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  • 間違った相手にいきなり情報を伝達してしまう間違い電話

    携帯電話の普及、さらにSNSの普及によって、個人の電話番号に間違い電話がかかってくる確率は、ふた昔ほど以前と比べると格段に減りました。それでも、会社の電話とくにフリーダイヤルですと、しばしば間違い電話に出くわします。

    間違い電話にしろ、あるいは正しい電話にしろ、BtoCのビジネスをしている以上、個人の消費者から電話がかかってきます。そしてその電話のほとんどは、電話に出てみるとすぐに先方が本題を話し始めます。

    「もしもし」も「〜〜と言います」も無しで、いきなり伝えたいことを話しはじめる人が大半です。人によりけりではありますが、割合としては昔に比べると増えているように思えます。

    個人間、友人知人の間であれば、「もしもし」にしろ「いま大丈夫?」にしろ、本題に入る前の会話が挟まれるはずですが、企業相手、お店相手であればいきなり伝えたいことから通話がスタートさせるというのは、個人間とは異なる通話形態であるという認識なのでしょう。

    もし間違い電話であれば、その話しはじめた内容によっては情報漏洩にもつながりかねません。もちろん、電話をかけてきた当人は間違っているという認識がなくかけているのですけれど、電話先の相手が名乗っても聞かずに、自分の情報を伝えてくるのは、ある意味危険なことだと思います。

    現代の人間同士のコミュニケーションは、直接会って会話を交わす以外に、手紙、電話、メール、SNSと手段は増えてきました。新しいものほど、コミュニケーション冒頭の挨拶が省略化されてきています。SNSで
    「前略 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます」
    と書く人はいないでしょう。

    そもそも電話、ネット通信、あるいはFAXなどでは機器同士で正しい相手と正しく接続出来ているかを確認するための、ネゴシエーションのプロセスが存在します。FAXや昔のモデムなら「ピーヒョロロー」という音が接続してデータを転送する前に聞こえます。

    機械同士はちゃんと接続を確認しているのに、人間同士では正しい相手かどうかを確認せず、いきなり情報を伝達してしまうというのは何でなんでしょうね。

  • GABA配合食品は見ることに効果があるかも?

    GABA配合の飲食物は数年前から見かけます。ストレスや疲労感を軽減するという触れ込みで宣伝されている機能性表示食品ですが、実際に食べるだけ飲むだけでそんな効果がはっきり現れることもないでしょうから、あくまで気休め程度と思っています。特定保健用食品のように消費者庁による審査があるわけでもないですし。

    とはいえ、実際に効果があろうが、プラシーボ効果であろうが、それで気が楽になるならそれはそれで良いでしょう。大してぼったくりと言うほどの価格アップがあるようなものも、多分無いでしょうし。もし高額商品で提供されているなら、GABA配合ではない普通の飲食物の方にして、差額分で大好物を飲み食いした方がよっぽどストレス発散が出来て疲れも吹っ飛ぶでしょう。

    そもそも、GABA配合の「ストレスや疲労感を軽減する」という飲食物を飲み食いしている時点で、あるいはそれをスーパーやコンビニで購入している時点で、ストレスや疲労を抱えているので、本来はそのストレスや疲労を解消すべきではあるのですけどね。

    「それが出来れば世話無いよ」
    「解消できないから買うんだよ」
    という文句が聞こえてきそうですが、とりあえずこれ見よがしに机の上にでも「ストレスや疲労感を軽減する」と書かれたパッケージを置いてみたらどうでしょうかね?

    職場だったら上司や同僚はギョッとするでしょうか? 家庭だったら家族が心配するでしょうか?

    その後から良い方向に対応が変わってくれるのなら良いのですが、むしろ逆に怒ってきたり、あるいはガン無視してくる場合は無意味というか逆効果ですね。逆に家族や上司が繊細だったら、そっち側がGABA配合食品を取るようになったりするかも。

    首相会見で演台に置いてあったら嫌ですねえ……。

  • Wordのアドイン化した一太郎も見てみたい

    少し前に、ジャストシステムが毎年恒例の一太郎の新バージョンを発表しました。

    合わせて、ATOKも新バージョンが発表されましたが、こちらの方は今ではサブスクリプションで使っている利用者が多いでしょう。私も四半世紀以上、ATOK愛用者ですが何年も前からサブスクのATOK Passportを使っています。

    Windows95からXPあたりまでは一太郎を数年毎に買っていました。最初はワープロソフトとしての一太郎の利用がメインでもありましたが、途中からは一太郎に付いてくるATOK目当ての購入でした。値段差はそんなに大きくなかったですし。

    しかし今ではワープロソフトとしての一太郎は正直なところ、限られた利用者しかいないでしょう。完全にMicrosoft Wordが業界標準となってしまいましたし、そもそも個人レベルではワープロソフトの利用自体が減っています。文書を作成して印刷して手渡すのではなく、ウェブ上でやり取りする方が圧倒的に多くなりました。

    一太郎が日本語文書の作成に大きな力を発揮することは認めますが、それが今の自分に必要かというと別に無くても困りはしません。

    ATOKは一太郎との連携も当然スムーズで色んな機能も使えますが、一太郎と関係無しで利用している層が圧倒的に多いのではないでしょうか? 一太郎ユーザーとATOKユーザーの正確な数など知りませんが。

    日本語入力システムとしては、MS−IME、Google日本語入力、Appleの日本語入力、その他simejiなど色々ありますが、有料であるハードルを越えればATOKが一番だと個人的には思います。

    そんな、ATOKという強力無比な日本語入力システムがあるのに、一太郎は今のままで良いのかなあとも思ってしまいます。いっそのこと、一太郎もATOKのようにサブスクもあり得るのではないのかと。

    MicrosoftはOfficeサービスを既にサブスクに移行しています。買い切り版もまだ売っていますが、本音としてはサブスクオンリーにしたいでしょう。Adobeはサブスクのみにして大幅に売上を増加させました。

    サブスクで一太郎の売り上げが結局減るかも知れませんし、当然ながらジャストシステムだってそんなことは何度も検討しているでしょう。

    いっそのこと、一太郎をWordのアドイン化の方が利用者は増えるかも知れません。Word自体の日本語文書作成能力自体は大したことがありません。おそらくは先細りの一太郎単体購入ユーザーよりも、Wordの不自由さに不満を持つ潜在的な一太郎アドインユーザーを開拓していくのもアリなんじゃないでしょうか?

    かつての超漢字の衰退を思うと、単体での日本語文書作成ソフトは相当険しい未来が待っていると思います。超漢字は元々OSでしたけどね。

  • Googleが支配する検索・メール・ブラウザ

    MacのSafariでABEMA TVを見ていると、メモリを大量に消費します。YouTubeでもABEMAほどではないですが、やはりこちらも結構なメモリ消費量になります。しかし、DAZNやGYAO!はそんなにメモリを消費しません。

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    おそらくストリーミングデータの扱い方にサービスごとの差があるのでしょうけれど、SafariではなくGoogle ChromeだとそこまでABEMAでもYouTubeでもメモリ消費しません。ChromeそのものがSafariよりメモリ食いのアプリケーションですが、なぜか動画利用についてはSafariの方が向いていないっぽいです。動画以外の利用ならSafariの方がメモリ消費は少ないように思います。Appleもそう声高に主張していますし。

    とはいえ、今のウェブサービスはまずGoogle Chromeでの動作を前提として作っているでしょうから、動作確認もGoogle ChromeやMicrosoft Edge、OperaなどのChromium系でまず行っているはずです。そして、SafariやFireFoxでの動作をチェックする流れでしょう。Chrome系ではちゃんと動くけれど、他のブラウザではダメ、ということはたまにあります。この動画配信時のメモリ消費量の差のように、不具合とまでは言わなくても、ブラウザによって挙動が違うということは珍しくありません。

    Google Chromeが業界標準のような存在になることに反発や反感もあるでしょうけれど、Internet Explorerのように作ったMicrosoftすら捨てたブラウザでのみ動作するようなサービスが存在するよりはマシです。

    メールサービスも2000年代のうちはまだプロバイダメール、キャリアメールがまだまだ一般的でしたが、今ではGmailが一般的というか標準になりました。Yahoo!メールやOutlookのような他社のウェブメールもありますので、ウェブメールが当然、あるいはウェブメールしか使わないという人は多いでしょう。プロバイダメールもキャリアメールも他社に乗り換えたら使えないし、デバイスにメールを保存しないと使えず、デバイスを変えると過去のメールを見られなくなるというのもマイナスです。

    検索、メール、そしてブラウザと業界を自社サービスで標準化したGoogleは凄いとしか言いようがありません。多分、10年後もこの3つは変わらずウェブの主役でしょう。

    Google検索に上位表示されるようにSEOを行い、Google Chromeで正確に表示されるようにページやシステムを作り、そのサービスをGmailで受け取るメールで知ってもらう、という時代です。SNSでGoogleが失敗しかしていないことが意外なくらいですが、SNS業界が浮沈の激しい世界です。

    MySpace(日本ではmixi)が普及し、次いでFacebook、Twitter、そしてInstagram、TikTokといくらでも出てきます。今後も新しいものが流行するでしょうが、検索・メール・ブラウザとの違いは一つに固定して利用するかしないかです。SNSはTwitter以外全く使わないとか、閲覧も投稿もInstagramのみという人は少数でしょう。たいていの人は2つ3つ併用します。

    この一つでSNS業界が10年決まり!というものはこれまでありませんでしたし、おそらく今後もないのでしょう。なんせ、どんなSNSを使うにしてもGoogle Chromeで開いて、検索で見つけて、Gmailで登録する人がほとんどです。そう考えるとなおさら、Googleが抑えている3つの凄みを感じます。

    みんながみんなパソコンで使うわけではない、スマホでSNSやウェブサービスのアプリで使う、という反論があるかも知れませんが、そのスマホにしてもシェアの大半はAndroidであって、Googleからは逃げられないというのが現実ですね。

  • ネット障害で使えなくなるのは「スマート」ではない

    先日、500円で購入したAmazonスマートプラグは結局、スティックPCのACアダプタにつなぎました。このスティックPCがUSB-Cのケーブルをつなぐと勝手に電源オンになるタイプのパソコンのため、本体にある電源ボタンを押さなくとも、スマートプラグをオンにするだけでWindows11を起動できます。

    使い道を決めずに購入したスマートプラグの一応の使い道が出来ましたが、その数日後にAWSの障害が発生しました。US-EASTのリージョンだったため、日本では大きな被害は出ませんでしたが、任天堂のサービスには影響が出たようです。

    それよりもむしろ、SwitchBotがAWSで稼働していたためにそれを使えなくなって結局様々な家電も世界中で使えなくなったみたいです。Twitterでは結構な阿鼻叫喚具合でした。

    スマートプラグが使えたかどうかはAWS障害発生時に仕事中で不在だったので試せませんでした。ただ、私の場合は生活上で例えスマートプラグが使えなくなっても特に不便ではないレベルの使い方でしたのでどちらでも良いのですが、生活に直結するような使い方をしている人は、さぞ困ったことでしょう。

    ただ便利にするためだけに使っているなら多少の不便で済みますが、身体に不自由がある人が、押しづらいスイッチを押してもらう、あるいはスマートスピーカー経由でリモコン操作するというような使い方をしているのであれば、不便どころの話ではありません。場合によれば生命の危機にもなりかねません。

    クラウドサービスのマルチリージョン化、マルチクラウド化すればいい、するべきだという意見は、こういうクラウド上の障害発生時に必ず出てきますが、障害が起きなければ単に大きな経費がかかるだけです。障害が起きる確率・障害が起きたときの損失だけを考えれば、大半の企業・サービスは結局そのままの運用を選びます。

    絶対に障害が起こさないウェブサービスなど存在しません。サービス運営企業もきっちりしているところもあれば杜撰なところもあるでしょうけれど、利用者側も全面的に信頼するのではなく、もしものことを考えるとスマート家電などの運用プロセスを多重化するしか、当面の対策はないでしょうね。

    そもそも、自分の部屋や家の中だけで使うスマート家電などが、アメリカのクラウドコンピューティングサービスの障害で使えなくなる仕組みもいかがなものかと思いますが、こういうものをローカルな内部だけで閉じた運用というのは出来ないものでしょうか?

    サービス運営企業にしてみたら、利用者のデータを得ることで利益や知見を得るのでしょうから、ネットを遮断しても使える仕組みにはしたくないのでしょうけれど、電気のスイッチを押す装置をBluetoothやLANでローカル的につなげて出来れば、一番安全だと思いますが、そういう仕組みなんてどこかにないものなんでしょうか?

    Bluetoothのみでスマホをつないでやり取りするアプリだってあるのですから、不可能ではないと思うのですが。

  • 約一年ぶりに献血に行ってみた

    昨年11月以来の献血に行ってきました。前回の献血時は上手く採血出来なかったため、実際に献血をしたものとしては昨年7月以来ということになります。

    献血時の各種サービスがあるラブブラッドでのポイントが12月13日で期限切れとなってしまうために、ギリギリのタイミングでの献血になりましたが、今ここまで新型コロナの感染状況が落ち着いたので、あまり不安も無く、いつもいく阪急梅田グランドビルの献血ルームに行きました。

    土曜日だったので当然混んでいて、予約もしていなかったのですが400ml全量献血の方は受付・問診・検査・献血まではそれほど待たずにしてもらえました。身体への負担が少なく、献血可能サイクルが短いけれど時間がかかる成分献血の方は、献血マニアがよく利用しますので、どうしても全量献血が少なくなるからかも知れません。

    献血後も特に気分も悪くならず、十分に水分プラスお菓子も食べて帰宅しましたが、献血後の止血するのがバンドではなく使い捨ての包帯になっていました。おそらくはコロナ感染を防ぐためなんでしょう。去年はバンドだったと思うのですが。

    除菌ウェットティッシュと、レッドブルのエナジードリンクももらいました。

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    その前後に、梅田界隈を歩きましたが人通りが非常に多かったですね。土曜日ということがあるとしても、感覚的にはコロナ禍が始まる前と同じレベルのように思えました。

    日常が戻りつつあるというか、人出はほぼ戻ったっぽいです。ほとんど全ての人がマスクを着用していることが、コロナ禍前と違うと言えば違いますが、そもそも日本の冬から春にかけてはマスク着用者がそれなりにいましたし、今の光景と2年前の光景を見比べても、もしかしたら違いに気が付かないかも知れません。

    とは言っても、飲食・観光業界なんかはまだまだ回復にはほど遠いでしょうし。日常が戻ってくるのがまだ先の業界もたくさんあります。

    そもそも日常とは何かというと難しい。新型コロナはおそらく今後も変異株がずっと出てくるでしょうし、ワクチン接種も多分、毎年必要になってくるでしょう。それが日常になれば日常に戻ったと言えるのでしょうか? 新たな日常が生まれる、あるいは切り替わると考えた方が良いのでしょうか?

    10万円給付を全額現金か半分クーポンかで混乱している政府や自治体を見ると、残念な方向で日常に戻っているとは思いますが。

  • 公的領域から私的領域、そしてメタバースへ移転する政治機能

    読んだ本の受け売りではありますが、日本では古代、中世をかけて朝廷の政治の舞台である内裏や、地方の国衙や郡衙(今で言う県庁や支庁)の場所が、最初の公的な場所としての立地から、火災や建て替えなどを経ているうちに私的領域に移動していくそうです。

    天皇親政の場所としては朝堂院から紫宸殿へ、さらに院政での院庁に政治の舞台は移っていきます。内裏自体も何度も焼亡すると、再建ではなく既存の外戚などの貴族の邸宅に仮寓して里内裏が一般化しました。

    地方支配の中心である国衙や郡衙も、その長が国家の代理的性格から地方独立支配の権力者に形を変えるにつれて正式な庁舎である国衙や郡衙がうら寂れる一方で、地方豪族の邸宅やその側に政治的機能が存在するようになりました。

    武士政権では邸宅と政庁が同じもしくは隣接するのは当然となっていき、徳川時代においては、幕府も地方大名・旗本も城あるいは陣屋において日常生活と行政機能を持ち合わせた期間が長く続きました。

    権力者や目上の人に対して、直接名前や役職ではなく、その住まいを呼ぶことで敬意を表すのが日本語の敬称の特徴ですが、殿様、お屋形様、大御所様、ご隠居様などは時代劇でもよく聞く言葉です。身分が高い女性に対しても、奥様、お局様なども同様です。ご主人という言葉も「家の持ち主=男性配偶者」であることが多かったから使用されるようになりました。

    明治維新後の明治期には西洋の政治支配体制を取り込んだため、政治のための公的領域と、権力者の日常生活の私的領域は分離されました。もし、政治家が自宅で政治をしたら公私混同だと非難される時代です。

    しかし歴史的経緯を踏まえると、自宅で公的な仕事を行うことこそが権力の証しと見なせます。

    現代日本ですと、田中角栄の目白御殿が最もそれに近いでしょうか。

    コロナ禍によって一部の会社員は公私の場所が混ざりました。出社できない中でも自宅からインターネットを使って、在宅勤務で仕事することが珍しくなくなりました。

    コロナ禍が落ち着けば職場に戻るでしょうけれど、何かあれば自宅で仕事を行うことに対しての、物理的あるいは心理的なハードルは大きく下がりました。

    今後も多少の揺り戻しはあれど、オンライン化への流れは徐々に進んでいくでしょう。Facebookの社名変更だけではなく、メタバースの利用も公私ともに進んでもおかしくありません。ウェブ会議やメタバースにおいて政治が行われるようになったら、国会や内閣などの公的な政治も、政治家の自宅で実現するのでしょうか。

    それとも、メタバースの中でも、個人宅や料亭的な店舗での内密な相談による根回しがやはり行われるのでしょうか?

  • 緩衝国という意味

    地政学でいう緩衝国という存在は、珍しい存在ではありません。大国間が直接境を接して、毎日世界大戦の可能性が存在するのは、大国のどちら側にとってもメリットよりデメリットが上回ります。

    だからこそかつてのアメリカとソ連、そして今のアメリカ、ロシア、中国間には緩衝国が存在します。アメリカ側としては日本や韓国、中国ロシア側では北朝鮮が東アジアに緩衝国として位置します。

    緩衝国は超大国間にしか存在するわけではなく、例えば中国とインドの間にはネパールやブータンがありますし、中国とロシアの間にはモンゴルがどちらにも長い国境線を持っています。

    インドとロシアの間にもアフガニスタンが存在し、アメリカの撤収によって中央アジアにおけるパワーバランスの変化がこれから注目されています。

    東西冷戦の間はヨーロッパそのものが米ソの緩衝国でした。西ヨーロッパ諸国がアメリカ側、東ヨーロッパ諸国がソ連側の緩衝国であり、NATOとワルシャワ条約機構という軍事同盟がぶつかり合いそうでぶつかり合わない地域となっていました。

    ソ連崩壊後、ヨーロッパがEUとしてまとまりつつある中、プーチン率いるロシアが再びロシアの緩衝国を作り始めました。ウクライナ東部を分割独立させ、ベラルーシはまさに今、ロシアの威を借る狐になっています。経済が危機的状況に陥ったトルコもエルドアン大統領が失脚すれば、ロシアと中国の影響を拒めないでしょう。

    緩衝国は世界の分割を促進しているようで、遅らせてもいます。マルかバツか、1か0かの二者択一でしか選べないとしたら、対立は決定的になります。その間の曖昧な存在があるからこそ、大国同士の決戦の現実性が減ります。

    敵対はするけれど交流はしている、友好関係ではないけれど敵対はしていない、といった関係は曖昧でいい加減のように思えますが、間にあるからこそ出来る役割です。

    かつて4度の戦争が起きたイスラエルと周辺国は、1973年の第四次中東戦争を最後に大規模な紛争は起きていません。イランイラク戦争、湾岸戦争など中東のイスラム諸国間の紛争によって、対イスラエルどころではなくなったとも言えます。

    イスラエルから見れば、自国が今後も生き残るためには、決定的に対立しているイラン、サウジアラビア、パレスチナ過激派との間に入る中東諸国を緩衝国化することが必要です。

    だからこそ、バーレーン・UAE・スーダン・モロッコといったイスラム国家との国交正常化を進めたのでしょう。

    繰り返しますが、イスラエルにとって、中東諸国同士が争っていれば自国の平和が訪れます。緩衝国同士の争いは、敵対する側にとって僥倖なのです。

    アルメニアとアゼルバイジャンのナゴルノカラバフ紛争は、どちらも自国側の緩衝国としているロシアにとっては迷惑以外の何物でもありません。その理屈で言うと、日本と韓国の争いはアメリカにとってデメリットしかなく、そしてそれは中国やロシアのメリットになることは言うまでもありません。

    中国とロシアの敵対的姿勢が増大し続ける以上は、どこかで両国が折り合うしかありません。もしそれが出来ないとしたら、アメリカから見たら緩衝国を一つ、「もしくは二つとも」切り捨てるしかなくなるでしょう。

  • 第三次世界大戦になるか小競り合いに終わるか

    対中国を鮮明にした日米豪印のクアッドが発足したのもつかの間、今度はインド・イスラエル・UAEにUSAを加えた4ヶ国経済フォーラムが10月20日に発足しました。

    後者の方は対中というよりも、経済面の方が大きいようですが、西アジアから南アジアにかけて中国・ロシア・イランの影響力を減ずることも可能な枠組みです。

    これらにEUから抜けたイギリスも加われば、アメリカ・イギリス・日本・オーストラリア・インド・UAE・イスラエルという、世界を横断する自由資本主義国家の共同体にもなり得ます。

    第二次世界大戦前夜のイギリスやフランスが実施したブロック化ほど確固たるものではありません。他にも山ほど経済的な同盟や軍事同盟などがありますので、複雑に絡み合って全面的な戦争にはなるとは思えません。

    第二次世界大戦の歴史を、起こるかも知れない第三次世界大戦に単純に比定するのは、あまりにも恣意的でしょうか。日本・ドイツ・イタリアの全体主義国家である枢軸国が、イギリス・アメリカ・ソ連を初めとする連合国に打ち倒された第二次世界大戦のことを思うと、第三次世界大戦ではロシア・中国・イランの反アメリカ勢力・・・と考えてしまいます。

    まあ、実際に大国同士のドンパチが起きても中印国境の紛争や、中ソ国境紛争くらいの武力衝突くらいには留まるはずです。もし核ミサイルが飛び交う未来というのは想像もしたくないですが、実際に起きても誰も得しません。

    ただ、戦争なんて当事者がみんな楽観的に考えているときに発生します。A国とB国との戦争が起きる場合、A国は勝てるだろうと思い、B国も勝てるだろうと思っているから戦争になります。片方が負けると思っていれば開戦前に外交レベルで白旗を揚げます。

    中国とロシアは既に大量の核兵器を保有しています。そしてイランは核開発を巡る合意がトランプ政権での離脱とバイデン政権での復帰はあれど、イランが本気で核開発を諦めることもあり得ません。

    北朝鮮も同じですが、核開発を行う理由は簡潔に言うとアメリカに攻め込まれたくないからです。アメリカは核兵器を持った国とがっぷり四つで戦うことはありません。自分たちの国家の体制変更のためにアメリカ軍が攻め込んでくることを排除するには、核兵器を抱えているのが一番効率的だと北朝鮮もイランも考えています。

    それであれば、周辺国との協議があろうと、経済制裁があろうと、核兵器開発を目指した国が諦めることはあり得ません。いずれはイランも北朝鮮も核武装を成し遂げるでしょう。

    相互確証破壊に基づく核抑止力が働けば世界大戦など起こりようもありませんが、多少の武力衝突くらいはあり得るかも知れません。そこで双方の指導者や軍部が理性を保ち続けてくれれば良いのですが。

  • EU加盟の停滞対策としての退会しやすさ

    EU加盟国は2000年代までは急速に増えていましたが、2010年代に入ると2013年にクロアチアが加盟したところで止まりました。

    原因はいくつもあるのでしょうけれど、例えばEU側がギリシャ財務危機に振り回された過去を反省して、新加盟国を安易に増やさないようにしているのでしょう。またEU加盟を求める東欧諸国にとっては、かつては経済発展のための加盟だったのが、中国による派手な国際投資・援助というしゅだんが増えたことや、ロシアのウクライナに対する圧力を明日は我が身と思って、EU加盟をそれほど焦って行わなくて良い、という判断に至っているのかも知れません。

    EUは大元をたどれば、二度の世界大戦の原因となったドイツとフランスが戦争をしないために作った石炭鉄鋼共同体です。それが規模と仕組みをどんどん拡大していって、93年にEUとして発足しました。

    EUはあくまでヨーロッパ大陸での戦争を防ぐために経済的な結びつきを強めてしまおう、というものです。その一方で加盟国を増やしていく方針は、先進国にとっては製品を売る市場かつ安い労働力を提供してくれる途上国が増えるというメリットがあり、加盟する途上国にとっては単一通貨ユーロによる国際投資が増えて国民の仕事が増えるというメリットがありました。

    お互いにWin-WinでEU拡大は行われていましたが、もちろんどこかで止まります。ヨーロッパ大陸にも国の数にも限りがありますが、そもそもヨーロッパは昔からヨーロッパとしての境界がガッチリ決まっていたわけでもなく、今のバルカン半島の大半は、数百年間はオスマン帝国の支配下でした。逆にロシアは一番東に位置するヨーロッパ国家だったはずですが、今のEU各国もロシア共和国も、ロシアがEUに加盟するとは思っても以内でしょう。

    現在がEUの限界なのかは分かりませんが、とにかく加盟してしまえ、という流行が終わったことは間違いありません。

    また、一度加盟すると脱退することが想定されていない問題も、先年のイギリスのEU脱退騒動で露呈しました。全会一致原則も厄介中の厄介ではありますが、EUを退会するルールが100%は決まっていないというのがまるでブラック企業によるブラックなサービスのようでたまりません。

    ヨーロッパ「連合」なのであって「融合」するわけではないのですから、連合を外れるパターンも当然想定しておかないといけないはずですが、この素晴らしい理念に基づく「EU」から外れようとするものなどいるはずがない! という傲慢な自己賛美が見え隠れているように思えます。

    実際に、ヨーロッパ的ではない大国であるイギリスがそこから抜け出すとなると、EUもイギリスも、さらにはつながっているアイルランドも巻き込んで大変な騒ぎになってしまいましたが、そんな騒ぎを見ていたら、無理して加盟しなくても中国からお金もらえば良いや、と加盟候補が思うのも無理ありません。

    入る時に辞めることを考えるというのは、一見後ろ向きな考えですが、リスク管理という点では当然でしょう。退会しやすくなれば、EU加盟国もまた増えるんじゃないでしょうか。知らんけど。

  • テレビのタイムフリー機能が到来すればレコーダーも無くなる?

    今のラジオは放送後に話題になった番組とか、聞き逃したりした番組を気軽にradikoのエリアフリー機能でカバー出来るようになりました。テレビでははるか以前から手軽に録画することが出来る家電が普及していましたが、ラジオではネット時代に合わせたradikoの登場によって、テレビ以上に使い勝手が良くなりました。しかも無料で!

    テレビでは、全録機能が付いたHDDレコーダーであれば見逃した番組を振り返って自由に見ることが出来ますが、誰もが持っているわけではないですし無料でもありません。そもそもこのネット全盛、スマホ全盛の現代においては、テレビという家電製品自体、所有していない人だって存在します。所有していても丸一日テレビを付けないことがある人も含めると、テレビが娯楽・暇つぶしの王様だった時代ははるか昔に過ぎ去ったと言えます。

    ともかく、テレビでは自前の機器で録画しておかないと後から見ることは出来ません。TVerやテレビ各局のアプリ・サービスを利用すれば、見逃し配信で見ることが出来る番組もありますが、全ての番組が配信されているわけではありません。第一、テレビ番組を作る予算をもたらすコマーシャルがそのままは入りません。あくまで見逃し配信はテレビ局にとってはオマケ的存在です。

    ただ、テレビの視聴率自体が落ちていけば、放送形態も、見逃し配信も、配信時のCMも、有り様は変わっていくでしょう。つい最近も、かつてはドル箱扱いされていたサッカー日本代表のアジア予選が、放映権料の高騰と視聴率の釣り合いが取れなくなったために、アウェイ戦がDAZN独占になる事態も起きました。テレビ放送が当たり前の時代は過ぎ去りつつあります。

    かつて、家電メーカーが録画機器にCMスキップ機能を搭載したときに、当然ながらスポンサーのCMで経営が成り立っている民放各社は大反対しました。また、テレビ番組を録画して複製して保存することについても、テレビ局や著作権管理団体などのコンテンツ提供側は否定的で、アナログ放送時代にもコピーガードなどありましたが、デジタル放送が始まる際には、コピーワンスやダビング10といった、消費者にとっては不便なだけの制限を付けられました。

    CMスキップにしろ、デジタルコピーにしろ、いずれも既存のテレビ放送の根本に関わる問題だからこそ、視聴者にとっては不便な機能であっても強硬に制限を課すことになったのですが、そもそものテレビ放送自体が変容していけば、レコーダー機器自体も不要になってくるかも知れません。

    全てのテレビ番組が無料やそれに近い方法で手軽にオンデマンドで視聴できるようになれば、レコーダーを使用する人は激減するでしょう。どうしても残しておきたい番組がある人だけです。

    逆にそうなれば、コピー制限機能だって事実上必要性が無くなってきます。不便な制限を外す方向に動くかも知れません。既得権益を享受している組織がその権益を勝手に手放すことなど期待できないのが世の常ですが、そもそも既得権益自体が存在しなくなれば、また話は変わってくるのではないでしょうか?

  • 有線・無線と交通インフラ

    無線LAN、モバイル通信の速度は規格が進むにつれて飛躍的に向上していきます。ただ、今のところは有線での固定回線の方が無線通信よりもまだ圧倒的に高速です。

    とは言っても、固定回線はケーブルを設置する必要があります。長距離、ということは広範囲のインフラ整備が必要であり、発展途上国では全ての地域に固定回線を引くのは難しいところもあります。そうなると、要所要所を有線でつないで、後は無線でカバーするというのが現実的です。

    電信や電話が発明されて普及されていく中で、敷設を行っていた国はまだ無線通信が無かったので有線での通信設備になるのは当然ですが、20世紀終わり頃以降から電話回線の整備を始めた国では、個人の利用は携帯電話が前提となります。

    これは公共交通も似たような話で、19世紀後半から20世紀にかけて鉄道路線を敷設していった国は、その時点では全国に鉄道網が出来ました。しかし、飛行機による長距離移動とトラックによる輸送が一般化した20世紀後半以降では、全国に鉄道を敷くよりは都市部に空港、それ以外の移動は道路でバス・トラックを利用する方がコストはかかりません。

    通信回線にしろ鉄道路線にしろ、長距離・広範囲でインフラを設置して、さらにそれをずっと維持し続けるのは、結構大変です。故障や経年劣化に伴う交換などの保守も必要ですし、治安の悪い地域なら金属狙いの盗難の心配もあります。

    飛行機路線なら空港とその周辺を監視しておけばいいし、無線通信ならアンテナの整備と監視で済みます。鉄道ならレールを、固定回線ならケーブルをその長さ全ての管理が必要です。どこか一部分だけでも途切れたら無用の長物になります。

    そもそも鉄道の普及と電信の普及はかなり重なっている事情があるので当然と言えば当然の理屈なのですが、その二つには異なる場所での時間の統一という大前提があります。そしてその時間の統一は近代国家の国民統制があってこそで、鉄道・固定回線が普及している・していないの違いは、近代的な国家がいつ頃建設されたかの違いで大まかに分かれるのではないかと思います。

    途上国の需要急増はこれからです。特に人口が急増している国々では、通信も人の移動も増えていきます。飛び飛びのインフラ整備で済むモバイル回線・飛行機路線は、効率が良いようで悪いもので、エネルギー消費量に対するデータ・貨客量は鉄道・固定回線に比べるとかなり効率が悪いです。

    旧来の先進諸国が人口が増えず、減るところも出る一方で、途上国が人口増に伴ってエネルギー効率の悪いデータ送信・貨客輸送が増えるとどう考えても環境には良くありません。もし、都市化していない地方でも人口が増えていくのなら、安価に・管理しやすく・設置しやすい輸送・移動・通信方法の開発・普及は必須でしょうね。