新型コロナウイルスの感染が広がってから、3年目の夏が終わりを迎えようとしています。初期の頃ほどの、「これからどうなってしまうんだろう」感は無くなったものの、状況や症状を理解した上で、「これから感染がまだまだ広がるんだろうな」感は共通認識のようになってきました。
現状の日本では感染が過去一番広がり、医療現場は大変厳しい状態が続いていますが、それでも政府や自治体による行動制限の依頼も行われず、マスクも熱中症予防として屋外では外すのが普通になってきました。
このお盆では帰省ラッシュも3年振りとなりました。昨年はデルタ株の蔓延で帰省する人が非難されるくらいでしたが、もはや今では感染覚悟も何もなく、ただ移動するだけです。
もう、2年半が経ち、コロナ禍3年目を迎えると、人々の感覚も麻痺と言ったら語弊があるかも知れませんが、コロナ感染に対して過去2年ほど怯えなくなった状況に見えます。
石の上にも三年とは言いますが、それはたいていの人にとって、3年も我慢し続けることが出来ないからこそのことわざです。。3年間ずっと、マスクをして、会食もせず、遊びにも出かけず、帰省も旅行もしないという自主的な行動制限は、出来る人の方が圧倒的に少ないのでしょう。
もちろん、「石の上にも三年」ということわざの「三」という数字は、「多い」という意味で持ち出される数字であって、具体的に3年間という意味ではないのですが、それでも3年という期間は非常に長いものです。中学生や高校生が入学して卒業するまでの期間そのものでもあります。
2020年4月に、異常な入学式によって新中学生・新高校生になった人たちは、コロナ禍が収まらないまま、7ヶ月後には卒業式に臨むことになります。中年の自分にとっては長くも短くもない3年ですが、若い人にとっては失望と落胆の続いた3年だったのだろうと同情します。
15年の人生における3年間と、45年の人生における3年間では、割合で言えば前者は20%、後者は6.7%です。中年のオッサンにとっては、将来振り返ったときに面倒な3年間だったなという印象で済むかも知れませんが、10代の貴重な3年間をコロナ禍に翻弄された若者にとっては、生涯忘れられない辛い3年間になるのでしょう。
「三年目の浮気くらい大目に見ろよ」という歌詞がすぐに出てくるのは間違いなくアラフィフ以上なんでしょうけれど、三年目のコロナがまだまだ大目に見ることが出来るレベルになっていないのは残念なことです。




