平繁無忙の何でも書くブログ

  • 面倒なセイルチェアの網目の掃除にスライムゲルを使ってみた

    2019年の秋に、ハーマンミラー社のセイルチェアを購入して早2年半以上経ちました。

    https://hrsgmb.com/n/n9353ff9325fc

    当時はただ単に自宅で休日を過ごすときに楽に座りたい、と思って買ったのですが、その数ヶ月後に新型コロナウイルスによって在宅勤務をするようになり、それ以前の何倍も自宅の椅子に座る時間が増えることによって、座りやすい椅子の恩恵を受けることになりました。

    使用感には満足していますが、このセイルチェアは当然ながら網目部分にホコリが溜まります。黒の場合はなおさら目立ちます。

    こういうホコリを減らすために、セイルチェアにはオプションとしてウレタン製のカバーが売られていますが、デザイン的にはちょっと格好良さが減じてしまいます。

    ということで掃除も必要なのですが、これが結構面倒です。

    一つ一つに雑巾なりウェットティッシュなりクイックルワイパーなりを突っ込んで擦れば綺麗になりますが、網目の数だけ突っ込む回数が必要です。小さい穴はなおさらで面倒で、ホコリも立ちます。

    そこで思いついたのが、パソコンキーボードの掃除などで使えるスライムゲルです。狭い隙間に付いたホコリは取りづらいので、スライムなら良いのじゃないかと安易に考えましたが、とりあえず試してみました。

    ちなみに、ホコリが付いた状態のセイルチェアはこちら。汚い……、ただただ汚い……。

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    スライムを使ってセイルチェアの網目に付いたホコリを取る時に、ギュッと押し付けてしまうと、椅子側に千切れて残ってしまいました。スライムを手の平と網目の間でコロコロ転がす感じで、同じ所に止まらないように動かしていると、くっつきません。

    そして一通りスライムを使ってホコリを取った後のセイルチェアがこちら。

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    ただ、毎回スライムを使って掃除するのは面倒なので、普段からこまめにホコリが溜まらないようにしておくべきですね。

  • 日本人が遂に感じる物価高とその影響

    世界的な物不足とインフレに加えて、日本の場合は脅威的な円安と相まって、様々な分野での値上がりが目に見えて現れるようになってきました。

    ウクライナ戦争が始まる前から、既にコンテナや運転手などのロジスティクス面での不足があり、中国のゼロコロナ政策によるサプライチェーン危機があったのですが、そこでウクライナからの穀物が途絶えたことによる小麦など食料品などにも世界的な影響が出ています。

    そして途中までは政府・日銀も輸出面でプラスになると言って円安を容認していたこともあってか、日本円が歴史的な値下がりをし続けています。

    これらの影響により日本でもインフレ気配が出てきました。それでも欧米に比べるとまだマシのようですが、それでも飲食料品、日用品、電気ガス料金の値上げによって、日本人も物価高を痛感せざるを得なくなりました。

    急にこんなに値上がりするなんて、と思う人も結構多そうです。そもそも、通常の健全な経済状態ですが、年2%程度のインフレが当たり前なのですが、日本ではこの20年、30年近い間はインフレどころかむしろデフレ状態でしたから、物が値上がりしていく感覚を知らない、あるいは忘れた人がほとんどです。特に若い人は生まれたときからほぼ物価が変わっていないという世界的には異例な経済です。

    それでもこの30年間、ずっとお得だなあと買い物していた人もいません。「モノ」の値段は上がらなくても、実際には消費税が上乗せされているため、ずっとデフレだということを実際に支払う金額としては実感出来ません。

    3%の消費税が導入され、5%になり、8%になり、10%になってきたため、生活の実感としてはデフレを享受してきたというよりは、増税分は苦しんだ、あるいは収入の方が減って苦しい、という感覚の方が多いでしょう。

    増税分・減収分の感覚が強いと実際の物価自体が値上がりしていないことを認識しづらくなるのは当然です。

    その一方で労働者の賃金は上がらず、社会保障費は上がり続けます。そんな状態で日本の将来のために生産性を上げなければならないというのは無謀なプランとしか思えないのですが、実現出来るでしょうか?

    さらに収入・資産の格差も広がっていますので、平均値の動きが無くても生活の質が悪化した人は確実に増えます。

    贅沢品・嗜好品が値上がりするのはともかく、生活必需品が値上がりすると、収入・資産の少ない人の苦境が増すことになります。

    世界的な物価高と歴史的な円安によって色んな分野でのモノの値段が上がっていくわけで、食べ物の値上がりも待ったなしです。特に輸入品は円安とのダブルパンチです。輸入品の肉や小麦をそのまま調理や加工して作っているものは値上がりせざるを得ないでしょう。

    国産品と銘打っていたお店や名産品などが、もし値上がりしたら実は輸入品を使っていたかも……、まあ、自給率の高い卵でも鶏の餌が輸入飼料ばかりで、その影響で値上がりしてもおかしくないですから、必ずしも偽装ということでも無いでしょうけれど。ようやくコロナ禍から抜け出せそうになってきた飲食店はさらに厳しい状況になるのは間違いないですね。

  • 金で連れてきた人は金で出ていってしまう

    コロナ給付金誤送金事件で逮捕された容疑者は、山口県阿武町の空き家バンク制度や補助金制度を利用して移り住んだことも報道されていましたが、現在の日本の地方では多くの自治体で、移住を促す支援金制度が設けられています。

    一時的に出費をしても、移住してくる人が増えて自治体の人口を維持し、経済的な効果もある方がいい、という判断に基づいて支援金を出しているのでしょうけれど、事はそう簡単には進んでいないそうです。

    支援金を得た移住者が、お金を得られる(補助を得られる)期間が過ぎたら、また別の自治体に支援目当てに引っ越していってしまう、ということがあるという報道を見かけました。まさに金の切れ目が縁の切れ目を地で行くような状況なんでしょう。

    まさに支援金ホッピングとも言うべき存在の人たちで、本来の支援金の趣旨を踏みにじっているような行動ではありますが、残念ながら違法行為を行っているわけではありません。移住の自由を制限するようなことは憲法上も認められません。

    かくして、支援金を目当てに移住を繰り返す人と、支援金を出しても人が定住してくれない自治体という残念な結果が生まれます。

    お金で連れてきた人はお金で連れていかれるのですよね。

    プロスポーツ選手がチームを転々と移籍していくのにも似ているように思えます。あるチームが高額の年俸と移籍金(違約金)を支払ってトップ選手を獲得しても、またさらに費用を払うチームにその選手を奪われてしまう、という構図が、ヨーロッパのサッカー選手なんかにはよく見られます。

    金で取った人は金で取られます。

    日本ではそんな殺伐としたことはない、ということも言えません。

    自治体と移住者とスポーツ、というキーワードを思い浮かべると、国体を開催する都道府県が優勝するために、選手を期限付きで移住させてきたことに思い当たります。

    国体用に移住してきた選手の場合は、開催後によそに出ていくことは最初から織り込み済みでしょうけれど、金で移住者を雇っているという理屈では移住支援金の場合も同じでしょう。

    国体選手の場合は成績というリターンを開催県に返しているのですが、支援金目当ての移住者は短期的に人口増になるだけで、多分リターンは生まれません。

    だからといって支援金を出さずに移住者が増えるのか、と言われたら返す言葉も無いのですが、余所の自治体で支援金を受けていた人には支援金を出さない、という協定を全自治体が結ぶことくらいしかないんじゃないですかね。そんな協定が成立し得るのかと言われたら、これまた返す言葉が無いのですけれど。

  • 聖域無きクラブ名称変更議論の果てに

    ザスパクサツ群馬が名称から「クサツ」を外すという一部報道があり、すぐにクラブがその報道を受けてニュースリリースを発表しました。

    https://www.thespa.co.jp/newsinfo/?p=5539

    無視したり全否定したりせず、現時点での状況と今後に向けての検討を認めたことは非常に良いことだと思います。

    いわば聖域無き議論をちゃんとやっていると言うことでかえって好感を持った人も多いのではないでしょうか。

    実際に、名称変更が行われるかどうかは先の話ということですが、Jリーグのクラブ名から、名称に入っている地名を広い対象にしたり、狭い対象の地名を外すのは既に前例があります。

    ベルマーレ平塚から湘南ベルマーレ
    ジェフユナイテッド市原からジェフユナイテッド市原・千葉

    ジェフの千葉は千葉県ではなくて千葉市なので、広がったと言うよりは追加されたと言うべきですが。

    ザスパの場合は市名+県名から県名のみになるかどうか、と言うところが報道されていましたので、もしそうなったら初のケースになります。

    ザスパの問題と言うよりも群馬県の地理上の問題というか、県庁所在地の前橋市と、人口・経済規模で上回る高崎市、そして3番手4番手の太田市・伊勢崎市も人口的にはそれほど差が開いていないという、ハッキリした中心都市とそれ以外と言う感じではない群馬県の特性が、ザスパクサツ群馬の問題にもなっているのかも知れません。

    第一、名前の由来の草津温泉がある草津町は人口約6千人です。ザスパクサツ群馬のクラブ本社も前橋市にあります。

    群馬県全体のクラブという立ち位置と、草津のクラブという由来との間での議論は当然出てくるのでしょう。

    ちなみに、クラブハウス・専用練習場が無いザスパに対して、こんな話も今年に入ってありました。

    カインズが群馬県前橋市にサッカー場施設を寄附します
    https://www.cainz.co.jp/images/information/pdf/20220208_info.pdf

    ステークホルダー全体を考えると、群馬県のクラブとなるのは自然な流れにも思えますが、それも含めてクラブ内外で議論を深めていくことになるのでしょう。

    とはいえ、2019年の秋にFC町田ゼルビアが、「FC町田トウキョウ」と改名すると突然発表して、サポーターから猛反発を食らって結局撤回したことがあったように、クラブのアイデンティティに直結する問題ですので、難しい話だとは思います。

    ザスパにしろ町田にしろ、クラブのステークホルダーからの意向ももちろんあっての改名のはずですが、経緯によっては反発を招くことがあるのです。

    ただ、日本全体の経済状態を考えると今後、似たような話は他クラブでも出てくるでしょう。スポンサーやサポーターの予備軍を増やすためには、ターゲット層を広げるに越したことはありません。

    外資解禁も含めて、Jリーグクラブが経営を維持し、さらに拡大していくためには、まさに聖域無き議論がリーグもクラブも必要なのでしょう。

    リーグ名だって明治安田生命が冠に付いていますし、もしかしたらかつてはナベツネと大揉めに揉めた企業名解禁もあるかも知れません。

    それはそれでさらに揉めるというか大規模な反発や議論が出てくるでしょうけれど、サポーターやファンや企業、自治体、クラブ関係者、選手等々、Jリーグに関わる人たちが考えていくことであります。

  • 部活動の行き詰まりを迎えた現代日本

    学校でのクラブ活動を巡る大きな問題が2つ、現代社会で起こっています。

    一つは、顧問の教師やコーチが生徒・部員に対して行うパワーハラスメント。過剰なしごきや強制的な練習、体罰です。

    もう一つの問題は、部活動の顧問などに就いた教師が過重労働になることです。

    どちらも学校における部活動の今後の継続に関して致命的な影響を与えかねない問題ですが、この2つの事象は独立して発生しているのでもなく、直接間接ともにリンクしています。

    部活動、特に私立校において知名度アップと生徒獲得のために全国大会での部活の活躍を目指し、激しすぎる練習や指導が行き過ぎた結果、その部活の指導者が部員に対して高圧的で過剰な命令をしたり暴力を振るったりということは、悲しいことに良く見聞きするニュースになっています。

    そういった、学校の都合による部活動の競争の激しさは、指導する側の教師にも影響を与えます。ただでさえ生徒指導、保護者対応で疲弊している上に、部活動での顧問の時間も必要となると、どう考えても残業時間がエラいことになります。学校も教師も生徒も、程々の部活動で収めているのならそれほど大変では無いかも知れませんが、そうでなければ教師側も時間も労力もかなり費やすことになります。

    それを嫌って教師を志望する人が減れば、なおさら現場の人材不足になり、それは結局、熱心に部活動で指導する人の発言権が増してしまい、もしその「熱心な」指導者がパワハラまがい、あるいはパワハラそのものの言動をやらかしても、周囲の人間が注意して止めさせることが難しくなるという悪循環に陥ります。

    部活動あるいはそれ以外での学校現場でもそういうパワハラは昔からありました。昔の方が酷かったのは間違いありません。もちろん、校内暴力全盛期に生徒が教師に暴力を振るうケースもたくさんあったので、一概に教師が悪の根源的な言い方をしたくはありませんが、だからといって現代の部活動で生徒が理不尽な言動にさらされていい理由にはなりません。

    さらに恐ろしいことに、部活動における行き過ぎた指導に対して、部員(生徒)の保護者側が是認もしくは黙認しているという現実もあります。全てがそうではないのはもちろんですが、保護者もそういう指導をする顧問を頼りにしているのであれば、その子たる生徒には逃げ場が無くなってしまいます。

    この問題の一つの解決策としては、部活動の指導者を教師ではなく外部の専門家に任せることです。もちろん、そうすればパワハラが完全に無くなるわけがありませんが、問題を起こした指導者に対する処分は今よりはやりやすくなります。

    その費用としてtotoのスポーツ助成金という案も出ているようですが、学校関係者・教育関係者からの反発もあるでしょうから、そう簡単には進まないでしょう。

    顧問・コーチ・監督のような立場の人が絶対的な権力を持っていることを放置している教育関係者が反対するのも筋が通らないと思うのですが、それなりの言い分はあるのでしょう。

    殴りながら勉強の指導をすることは無いのに、殴りながらスポーツの指導をするのが珍しくないというのは変だと思わないのですかね。部活動は教育の一環ということになっているはずなのですけれど。

  • 新タイプの鼻毛カッター購入

    以前、クラウドファンディングのCampfireにて、こんな商品を支援しました。

    https://camp-fire.jp/projects/view/563149?utm_campaign=563149&utm_medium=stepmail&utm_source=patron

    で、忘れた頃に届きまして、商品はこちら。

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    よく分からない銀色のペンケースみたいなものに入っていました。

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    さらに革製のカバーに入っていて、

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    現物はこちら。

    実際に我が鼻毛でカットを試してみましたが……、

    なんか上手くカットできませんでした。

    個人差もあるのだと思いますけれど、私の鼻毛には合いませんでした。

    これまで、電動の鼻毛カッターとか、ハサミタイプのものとかを使ってきていて、これはと思える一番良かったのが、100円ショップで売られている3本セットのものだったのですが、今回のこの鼻毛カッターは100均のモノを超えることは出来ず。

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    私の鼻毛は今後も3本100円のカッターで手入れされることになりました。

    今回買ったものは伸びすぎた眉毛をカットするために使うことにします。

    眉毛で1本2本カットする分には綺麗に切れますので、モシャモシャ生えている鼻毛をまとめてカットする使い方に向いていないのでしょう。もしかしたら私の鼻毛が人よりも剛毛過ぎてダメだった可能性もあります。

    今回のクラウドファンディングは自分的には残念ながら外れでした。まあ、こういうことはクラウドファンディングに限らず、試してみないと分からないショッピングだとどうしてもありますよね。

  • 2022年7月16日J1リーグ第22節大阪ダービー観戦の感想

    水曜の天皇杯ラウンド16において鹿島アントラーズに今季4度目の敗戦を喫し、タイトル獲得という夢を見ることすら出来ずに今期の目標がJ1残留のみに絞られたガンバ大阪ですが、そんなことは忘れて挑まねばならない大阪ダービーを、公式戦3連敗という苦境中の苦境の中で迎えました。

    唯一の明るい話題が、新加入の鈴木武蔵、日本復帰の食野亮太郎がこの試合から出場可能になることだけというのも寂しいものです。

    浦和戦後に書いたnoteに、今のガンバに不足しているのは得点出来るFWであり、鈴木と食野の補強という方針は正しい、と書きましたが、それがこの3連敗では3試合とも無失点という、悪い意味で実証されています。

    逆に言えば、鈴木・食野のゴールゲットによってチーム状況がガラッと変わる可能性も秘めています。そう思いたい。

    他クラブながら、ロティーナを切ってJリーグの大半のサポーターからドン引きされたヴィッセル神戸は、監督交代後の公式戦4連勝です。それを思うと、今のガンバに対して色々思うところはありますが、今日のこの試合は全てを片野坂監督に掛けるしかありません。

    悲壮な決意と悲惨な状況を背負ってのホームでの大阪ダービーになりました。

    今日の大阪は朝から曇り空でしたが何とか雨は降らずに持ちこたえました。

    スタメンには鈴木武蔵が入り、中村仁郎が復帰、そして石毛が3トップを形成します。DFにはクォンも戻ってきました。食野は控えに入ります。

    前半、積極的に前からプレスを掛けていき、チャンスも作りつつ悪くない出だしのまま、石毛のCKをクォンが頭で合わせてガンバが先制します。その直前にもクォンが合わせていたので、この辺りではセレッソのマークに甘さが出ていました。

    しかし試合はそう簡単には進まず、飲水タイム後はセレッソが中盤で左右のサイドに大きくボールを動かしながら攻めてきて、ガンバの対応が後手に回り始めます。

    それでも最後には東口が立ちはだかり1−0で前半を終えます。ここまではマリノス戦と同じ感じを覚えました。後半逆転負けしなければ良いけれど……と思っていたのですが。

    さて後半、セレッソが前半途中からの勢いのまま攻めていたところ、まさかの中央突破を易々と許してしまって失点。これで1−1です。ガンバは偶然性を生かすような攻撃しか出来なくなってきました。

    仁郎に代えて食野を投入。そして武蔵と石毛に代えて坂本と倉田を入れました。坂本が前線で身体を張ってボールを収めるようになり、そこまで運べればチャンスが出来るようになってきましたが、勝ち越し点は奪えません。

    そしてクォンが痛めたところで高尾と藤春を入れて5人交代し終えたあと、90分にカウンターを食らい、それまで何度もスピードに苦しめられたパトリッキに綺麗なゴールを決められてしまいました。

    その後は何も出来ずにアディショナルタイムを消化して試合終了。

    惜しいと言えば惜しいと言えなくもないですが、敗戦は必然の結果でした。内容や意図するところを見れば今のガンバとセレッソにははるかに大きな差があります。

    試合後、選手・スタッフの場内一周ではゴール裏からブーイングが飛んでいました。ルール違反なのでそれは咎められるべきですが、少なくとも拍手で迎える気にはなれませんでした。他の人は別にそれでも結構ですが、私自身は大阪ダービーで負けて拍手するつもりにはなれません。

    さて、この結果を受けてガンバはどうなるのでしょうか?

    遂に神戸に抜かれて降格圏(入れ替え戦)にまで落ちました。今のガンバは攻撃もさることながら守備も問題を抱えています。失点が止まらないのです。

    週明けの決断もあるでしょう。決断しないならJ2に落ちてでも選手を大幅に入れ替えて(人件費を減らして)やり直すという方針をフロントが持っているのだと、個人的には判断します。

    サポーターは、所詮サポーターでしかありません。とどのつまりはただの客です。チームを運営しているわけでも、経営権を持っているわけでもありません。あくまで主体では無いのです。だからこそこんな文句も言うのですが、それで終わりです。

    色々なことを覚悟せざるを得ない、大阪ダービーでの敗北でした。

  • イベントに参加するための財力と体力がある世代は若者世代ではない

    FUJI ROCK FESTIVALのCMがオジさん向け過ぎるという批判がありました。

    私自身はロックにもフェスにも行きませんが、今のロックフェスは昔とはかなり変わって、若者文化と言うよりも中高年の参加者が多いと聞きます。

    だからこその中高年向けのCM作りとなってしまったのでしょうけれど、ある意味では的確なマーケティングの成果であり、また別の意味では若者排除という見方も出来るのでしょう。

    ロック=若者文化という捉え方をする人自体が古い中高年的な考え方なのかも知れません。

    個人的な意見としては、そもそも地方の辺鄙というか交通の便が良くない場所で行われる大規模イベントに対して、時間やお金をかけて参加することが出来るのが、若い世代では少ないのではないか、という気がします。

    私がよく見に行くJリーグでも、観戦者の世代や性別の調査は行われていますが、昔に比べると観戦者の年齢層は上がってきました。

    フジロックに比べるとサッカー観戦は子供連れもいるはずですので、必ずしも同じ世代構成にはならないかも知れません。

    とはいえ、貧富の格差が以前よりも広がってきた日本社会において、時間と費用をかけて、音楽にしろスポーツにしろイベント参加する余裕がある世代は、可処分所得の観点から見ると中高年が中心になるのでしょう。

    第一、人口動態的に若い世代は中高年世代よりも単純に数が少ないのです。老齢の世代はもっと人口が多いですが、そこはそこでイベント参加に積極的にはされないでしょうし。

    結局の所、体力と財力があって人口が多い世代が中高年世代なのですから、ロックに限らずマーケティング対象がその世代になるのは当たり前ということになります。

    もちろん他のイベント・業界だって同じなのですから、競争は激しいはずですのでレッドオーシャンであるのでしょうけれど、そもそも若い世代へのマーケティングがレッド「オーシャン」ですらなくて、湖や池レベルの人口・収入かも知れません。

    ショート動画大流行りの今においては、フェスやスポーツ観戦のように何時間も同じ場所で同じイベントに居続けるということ自体が、若い世代には好まれていない可能性もありますが、それならそれでもう中高年向きに振り切るのも商売としては適切でしょう。

    また、さらに次の世代ではその反動として、長丁場のイベントが売れるかも知れません。売れないかも知れませんが。

  • 強権的独裁体制からは誰も逃れられないのに

    先日、中国の鄭州にある銀行が危機的状況に陥ったことに抗議する利用者が、地方政府が管理しているはずの新型コロナ追跡アプリによって、追い返されたり検疫施設送りになったりしたという報道がありました。

    この件では人民日報など政府系メディアが非難して、地方当局者も解任されていますので、おそらく事実なのでしょう。どのようにコロナ追跡システムを悪用したのか、本当に地方政府と銀行が裏でつながっているのかは知りませんが、いざという時に中国では政府・共産党があらゆる方法で国民の権利を侵害することが容易である事実をまざまざと見せつける事件であると言わざるを得ません。

    既に顔認証システムがあらゆる施設で張り巡らされて、また国民自身もスマホ経由で支払や身分証明や生活の何もかも依存していますので、政府や共産党が情報システムを経由して国民をコントロールすることは簡単であることは間違いありません。

    中国に対しては、その人権侵害の在り方を批判する人や組織が多いものの、その一方で中国とつながりのある人たちは声高には非難せず、むしろその権威主義的国家運営システムを称賛したり羨ましがったりすることすらあります。

    そういう立場の人たちは、自分がそのシステムを国民に対して使用して監視する側だと思っているのでしょうか。ひとたび何かあれば、自分が監視される側、人権を制限される側に追いやられて悲惨な末路を辿ることになるとは想像しないのでしょうか?

    個人の自由を侵害する政府は、自分の自由も侵害してくるのです。自分は例外だと思える理由も根拠も存在していないはずです。

    中国では、政府よりも憲法よりも共産党が上位に位置します。法の支配も共産党の指導の下に行われるのですから、共産党が法を悪用すれば止めようがありません。

    自分が、中国共産党のトップでもないのにその強権体制を支持するということは、自分で自分の首を絞めるようなものです。現在、中国に住んでいる人はそもそも支持をしないと自らや家族を危険にさらしてしまうので、嫌々従っている人もいるのは間違いありませんが、他国に住み中国政府の支配を受けていない人が支持する人は、自分はそのターゲットではないと思えるほど脳天気なのでしょうか。

    強権的独裁体制において、自分(とその大事な家族)は大丈夫!と思って良いのは独裁者くらいですが、その独裁者も失脚か死去によっていずれは支配の幕を閉じます。死んだ後の家族が後継者になるのならともかく、慣れない場合は強権支配の被害に家族を遭わせることになります。失脚なら元独裁者自身が迫害されます。

    独裁者やその家族ですら永遠の自由はありません。人権を制限される可能性を減らせるのは、そのような国家体制自体を無くしてしまうことしかないのですが、その体制を支持する「国外」在住者というのは、なんというお人好しなんでしょうね。

  • 生活の質を維持するための冗長化

    7月2日未明から始まったKDDIの通信障害は発生から3日以上経ってようやく収まりました。日本の携帯電話事業の歴史上、最も大規模で長期間に及ぶ障害となりまして、総務省が非常に厳しい処分を下すことは間違いないでしょう。

    記者会見に出てきた社長以下、KDDIの当事者の説明や対応自体は問題ないというか、むしろ好感度が上がったという人も多かったくらいですが、インシデントが非常に長きに渡ったことや、障害による被害・迷惑を被った人への周知方法やその内容についてはやはり問題はあったのかなと思います。

    ともかく、これからKDDIは今回の事象の詳細な原因究明、契約者への補償、そして再発防止策を講じることになり、全社的に忙しくなってしまうのでしょうね。

    私自身はpovo2.0の契約者ですので不便と言えば不便ですが、楽天モバイルも契約していますのでそちらの回線に切り替えれば全く問題ないですし、メイン電話番号も楽天モバイルの方ですので、この障害期間中に何一つ困らなかったのですが、困ったことになった人の中には、
    「auなんて使ってられるか!」
    というお怒りの感情からすぐに解約、他社へのMNPという行動に出る人も結構いることと思います。

    まあ、こんな大規模障害を起こしたのだから多少の顧客離れはauも覚悟せざるを得ないでしょう。普段は0円運用も出来るpovoならともかく、毎月数千円支払っているauやUQの契約者はそこそこ減るでしょうね。ただ、そうなると減った分だけKDDIは売上利益が減りますが、通信回線は空きが出ることになり、残った契約者が空いた分だけつなぎやすくて高速化した回線を享受出来るようになります。

    今回のKDDIの一件でそういうことが起きたとしたら、それは障害に起因するモノですが、それだけauの回線を気に入っていた、便利だと思って使用していた人が多かったということでもあります。

    便利なサービスに利用者が増えて、逆に不便になるとまた人が離れて、今度は残っている人は便利になるという現象はしばしば起こります。

    よくあるのがお得なクレジットカードでして、還元率が高いカードに利用者が群がり、そのカードでの契約者が増えてカード会社が目的を達したら還元率を下げて、そうなると還元率目当ての利用者が離れて別の還元率の高いカードに移動していきます。

    みんながみんな移動していくわけではありませんが、良いものには利用者が集まり、増えすぎて不便になると離れていく、ということは珍しくありません。

    携帯回線やクレジットカードなどはすぐにでも乗り換えられますが、インフラ関係はそう簡単には移行出来ません。

    電車の路線ですと、便利な路線の沿線に移り住む人が増え、電車が混雑しすぎになり、地価も上がって安い店舗が減り不便になってしまい、とはいえすぐに引っ越すわけにもいかない、となると不便さの中での住民同士のチキンレースになります。

    さらに、電車の路線が事故で動かなくなると、その路線でしか行動できない沿線ですと悲惨なことになります。代替のバス輸送はさらに混みますし時間も読めません。

    乗換駅近く、あるいは別の路線までそう遠くないような住所なら何とかなりますが、それは携帯回線で言うと、デュアルSIM・複数回線持ちみたいなものですね。

    携帯回線に限らず、今自分が使用しているものが使えなくなったときに、代替手段はあるかという「生活手段の冗長化」というのは、生活の質を「急激に下げない」ために必要なのでしょうね。

  • 投票に行かない効率性よりも大切なもの

    参議院選挙が終わりました。結果はともかく毎度のことですが、選挙に行かない、無関心な人に関して色々苦言が呈されます。

    若者の選挙離れ、政治離れというのは何十年も前から続いているので、現代社会・現代日本だけの問題ではありませんが、いつもの良くある理由としては、

    ・誰に投票したら良いか分からない
    ・投票しても何も変わらない
    ・政治に期待していない
    ・政治家を信用していない
    ・政治や選挙に興味が無い

    と言ったところでしょうか。

    他国では投票しないと罰則があるところもありますが、今の日本の現行法では投票しなくても全く問題ありませんので、選挙に行かないの自由も、政治に興味が無い自由も誰もが行使する権利があります。

    とはいえ、間接民主制の国家で有権者が選挙権を行使しないのは、政治の放恣を許すのと同然です。自分が投票しても政治の問題は変わらないと考える人も多いのでしょうけれど、自分が投票しないことで政治が良くなる可能性はゼロです。

    そして投票して政治が変わる可能性は限りなくゼロに近いとしてもゼロではありません。

    この点をどう考えるかという所に、投票するしないの行動の差が出てきます。

    昨今では、ファスト映画の流行や、音楽はサビだけ聴くとか、書籍も要約だけ読むとか、動画も長いと観る人が減るとか、様々な分野で短時間で内容の中心だけ把握するようなコンテンツ消費が真っ盛りです。

    そういった行動の目的としては、単位時間当たりで効率よく、多くの情報に触れることなんだと思います。

    効率性は日本企業が世界的にも社会的にも求められていて、今後の日本の発展を左右する重要な要素ですが、個人の行動にも影響を及ぼしているのでしょうか。何かをゆっくりじっくり楽しむという風情が無くなりつつあります。

    しかし、実際に自分の中にコンテンツなり知識なりを深いレベルで取り込むには、要約や抜粋では足りません。元のモノを丹念に時間をかけて消化する必要があります。

    要約を読む(というか見る)だけである程度の知識は入りますので、原典を読む行動が無駄に思えるのかも知れませんが、それは決して無意味な行動ではありません。

    古典のような教養になる本は、自分で読まないと教養にはなりません。抜粋や要約を読んで身に付くのはただの知識です。他人が消化した後のこじんまりした生産物を取り込んでいるだけです。

    選挙に行かず、選挙結果による政治を受け入れるのも似たようなものです。自分以外の人たちが投票した結果だけを受け入れることになります。

    効率重視の生き方のために、選挙に行くという「無駄な」行動を取らないという理屈は分からなくもありません。ただ、無駄な行動は無意味な行動とは異なります。

    投票した候補者が当選せず、投票した政党が政権を取らないなら結果的には無駄になることになりますが、それを無意味だと考えるか考えないかによって、その後の自分に違いが生まれます。

    自分の一票のために選挙区の候補者や政党のことを調べて投票するだけでも、その選挙で何かが変わらなくても、また次の選挙で考えることは出てきます。

    無駄や無意味を排除する効率性は重要ではありますが、それだけで良いわけでもありません。古臭い企業や部活動のように他人に無駄や無意味を強要するのはもちろんダメですが、自分の精神的行動については効率性よりも大切なものもあるかも知れませんよ。

  • 事件が選挙に与えた影響の研究結果を知りたい

    昨日は参議院選挙の投票日でした。

    今回の参院選は争点は多数あれど、改選議席から大きな変動は無いと最初から予想されていました。岸田政権にとっては最近のインフレ・円安傾向はマイナスでしたが、ロシアによるウクライナ侵攻後の初の国政選挙という面では与党側にプラスに働くはずで、結局はプラマイゼロとして与党過半数は間違いなくて、改憲に必要な議席を確保するかというところが見所で、おそらく歴史的に見てそれほど重要な選挙にはならなかったはずでした。

    しかし、選挙日の2日前に起きた安倍元首相暗殺事件によって、現在を生きる者にとっても、後の時代においても、歴史に残る選挙になってしまいました。

    選挙戦終盤の惨劇により、有権者の投票行動に影響があったのは間違いないでしょうけれど、実際にはどれくらい、どのような影響があったのかは、詳細に調査しないと分かりません。

    しかし、おそらくはマスメディアでは安倍氏の弔い合戦的に与党が勝利したと言う報道がなされるであろうことは容易に想像できます。

    しばらく後に出てくるであろう、大学や団体による投票行動調査の研究報告は、世間的には無視されるのでしょうね。

    世代別での政党支持率くらいの、自社調査結果に基づく分析くらいしか見られない
    選挙は民主主義の根幹であるはずですが、選挙に関しての分析はマスメディアでは数日で終わるのは、マスメディアにとっても選挙は結果のみ重要で、そこに至る経路は重要ではないのでしょう。

    今回の悲劇に対して、「民主主義の否定だ」という非難は政治家もメディアも一般人も唱えています。それに対して、犯人の動機から民主主義の否定ではなく個人的な逆恨みではないか、という意見もあります。

    それはそうかも知れませんが、実際に事に及んだのは選挙応援演説時ですし、これによって今後の日本における選挙演説での警備体制や有権者との触れ合いにマイナスの影響が出てくることは間違いありません。そう考えれば、やはりこの銃撃は「民主主義の(根幹である選挙の在り方に対する)否定」と捉えるのは、そんなに的外れだとは思いません。

    ともかく、今回の選挙はほぼ全ての日本人にとって死ぬまで忘れられない選挙になってしまいました。

    最近では、戦争・大地震・感染症・経済恐慌・格差増大など、大正〜昭和初期と現代との見立てがなされることがとみに多くなってきました。両者の異同をざっくりと無視して安易な見立てを行うことは嫌いだったのですが、今回の事件によって、有力政治家の暗殺ということまで100年前に似てきてしまったことには、暗澹たる気持ちになってしまいます。

    選挙結果よりも、事件が選挙に与えた影響の方が多分重要になると思いますので、この点の調査・研究は自分的に論文など調べたいと思っています。