平繁無忙の何でも書くブログ

  • いますぐ必要なのは現金給付であり、不要な人からは累進課税で取り戻せばいい

    新型コロナウイルスが与える様々な影響は多くの分野に及び、健康不安だけではなく経済活動に壊滅的な打撃を与えています。

    日本政府も一応は、企業に対して従業員を解雇したり強制的に出社させないようなサポートを打ち出してはいますが、必ずしも利用されているわけではないようです。

    サイゼリヤでコロナ助成金の「不使用」が問題に 独自の”特別休暇“に不満や疑問の声
    https://news.yahoo.co.jp/byline/konnoharuki/20200402-00171115/

    助成金を企業が申請しない理由は様々だと思います。ただ単にこれまで通りの企業経営を行いたいから強行しているケースもあるでしょうし、助成金申請にかかる手間暇をかけたくない・かける余裕がない場合もあるでしょう。もしくは、助成金が企業にとってあまりメリットがない、つまり助成金が企業のニーズから外れているのかも知れません。

    ただ、企業対象の助成金で国民の生活を保障するというのはある意味、迂遠な援助であり、確実かつ迅速な生活支援は間違いなく、国民全体に直接現金給付するしかありません。

    生活困窮家庭にのみ、一世帯30万円の給付を行う、という方針が出ましたが、はっきり言うと足りないでしょうし、申請のための準備をして、申請して、申請後は役所でチェックしてからようやく支払う、ということになると時間がかかりすぎます。生活に困窮している家庭は、数ヶ月後に困窮するわけではなく今、困窮しているはずです。

    高所得者にまで給付するのは良くない、という理屈よりも、余分が出たとしてもすぐに助ける方が優先すべきだと思いますがどうなんでしょうね。全国民に一斉給付する代わりに、企業対象の助成金も削ることが出来ます。企業の総務担当の負担もありません。助成金制度には当然ながら審査がありチェックに多くの時間と人手が必要です。支給条件を限定した現金給付についても同様で、現場の公務員の残業代、あるいはサービス残業のための体力気力を必要とします。そういった表には出ない負担を、国民一律の現金給付は省くことが出来るはずです。

    全国民に100万円給付する代わりに、半年間は生活維持に必要な行動以外は外出を禁止することが出来るでしょう。水道・電気・ガス・電話・インターネットといったライフライン、鉄道(旅客・貨物)・海運などの輸送、衣食住のうちの食料販売(服と住まいはなんとかなる)あたりの仕事はストップ出来ないでしょうけれど、その他の企業は多くは営業停止もしくはテレワークのみ認める、ということにすれば相当に感染を減らせるはずです。

    100万円で半年、というのが多すぎるのであれば、まずは50万円で3ヶ月外出禁止にして、2,3ヶ月後の状況を見てさらに追加で50万円&3ヶ月外出禁止を行う、ということでも良いでしょう。

    もちろん、高所得者や資産家にとっては不要な支給ですが、その分は所得税の累進課税部分で調整して、高所得者への税額を時限立法で一時的に高くすれば取り戻せるはずです。今年度は高所得者も減収になるでしょうから、1年限りではなく2年や3年に渡って累進課税を薄く増やす方が良いかもしれません。

    また、すぐに不要な人は給付を預金に回して消費に使用されない、という意見もありますが、そもそも今は消費する先もありません。コロナ禍が収まってから、預金に余裕があれば使いたくなるという心理もあるはずです。預金に回った分は銀行が融資に回せなくても国債を購入して、その国債を日銀が購入して最終的には政府に戻ってきます。統合政府の考え方ですね。これが良いかどうかはまた別の問題でしょうけれど、国家財政を悪化させないために貧しい人は死んでください、という政府よりはマシなんじゃないですかね。

    しかし、そもそも最低限の収入を全国民に確保するベーシックインカムが存在していれば、このような急な現金給付も不要でしょう。賛否両論というかおそらくは否定的な意見の方が多いかも知れないベーシックインカムですが、節約すれば何とか生きていけるようなくらいの現金収入が毎月確保されているのであれば、多くの人はわざわざ危険を冒してまで毎日仕事に行かないですよね。

    今回の新型コロナウイルスによって、ベーシックインカムの必要性を訴える人が増えるのではないかと思っています。北欧などの福祉が重要視されている国であればどこか始めるかも知れません。まずはそもそも落ち込んだ経済を復活させるための政策が最優先でしょうけれど、ベーシックインカムによって将来の危機においても収入そして生活の不安がなくなれば、かえって安心して消費が増えて経済の復活も早くなると思います。

  • YouTubeを支える素人・玄人?

    YouTuberになる芸能人が最近増えた気がします。実際に数えたわけではありませんが、マイナーなレベルの芸能人だけではなく、かなり知名度のある芸能人が普通にチャンネル作って編集した動画を投稿したり、ライブ配信をしたりするようになりました。

    楽しめるコンテンツが増えること自体は、コンテンツを消費する側としては喜ばしいはずですが、競争相手のYouTuberだけではなく見る側の人達にも、芸能界のYouTube進出に否定的な意見を持っている人もいるようです。

    これまでのYouTubeを支えて発展させてきたのは、元々は無名なところから始めたYouTuberたちだから、発展しきったYouTubeにマスメディアでの知名度を持ってきて上澄みだけ強奪するように思われているようです。

    そうはいっても、自由資本主義のアメリカで生まれたインターネットでありYouTubeです。儲けられる人が儲ければ良いという仕組みになっていますし、視聴者を集められるのであればYouTube側にしてみれば素人だろうと玄人だろうと関係ありません。ネットは素人(非芸能人)のためだけに存在しているわけでもないのです。

    また、今のYouTubeでそんな簡単に収益化できるわけでもないでしょう。再生回数やチャンネル登録者数をすぐに集めて儲けられる人は、それだけのポテンシャルを持っていたのであり、それだけの需要が本来存在していただけのことです。

    YouTubeの動画の定番やフォーマットを丸パクリしているような芸能人もいますが、そういったものを利用しているだけの人は芸能人に限らず長く続かないでしょう。工夫できる人は生き残るでしょうし、そうあるべきでしょう。

    以前、これらのnoteでも書きましたが、

    https://hrsgmb.com/n/n3c41cdc897f6

    https://hrsgmb.com/n/n6d2bd116ecb3

    ラジオ・映画からテレビに芸能人が移動し、テレビが隆盛を迎え、下火になってきてYouTubeなどネット配信が興隆してきたところですので、また芸能人大移動が起きてもおかしくありません。その中で淘汰されて生き残る芸能人は、立派なYouTuberと言えるのではないでしょうか。

    それなりに知名度があるはずの芸能人が大して再生されていないのは、ざまあみろと言うよりは、むしろ同情を買いそうな気もしますが・・・。

  • 紙の本と図書館と電子書籍とブロックチェーン

    先日この本を読みました。

    図書館巡礼──「限りなき知の館」への招待
    https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000014163/
    ボルヘス、エーコが夢見た「知の集積所」 その蠱惑的なあり方と古今の変遷を鮮やかに描く
    ボルヘス、エーコが夢見た「知の集積所」としての図書館は、生と死、渇望と喪失といったあらゆる人間ドラマの舞台でもある。アレクサンドリア図書館からボドリアン図書館まで、古今の偉大な図書館の魅力を語り、文献の保守・保存・獲得に心血を注いだ「愛書家」たちのエピソードを活写する。

    古代の「本が無かった頃の図書館」から、古今東西の多くの公私の図書館・文庫もまとめて、さらにはフィクションの中に存在する図書館まで言及する、本好き・図書館好きに共感を与える一冊です。

    ただ、今の私は読書は99%以上をKindleの電子書籍で行っていますので、ある意味不思議なというか複雑な気持ちでこの本を読んでいました。

    リアルな本の歴史は、作成・保管・売買・損壊・焼失・盗難という困難との闘いの歴史でもあり、それは上述の「図書館巡礼」でも描かれています。

    電子書籍ではそれらの困難を解決することが出来ます。

    作成・・・サーバからコピーをダウンロードするだけ
    保管・・・物理的スペースは不要
    売買・・・ネットさえあればいつでもどこでも購入可能
    損壊・・・デジタルの元データさえ残っていれば大丈夫
    焼失・・・同上
    盗難・・・同上

    という利点があります。もちろん、元データを保管するサーバを管理している販売企業が飛んだら終わり、という怖さはあります。

    ただ、本に書かれている情報を受容するという点に限れば、電子書籍はリアルな本に劣る点は全くありません。

    紙の本の図書館は世界中に存在していますが、電子書籍のみのあらゆる書籍を集めている図書館もそのうち出来るでしょう。もしかしたらあるかも知れませんが、紙の本の図書館とは異なり、物理的な保管庫はほぼ必要ありません。デジタルデータを収めるストレージや管理用のサーバなどのスペースだけあれば済みます。電子書籍を管理するスペースは、100冊でも100万冊でも100億冊でも大差ありません。

    その一方でリアルな本にも利点やメリットがあります。これも「図書館巡礼」にありましたが、装幀の華麗さ、手触り、本棚に並べたときの自己満足、所有欲を満たす、紙の匂い、インクの匂い、目への優しさ(文字を大きく出来ないのは逆に厳しいですが)、貸し借りや譲渡のしやすさ、読む装置(スマホなど)が不要、などなど。

    紙の本と電子書籍のどちらでも販売されている書籍であれば、どっちを選ぶかは読者側の好みで決められます。現代はちょうど過渡期なのかも知れません。もしかすると将来は紙の本の新刊が絶滅して電子書籍オンリーになっているかも知れません。そう考えると、過去と未来の読書家から見たら垂涎の時代かも知れませんね。

    電子書籍には紙の本に無かった新しい問題もあります。デジタルデータである以上、元データの改ざんの恐れです。紙の本であれば、中身を書き換えたりページを入れ替えたりすれば、精巧に偽装しても調べれば分かります(調査側の能力次第ですが)。しかし、デジタルの元データが編集情報などのヘッダー含めて書き換えられてしまうと改ざんに気付くことは出来なくなります。他の場所にコピーがあったとしても、それはあくまで別個のデータとされ、どちらが正しいものか調べることは出来ません。先に挙げた電子書籍図書館に保管するにしても、その図書館のサーバにハッキングされて改ざんされる可能性があります。

    一つの可能性というかむしろそれしかないだろうという解決策としては、ブロックチェーン技術があります。クラウドなりオンプレミスのサーバやあるいはローカルPCにブロックチェーン技術で保存されるデータは改ざんされない(改ざんが隠蔽されない)ので、電子書籍自体の同一性は保証されます。

    素人の考えですから、本当にそうなのかは分かりません。ブロックチェーン技術が破綻すれば同一性も維持できないでしょうけれど、そもそもそうなったらその頃のあらゆるデジタル技術が大パニックになるでしょうから、電子書籍どころではないですね。

  • 技術に関する意見交流は強権国家も防げない

    中国政府がGmailやFacebook、Twitterなどのアメリカ製ウェブサービスを中国国内では利用出来ないように制限していることは有名です。建前はどうあれ、実態としては政府や共産党への批判・不満を大勢で共有して国家体制にヒビが入ることを防ぐのが目的です。

    BaiduやWeibo、WeChatなどの、いざという時の国家統制が効く国産ウェブサービスで代替できるでしょ、こっちを愛国者なら使いなさい、ということで自由な利用が妨げられているわけですが、中国国内で過ごす分には全く問題ないのでしょう。十数億人の市場が存在し、外国企業との競争もないことで中国国民向けにカスタマイズされたサービスですから使いやすいのも当たり前でもあります。

    しかし、同時に世界で競争する中国企業とそこで働く人々にとっては、中国国外での競争にキャッチアップしていくために、最新の情報や技術を学ばねばなりません。

    国外に出張や滞在して開発することもあるでしょうが、例えばプログラミングやウェブデザインなら中国内でも世界で仕事が出来ます。しかし前述の通り、多くのウェブサービスが遮断されていますので、最新の流行に付いていく点で難があるはずです。

    個人向けのFacebookやWhat’sAppが使えなくてもまだそれほど困らないでしょうが、GitHubとかは使えなかったら結構不便じゃないかな、と思って軽く調べると、技術系は結構使えるようですね。

    https://comemo.nikkei.com/n/na971723a867b

    中国からアクセスできる・できないサービスをエンジニア視点でまとめる
    https://blog.nakamu.life/posts/accessible-or-unaccessible-service-from-china

    こういったところを遮断すると、企業活動も国家戦略も問題が出てくるんですかね。逆に、アメリカの方で中国からのアクセスを遮断する戦略の方があるみたいですが。

    技術交流すら遮断したら国内だけで技術の進歩が完結してしまい、ある程度は発展するでしょうけれど、中国人では思いつかない発想や技術に接することが無くなってしまいます。

    例えとして適切かどうか分かりませんが、16世紀戦国時代の日本では大量の火縄銃があり、兵器の技術発展もありましたが、250年を超える江戸幕府の鎖国を経て19世紀半ばまで全く軍事技術の進歩が無いままでした。島原の乱から200年以上も内乱すら無かったことが大きいのですが、外国との技術交流がほぼ無かったことも原因でしょう。

    遮断していないのなら、GitHubとかSlackとかでは中国政府・中国共産党を批判するネタも書かれていないのですかね。中国国内から使用する人も冷静に技術のために使用しているのでしょう。

  • 人間が生きていくのに必要なものは、衣食住+情報になってきた。

    人間が生きていくには衣食住が必要ですが、現代人にはさらにもう一つ、情報も必要な気がします。

    正確には、現代社会において衣・食・住を滞りなく利用するには情報が必要です。前近代的な生活を隔離された環境で営まない限り、何をするにしても情報は必要でしょう。衣食住「情」が現代人には欠かせませんが、欠かせないものであるからといって過剰に受け入れることも問題があります。

    衣服を過剰に所有していても京都の着倒れと言われるくらいで、お金がかかるだけです。購入や維持管理の費用や面倒はあれど、かつてフィリピンで権力を奮ったマルコス大統領のイメルダ夫人みたいに国民を搾取して大量の靴を集めていたのなら非難も免れませんが。人一人に必要な衣服なんてたかが知れています。必要量以上は全て贅沢でもありますが、衣服を持ちすぎていることで逆に健康が損なわれるということもありません。

    住まいについても同様で、豪邸を多数所有していても、財産にはなれど快適に生きられるとは限りません。複数の家を持っていても一度に過ごせるのは一つの家だけです。一つの家が巨大であっても、その家の中にベッドルームやトイレやお風呂が5つ6つあっても、一度に使用できるのは一箇所だけです。ただ、そうであっても家が大きすぎたり多すぎたりすることで有害出あるわけではありません。

    しかし、食事は異なります。食べようと思えば過剰に食べることが出来ます。それは単なる分量だけではなく、偏った食事による栄養過多もあります。過剰な飲食を行えば確実に身体を壊します。

    また、食事は次々と入手する必要がある点でも衣服や住居とは異なります。衣服も住居も毎日のように購入するものではありませんが、食料は毎日買うこともあります。長期保存できる食料でもせいぜい数年です。だからといって食い溜めも人間はほぼ出来ません。過剰なカロリーは不要な脂肪になって健康を害します(もちろんある程度は脂肪は必要ですが)。

    衣服も住居も適切な量というのはありますがルーズでも寿命に影響はありません。しかし食事はルーズに摂取しすぎると死が早まってしまいます。

    冒頭に書いた「情報」は、衣服・住居のようにある程度蓄えることが出来ます。その一方で、食事のように蓄える情報に鮮度がある場合もあります。また、食事同様過剰に摂取することで悪影響が出る場合もあります。

    情報の量も問題ですが質も重要ですよね。それは食事も同じですが、質が悪い情報を大量に受け入れるとろくなことにはなりません。デマや不正確な情報、あるいはヘイトや憎悪に基づく情報も摂取して良いものではないです。不要な脂肪が身体に溜まるように、悪い思想が頭や心の中にこびりつきかねません。

    現代人は放っておいても大量の情報に晒されます。生きていく上で情報は、必要に応じて量的にも質的にも取捨選択していかないといけない。ただ、身体に悪い食べ物に限って美味しいように、心に悪い情報に限って関心を集めてしまうんですよね・・・。

  • 一斉休校要請は正しかったのか?

    先月の2月27日に安倍首相が一斉休校要請を出したとき、当然という意見よりは批判・非難の方が圧倒的に多い状況でした。それまでの対応が後手だと批判されていた一方での急な要請によって、やり過ぎとかスタンドプレートか言われていました。

    <新型コロナ>首相、異論押し切り独断 一斉休校要請、決定の裏側
    https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/202003/CK2020030202000151.html

    その時の説明が酷かったことや首相側近などのパーティー開催によって、教育だけを犠牲にするのか、共働きやシングル家庭はどうするのだ、という非難が殺到したのは、ある意味当然のことで首相の自業自得でもありました。

    ただ、それらは別として、個人的には一斉休校要請は結果的に良かったと思っています。

    日本の一斉休校の後、韓国やイタリアが続き、さらにその他の多くの国が3月に入ってから次々と休校するようになりました。欧米各国は外出禁止になり、学校をどうするかというレベルではなくなっています。

    子どもの発症者が少ないことによって休校は意味が無い、という人がいましたが、無症状の感染者が多いために子どもを介して大人に感染が拡大する可能性もありました。

    まず、子どもがマスクを付けて学校に来たとしてもずっと付けているかどうか。ウイルスの怖さを正確に教えるのは親でも教師でも難しいはずです。

    休み時間にマスクを外して近い距離で喋ったりふざけあったりしてウイルスが感染する怖さもあります。

    また、給食では子どもが配膳して向き合って食事をすることもリスクとなり得ます。

    学校の教室もまだあの寒い時期に授業中常に窓を開けて換気し続けるのも難しいでしょう。

    今回の新型コロナウイルス対策として、
    ・密集しない
    ・密接しない(会話や食事や触れたりしない)
    ・密閉しない
    という三密を防ぐという方針があります。学校の教室というのは、子どもたちが密集し、授業中換気が出来なければ密閉され、会話や食事も密接に行われてしまいます。この三密から考えると2月末の時点では休校措置を取ることは正しかったのではないでしょうか?

    逆に、満員電車はそのまま放置で良いのか、という意見もありましたが、多くの路線では数分毎に駅に止まって人の出入りがありますので、強制的に換気がなされて、なおかつ長時間同じ人同士が側にいるわけでもなく、車内で会話や食事を行うこともほぼありません。みんながマスクをしていれば満員電車はそれほどリスク要因にならないのではないかとも思います。

    感染者数が少ないのはPCR検査対象を多くしていないからですが、死亡者数を把握できていて重症患者に絞って手厚い治療を行うのであれば、それほど怖くはないはずです。

    ただし、外出自粛要請があっても平気で遊びに出かける人達がいる現状を見ると、まだまだ収束は先でしょうし、安心は出来なさそうです。

  • 現金給付はイケナイことですか?

    お肉券とかお魚券とか旅行券とか、ギャグで言っているとしか思えないような経済対策が噂されていますが、まあ一応は正式に発表されるまではなんとも言えないかとは思います。というか、政権や自民党が少しずつリークして、世間の反応を探る観測気球としてマスメディアを使っているような感じもします。

    ただ、どの案も芳しい評判は得られていません。今回のようなパンデミックだけではなく、大規模災害や金融恐慌などが起きたときに必ず案として俎上に上がっていながら効果が無いとよく言われるのが、国民への直接の現金給付です。

    現金給付の問題点としては、
    ・消費ではなく貯金に回されて効果が出ない
    ・富裕層にまで配る必要は無いし、制限を付けると給付に手間暇がかかる
    ・財政が悪化する
    ・ダメージを受けた産業にお金が回るとは限らない
    といったものでしょうか。

    いろいろ批判はありますが、今回の経済対策案とメディア・国民からの批判は、生活救済と経済回復という二つの目的を混同しているためのギャップから生まれていると思います。

    現在急務なのは非正規労働者・零細企業・個人事業主などの、生活に必要な収入を急に得られなくなった人への対応のはずです。その対策としては特定の消費と引き換えできるクーポン券や割引などではなく現金給付しかありません。いわば生活保護の拡大版です。

    ウイルスの問題が完全に収束しないまでも、ある程度落ち着いてきたところで、業績が急落した旅行や飲食や各種業界などへの支援が必要になりますが、そちらの方は逆に企業への直接的な給付ではなくて、少なくともそれら企業への銀行からの融資条件の緩和、既存融資の返金猶予というよくある支援策は必要です。それ以外に出来ることがあるのであればやるべきです。例えば、一部の人が主張するような消費税減税ではなく、既に企業が受け取っていて納付前の消費税の納付期限の延期もあるべきでしょう。あるいはいっそのことこの消費税を益税化すれば、それだけで粗利の10%はプラスになりますね。

    税抜50万円のモノを仕入れて税抜60万円で売った場合、消費税込みで計算すると55万円で仕入れて66万円で売ります。差額の粗利は11万円ですが1万円は消費税です。免税事業者のような益税として企業の手元に残る形にすれば直接的な企業支援になります。

    ただ、さすがにそこまではやらないでしょう。消費税のうちの地方消費税分は国から自治体に補填しないといけないでしょうし。

    現金給付が貯金されてしまって経済効果が無い、という意見がありますが預金に回った分は銀行などの金融機関が国債を購入して、結局国家財政に戻ります。もちろん財政赤字が増える問題はありますが、そこを気にしていると効果的な対策を打てません。

    また、現金ではなく何かに引き換えられるクーポン券にしたところで、消費した分と同額を預金に回される可能性もあります。クーポン券の分だけ純粋に消費が増えるという理屈もおかしいはずです。

    今一番大切なのは、現金だろうとクーポン券だろうと生活に必要なお金がない人の救済です。いちいちクーポン券を印刷して配布して利用する、という作業にかかる経費や時間が惜しいはずです。

    現金給付が不要な金持ちに渡すことは確かに無駄と言えば無駄ですが、そこで年収制限を導入してチェックするだけでもやっぱり時間がかかります。それに富裕層の中には年収がそれほど高額ではなくても多額の資産を持っていて豊かな生活を送れている人もいます。そういうタイプの富裕層は年収が少ないとされて結局受給対象になってしまいます。

    結局どうやっても貧しい人だけを素早く適切に救えないのであれば、多少の無駄が出たとしても金持ちにも一律現金給付を素早くした方がいいです。本当に困っている人が救われないよりはマシです。

    結局何のために財政出動してお金を出すのか、ということが議論しすぎで変な方向に行っているような気がします。

  • 国家による外国人フリーランスの保護の難しさ

    国家は個人を保護し、個人は国家に義務を果たすことで両者の関係が成り立ちます。ここでいう国家は近代国家だけではなく、その地域において統治する組織を意味します。おそらくは5000年〜6000年ほど前からは統治機構が出来上がり、その地域の住民を支配してきました。

    国家が国民を保護するのはその国家に貢献する人を確保するためですが、当然ながら同じ人がずっと定住して貢献し続けてくれた方が国家としては助かります。飲食店に例えれば、近隣住民が常連になってくれるようなものです。

    最近は社会も経済もグローバル化したことと、ネット経由で仕事を行って収入を得ることも容易になったため、働く企業も働く場所も固定せずに移動しながらフリーランスで働く人が全世界的に増えました。

    何も問題がない、平時の時には快適な労働環境でしょうし、企業側にしてみれば雇用するよりは手軽に手っ取り早く業務させることが出来るので、Win-Winの関係でもあります。国家としても、移動時にお金が動くことや他国から優れた人材が入ってくることでもあるので歓迎すべきことでしょう。

    しかし、今回の新型肺炎のような、想定外の事態が起きると話は別になります。

    問題発生時に国籍を持っている土地にいるのならまだしも、他国にいると公的な保護を受けるのにも困難が伴います。当然ですが、当該国政府はその国民(国籍所有者)への手当を優先させます。自国民と外国人を全く同じ扱いすると、国民からの支持を失うからです。外国人の支持を受けても政府(政治家や官僚)は自らの立場の補強にはなりません。おそらくこれはどこの国でも言えることでしょう。前述の飲食店の例で言えば、常連さんと一見さんのどっちを優遇するか、という話です。

    また、同じ国民の中でも例えば日本であれば、源泉徴収によってほぼ脱税の可能性がない、いわゆるサラリーマン(もちろん女性も含みます)が税金面でも健康保険でも優遇されます。収入が安定せず、納税に手間暇がかかる個人事業主・フリーランスが割を食います(売上の少ない個人事業主なら消費税の益税がありますが)。

    外国居住でも元の国にある企業(特に大企業)から出張として派遣されている人はフリーランスとは違って、元の国からの保護を企業経由でも受けることがあり得ますので、外国居住者の中ではまだマシな方でしょう。

    現代社会では外国人であろうとも権利保護されてしかるべきだ、という理屈も当然ですが、いつ出ていくか分からない人・国家に継続的に貢献できない人を国家が非常事態でも保護してくれるというのはかなり厳しいでしょう。それは国家の倫理というよりも国民側の倫理観の問題だと思います。保護は監視を兼ねるものですので、監視しきれない人は保護できないという理屈になってしまいます。

    もちろん、保護=監視という等式が行き過ぎてしまっているのが今の中国政府・共産党です。北朝鮮は・・・そもそも保護が出来ていない気がします。

    そういうわけで、今回のような全世界的に波及し、どの国でも対処に追われる重大な問題が起きた場合、フリーランスで外国に滞在している人はかなり不便な状態に陥ることと思われます。

    これをもってフリーランスや外国移住を批判するつもりはありません。人が動くことでお金も動きますし、新しい知識やアイデア、知識や能力をもたらしてくれる存在です。ただ、どの国でも同じ福祉・サービスを受けることが出来るという前提で動くべきではないでしょう。国家に対して貢献できるという能力に自信があるのなら、シンガポールのように優遇してくれる国に移住するのはありでしょうけれど、あそこはあそこで来国から来ている出稼ぎの単純労働者を「バッファー」だと公言して、経済が落ち込んだときに元の国に強制送還するくらいですから、高給を稼げるくらいの人物でないと危険でしょう。

    今回の新型肺炎によって、感染拡大を防ぐためにテレワークが推奨され、オフィス以外で仕事をすることが日本でも他国でも今まで以上に広がっていくでしょう。手厚い保護が得られる企業に属する形や、国籍を持つ国で仕事をする分にはテレワークで普段仕事をしていても、いざという時でもそれなりに保護してもらえるでしょうけれど、フリーランスかつ外国移住というのは平時でないと大変なことになるんだなあ、というのが個人的な感想です。

  • 無防備な心を作らない

    今は新型コロナウイルス、新型肺炎以外のニュースを目にすることが少ないような状況です。そこで見かける情報にしても正確な情報、不正確な情報、怪しい情報、デマと百花繚乱、玉石混淆です。

    単なるニュースだけではなく、今の世の中では一人の人が取得する情報のうち、マスメディア以外のSNSやブログも割合が多くなっています。マスコミでもSNSでも情報の質の良し悪しは目にする前には分かりません。手に入れた後に情報を選別して受容するか無視するかを決めることになります。

    今回のコロナウイルス騒ぎ前でも、差別・ヘイト・右と左・保守とリベラル・政権批判と野党批判・マスコミ批判とネット批判、とさまざまいくらでもありましたし、いまもあります。

    そういった色々な情報や感情を受け取るとき、全て丸呑みしてしまうと、デマに踊らされたり、ヘイトで感情がドス黒くなったり、悪い影響が物理的にも精神的にも起こる可能性があります。

    悪い情報を自分の心に全て入れてしまわないように、フィルターのようなものが必要です。素直ではない人間のようになってしまいますが、だからといって悪意に無防備な状態ですと素直さも無くなってしまいかねません。

    家にカギを掛けるように、心にカギを掛けて悪い情報にやられないように。

    家や自動車にカギをかけない人はいませんよね。カギを開けっぱなしにして他の人が好き放題に入ったり使ったりしていいよと言う人もいません。心も同じようにしないといけないと思います。自分が受け取った感情や情報をそのまま100%受け入れるのは、カギがかかっていなくて他人が入り放題の家や自動車のようなものです。

    その代わり、セキュリティを強化すると不便になります。逆にセキュリティをかけなければ手軽に利用出来ますが、他人に利用される危険性が増えます。

    人の言うことを信じやすい人は、良いときにはすぐに行動して得をすることもあるでしょうけれど、悪い人に騙されて損をすることもあり得ます。人の言うことを容易に信じない人は、騙されにくいけれど得もしづらいと言えます。

    しかし、一番最悪なのは、人の言うことを信じないつもりなのに信じてしまって損をする人でしょうね。つまり、デマに騙されているのに自分が騙されるはずがないと思い込んでマイナスの情報を拡散してしまうような人です。そうならないようにしないといけないですね。

    これは自分への戒めでもあります。

  • 来年の自民党総裁選挙で安倍四選はあるんでしょうか?

    今はとても来年のことなど誰も考える余裕がありませんが、現在の安倍内閣は来年までの予定です。来年、自民党の総裁選挙が行われ、現行の自民党規約では総裁任期は三期までなので、安倍総裁は退任することになっています。

    2018年の総裁選挙で勝利した後、しばらくはこの三期目で終わり、という見解を首相本人も取り巻きも出していましたが、去年のうちには早くも党規約を変更しての四選もあり得るという観測気球も出ていて、そのことは以下のnoteにも書きました。

    https://hrsgmb.com/n/n97d52f5bd41c

    ここでは四選出馬すれば勝つだろうけど出るべきではないと書きました。

    今回の新型コロナウイルスの件やそれに伴う東京オリンピック開催の是非、急激な経済の落ち込み対策など短期間で重大な問題が出てきました。これらを解決するのに残り1年半の任期では足りない、という理屈で四選に挑む可能性は結構あると思います。

    ただ、先のnoteと個人的な結論は変わりません。出馬して勝ったとしてもその後がボロボロの政権運営になると思います。今回のコロナウイルスと経済急落の対応だけで数年はかかるでしょうし、その間は彼の悲願である憲法改正も議論に持ち出す余裕も無いでしょう。国政選挙でも厳しい戦いになるはずです。

    抽象的な話になりますが、安倍晋三・安倍内閣の政治的リソースを改憲に振り分けるほどの余裕が無くなりました。四期目に突入したとしても四期目の任期を満了まで行けるかどうかも分かりません。改憲派にとってはむしろダメージが残る選択になりかねません。

    あるいは別のやり方として、安倍首相にその意欲や能力があるかどうか知りませんが、かつての田中角栄・竹下登のように院政によるキングメーカーになることも一つの手でしょう。

    ただ、その院政にしても政治的リソースが必要です。政治的リソースには単なる資金力や派閥議員数だけではなく、周囲の人間や国民がその人のことを信じるかどうかも含みます。院政する前段階の首相在任時に、その権力のリソースを使い果たしていると院政時の権力が減ります。もしくは院政しても影響力を及ぼせません。首相を早いうちに辞めて院政に入った方が、院政は長続きするでしょう。

    田中内閣は金脈問題により2年強、竹下内閣はリクルート事件と消費税導入によって1年半で終わりましたが、その後の二人は数人の首相を生み出すキングメーカーとなりました。望んで院政したわけでもないでしょうけれど、首相を早めに辞めたことが後につながったと思います。

    安倍首相が今辞めたとしても歴代最長政権ですから、院政に回せるリソースがあるかどうか微妙ですが、四選まで行くと、かえって誰も言うことを聞いてくれない、支えてくれない状況に陥ってしまうような気がします。

  • まだ革命になっていない「IT革命」

    90年代半ば、Windows95のヒットによってパソコンが家庭でも職場でも身近なものになり、いずれは家電のように当たり前の存在になるとも一部では言われていました。

    それから四半世紀がたった今、パソコンを冷蔵庫やテレビと同じ家電製品だと考えている人は多分、増えていないはずです。

    キーボードで文字を打ち、マウスあるいはタッチパッドでカーソルを操作して、頻繁なアップデートや動作速度の低下に悩まされ、使わなくて済むなら使わないでいいや、という人は結構います。

    デジタル的な作業が必要であれば、特に個人ユースではスマートフォンでほぼ全てのことが行えます。パソコンは文章を書いたり、動画や音楽などメディアを作成したりといった生産的な作業には、スマートフォンよりは生産性が高いですが、それにしたってあくまで生産性が「高い」だけであり、スマートフォンで不可能な作業ではありません。

    そのスマートフォンや、その周辺に存在するタブレット、スマートスピーカーなどはだいぶ家電に近付いてきました。パソコンよりは操作が直感的であり、使用する上でパソコンほど悩みがあるわけではありません。

    そうは言っても掃除機やエアコンと比べて簡単手軽に使えるか、というほど進化しているわけではありません。一般的に家電と言われる製品よりも、パソコンやスマホは出来ることが多いですが、できることの多さがそもそもの障害になっているという側面もあります。

    パソコンが苦手な人に使えるようになれと強制して、使えないと不便が生じる、というのは人に優しい社会とは言えないはずです。スマートフォンが「スマート(賢い)」のはあくまでその機械自体が様々なことができるから名乗れているだけの話であって、ITに苦手意識を持っている人の精神的ハードルや物理的な障害を下げているかどうか疑問です。

    IT機器を苦手に思う人でも、すんなりと使える機器が出てきてこそ、IT革命であると言えるのではないでしょうか。

  • 北朝鮮のミサイル発射は金正恩の権力基盤が盤石ではない証しではないのか

    史実かどうか分かりませんが、三国志の中に、曹操と呂布が兗州で戦っている時にイナゴが大発生する蝗害が起きて近隣一帯の食物が無くなってしまい、戦どころではなくなって双方帰還した、という記載があったと思います。

    今回の新型コロナウイルスによって、各地の紛争や内戦も短期的には止まるかも知れません。少なくともアメリカとイランの緊張は誰も口にしなくなりました。両国ともにそれどころではありません。どちらも政府の最大の関心はパンデミックの収束です。両国ともにサウジ・ロシアの原油戦争の煽りを食らってしまいますが、経済規模が小さく原油価格の上下に影響を受けやすいイランの方が厳しいでしょう。

    ただ、北朝鮮はこういう時でもミサイルを発射します。北朝鮮内の権力構造が実際のところどうなっているのか、ということははっきりと対外的に分からないので、先日のミサイル発射も何を意図して行われたのかも不明ですが、ニュースなどでは最高人民会議の招集に合わせてアピールしているのではないか、という分析をしています。

    北朝鮮がまた飛翔体、コロナ拡大の中で「非常に不適切」と韓国軍
    https://jp.reuters.com/article/northkorea-fire-idJPKBN2173LT?il=0

    本当にこの指摘が正しいのかどうかも分かりません。答え合わせは北朝鮮が民主主義国家に生まれ変わって過去の歴史を振り返って公表することが出来るようにならないと無理でしょう。

    ただ、何の理由も無く、乏しい国富を費やしてミサイルを撃ち出している以上、何らかのメッセージがあるはずです。メッセージは相手に届いて解釈されることで存在意義を持ちます。

    今回の発射に限らず、北朝鮮の軍事的挑発は公式発表を伴わずに行われることが多く、対外的に誤解釈が生まれる可能性もあります。相手側に正確に伝えるにはメッセージに別のメッセージをくっつけるなどして、冗長性を持たせなければなりません。

    例えば、ミサイル発射とともに公式発表で何らかの説明をすれば、ミサイル発射はそういう意味があったのか、ということが相手に伝わります。メッセージの中身を極限まで減らせば発射と発表のどちらかで済むわけですが、誤読を防ぐために余分な行動を追加するわけです。これが冗長性です。

    最小限のメッセージで相手に正確に情報を伝えるには、双方に同じ事象に対して同じ判断が出来るような、共通理解が必要です。これは文化的民族的社会的政治的などで同じであれば伝わる可能性が高いですが、それが無い場合は事前に暗号表などの形で、メッセージの解釈方法を双方が知っていないといけません。いわゆるスパイ映画とかで平時の会話っぽく見せかけて内容は別のことを伝えている、というのは受け取る側に暗号表などがある前提になります。

    では北朝鮮のミサイル発射はどうなのか。

    外国の政府や組織に伝える情報としては、別のメッセージがない限りは軍事的挑発としてのみ解釈されます。しかし北朝鮮内の軍事リソースが発射する度に減り、さらに戦力を分析されるリスクを背負った上で、経済制裁が増す可能性を背負うのに見合うほど、日米韓に軍事的脅威を与えるメリットはありません。逆に軍事的緊張が高まり、日米韓の保守層・軍関係者の発言力を増してしまいます。

    ということは国内向けのメッセージとしてのミサイル発射ということになりますが、北朝鮮内部での共通理解が分からない限りはこのミサイル発射というメッセージを外国が正確に読み取ることは出来ないでしょう。

    結局のところ想像に過ぎず、北朝鮮内部で金正恩の権力基盤を固める一環として行われている、という解釈になります。しかし、諸外国が経済と軍事で圧力を強める原因となるミサイル発射が本当に総書記としての権力強化になるのでしょうか?

    対外的な緊張を増すことで政治的利益、具体的には発言力や予算を獲得できる軍関係者が主導するか金正恩に要求するかして、ミサイル発射が実行されているのではないかと勝手に想像します。

    独裁者は支持者への利益分配が必要とされますが、分配するリソースを大量に消費してしまうミサイル発射が独裁者の強い指示で行われていると考えるのは難しいのではないかと思います。

    どちらにせよ、軍事的緊張を招く挑発行為は、かえって金正恩の権力基盤が盤石では無いことを示しているのではないでしょうか?