・SNSは重大な存在になりましたが、無かった頃を知らない世代が今後は増え続けることになります。

それは情報を受ける時、特に広告に出くわす時にもふと思ってしまいます。広告は私が子どもの頃は、テレビ、新聞、チラシ、看板で見るものでしたが、今ではネット広告がすごい勢いで伸びています。単純な金額比較で言えば、まだまだ従来のマスメディアにおける広告費の方が上ですが、影響力についてはどうでしょうか?

ネット広告は不正問題も抱えていますが、一応の理屈上は、消費者が起こしたアクションに対して表示します。従来型の広告が、マス媒体に載せる段階で費用が発生し、実際に消費者に届くのは一部であることを考えると、その分効率が良いとも言えます。

影響力がある一方で、それは悪い方向、思ってもみなかった方向にも動きやすい面もあります。

多額の広告費用をかけて、一気に露出を増やすと逆にヘイトが集まってしまうのも今の時代の特徴でしょう。

テレビにしろ新聞にしろ、あるいはネットにしろ、広告によって成り立っている媒体ではありますが、同じ広告を大量に見かけるようになるとウンザリしてしまうのは無理からぬことです。

ただ、昔なら何らかの広告を嫌に感じたとしても、身内や友人や同僚、同級生たちに愚痴を言うくらいで済んでいましたが、今の時代ではSNSであっという間に世間の共感を呼びます。いわゆる炎上の一形態になってしまいます。

広告主、広告代理店側といった広告を仕掛ける側が、かえってイメージダウンになってしまうのです。SNSの無い時代なら、広告宣伝費用をかけて失敗しても、そこで撤退すればそれ以上の損害はありませんでした。

しかし現代では、炎上して商品・サービスなどのイメージが悪くなることで、費用をかけたのにむしろ損失が出る恐れがあります。

炎上商法というやり方もありますが、焦土戦術のようなものであって、いつまでも続けられるものでもありません。効果を保つためには過激化していくしかありませんし、行き着く先は何らかの違法行為です。第一、まともな広告であれば炎上商法には出来ません。

ただ耳目を集めれば良かった20世紀の広告形態とは明らかに異なります。

18世紀は啓蒙思想
19世紀はロマン主義
20世紀はイデオロギー
が時代を動かす原動力になってきましたが、この21世紀は個人感情で大半のことが動きます。

個人感情をコントロールしようとして炎上する広告は、多分今後も後を絶たないでしょう。

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