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  • 衣食住の大量生産、大量消費、大量廃棄としての現代

    20世紀は大量生産・大量消費の時代と定義しても誰も否定しないと思いますが、もう一つ、「大量廃棄」も隠された特性として定義に加えるべきものです。

    飲食店やスーパー・コンビニなどでの食料品の廃棄、いわゆるフードロスの問題は今ではよくメディアでも取り上げられ、誰もが気にする社会問題になってきました。

    それ以外にも、最近では衣料品の大量廃棄もメディアの話題に上がるようになりました。ブランド品もノーブランド品も、実際に売れるであろう品数よりもはるかに多くの数を生産して、当然ながら売れ残ったものが廃棄されます。

    もちろん、値引きされて売られる商品もたくさんありますが、売れ残ったら必ず値引きされると消費者に認識されると、本来の価格で売れなくなるというジレンマが出てきます。これは食料品でも同じ理屈です。ということで、値引きせずに売れ残ったものを値引きせずに廃棄する、という「売る側にとっての」正義が生まれます。

    衣料品廃棄が生産された国、販売された国であるなら、生産者や消費者の対応次第で少しは変われるかも知れませんが、現状はもっと酷くて、廃棄のために先進国から発展途上国にわざわざ輸送されています。

    https://www.afpbb.com/articles/-/3375578

    100%廃棄のために移動されるとは限りませんが、売れ残りの売れ残りがそのまま捨てられ、ゴミから出る有害物質、マイクロプラスチック、あるいは火災が周辺環境を汚染します。

    これは近年、21世紀に入ってからの問題ではなく、20世紀の大量生産・大量消費の時代から少しずつ起きていたことで、ようやく目を向けられるようになった問題です。

    有名ブランドに対して、売れ残り前提での大量生産(大量販売)を止めるような社会的圧力がかかる時代になりましたが、ブランドイメージを気にしないようなメーカーが作る商品ではあまり自制も効かないでしょう。

    さらに「衣食住」の「住」、不動産・建物に関して近年の日本では「空き家問題」がどこの地域でも出てきました。

    ライフスタイルの変化、少子高齢化、地方の過疎・都会の過密といった複合的な要素が、空き家問題を生み出し加速させています。

    かつて、戦後の高度経済成長期には家がないことが社会問題であり、国民に家を供給することが政府の重要課題でしたが、住む人がいない家がどんどん増えていき、現在では空き家をどうやって解消させるか、ということが政策課題になってきました。

    バブル期を境にして、住宅に対する意識が変わっていて、これは人口動態の変化が現状と変わらない以上はずっとこのままでしょう。

    戦後社会における政策や企業の在り方が、巡り巡って今の時代に悪影響を与えていると言うと言い過ぎでしょうか?

    「もはや戦後ではない」が流行語になったのは1956年ですが、今の日本はまだ、「『もはや戦後ではない』後ではない」とはまだ言えません。

  • シャッター商店街解消よりも第三セクターショッピングモール?

    シャッター商店街の問題は全国津々浦々に広がっていますが、多分、汎用的な解決策というものは存在しないでしょう。それぞれの地域でそれぞれに合った解決策を試行錯誤していくしかないと思いますが、そもそも、商店街の大半は戦後に出来たもので、田舎から都市に出てきて商売をしていた人が店を構えたケースが多く、その場所も駅前の百貨店近辺にあります。百貨店のお客さんを狙っているとも言えますし、百貨店で賄えない需要を満たしていたとも言えます。

    そして時代が流れてモータリゼーションが進み、自動車中心の生活になった地方都市では人の流れが変わり、駅前の百貨店も儲からなくなって潰れ、それに応じて商店街に行く人も減る一方で、人が出てきたはずの田舎に巨大なショッピングモールが出来る、という変遷を経てきました。

    イオンなどの大型ショッピングモールがシャッター商店街を生み出したとよく言われますが、シャッター商店街が生まれた要因としては、前述の商店街立ち上げ時の商店主が高齢化し、その店での売り上げで育てた子ども達は都市部の大学を出て都市部の会社に勤めているので、わざわざ呼び戻して店の後継ぎにするつもりもメリットも無いことの方が大きいのです。

    我が子に商店を継がせても経営に苦しんでしまうと、さらにかわいい孫の生活にも悪影響を与えてしまうという恐れを考えると、シャッターを閉めたままで放置しておこうということになります。

    全員とは言いませんが、商店主でありながらその周辺に駐車場やアパートを所有している人もいますので、なおさらシャッターを開けて商売を無理に続けるモチベーションが無いのも当たり前です。

    商店街で周辺住民の需要が満たされない地方において、その空隙を埋めたのがショッピングモールであり、見方を変えるとイオンが無ければもっと過疎化が進んでいたかも知れません。

    ちなみにイオンなど大規模ショッピングモールは定期借地権として土地を借りているケースが多く、20年や30年などの長期契約が切れたら更地になって地主に戻されます。

    ショッピングモールが田舎のあらゆる消費者ニーズを満たしている場合、突然何も無くなると、その地域の住民にとっては生活そのものが成り立たなくなります。

    いわばイオンロス問題が起こり得ます。

    ショッピングモール無しの地方生活は多分もう出来ないでしょう。代わりがすぐに出来れば良いですが、出来なければ生活維持のために大規模スーパーを、鉄道みたいに第三セクター方式で自治体が援助して経営せざるを得なくなるかも知れません。

    駐車場も大きいので、車を足として使えない住民へのサービスのためにバスターミナル化も出来るでしょうし、あるいはいっそのこと役所も併設するとか。

    シャッター商店街は商店街だけの問題ではなくて、地方・過疎・自動車社会など様々な要因があるので、問題解消を成し遂げた商店街の手法を他地域の商店街に持っていっても多分、役に立たないと思います。これは町おこし・村おこしと同じ話ですね。

  • タトゥー嫌いは納豆嫌いくらいでいい

    タトゥーにしろ入れ墨にしろ、昔に比べるとかなり今は社会的に許容されるようになってきました。温泉などの一部入浴施設では入れ墨禁止のルールはまだありますし、タトゥー好き、肯定派の人にとってはまだまだな社会なのでしょうけれど、タトゥー自体を個人的に忌避したり悪く言ったりすることを公的な場所で行う人は減ってきたと思います。

    私自身は自分では入れていないし、今後も全くするつもりはありませんが、タトゥーを入れている人を非難するつもりも全くありません。入れたい人が入れれば良いし、入れたくない人は当然ながら入れないものです。それで良いのだと思います。

    ただ、ここで分けて考えて欲しいのが、タトゥー文化自体を否定してしまう考えと、タトゥーは好きじゃないor嫌いとする考えは全く別物だということです。

    先述のように、私としては別にタトゥーを入れている人を否定するつもりはありませんが、個人的には好きではないし、そんなに良いものではないという気持ちはあります。別に格好いいとも思いません。ただ、それはあくまで個人的嗜好の問題であって、誰にだって好き嫌いはあるはずです。

    しかし、タトゥー嫌いを発言・発信したりすることと、タトゥーという文化やファッションそのものを否定したり、存在を拒否したりすることと一緒にされてしまうと、多様性を否定するのかとか、外国ではどうのこうのとかいう的外れな批判に展開されてしまいます。

    そうではなくて、何らかの物事に対して個人の好き嫌い・趣味嗜好は当然ながら思想の自由の範囲内に収まるものであり、嫌いイコール否定ではないのです。

    例えて言うなら、納豆嫌いの人がいて、その人が納豆なんて食べたくない、と言ったとしても、その人が納豆を食べる人・作る人や納豆文化自体を否定するわけではないのと同じでしょう。納豆が嫌いな人はただ単に納豆が嫌いなだけです。

    それを、納豆が嫌いといった人に対して、納豆を馬鹿にするのか、納豆を好きな人のことを考えろ、納豆という多様性を認めないなんてあり得ない、とか言い出すと、逆におかしなことになります。

    タトゥー嫌いだってそれと大差は無くて、好きな人がいるなら嫌いな人だっていても当然です。嫌いであっても、いちいちタトゥーを入れている人を捕まえて、「俺はお前が嫌いだ」と言うのでないのであれば、お互いに関わり合いを持たずに、好きな人・嫌いな人で併存できるはずです。

    これまでの日本社会では入れ墨・タトゥーを毛嫌いする人も多かったですが、少しずつ減ってきてはいます。完全に否定する人が減る代わりに、嫌いという人が出てきてもそれはそれで個人の思想・信条の自由であって、好きな人に対して攻撃的でないのであれば、それで良いじゃないですか。

    問題は、嫌いだと言っただけで、アレコレ揚げ足というか非論理的な非難が来かねないネット社会の方かも知れませんが。

  • 電気が使えなくなったときに「火」が必要だが……

    自然災害だけではなく、急激な気温の変化だけでも電力需給が危機的な状況になり得ることを、2011年や今年、まさに日本人は知らされたわけですが、もし電気が使えなくなったときにどうやって過ごすか、ということは誰もが意識せざるを得なくなりました。

    地震や台風などの大規模な自然災害が無くても自宅の電気が一定時間使えなくなるとしたら、自衛手段も考えておかねばなりません。夏場は涼を取れなくなると、冬場は暖を取れなくなると人命にも関わってしまいます。

    エアコンや電気ストーブ、オイルヒーターなど電気で暖める器具は停電すれば全滅です。一つの手段に頼ることの危険性を感じてしまいますが、今どきの家・マンションは気密性が非常に高くなっているため、ガスストーブや石油ストーブを使わない家庭も多いでしょう。そもそもマンションではガス・石油によるストーブの使用を禁止しているところも多いです。

    ガス給湯器は電気で熱を生み出すものではありませんが、電源が起動に必要な場合は停電時には使えないものもあります。給湯器やガスコンロが使える場合も換気扇が回りませんので換気に注意が必要です。

    そう考えると今の子どもさんにとっては、オール電化でストーブ禁止のマンションに育ち、線香を上げる仏壇がない家庭に育ったとしたら日常で火を見ることが無いのかも知れません。親がタバコを吸わなければ家庭にマッチもライターも無いはずです。

    火を使うことの重要性と危険性を学ぶ機会は、学校行事でのキャンプファイヤーや飯盒炊さん・バーベキューくらいでしょうか? 停電時にマンション内で焚き火をして暖を取ることなどないでしょうけれど、火を使って体を温め、料理を作り、灯りを点けるということは現代日本の都心部では珍しい行動になりつつあります。

    1日くらいならひたすら我慢我慢でなんとかなると思ってしまいますが、病気や障害などで体が自由にならない人、あるいはお年寄りや体の弱い人・子どもにとっては一晩の停電でも大変です。

    最近は停電に備えて大型のモバイルバッテリーを常備している人もいます。スマホやパソコンなどの電子機器はそれで使えたとしても、半日暖房器具を使い続けるほどのバッテリーとなると相当な大きさが必要です。そこそこのバッテリーはあくまで備え程度に思っておくべきでしょう。

    停電しても数時間、半日程度で必ず復旧するなら、火の使い方を全く知らなくても良いのでしょうが、火事にならない火の使い方というのは知っておいて損はしないと思います。

    ただ、テクノロジーの進歩によって、非常時に火を使わなくても済む災害グッズも出てきました。先述の大規模バッテリーもそうです。水だけで発熱する石灰を使った発熱剤も珍しくありません。携帯型のガスコンロは日常的にも使われるようになりました。

    そういった、直接的な火が無くても生きていけるテクノロジーがもっと進化すれば、人類文明発祥の要因でもある「火」を知らないままの人生を過ごす人々が、いずれは出てくるのでしょうね。

  • AIが奪う仕事はデジタル作業が一番最初のはず

    画像生成AIを使って制作した絵画がコンテストで1位を獲ったことがニュースになっていましたが、今後は似たようなことが出てくるでしょうし、そもそも止めることも出来ません。

    もし止めようと思ったら、デジタルデータを印刷したものは応募禁止というか、油絵のような簡単に印刷では作成できないジャンルの絵画のみ、人間自身が作ったものとして認めることしかないでしょう。

    AI絵画も人間が作ったものとして、ただ単に便利な道具を作っただけ、という主張もありますがそれはさすがに無理筋というか、それが通るなら絵が上手い人にコンセプトだけ伝えて描いてもらった絵画の製作者がコンセプトを考えた人になってしまいます。

    デジタルではなく現物の芸術作品なら人間が作ったものの証明になるか?というとそんなわけでもないでしょう。石膏や木彫りの芸術作品も今ではCADを使って3Dプリンタや削り出しで精密な作品を作成できます。それを人間が作ったものか機械が作ったものかの区別はつけられないでしょう。

    人工知能が奪う仕事、として数多くの仕事が挙げられていますが、奪える仕事と奪えない仕事があるというよりは、全部奪おうと思えば奪えるが、仕事のアウトプットを人間が好むかどうかの違いだけだと思います。

    具体的には、例えば将棋のプロ棋士のほぼ全ては、将棋AIよりも弱いでしょう。最高レベルの戦いを実現するなら、AI同士の戦いになるはずですが、それよりも人間同士の対戦の方が、人気もあるし賞金も高く話題性にも事欠きません。藤井聡太の名前は将棋好きでない人でも知っているでしょうけれど、将棋AIソフトの名前を知っている人はごくわずかです。

    もっと極端な例なら、人型2足歩行ロボットが100mを5秒で走ったところで、へーすごいね、で終わります。ケンブリッジ飛鳥が9秒台で走ってオリンピック金メダルを獲ったら日本中が大騒ぎになるでしょう。

    結局、コンピュータ、AI、ロボットが奪う仕事は、そのコンピュータが得意な計算などのデジタル作業であり、人間味を出す必要がある作業や仕事は代替できません。人間が評価する仕事や、人間が求められる作業は今後も人間の仕事として残るでしょう。それが社会全体でどれくらいのボリュームがあるか知りませんが、コンピュータがやった方が得意な仕事は置き換えられていくはずです。

    そう考えると、
    「今後はAIが仕事を奪う時代だからプログラミングを覚えるべき」
    という理屈には少し疑問を覚えます。

    プログラミングこそ本来はコンピュータが得意な作業であり、ノーコード・ローコードの開発ツールはすでに山ほどありますが、さらに今後も増えていくでしょう。ノーコードツールを作るのは人間ですが、それもいつまで人間が任せられるかわかりません。

    特異的なプログラミング能力を持っているなら別でしょうけれど、言葉は悪いですが凡百なプログラミング能力であれば、AIに真っ先に奪われる仕事のように思えてなりません。

    人間同士で何かやる仕事か、人間がコンピュータに関わる部分の仕事であれば、シンギュラリティを迎えても、なんとかなるんじゃないでしょうかね。

  • 徴兵制の特別扱いの可能性と正当性

    韓国の人気グループのBTSメンバーの徴兵をどうするかについて、いまだに揉めているとのことで少し驚きました。確か去年一昨年あたりにも同じようにどうするか検討されていたはずですが、まだ決まっていなかったのかと思いました。

    法的にはもちろん、韓国生まれの成人男子は健康に問題なければ全員、徴兵されることになっています。それでもなぜ問題になっているかというと、徴兵される約2年間は当然ながら芸能活動ができず、それために世界的な影響力を持ったK-POPグループが活動停止することになりますから、それは国家的損失であり徴兵を免除あるいは大幅に短縮すべきだという意見があり、相当の支持を得ているからです。

    どちら側の意見も理屈が通るから尚更厄介なのですよね。徴兵すべき論は法律を曲げるわけにはいかない、朝鮮戦争は終結しておらず北朝鮮の対立姿勢がある以上は徴兵に応ずべき、BTSメンバーですら徴兵に応じることは韓国の法治国家としての存在に寄与する等々、徴兵制の正当性とそれに応じる韓国国民の義務を求めるのも当然です。

    その一方で、ごく一部の国家的貢献者には徴兵免除・期間短縮がこれまで認められてきました。有名なのはスポーツ選手で、オリンピック銅メダル以上もしくはアジア大会金メダルを獲得した選手は徴兵を実質免除されます。あと、2002年サッカーW杯でベスト4に進出した韓国代表選手も、特例としてフルの徴兵は免除されました。実際は数週間、軍隊に参加して基礎的なことだけをするのですが、2年近く兵役を務めることと比べたら大きな差があります。

    昨今は、スポーツ選手の免除制度を止めるべきだという議論もあるそうです。日本に劣らず少子化の韓国では徴兵される若者も減っているわけで、差別は許されないという意見も強いみたいです。

    サッカーの場合は尚武と言う軍隊のサッカーチームがあり、そこに入ればサッカー選手としての重要な時期にトップレベルでプレーできないという問題を解消できますが、芸能人の場合はそう言うわけにもいきません。だからこそ、BTSの徴兵問題がこれだけ長引いているのでしょう。

    これはルールを重視するか無視するかという話ではなくて、特例扱いが国益に叶うか、特例扱いにより国民の不公平感をもたらして国益を損なうかという話です。

    特例についてのルールがスポーツ選手のみに存在していて、それはかつての国威発揚・国外アピールがスポーツに頼ってきたという証拠でもあります。K-POPの世界的な流行に対して法整備が追いついていないわけですが、じゃあ法律を作りましょうということでもないのでしょう。少子化による兵役を務める人員の不足も出てきていますし、反対が多ければ尚更特別扱いもできません。韓国大統領は非常に権限が強いので、大統領令でなんとかなりそうな気もしますが、次期政権になった時に前政権の決定を覆すことが頻発する国ですので、特例扱いを無理に通しても、国民の半分が反対していたら将来どうなるかわかりません。

    多分、どっちの結論を下しても揉めるのでしょうね。これはどうすることも出来ません。特例扱いのルールが存在しない場合に、融通を効かして実行するとややこしくなります。

    どこかの国の誰かの国葬も同じような話ですが・・・。

  • 2022年9月3日J1リーグ第28節ガンバ大阪対サガン鳥栖DAZN観戦の感想

    松田監督に代わってから3試合で2勝、しかも無失点での連勝と内容と結果が伴って向上しつつあるガンバ大阪は、今日はホームにサガン鳥栖を迎えて3連勝をかけて戦います。延期試合を水曜に行ったために厳しい連戦となりましたが、対戦相手の鳥栖も同じ日に川崎と戦っていますので、コンディション的には大差はないはずです。

    スタメンは水曜の福岡戦から黒川から藤春、奥野からダワンと代わりました。3試合フル出場のパトリックの疲労が半端無いはずですが、この2連勝の決勝点は共にパトリックが決めた欠かせない選手となっています。そして怪我から復帰した福田が遂に控えに戻ってきました。5月8日の神戸戦での大迫との接触による怪我でしたので、4ヶ月振りの公式戦です。

    対する鳥栖には昨年までガンバにいた小野裕二がいます。そして何より、今日の現地ではガンバ・鳥栖の両方でプレーしていた金正也の引退セレモニーが行われました。

    ジョンヤと言えば2016年元日天皇杯決勝ガンバ対浦和戦での、ガンバ1点リードで迎えた後半アディショナルタイムに、浦和の大攻勢を凌いでいるときにまさかのクリア空振りで超絶ピンチを迎えるも何とか東口が防いで2連覇達成したシーンが思い出されます。

    それともう一つ、2015年ACL準々決勝第2戦、ガンバ1点リードから後半45分に追いつかれてこのままではアウェイゴール差で敗退という状況で、遠藤に言われて前線に上がったジョンヤが遠藤からの縦パスと完璧トラップから完璧スルーパスを通して、米倉の決勝ゴールをアシストしたシーンは忘れられません。

    ジョンヤの引退セレモニーを鳥栖戦で出来たのは良かったですね。

    そして、差別を無くす宣言を両チームのキャプテンが試合前に行いました。ガンバは数年前にゴール裏がやらかしているので何と言うかあれですが、だからこそ全サポーターがこの宣言を理解して欲しいものです。

    さて前半キックオフ。

    8分のカウンターは武蔵が無理なシュートを打ってしまいましたが、カウンターの精度はまだまだですね。

    今のガンバは攻撃の方が問題が多く、ボールを取った後の運び方がやはりまだまだです。一から攻撃の形を構築していくよりも、カウンターやハーフカウンターでゴールを狙う方に注力した方が、残り試合を考えると現実的です。

    15分、ギョンウォンの縦パスを奪われてすぐにクロス、そして決められて失点。広島戦以来の失点ですが、攻撃に難点があると無理なパスから失点しますよね。

    17分にダワンのパスカットから攻め込みましたが惜しくもシュートは打てず。ああいう所を決めないと苦しい。

    ボールは次第にガンバキープの時間が増えてきますが、最後の一押しが足りない感じです。相手陣内まで運べてもラストパスの精度が悪く、シュート自体打てないので、このままではまたカウンターをくらいかねません。

    ボールを奪われた後に守備が後手に回ることも多く、後ろから追っかけて倒してファウル、というシーンが続きます

    37分にはアラーノ、未月、高尾で右サイドを崩してクロスを入れるもパトリックがファウルを取られました。ああいうシーンを増やせば得点出来るはずです。

    43分にもカウンターで良い場面は作れても、フィニッシュまでは行けません。

    前半は0−1のまま終了。前節は最後の最後にパトリックが決めたものの消化不良だった攻撃がこの45分も続いてしまいました。スッキリするためにやり方を変えるか、選手を替えるか。フォーメーションはさすがに変えないと思いますが。

    と思っていたら鳥栖の方が先にハーフタイムで選手交代してきました。そして後半開始。

    ガンバは途中で結構ボールを奪えるようになってきましたが、その後がやはり良くありません。鳥栖が最後の所は締めているとも言えますが、それよりもガンバのパスが味方に合わない方が多く、自分で苦しいサッカーをしています。

    遠目からでも一人で持っていける人が決めてしまうしかないのですかね。

    53分には鳥栖の波状攻撃からあっさり決められて0−2となってしまいます。守備でも攻撃でも自分たちでゲームを難しくしているとしか言えません。

    その後になってようやく松田監督も動きますが、もう少し早めに動くべきだったようにも思います。ダワン、武蔵、パトリックを下げて山本、小野瀬、ペレイラを投入。食野が数試合振りにトップに入りました。

    67分にも食野がシュートを放つもGKキャッチ。今日の食野には気合いを感じます。早めに1点差に追いつかないと鳥栖にとってはイージーに試合をクローズできてしまいます。

    74分、食野が下がり福田湧矢が久し振りの実戦復帰です。ペレイラの1トップに小野瀬・アラーノ・福田が2列目に入る4−2−3−1でしょうか。

    直後の75分、ロングボールに抜け出したペレイラがシュートするも朴のセーブで惜しくも得点出来ず。今日一番のチャンスだったのですが・・・。

    そして78分、逆に鳥栖のショートカウンターから2人で決められ小野の恩返しゴールを浴びせられます。これで0−3で勝負あり。

    82分には何のためか分かりませんが福岡がギョンウォンに代わって登場。次節出場停止のギョンウォンの代わりに福岡の試運転でしょうかね。

    84分には右サイドを完全に抜け出た高尾のクロスからのチャンスで山本のシュートは決まらず。オフサイドでしたけれど。

    2連勝で良い感じに来ていたと思いましたが、また悪いところが出まくった試合でした。今年のガンバが3連勝など何を夢見ているのだという話です。

    なんということもなく0−3のまま時間が過ぎて試合終了。

    得失点差でマイナスが増えるというデメリットはあるも、ここまで清々しく負けると気持ちを切り替えるしかないですね。広島戦も2−5でしたし。

    今日は攻撃も守備も散々でしたが、攻撃に関しては選手のプレーレベルよりもどうやって攻撃を組み立てるか、ということの方が悩みが深くて、これは今年に限らず長谷川体制下のラスト2年くらいからずっと抱えている問題です。数試合で改善出来るはずもなく、残り6試合は目をつぶって、偶然と個人技に頼って得点を狙うしかないのでしょう。

    とはいえ、他クラブの結果を横目で見ながら試合をするしかない立場です。湘南が阿部のゴールで首位川崎に終了間際に逆転勝ち、そして京都も神戸をあっさり下して勝利という、ガンバに取っては最悪の結果になりました。湘南と京都に抜かれてガンバは再び入れ替え戦の16位に逆戻りです。試合数を考えると赤信号が点滅しています。

    松田体制下で2勝2敗ですので、このペースなら残り6試合で9ポイントとなり、合計37ポイントということになりますが、今年の残留争いを考えると残留ラインは38〜40くらいに個人的には思っていますので、苦しいとしか言いようがありません。

    この4試合で松田監督の中で、使える選手と使えない選手がハッキリ分かれたと思うのですが、もし次節も変わらないならちょっと先は見込めないかな・・・。

  • お酒文化の衰退とこれから

    先日、日本産酒類の発展を考えるビジネスコンテストに関するニュースで流れましたが、見事にネット上では批判のターゲットになっていました。コンテスト自体は別に良いのでしょうけれど、問題はこのコンテストを開催するのが国税庁だということです。

    お酒を飲まない若者が多くなったことがそんなに問題なのか、ということで非難されたのも当然でしょう。国税庁の立場からしたら酒税の徴収が減ってきたのが問題なのでしょうけれど、発泡酒や第3のビールに対してやってきたことを思うと、何割かは国税庁の自業自得だろと思ってしまいますが、アルコールが起こす健康被害や事件事故の減少と、お酒文化の衰退のデメリットを社会全体で天秤にかけるべきでもあると思うのですよね。

    酒税に限らず、飲食店、アルコール飲料メーカーが納める法人税や各種間接税も大きく減っているのでしょう。ただ、それを若者のアルコール離れに転嫁するのもおかしな話です。お酒によって健康を害して多額の治療費がかかれば、健康保険制度の税金負担も増えます。飲酒による自動車事故や火事、喧嘩など様々な事件事故は今も昔も絶えません。それらが無くなって国民や政府の負担が減るのであれば、それはそれで良い社会のはずなのですが、そういうわけにもいかないのでしょうね。

    ただ、今の若い人たちは、誰もがいつでもどこでもお酒を飲んで楽しむという文化が当然ではなくなりました。30歳以下の人たちは、産まれた時から日本はずっと不景気だという空気の中で育ってきています。一部の家庭、企業、地域や業界はその時々によって景気が良い時もあるでしょうけれど、社会全体が景気が良い時代はバブル景気が最後です。それ以降は景気が良い雰囲気を味わうことなく暮らしてきました。

    さらには酒の席という、ある意味日本独特のコミュニケーションともこの2年強は基本的にありません。それ以前からも若い人たちがお酒を飲まなくなってきていましたが、コロナ禍がそれに拍車をかけたのは間違いないでしょう。

    とにかく、アルコール離れというのは一過性のものでもないのですが、お酒だけが「〜〜離れ」のターゲットになっているわけでもありません。不景気の中でずっと生きてきた10代〜30代にして見たら、お金と時間は節約するものという無意識下のルールが行動を規定しているとしてもおかしくないのです。

    若者世代の行動原理の一つに「コスパ」「コスパ重視」があるとも言われますが、30年続いてきた不況・デフレマインドがそれに影響している可能性は高いと思っています。

    もう、日本の酒造メーカーは日本国内で消費されることだけを考えない方が良い時代になってきたのかも知れません。総合飲料メーカーはノンアルコール分野での稼ぎもあるでしょうけれど、酒造専業メーカーは厳しい時代になってきたということになります。

    円安を生かして輸出にシフトしていく手もあるでしょうけれど、小さいところはそうもいかないでしょうね。

    そういえば、タバコ産業も日本国内では喫煙者が長期低落傾向が続いていましたので、本家本元のJTはタバコの国内消費だけに頼らないようになっています。医薬事業や加工食品事業もあります。もちろん、タバコの売上が圧倒的ではありますが、海外でのタバコ売上は国内の3倍にも及びます。

    日本のアルコール産業も似たような経過をこれから辿っていくのでしょうか?

    少なくとも、これまでと同じようには誰もがいつでもお酒を楽しむ社会には戻らないでしょう。そもそも少子高齢化プラス人口減少社会により、お酒を飲める人も減っていくのですから。

  • ソ連をソフトランディングさせたゴルバチョフ氏の死去

    ゴルバチョフ元ロシア大統領が亡くなりました。若い人にとっては歴史上の人でしかないでしょうけれど、中高年の人間にとっては、ソビエト連邦の良い意味でも悪い意味でも終わらせた人です。

    良い意味では、冷戦構造の中で発展が完全に行き詰っていたソ連を、グラスノスチとペレストロイカで西欧諸国になんとか食らいつき、共産党支配が崩壊してでもソ連邦の支配地域を解放したと言えます。90年代はエリツィン政権の元で厳しい経済状態でしたが、2000年代以降のプーチン政権下における資源価格高騰の波に乗って発展して行ったのは、間違いなくソ連が「前向きに」崩壊したから出来たことです。

    一方、悪い意味ではソ連が世界をアメリカと二分していた時代から比べると、冷戦崩壊後のロシアはその他大勢の新興国の一つに過ぎない状態にした立役者でもあります。かつての共産党支配を懐かしむお年寄りや、プーチン支持層、さらには大スラブ主義を掲げるような急進的国家主義・民族主義者にしてみたら、ゴルバチョフ氏はソ連・ロシアを弱体化させた国家的裏切り者でしかないでしょう。

    ゴルバチョフ氏の死去により、1980年代末の冷戦崩壊時に各国の指導者だった人たちは皆亡くなりました。

    アメリカのレーガンは2004年に、イギリスのサッチャーは2013年に、フランスのミッテランは1996年に、日本の中曽根は2019年に、西ドイツのコールは2017年に亡くなっています。それだけ年数が経ったということです。

    それだけの時間が経過しながらも、今のロシアは巡り巡って再び西側諸国と決定的な対立状況に陥ってしまいました。ロシアの現況は、ソ連が世界の半分に影響を持ち、東側諸国を率いていた冷戦時代を取り戻そうとしているようにも見えます。プーチンから見たらゴルバチョフはかつての裏切り者でしょうけれど、ゴルバチョフにしてみたらプーチンはロシアの自由を捨てた愚か者でしょう。

    後になって判明した、冷戦時代のソ連がアメリカが思っていたほど強くなかったという事情は、共産主義経済の決定的な失敗を歴史的に証明しました。ゴルバチョフが出てこなくてもソ連は間違いなく崩壊していたでしょう。

    ゴルビー以前、アンドロポフやチェルネンコの短期政権よりもさらに前の、ブレジネフ時代の時点で、既にアメリカによる軍事力増強と、そして西ドイツと日本が牽引する経済発展に付いていくことが出来ず、東側諸国全体が西側との大きな格差を付けられていました(例外は鄧小平が復権した中国で、改革開放路線により発展のレールに乗ったところでした)。

    ソ連自体が東欧各国の窮状を救えなくなりつつある中で、ソ連が連邦内や東側諸国を締め上げ続けた状態で急な破滅を迎えると、ひょっとしたら破滅的な被害がソ連邦諸国や周辺地域に及んでいた可能性もあります。

    内戦になればそれこそ核兵器を巡っての争いにもなりかねませんでした。ロシア国内における共産党勢力によるクーデターはあったものの、連邦諸国自体は平和理に独立国家共同体(CIS)に移行できたのは、事前にソ連の限界を覚悟していたゴルバチョフ氏による手腕もあったと思います。

    いわば、ゴルバチョフにより、ソ連や東欧各国はソフトランディング出来たと言えます。

    「今やソ連や社会主義諸国は西側と大きな差が存在し、このままではもうダメだ」
    とジワジワと思わせていたことで、各国の指導者の諦めもゆっくり醸成されたとも言えます。それを理解できなかったルーマニアのチャウシェスクのような独裁者は、東欧革命において唯一の処刑を受けましたが、ゴルバチョフ氏はモスクワで寿命を迎えました。

    一度ソフトランディングしたはずのロシアを、再び暴風雨の中に離陸させたような状況に追いやったプーチンは、どのような最期を迎えることになるでしょうか?

  • 2022年8月31日J1リーグ第24節アビスパ福岡対ガンバ大阪DAZN観戦の感想

    今日は福岡の選手・スタッフでのコロナ感染が広がったために延期されていた試合です。福岡は鹿島・川崎に連敗して鳥栖には引き分けた状況、ガンバは松田監督就任後、広島戦は逆転負け、名古屋戦は2−0と逃げ切り初勝利を挙げました。

    FWの使い方は松田監督の方が上手いような印象を受けます。レアンドロペレイラは名古屋戦で2度もオフサイド判定にゴールを取り消されましたが、プレーはこの2年で最も充実しているかも知れません。また、名古屋戦ではパトリック、鈴木武蔵のゴールでの勝利でしたが、FWの得点が多くなってきたのはチームとして良い傾向です。あえて指摘するなら、攻める人と守る人が分離してしまっているとも言えなくはないですが、今は割り切って攻める・守るを徹底するべきチーム状況でしょう。

    暑い最中の連戦となりましたが、選手は大幅には入れ替えないでしょう。フォーメーションも松田式4−4−2は変わらないはず、と思っていました。そして発表されたスタメンでは、黒川、ギョンウォン、三浦、高尾の4バックは前節通り、中盤4人は食野、齊藤、奥野、アラーノと出場停止のダワンが奥野に代わりました。2トップはパトリックと武蔵という、前節ゴールを挙げた2人です。疲労度を考慮しなければ予想しやすい、固いメンバー構成です。

    対戦相手の福岡は、個人的にはだいぶガンバより上の順位だと思い込んでいたのですが、気がついたら12位で勝ち点差は僅かに3と、いつの間にかこの試合が6ポイントマッチとなっていました。

    ちなみにDAZNでも説明されていましたがこの試合はマスク着用、距離を取っての声出し応援適用試合でした。DAZN観戦勢としては、博多の森まで遠征したガンバサポにはお願いしますという気持ちです。

    さて前半キックオフしまして、この2試合は前半開始直後に得点できていますので、今日も期待していましたが、序盤から福岡ペース。しかしガンバも4−4−2の3ラインを崩さず、選手間距離も詰めているので、さほど危険はありません。ロングボールやアーリークロスにはDFの数で問題なく対応しています。

    しかし、疲労があるのか前節ほどは動きが良くないようにも見えます。福岡は金曜の試合、ガンバは土曜の試合でしたので、回復に1日差があります。

    とは言え、守備を破綻させずに我慢できていれば、いずれ必ずチャンスが来るのがサッカーです。ガンバの初シュートは23分の食野まで時間がかかりましたが、続いて24分に黒川のクロスには惜しくも合わず。

    飲水タイムで東口が松田監督とかなり話し合っているシーンが映っていました。上手くいっていないという共通理解は出来ているはずです。

    28分、ガンバ左サイドでギョンウォンがぶっちぎられて折り返しのクロスからシュートを打たれるも東口がビッグセーブで凌ぎます。スピード勝負をあの場所で仕掛けられるとミスマッチが起きてしまいます。

    35分抜け出した武蔵がシュートを放つもGK正面。今日の武蔵はちょっと厳しいかなとも思いましたが、ああいう一瞬でシュートまで持っていけるのはさすがですね。

    しかしまたちょっと福岡の攻勢が連続してきました。ガンバがボールを回せる時はむしろ回させられている感があります。福岡の守備が前線から上手くポイントを押さえている感じでしょうか。前線まで持ち込んだところでの工夫が足りないかも。

    前半終了間際にファンアラーノが手で相手を止めてイエローカード。そのファウルからのFKを跳ね返したところで前半終了したので、時間を考えると非常にもったいない警告でした。

    結局前半は0−0。福岡はもちろん最悪でも引き分けでも良いのでしょうけれど、ガンバは勝つしかありません。どこかで福岡よりも先にバランスを崩してでも前がかりにならざるを得ないのですが、それよりも先に選手交代だけで優位に立って均衡を破るゴールを奪うことの方が、勝利への近道に思えます。

    両チームともハーフタイムでの交代は無し。お互いに前半の続きのようなサッカーで後半を進めています。

    54分にはクロスから大ピンチかと思いきやギョンウォンのカバーで事なきを得ます。やはりこの後半も優勢には立てないサッカーが続きます。福岡に圧倒されているわけでもないのですが。

    55分にはエリア内で武蔵がシュートするも宇宙開発。高尾にボール要求した上でのシュートだったのに・・・。

    58分にはファンマに頭で合わされますが外れて助かりました。お互いに段々、エリア近くでの守備が甘くなってきました。60分にもカウンターから決定機を作られるもこれも外れて一息。チャンス1回につきピンチが3回くらいある気がするのですが。

    63分のショートカウンターからのチャンスで武蔵がトラップミスでシュートをブロックされたのはもったいなかったですね。これは決めてほしい。

    67分にもアラーノのクロスにパトリックが合わせられず.直後に未月がイエローカード。そこで飲水タイムになりましたが、連戦のこのクソ暑い中で両チームとも70分まで経っても選手交代がないのは珍しいですね。

    73分、抜け出したパトリックのシュートも防がれたところで、武蔵とペレイラ、食野とシウバが入れ替わりました。パトリックもかなり疲れているっぽいですが、大丈夫なんですかね。こういう時に坂本がいれば前線で体を張ってくれるのですけれど、いないので90分いくんですかね。

    77分、またもやファンマにクロスを入れられて頭で合わされるも東口がキャッチ。

    79分、アラーノと未月に代わり、山本と石毛が入りました。基本的に同じポジションの交代ですので、フォーメーションは変わりません。

    両チームともメンバー交代によるメリットよりもデメリットの方が出てるんじゃないか?というくらい、交代ではチーム力が上がらないのですね。金かけて補強してきている分、ガンバの方が上手くいっていないということでもあるのですが。

    90分にはエリア内中央でペレイラがシュートするも目の前のパトリックに当たる不運もありました。

    その後にファンマがプレー後の黒川に突っ込んでイエローカード。

    94分、中盤で力を振り絞ったかのように山本がボールキープ、そしてパトリック、シウバと繋いでクロスに左足で合わせたパトリックによる絶叫を呼ぶゴール!

    96分、パワープレーから福岡にエリア内でシュートを放たれるも東口によるいつも通りのスーパーセーブ! と思いきやオフサイドだったようです。

    そして最後の最後に時間稼ぎで奥野から倉田に交代、そして試合終了!

    本当に大きな勝利となりました。直接対決で福岡を下しての勝ち点3を得て降格圏脱出であり、後半アディショナルタイムの得点で勝ったのは本当に久しぶりですね。

    松田監督交代後、3試合で2勝というのはさすがというところですが、世間で言うところの解任ブースト発動です。無失点が2試合続いているのも、さすが松田と言わざるを得ないですね。

    暫定13位ですが、試合数が多いので抜かれる可能性はあります。とは言え、この勝利は物理的な数字よりも精神的な高揚の方が大きいでしょう。

    次は土曜日にホームでサガン鳥栖との一戦です。今日の川崎戦で大敗していますが、川崎に大敗しても弱いことにはなりません。ガンバにとっては毎試合が残留争いラストマッチのような状況が続きます。

  • モノの原料を知れば供給不足や値上がりにイラつかない

    日本では、本は年々読む人が減り、雑誌もなかなか売れず、書店は苦境に陥り、新聞も部数を減らしています。

    そういった紙媒体自体が減る未来になると、紙を回収・リサイクルして生産されるトイレットペーパーの供給にも影響が出てくることは無いのでしょうか? 新聞の需要が減っても、トイレットペーパーの需要は減らないのですから。

    トイレットペーパーの全てが古紙から作られているわけではないですし、新聞紙以外の、企業から出るコピー用紙類や牛乳パック等も古紙に含まれますので、いきなりトイレットペーパーの供給が途絶えることは無いのでしょうけれど、原料たる古紙が減っていけば、新品生産のトイレットペーパーの割合が増えていきますし、その原料たる木材チップ、紙パルプなどは輸入に頼っていますので、円安とロジスティクス価格の上昇によって、トイレットペーパーの値段も上がってくるかも知れません。

    原料を正確に知れば、値上がりはともかく供給が途絶える恐れを抱く必要は無いのですけれど、原料の供給元まで考えるのはなかなか難しいものです。

    例えば卵は日本では自給率がほぼ100%で、それだけ考えると国際情勢や為替相場の影響など受けないように感じてしまいますが、卵を産む鶏の餌となる飼料や、生産農家から食卓に届くまでの輸送のガソリン代など、その原価の一部は今回の物価上昇が直撃します。

    国産だから外国の影響を受けない、というものはもはや無いと考えた方が良いのでしょう。

    円安は輸出に有利!と言っても、原材料費が高騰すれば原価は高くなります。その分、売却価格に転嫁してちゃんと売れれば問題ありませんが、世界的な物価上昇の中でどれだけモノが売れるか分かったものではありません。

    個人レベルでは、あまり無駄遣いをせずに、それでいてストレスや不便にならない程度に買い物をしていく、というくらいの対策しか有りません。

    それでも、あれもこれも値上がりしていく中で、値上がりの理由を類推出来れば、仕方ないかと我慢も出来るでしょう。そういったことを思い至らずに、メーカーや店員にイチャモンを付けてしまう人も出てくるんだろうな、と思います。生産企業も販売企業も、自分と同じ個人が集まって営業している存在で、誰も急激な物価上昇なんて喜んでいないのですけれどね。

  • 東京オリンピックは奪われるべき財貨なのか

    汚職・収賄事件のニュースに接すると改めて思い起こす故事があります。

    以前にも私のnoteに書いたことがあるのですが、古代中国春秋時代の子産という人物に関するものです。

    https://hrsgmb.com/n/n1f7b5dce270b

    詳細は上記リンク先にありますが、

    「あなたは金を集めることばかりしているから、周りのみんなから嫌われているのに、なんでそのことに気付かないの? このままだとあなたのいる国は周りから背かれ、あなた自身や家も潰されますよ? 人のためになることをすれば楽しめるはずだし、そうすれば永続きできます。感謝された方が憎悪されるよりもいいじゃないですか」

    という箇所は、そこまでしてお金を不当に奪い稼いで果たして本当に幸せになれると思っているのか?と毎度のことながら疑問を覚えてしまいます。

    「象が象牙を持つためにわが身を滅ぼすのは、それが財貨だからです」
    とありますが、罪のない象ですら財貨を持っているだけで殺されて奪われるのに、罪を得て稼ぐ人は一体どのような不幸が我が身とその子孫に待っているのかと、他人事ながら畏れます。

    あいつはこちらの富を奪って生きているのだ、と思われるのと、
    あの人のおかげでこちらは生きていられるのだ、と思われるのとの二択で、前者の方を躊躇いなく選ぶ人が賄賂をガッポガッポと得るのでしょうけれど、それを羨ましいと思う気持ちもまた悪ですし、実行するのはさらに悪に悪を重ねることになります。

    立場的に収賄が出来る人というのは、おそらく他人が収賄で懐を暖かくしているのを横目で見る機会も多いのでしょう。そこで告発や密告などまでは出来ないにしても、そこで自分も流されて収賄する側に走るか、その立場にあり続けながら身を律するか。大半の人が後者になっているかも知れませんが、前者も根絶することは出来ないのでしょう。

    国家的ビッグイベントともなれば、動くお金もビッグになり、それにつれて汚職の単位もビッグになります。

    オリンピックを象が持つ象牙に仕立て上げたのは誰でしょうか?

    「オリンピックはこちらの富を奪って実施されたのだ」と思われるようにしたのは誰でしょうか?

    先に述べた、子産の
    「あの人のおかげで生きていると思わせるようになりなさい」
    という進言は、箴言でもあります。