平繁無忙の何でも書くブログ

  • 2020年10月11日J3リーグ第21節ガンバ大阪U23対カターレ富山戦DAZN観戦の感想

    昨日のトップチームの試合では、台風14号が関東にもたらした大雨により、どろんこサッカー・田んぼサッカーの様相でしたが、割り切って放り込みに徹した宮本監督の策が功を奏して勝利し、これで6連勝となりました。

    首位の川崎はともかく2位のFC東京とは勝ち点3差で3試合未消化、3位のセレッソ大阪とは勝ち点1差で1試合未消化となり、勝てば2位という状況にまで上がってきました。来季のACL圏内だけではなく、今年ののJ1リーグ2位までに与えられる「今年の」天皇杯出場まで見えてきました。夏頃には天皇杯は全く眼中になかったのですが、ここまで来るとは驚きです。

    さてそんなトップチームにいかに選手を供給できるかが存在意義でもあるU23の方ですが、前節では負けてしまい連勝ストップ。今日からまた連勝目指して試合です。

    スタメンでは移籍後初スタメンのGKイ・ユノ、そして怪我明け復帰後初スタメンの中村仁郎に注目です。ただ、最近のガンバU23では、山口・奥野・伊勢が良いですね。個人的には伊勢のトップチーム昇格はあるのではと思っていますが、来年の話は

    対する富山には中央に№10花井がいます。名古屋での若手の時期がどうしても記憶に残っていますが、もう中堅もド中堅のキャリアになってきました。

    前半キックオフ後、いきなりミドルを放っていったのは奥野でした。

    序盤は結構、ガンバは攻撃も守備もうまく出来ています。CKでイユノがパンチング空振りしたときは焦りましたが。

    13分には裏に抜け出た山口のクロスから立て続けにPA内で攻めましたがシュートは出来ず。

    17分には富山の攻撃に振り回されて強いミドルを打たれましたがイユノが弾きました。

    19分にはDFの裏に綺麗に抜けた高木がGKと一対一でループシュートを放ちますが大きく外れます。

    攻め続けたガンバが22分、中村仁郎が右サイドから切り返して中に持ち込み、巻いて入る見事なシュートを決めてました。まさに才能を見せつけるようなゴールでした。家長や堂安を彷彿とさせるレフティと言わざるを得ません。

    遅めの飲水タイム後の33分、中央の伊勢からのパスに抜け出た唐山がバックヘッド気味に合わせて狙いますがゴール右に外れました。ああいうのは松波が上手かったですよねえ。

    ずっとポゼッションしててもショートパスだけではなく、高木や唐山、塚元、山口らが何度も相手DFラインの裏に抜け出すことをしていますが、こんなに何度もあるのは即興ではなくて明確に森下監督の指示が出ているのかも知れません。

    守備でも相手ボールに素早く人数をかけて寄せていますので、それが出来ているのはポジション取りが良いのと、選手間距離が適切なのだと思います。

    何度もライン裏に抜けていた唐山が、38分に左サイドの高木の右アウトサイドクロスに合わせて追加点を決めました。高木のクロスが相手の意表を突けましたね。

    41分にもゴール前で唐山・塚元・奥野と続けて攻めましたが決まらず。そしてこのまま前半終了。

    3点目を取ってもおかしくない前半の内容でした。ミスがないわけではないですが、富山もそのミスをついて効果的な攻撃が出来ていないので、結果的にはガンバが攻め続けるという状況になっています。

    ハーフタイムで富山が2人交代です。2−0なので当然でしょう。対するガンバはこれも当然ながら交代なしです。

    そして後半開始。立ち上がり早々に右サイドの富山のクロスがリフレクションでバウンドしたボールをイユノがこぼしてしまい、詰められて失点。Jリーグデビューのイユノが前半から結構ボールをこぼしていたのである意味予見できる失点でもありました。

    前半良かったのに後半にミスから失点していきなり難しい試合展開になりました。ハーフタイムコメントで森下監督が「もっと自分たちのチームにきびしくいく」とうのがありましたが、前半でもフリーでのパス・トラップでミスして奪われることが何度かあったので、それを念頭に置いていたかも知れませんが、いきなりの失点は良いものではありませんよね。かえってこれで気持ちが引き締まる可能性はありますが。

    後半は当然ながら前半ほどはガンバペースではありません。富山も守り方が変えてきていると思いますが、ガンバもチャンスは作れていますので、キーになるのは次の得点がどちらになるか。

    62分には左サイドを駆け上がった山口の高速クロスにファーで中村が合わせましたがシュートは出来ず。その直後にも高木が抜け出してトラップするもシュートは出来ず。前半からの裏に抜け出る意識は続いているようですので、そのうち3点目取れそうにも思えます。

    64分はガンバのミスから富山のクロス→ヘディングシュートまで行きましたがイユノがパンチングでセーブ。

    後半はガンバと富山はイーブンというよりも富山の方が少し優勢かな。45対55くらいですが。ガンバは押されながらもチャンスでゴールできれば試合を決めることが出来るはずです。

    とはいえど、75分にまたも右サイドからのクロスに合わされて失点。これで2−2の同点となってしまいました。

    前後半のこれまでのチャンスで3点目が取れなかったこと、後半頭に失点したことが響いてきました。

    そしてガンバが最初の交代。裏を取られることが増えた山口から村上への交代です。

    その直後、82分に唐山が抜け出して冷静に流し込み勝ち越します。唐山はこれで今シーズン10点目となりました。

    その後は時間が経過し94分には富山のビッグチャンスがありましたが、伊ユンが落ち着いて防ぎ、その後のCKもしのぎきって勝ち点3を得ることが出来ました。

    ただ、唐山が遅延行為で4枚目の警告を受けてしまい、次節出場停止となってしまいました。2得点と復活したのにもったいないところですね。

    中村は90分フル出場できたので、今後もおそらくスタメンでしょう。

    またしても土曜にトップチーム、日曜にU23チームが勝って良い週末となりました。

  • ハンコレスと社会全体のIT化

    河野行革相を中心にして、一気にハンコ廃止運動が加速しそうです。

    印鑑そのものが悪者になっているように思えて、関連産業に従事している人にとってはたまったものではないでしょうけれど、そもそもは押印が無いと進まないシステム・業務を作って維持している人達の方が悪いわけで、その点は可哀想かなと思います。

    そうは言っても、3・11後に節電による冷房の利用抑制からクールビズが一気に普及したように、コロナ禍後の日本社会ではハンコを使わないシステムが定着するかも知れません。

    コロナ禍に時代が変わる、パラダイムが変わるというような大げさな言いようには与するつもりはありません。ネクタイにしろハンコにしろ、もともと面倒だなあと思っている人が多かったから、節電や在宅勤務をキッカケに一気に変わるものなのだと思います。

    急激に全てが変わったわけではなく、変えてもいいんじゃないか?、という意識の共有化が悲劇をキッカケに生まれたのではないでしょうか。

    また、変わるにしても変わったものはネクタイ・ハンコの製造に携わっている人には悪いですが、無くても成り立つけどあった方が良かった、というものだったということです。

    ネクタイが無くてもワイシャツは着られますし、ハンコが無くても書類は成立します。どうしても無くせないところにはネクタイもハンコも存在し続けます。

    日本においてのハンコ文化は、志賀島で見つかった金印あたりから始まっているのかも知れませんが、そもそも誰もが印鑑を持つ時代になったのは結構最近です。それまでは花押などの署名か、一揆の血判状にあるような指紋か、あるいはそもそも本人確認が不要だったかのどれかです。

    資本主義経済が定着し、書類に個人や法人が押印して契約書やら申請書やらを作成するようになったのは20世紀以降でしょう。押印が日本文化の一つではあるのでしょうけれど、何かを犠牲にしてでも残す文化かどうかというと、難しいところです。

    最近のAmazonではヤマト運輸が運ぶときは押印が必要ですが、Amazonサービスプロバイダが運ぶときには押印は必要ありません。個人の認め印やシャチハタ印はそもそも偽造が簡単に出来るので、もう必要性は今回のコロナ禍から始まった押印批判から無くなるでしょう。

    本人確認として、大きなお金が動くような契約の際に使用される実印は残るかも知れません。ただ、これも印鑑カードを使って印鑑証明を発行できることと、その実物の実印を持っている人間が本人として扱われるという仕組みですので、印鑑カードや実印を別のものに置き換えることが出来れば、実印システムも不要になるはずです。

    ただ、そこまでのシステムは社会的に整備されていませんので、実印はしばらく残るでしょう。それこそ何のためのマイナンバーカードなのだと言いたくもなりますが、マイナンバーのシステムも問題がありすぎるのですぐには置き換えられないはずです。いずれは変わるでしょうし、究極的には生体データを公的機関に登録しておいて、必要に応じて認証する仕組みになるでしょう。指紋、掌紋、瞳の虹彩、顔などが今でもありますが、最終的には本人の遺伝子・ゲノム情報も利用されるかも知れません。

    結局はデジタル化・IT化を個人も企業も行政も全てひっくるめた社会全体で出来るかどうか、ということが問われてきます。このコロナ禍で新しく出てきた問題ではなくて、ただ顕在化しただけの話です。

  • 兼業化が進むサッカーと分業化が進む野球

    サッカーはポジションに限らず、守備も攻撃も出来ないといけなくなっていますが、野球は逆に昔に比べると分業化・専門化が進んでいます。

    サッカーというスポーツは、ゴールキーパー以外のフィールドプレーヤー10人は全て同じルールの下にプレーします。その中で、各ポジションが決められて、役割に沿ってプレーするのですが、ヨハンクライフの頃からポジションチェンジは当たり前になりました。選手の特性や能力、得意不得意に合わせて、求められるプレーは異なりますが、時代が進むにつれてどのポジションの選手でも守備も攻撃も当たり前にこなせることが要求されるようになっています。今ではGKでさえ攻撃参加、ボール回しに加わるのが当然となり、ゴールエリアにべた貼りのプロ選手の方が珍しいかも知れません。

    逆に言うと、昔、例えば20世紀中頃まではポジションチェンジは当たり前ではありませんでした。FWは攻撃、DFは守備というのが当たり前でした。

    いわば、ポジション関係無しにどの選手も役割が混合され、攻撃と守備の兼業が必要となってきています。

    一方、野球では本来は各ポジションが元々決まっていて、ピッチャーとキャッチャーは当然ですが、他の野手も守っている場所はほぼ決まっています。細かい移動はあれどどのチームも同じです。打順にしても役割が大まかには決まっています。さらに、二十世紀後半には、ピッチャーも役割が分担されていきます。

    先発→抑えという分業が始まり、それから中継ぎ、セットアッパーという存在も当然のものとなりました。今では、オープナー、ショートスターターといった、終盤ではなく序盤に投手を注ぎ込む戦術も出てきました。投手については先発完投が当たり前の時代から、イニングを細かく分けて役割分担することが一般化しています。

    時代が変われば戦術も変わるのはサッカーも野球も、あるいは別のどんなスポーツだって同じでしょうけれど、サッカーは兼業化、野球は分業化していっているように思います。

    多分ちゃんと研究・分析している人はいると推測しますが、野球とサッカーのスポーツとしての特性としての違いによるものなのでしょうか?

    私自身が、するスポーツとしても見るスポーツとしても、他のスポーツの詳細をほぼ知らないので他の事例を挙げられませんが、ラグビー、バスケ、ホッケー、バレー、あるいはソフトボールやクリケットなどではどのように変容していっているのでしょうか?

    最新の事例まで盛り込んで論考している人っているのでしょうか。

  • 回転寿司と立ち食い蕎麦というファストフードと通が混じる食べ物

    蕎麦にしろ寿司(にぎり寿司)にしろ、江戸時代には庶民が手軽に食べるものでした。その後、時を経て現代でも気軽に食べる料理である一方で、高級店も存在し、通な食べ方をする人もいる格差の激しい料理でもあります。

    生まれも育ちも大阪の人間にとっては、蕎麦よりうどんなので高級な蕎麦というのがあまり身近な存在ではありません。もしかすると年越し蕎麦以外は食べない大阪人も結構いるのではないでしょうか。

    京都やあるいは東京に行ってみると蕎麦のそれなりに高いお店というのは普通に街中にあります。駅ナカの立ち食い蕎麦の5倍くらいの値段になるわけですが、食べる時間も値段もまるっきり違うので同じ料理というのも変な感じです。

    値段差で言うとお寿司の方がもっと差があるでしょうか。1皿100円の回転寿司や、スーパー・コンビニで売られている500円程度のセットと比べて、いわゆる回らないお寿司屋さんでのにぎりとなるととんでもない値段差(もちろん値段以外にも差がありますが)が生まれます。

    ただ、どちらも元々はファストフードとして、江戸の庶民に親しまれたところから普及していった料理です。注文からすぐに調理して出すことが出来て、安くてそれなりに腹も膨れるのがファストフードたるゆえんですが、江戸時代のにぎり寿司は今の数倍のサイズがあったそうです。そばも時代劇ではよく出てきますね。

    その一方で、時が経ち社会が豊かになってくると、蕎麦も寿司も伝統ある高級店が出てきます。

    高級店だってピンキリですし、値段相応なものなはずですが、だからといって通ぶっている人が本格的な蕎麦や寿司こそが当然のものであって、立ち食い蕎麦や回転寿司などを低く見るような考えはどうかなあと思ってしまいます。別に僻みで言うつもりはなくて、元々は安くて早くて食べられるのが蕎麦やにぎり寿司の本質だったはずなので、むしろ何千円もする方が変とは言わないまでもそれが正当でもないわけです。

    世界的に見て、ファストフードが高級化するという事例って他にもあるのでしょうか? ピザやハンバーガーも値段が高いものはありますが、お寿司みたいな例は無いように思います。日本の食文化のためなのか、日本人が凝り性なのか。日本特有の問題であれば、牛丼やたこ焼きだって高級化してもおかしくないはずです。未来にはそうなっているかも知れませんが。

  • 地方での暮らしと自動車

    都会の喧噪から離れて、のどかな地方・田舎に移住してノンビリ暮らしたい、という願望は、都心部で生活している人にとっては良くある願望です。

    都会暮らしが向いている人、田舎暮らしが向いている人はそれぞれいますし、両方OKという人ももちろんいるでしょうけれど、都会との決定的な違いとしての田舎暮らしの問題点として、現代日本においては車が必須だというところです。

    田舎でのんびりスローライフ、には自動車が必須というのは、個人的には矛盾に近いものがあるというか、いろいろ手間やお金がかかるなあとイメージを持ってしまいます。

    多分これは、生活にも仕事にも自動車が不要な暮らし方をしているから持つイメージなのだと思います。電車・バス・自転車・徒歩で目的地と自宅の往復を容易にできる地域に住んでいると、自動車の必要性は当然ながら薄れます。もちろん、同じ場所に住んでいても家族構成や趣味によっては車が欠かせない人もいますが、都会では車を所有する上で必要な駐車場代だけでも1年で20万以上かかってしまいます。

    それに加えて、自動車関連の税金、ガソリン代も必要です。自動車が不要な生き方をしている人にとっては、これら自動車関連経費と電車などの運賃を比べると圧倒的に前者が高いという意識があります。

    都会では自動車経費が出来ればかけたくないものであっても、地方では必須となってきます。必須なので好むと好まざるとに関わらず、水道光熱費や食費などと同レベルの必要性ですので節約はしてもゼロにする人はほぼいないでしょう。

    さて、そうなると田舎でのんびりスローライフ、という生き方と、環境保護に対立するガソリン車が共存することになってしまいます。別に地方で住むことと環境保護を両立する義務など存在しませんが、何をするにもどこに行くにも車が必要という暮らしというのは、都会に住んでいてはなかなか想定しづらいです。

    食品や生活必需品を買いに行くにも、銀行や郵便局や役所に行くにも、病気や怪我で病院に行くにも、場合によっては子どもを学校に連れて行くにも自動車で行くしかありません。

    電車の時間を気にして行動するよりは、自分で運転すればいい車移動の方が気楽という点はあります。逆に、自分で運転しなくても、寝ていても、本やスマホに没頭していても移動出来る公共交通機関の方が楽という人もいるはずです。

    その辺は人それぞれだと思いますが、地方の方が気楽・ノンビリというのはある意味偏見でしょう。都会の方が気楽に暮らせる人も間違いなくいます。

    それでも、地方の特に過疎地域が過疎化していき、地方の都市部に人が集まっていく現状を考えると、大都会にまで移住するのではなく、それなりに施設が集中している地方の中心都市の利便性が、一番バランスが取れているのかも知れません。

  • あべのハルカス美術館で「奇才ー江戸絵画の冒険者たちー」を鑑賞してきました

    8月のうちに前売り券を購入していて、9月12日に開催されていたのですがようやく行きました。あべのハルカス美術館は正月に「カラヴァッジョ展」を見に行ってからの9ヶ月振りです。

    画像1

    あの頃は、中国の武漢で肺炎が広がっている、というニュースは確か目にしていたとは思いますが、ここまでになるとは思ってもいませんでした。数ヶ月のうちに隔世の感があります。

    今回の「奇才ー江戸絵画の冒険者たちー」は、有名どころと無名の画家が入り交じった結構意欲的な特別展だと思います。

    奇才ー江戸絵画の冒険者たちー
    https://kisai2020.jp/

    10月5日には学芸員の解説動画がYouTubeにアップされていました。

    https://youtu.be/GDVxz51mmHc

    さて、実際に行ってみたところ、平日でもあり、開催直後でもないので混雑はしていませんでしたが、閑散ともしていなくて、多分土日には結構人入りがあるのではないかと思います。

    葛飾北斎、尾形光琳、俵屋宗達、池大雅、与謝蕪村、円山応挙、歌川国芳、谷文晁といった、日本史の教科書に載るレベルの画家もさることながら、一番最後に飾られていた神田等謙のように、今回新たに発見されたような画家の作品もありました。

    変わった題材を伝統的な画風で描いていたり、伝統的な題材を変わった画風で描いていたり、あるいは変わった題材を変わった画風で描いていたりと、飽きることなく見続けられる作品ばかりだと思います。

    個人的には、つい先日、

    アイヌと縄文 ─もうひとつの日本の歴史
    https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480068736/

    この本を読んだばかりでもあったので、蠣崎波響が描いたアイヌの首長の絵が気になりました。カラフルでしたし。

    あとは、天狗と寿老が鼻の長さと頭の長さを比べている絵とかどうやって思いつくのかというようなコミカルな絵もあり、点数も多く、人にも勧めやすい美術展でした。

    見終わって、同フロアの展望台で休憩しながら思いましたが、美術館は結構コロナ禍の中でも比較的楽しみやすいところではないでしょうか。

    作品保護のために空調設備は万全なはずですし、訪れる人もそんなにおしゃべりしません。また、ずっと同じ場所に居続けることもないですし、中で飲食することもないので飛沫も飛びにくいはず。他人にも物にもあまり触れることがないので、美術館において感染することって、混雑しない限りは少ない気がします。

    一つところにいる人数をコントロール出来る限りは、こんな時代でも楽しめる外出先だと思います。

  • 遠藤保仁のガンバ大阪からジュビロ磐田への期限付き移籍について

    先週後半から試合結果以上にサッカーメディアを騒がせていたのが、ガンバ大阪のレジェンド、遠藤保仁のジュビロ磐田移籍報道でした。

    ガンバサポーターは誰もが穏やかならぬ数日を過ごしてきたわけですが、ついに今朝、各種報道の通り、磐田への期限付き移籍が正式にプレスリリースされました。

    遠藤 保仁選手 ジュビロ磐田へ期限付き移籍のお知らせ
    https://www.gamba-osaka.net/news/index/c/0/no/11505/

    遠藤 保仁選手が期限付き移籍加入
    https://www.jubilo-iwata.co.jp/newslist/detail/?nw_seq=7482

    第一報後に出た一部メディアからの、宮本監督との対立構造を匂わせるような報道に拒否感もあるのですが、選手は試合に出たい、監督は自分のサッカーに合う選手を出したいものです。

    今回の件と関係なく、監督と選手が揉めている場合は監督の方を基本的には支持します。選手起用の権限、指揮監督権は必ず監督に属するものであり、それ以外の人間がアレコレ言うチームがまともに機能するわけがないからです。

    良くある話として、ワンマンオーナーがスター選手を連れてきて、監督に起用を命令するようなことがあったら強くなるわけがありません。

    それとは別に、また今回の遠藤のようにクラブに多大な功績があるベテランと、監督のやっているサッカー・使いたい選手にズレがある場合に、監督と選手どっちを取るか、という非常にやっかいな問題が出てきます。

    遠藤にしてみれば先発で毎試合出場したいというのは当然です。しかし宮本監督にも言い分も理屈も当然ながらありますし、今年のサッカーはトータルで見れば去年一昨年よりは遙かにマシでしょう。先日の試合で勝って5位にありますが、未消化の試合を勘案するとACL圏内の3位もあり得ます。内容も結果も、宮本体制3年の中で最も良い状態です。

    井手口が欧州に行く前のシーズン並みにプレー・コンディションが戻ってきて、さらに大卒ルーキーの山本が、怪我で離脱した矢島の穴を十分に埋めて、そしてその矢島も控えに戻ってきた今、遠藤がベンチに入れるかどうかも難しい状況になってきました。

    先日の名古屋戦のような、途中出場で決定的な仕事も出来るでしょうけれど、他の試合もトータルで見るとちょっとどうかなとも思ってしまいます。

    日本サッカー・Jリーグ・ガンバ大阪全てにおいて、遠藤保仁という選手は言うまでもなくレジェンドです。ガンバ大阪のクラブのこれまでの歴史を通じて最も重要な選手は誰かと言われたらまず間違いなく遠藤保仁の名が上がります。他の人の名前を挙げるのも無理です。

    それでもなお、ガンバ大阪は遠藤保仁のためだけにあるクラブではありませんし、遠藤保仁もガンバ大阪のためだけにサッカー人生があるわけではないので、このような移籍が生じるのは仕方ありません。

    それとは別の問題としては、山口・橋本・明神・二川といった黄金期を支えたベテラン選手の処遇については、いろいろファン・サポーターからは文句も出るでしょうけれど、それはそれでまた当然のことです。それでも、引退後に山口智は戻ってきてくれましたから、今後のガンバの経営陣・強化部の対応次第でもあるでしょう。

    サポーターからはお別れというか、最後に一目見て、という要望がクラブに寄せられるのも当然だと思います。これほどの選手がセレモニー無しで移籍してしまうのはJリーグのこれまでの例から見るにあり得ないと思うのですが、期限付き移籍だと難しいところです。

    まあ、一応は「期限付き」移籍ではあるので、来年にはしれっと戻ってきて普通にキャンプインして開幕スタメンとかやりかねないのがヤットでもあります。そもそもガンバが遠藤と再契約するか、出来るかどうかは全く分かりませんが。

    しかし、正式発表は月曜だろうなと思っていて実際その通りだったのですが、朝8時とは思いませんでした。仕事早いな。

  • 2020年10月4日J3リーグ第19節ガンバ大阪U23対Y.S.C.C.横浜DAZN観戦の感想

    ガンバサポとしては遠藤の件に触れないわけにはいきませんが、こういうことは正式発表があってからにしたいと思っています。公式の発表は平日になって行われるのがほとんどなので、おそらく明日月曜になるでしょうね。

    それはともかく今日はU23の試合です。

    アウェイゲームでは5−5の泥仕合というか、ガンバらしい試合結果となったカードです。今日も高木がOAで入ります。唐山・塚元・白井と共に攻撃を担いますが、ゴールも欲しいですね。

    ちなみに個人的な注目は控えに入った伊勢と中村。中村の実力は去年の時点で知っていますが、伊勢が最近は良いですね。トップ昇格の話って出てるんでしょうか。

    キックオフ早々の失点癖はようやく収まりつつありますので後は攻撃です。先発メンバーでの攻撃のリズムが掴めない時には彼らの出番があるでしょう。

    昨日の余韻が残っているのかどうかは分かりませんが、土日でのパナスタホームゲーム開催というのは珍しいですね。

    さてキックオフ。

    序盤はYSペースというか、ガンバはたまにカウンター気味に攻めるくらいで基本的に攻められています。試合展開としては前節の熊本戦に似ているでしょうか。

    塚元や山口がロングレンジでシュートを狙いますがともに大きく外れました。

    ボールを持たれる時間が長くてもそれほどヤバい感じはありませんね。

    どちらも決定的なところでは身体を張った守備で枠内シュートも打たせません。飲水タイムまではイーブンな内容です。

    29分にはタビナスの裏を取られてシュートを打たれましたがGK石川がキャッチ。両チーム通じてこの試合これまでで一番の決定機でした。

    34分には右サイドを抜け出た白井が中央に高速クロスを送り、流れたところを黒川がシュートするもブロックされました。ガンバにとっての決定機はこれが最初でした。

    39分には山口のパスを奪われてシュートまで持っていかれました。ああいうのは怖いなあ。

    結局0−0で前半終了。前半の後半はガンバがボールを持って攻めていましたが、トータルで見るとやはりイーブンな試合展開だったと思います。

    高木は下がってボールを受けますが、前に張っている唐山が消えてしまっています。ただ唐山のプレースタイル的に89分消えていても1分で得点するタイプでしょうから、後半に期待します。

    さて、後半キックオフ。

    51分に抜け出した唐山から黒川のクロスに白井がシュートを放つもGKに防がれました。直後のCKではタビナスのヘッドに唐山が頭で合わせましたがポストに跳ね返されました。

    54分には高木が角度の無いところからシュート。前半の後半の流れを引き継いでボールを敵陣でキープする時間が増えています。

    57分にはタビナス、塚元、黒川とつないで奥野が見事なミドルシュートを決めてガンバ大阪U23が先制です。前節もそうでしたが、良い流れできっちり得点出来るようになってきました。

    直後にドリブル突破からのスルーパスからシュートされましたがオフサイドの判定で助かりました。中盤でのドリブルを許すシーンが前半にもありましたので、あの点はYSの狙い所でもあるかも知れません。

    当たり前ですが失点したYSが攻勢を仕掛けてきています。しかしガンバ大阪U23も守備が崩れることは無く冷静に対応出来ています。

    67分には黒川のクロスを受けた高木が真正面から打ちますがブロックされます。もったいないというか、もう少し工夫が欲しいところ。

    直後のCKから続けて攻撃していた流れから、タビナスのスルーパスを受けた唐山のシュートは当たり損ねた弱いものでしたが、相手GKがキャッチミスでトンネルしてしまい、ある意味ラッキーなゴールが決まりました。まあどんな形でも得点するのがFWの仕事ですので、これで調子が上がっていってほしいと思います。

    2−0になってからはまたガンバのボール保持が高まりました。

    75分には白井のボレーシュートをGKが弾きます。78分には高木がFKのこぼれ球をボレーしますが松田の背中に当たってしまいました。当たらなければ間違いなく入っているシュートでしたので、ラッキーな唐山とアンラッキーな高木が対照的です。

    82分には縦パスを受けた唐山がシュートを打つも枠の外。点取るとノッてくるのがFWですよね。

    結局このまま2−0で終了。前節と同じスコアでの連勝となりました。

    先制点の奥野はサイドバックで使われたりもしていたので、なかなか難しいでしょうけれど、本職のポジションで使われて本来のプレーが出来るようになってきたかも知れません。

    これでガンバ大阪U23は11位まで上がりました。順位はあまり気にしなくていい立場といえど、やはり低い方よりは高い方が良いに決まっています。

    シーズンも半ばを過ぎて守備のやり方も整理されてきたのでしょうか。ここ2試合は攻められる時間があっても守り切れています。シーズン終了まではもう少し順位も上がるのではないかと期待しています。

    それよりも唐山の得点の方が大きいですかね。トップに呼ばれて結局出場しないままで戻ってきたので、またU23で得点を量産してトップに呼び戻されるようになってほしいですね。

    さて、土曜にトップチームが、日曜にU23チームが2−0で勝利したという素晴らしい週末でしたが、明日は遠藤移籍発表でしょうか。ある意味、ガンバ大阪の歴史に残る日になるかも知れません。

  • 企業と社会の持続性のための冗長性

    日本企業・日本社会にとってこの30年は、効率性を追求してきた失われた30年でしたが、冗長性が必要となる時代が来たのではないでしょうか。

    今回のコロナ禍に限らず、過度に効率化を実現した生産工程、サプライチェーンはどうしてもどこかに集中してしまい、いざという時に集中した部分が途切れてしまうと供給がゼロになってしまいます。

    サプライチェーンを複数確保して、冗長性を持たせれば完璧に止まってしまうことはなくなります。もちろん、似たような経路にしないことが必要です。中国の広州にある工場のサブとして重慶に工場を建てたとしても、日中間の往来や輸出入が止められたら同じことです。

    もちろん、冗長化によってコストが上がり、それは商品価格に跳ね返ります。その代わりの供給体制の安定性ですから、どっちを重視するかは経営方針の問題でもあり、消費者や中間業者の希望もあるでしょうけれど。

    冗長性はサプライチェーンで言えば供給の安定性につながりますが、それ以外の分野でももちろん利点は存在します。

    例えば言葉による意思伝達。

    少ない言葉数で正確な意思を過不足無く伝えられれば一番いいですが、言葉が少なければ受け手が間違う可能性が増えます。言葉を多くして同じ意味の表現を複数費やせば、間違えられる確率は減ります。その分、無駄な言葉が増えるわけですが、その代わりに正確性が高まります。

    文字や紙などが無かったころ、貴重だった頃の詩や口承文芸が、ともすれば現代人からしたら過剰にも思える修飾表現を当然とするのは、同音異義語による意味の混同を防ぐためでもあるのでしょう。
    多彩で優美な説明のためだけではなく、実用的な理由ということです。
    アフリカのトーキングドラムも同じかも知れません。

    トーキングドラムで情報伝達していた、という知識は数年前に

    インフォメーション―情報技術の人類史―
    https://www.shinchosha.co.jp/book/506411/

    を読んで知ったのですが、面白い書籍でしたね。

    その本の中にもありましたが、ビットでデジタル信号を伝達するのも当然ながらビット数を増やせば正確に情報を伝達できるようになります。ハッシュ関数を用いてチェックディジットとか付与すれば改ざん・エラー訂正が可能になるのも同じですよね。ブロックチェーンも冗長さと暗号化で成り立っています。

    あと、サプライチェーンという企業間のつながりではなく、企業内部でも従業員に冗長性が必要となってきたと思います。

    効率性を追求しすぎて、業務と人員のバランスがぴったりすぎたら、今回のコロナ禍とか、何かの災害とかによって勤務体制が保てなくなるとオペレーションが破綻します。

    もっとやり過ぎのブラック企業だと、普段からギリギリなため一人が風邪を引いて休んだだけでスクランブル体制に入ってしまいます。某牛丼屋さんのワンオペとかは分かりやすい例ですね。

    その某牛丼屋さんも批判を浴び、ブラックイメージによって人の募集も苦しくなって環境もマシになったそうですが。

    どんな企業でも、毎日ぴったり同じ業務量ということはないでしょう。日によって、季節によって、天候によって、取引先や消費者の状況によって変わるのが当たり前です。最小の量に合わせた人件費であれば節約できますが、人手が確保できなくなったり業務量が急増すると結局破綻します。

    余分な人件費をかける余裕がないというのが経営側の理屈となりますが、それが原因で緊急事態に経営を持続できないのであればやっぱりダメでしょう。

    もしものために、という理由で内部留保を抱えているのなら、同じ理由で人員も余裕をもっておく理屈もあり得るはずです。

    人件費を増やさず、労働力の可変性を保つには非常勤・非正規労働者を増やすことになりますが、それをすると結局ワーキングプアが増えて社会的な問題となってしまいます。

    冗長性が社会的あるいは法的な制度として保証されているなら、個々の企業が余分な人員を抱えなくてもいいかもしれません。具体的には、労働者の流動性をもっと高めて、企業が雇いたいときに雇い、不要なときには公的保険などで労働者の収入をカバー出来るのであれば企業内の労働力の冗長性は不要です。

    ただし、そのように企業が人的効率性を追求するのなら、そのために労働者の収入源をカバーするための失業保険やベーシックインカムのための法人税増税は当たり前に必要となってきます。

    企業活動は資本主義社会にとっては欠かせないものです。ゴーイングコンサーンが前提で様々なものが成り立っているのであり、さらにそこで働く人の生活も持続しやすいように、企業や社会全体が課税と配分を考える時代が近付いてきているのかも知れません。

  • メンター・コーチ・チューター・オンライン授業のAI化と非言語コミュニケーション

    日本ではまだ普及し始めくらいですが、アメリカなんかではメンター制度が普及しています。メンターはその名の通りメンタルの部分をサポートするのが主な役目です。その他、似たような立場にはコーチ(コーチング)やチューターがあります。

    コーチ(コーチング)も最近は資格として一般的になってきました。言葉自体が元々一般的であり、概念・意味としては人によって異なるかも知れませんが、資格として求められるコーチングは、相手が目標を達成するための指導です。

    また、チューターは主に先輩が後輩を具体的に指導するものであり、例えば大学の研究室で院生が学部生を教えたり、企業で5年目の社員が新入社員をOJTで指導したりするのが当たります。

    これらメンター・コーチ・チューターという言葉自体が日本で、特に企業やビジネス分野などで使われるようになったのはここ最近だと思いますが、いずれも昔の日本企業では上司・先輩が担っていたはずの役割だったと思います。

    仕事を現場で見て覚えさせて、会社や部署一体となって目標設定して、仕事終わりに飲みに行ってプライベートな悩みを聞いて、ということは、昭和の一時代では普通だったのではないかなあと思いますが、会社における個人間の繋がりが、バブル崩壊後の年功序列・終身雇用の制度崩壊と共に無くなっていったことも、コーチングなどの資格や仕組みがビジネスとして注目され始めた理由の一つだと思います。

    どれもリアルな人間がリアルな人間を指導するわけですが、企業も先輩も後輩もお金や時間の余裕が無くなってくると、人材育成がままならなくなります。

    人が人を指導するには場所や時間を合わせないといけないですが、いっそのこと指導する側がAIになるという時代が来るんでしょうか。

    相手がネット経由で対応出来るコンピュータであれば、時間的距離的な制限は無くなります。まあ、仕事を終えて帰宅してから、パソコンやスマホ経由でネット上のAIメンター、AIコーチとやり取り出来る人は限られているような気もしますが。

    AIメンターが発明されるかどうかはともかく、生身の人間が生身の人間と相対して叱咤激励するとか指導監督するというのは、非言語的な部分も含めてのコミュニケーションであり、そう簡単にはAIには取って代わられないかも知れません。

    生での指導が重要と言えば、学校の授業もコロナ禍によってオンライン化しても基本的にはリアルタイムでの授業であり、先生が話している内容を後で見る、ということは認められていません。病気などであれば別でしょうけれど、原則として学校での授業のように、一つのZoomなりTeamsなり何なりのレッスンルームの中に、先生と生徒が一緒に入って授業を行うことになっています。

    ただ、そもそもオンライン授業ならオンデマンドでもいい気もしますが、やっぱりサボると思われているんですかね。授業中にガンガン質問してくる生徒は生授業の方がもちろん良いというか、そうじゃないとダメでしょうけれど。

    やっぱり教えている側としても、授業中の雰囲気や生徒の表情や仕草を通して得られる非言語コミュニケーションが必要なんでしょうかね。

    自然言語処理や自動応答はハードウェア・ソフトウェアの進化によって人間と変わらなくなるでしょうけれど、場の雰囲気、空気感や相手の様子も踏まえての対応というのは、AIが出来るようになるとしても相当先のような気がします。

  • スポーツチームへの間接的支援と直接的支援のバランス

    個人にしろ団体にしろ、顧客や消費者から直接サポートされることが当然の時代になってきました。

    配信サービスにおける投げ銭や、クラウドファンディングですぐにサポートしてもらえる体制は誰でも簡単に構築することが出来ます。もちろん、そこから先が一番大変で、願っているレベルで支援を十分に得られる人はごくわずかかも知れません。

    また、当然ながらそのために使用しているサービスもただでは使用出来ません。投げ銭でもクラウドファンディングでも中抜きはあります。それはしようがないにしても、「直接的に支援している」感じがあるだけでも支援する側の気持ちが違ってきます。

    サッカークラブの場合でいうと、直接的な支援はファンがチケットやグッズを買うことです。間接的な支援はDAZN・テレビ中継を見ることでしょう。あるいは、SNSやブログなどに書き込むことにより、社会的な認知が大きいことが企業の目に留まり、スポンサー企業になってくれたりスタジアムに広告を出してくれたりすることもあり得ます。

    放映権料やスポンサー広告料の割合が高くなりすぎると、それらがいきなり無くなったり、大幅に減った場合などしたときに、途端に経営が立ち行かなくなってしまうため、入場料収入の割合が高い方が良いとしばしば言われます。

    ただ、そもそも入場者数が多いチームは、メディアを通じての視聴者も多いはずですし、企業の広告効果も高いはずですのでそもそもいびつな構造にはならないはずです。なるとしたら、放映権料が異常なほど値上がりしている、例えばヨーロッパチャンピオンズリーグのような退会の放映権料が入るかは入らないかでクラブ予算にとてつもない差が生まれる場合と、大富豪や巨大企業がポンとクラブを買収して多額の費用を注ぎ込むような場合です。

    チャンピオンズリーグ出場を逃したクラブや、巨大スポンサーが急遽撤退したクラブは、それ以外の収入が予算のごく一部の割合しかないため、カバーしきれず崩壊していきます。そういったことが起きると、放映権料やスポンサー料に頼った経営自体が非難されることになり、入場料収入・グッズ収入の割合を高めることを求められます。

    ただ、そうは言っても入場者数を増やすにしても限界がありますし、元々満員近く入っているクラブならチケット代を上げるしかありませんが、それはそれでファンから批判されてしまいます。

    結局、直接的・間接的の区別による割合の問題というよりは、実際に得られる収入を上回る予算を設定して経営する危険性の問題でしょう。

    支援する側とされる側が直接の結びつきだけが正しいわけではありません。直接的支援と間接的支援は、車の両輪であるべきです。

    ちなみに私の愛するガンバ大阪はおそらく誰もがご存知でしょうけれど、親会社がパナソニックです。正確にはクラブを運営する会社の株式を7割保有しています。

    クラブ概要
    https://www2.gamba-osaka.net/club/club.html

    三分の一を超える他株主がいないので、株主総会では基本的に何でも出来ますので、事実上のパナソニックがガンバ大阪に対して何でも出来る立場です。

    そのパナソニックは大企業でもあり、多数の社会人スポーツチーム・選手を抱えています。こんなページもあるくらいです。

    パナソニックスポーツ
    https://panasonic.co.jp/sports/

    そしてそのパナソニックが企業スポーツ運営の強化を図っていくというリリースを先日出しました。

    コーポレート保有スポーツチームの事業化に向けた新体制を構築
    https://news.panasonic.com/jp/press/data/2020/09/jn200929-3/jn200929-3.html

    どのスポーツもメインカラーがガンバと同じ青色です。スポーツの運営自体を事業として本格化させるとともに、それで得た知見を他企業に営業をかけたり、あるいは白物家電・エステ家電からの商品展開も視野に入れているでしょう。

    単なる企業からのスポーツへの支援だけではなく、スポーツが企業経営にプラスの影響、それもイメージアップのような漠然としたものではなく、数字の上でも貢献できるとしたら、ますますスポーツと企業の結びつきは強くなるでしょうし、スポーツチームやその運営企業にとっても安定化につながりますので、Win-Winになれるはずです。

    その先頭としてガンバ大阪は今後さらに強くならねばなりません

    少なくとも少し前まで常連だったAFC チャンピオンズリーグに復帰して、アジア各国にパナソニックのロゴマークを見せることが出来るようにならないと。

    そのためには、今シーズンで3位以内に入らないと。残り半分切りましたが、ちょっと差はありますがまだ逆転可能な範囲です。まずは次の鹿島戦ですね。

  • サンマと環境保護と保守派とフードロス

    個人的にサンマの塩焼きが好きで、秋にはたいていの定食屋さんでもメニューに加わるので楽しみにしていましたが、去年や今年はサンマが記録的な不漁が続いているため、お手頃に食べられる魚ではなくなってしまいました。

    チェーン店の定食屋で言うと、やよい軒や大戸屋でも毎年美味しい生のサンマを食べられました。今年も大戸屋ではメニューに入らない一方で、やよい軒ではこの秋に復活したので食べてきました。

    さんまの塩焼と牛肉炒めの定食
    https://www.yayoiken.com/menu_list/view/26/827

    でもあまり以前ほどは美味しくなかったというか、冷凍物ですかね。お店で焼くので別の店舗にも行ってみないといけませんが、サンマが安くて美味しい魚という地位に戻ることはあるのでしょうか。

    ウナギやサンマの漁獲高の減少は日本人の食生活にとって大きな影響を及ぼしますが、水産資源の減少は日本だけの話ではありません。クロマグロもそうですが、世界的にも問題になりつつあります。日本人だけが獲りすぎているというわけでもなく、そもそも世界人口の増加が一番大きな原因でしょう。みんながみんな肉や野菜を食べるわけではありません。沿岸部に住んでいれば、船を出して魚を捕ればカロリーを賄えるというメリットがあります。相対的に貧しい国にも漁獲制限を課するのは難しいでしょう。

    ただ、人口増加だけが全ての原因でもなくて、自然環境の急激な変化も理由の一つにあります。海水温の上昇によって魚の生息環境が変わり、不漁や魚の減少につながっているという面もあります。

    そうなると、当然ながら環境保護の圧力が強まってくるのですが、環境保護のための様々な規制やルール・マナーに対しては反対も起きます。

    経済的な悪影響を理由に各種規制を嫌がるのは、道徳的にはともかく理屈としては分かります。コロナの問題とも共通する点はあるように、規制をかけてストップしたらお金の流れが止まるのは当たり前です。

    世の中を保守とリベラルに仮に二分したら、日本人にとって大事な和食を守るのに必要な漁獲高の減少は保守にとって大問題なはずですが、環境保護による経済制限は多分保守派には認めがたいものでしょう。

    そういう点では矛盾が生じているわけですが、そこで矛盾を非難したりあるいは無視したりするのではなく、逆にそこから対立を昇華して解決策に導ける知恵が出てくればいいと思います。

    単に環境保護のために何でもかんでも規制をすべきだと言うよりは、賛成も増やせるでしょうし、文化も経済も守れるでしょう。とは言っても、さすがにトランプ大統領やボルソナロ大統領みたいに環境破壊をがっつり見逃すレベルだとどうしようもありませんが。

    サンマに限ったことではありませんが、少なくともフードロスを減らす仕組みは多くの賛成を得られるはずです。それが経済的に悪影響を及ぼさない形で実現することが必要ですが、機会損失のリスクとフードロスのバランスをどう取っていくかの解決はまだまだ難しそうです。