平繁無忙の何でも書くブログ

  • Voyageという新しいサッカー雑誌を買いました

    Twitterで情報が流れてきて知った、新たなサッカー雑誌「Voyage」を早速買いました。

    https://www.voyage-store.net/

    ネットで申し込むと送料は100円で、ゆうメールで届きました。ゆうメールは郵便よりも配達が遅いので、購入手続きから届くまでは配送以外のタイムラグがほとんど無かったんじゃないでしょうか。

    ネット全盛のこのご時世に新規の紙媒体の雑誌を立ち上げる困難さは素人には想像も付きません。
    直筆のメッセージカードも入っていまして、意気込みを感じると共に、このボリュームとモチベーションを長く保ち続けられるのだろうかと少し心配になってしまうくらいです。

    取り上げられているクラブは、
    JFLの奈良クラブ
    茨城県1部リーグの境トリニタス
    九州リーグの佐賀LIXIL FC
    の3つです。創刊号でJリーグクラブが一つも無いと言う時点で「すごい」としか思えません。我が語彙力の少なさもありますが、ネットメディアでも取り上げられづらい情報を届ける、という方向性を明確にしているのでしょう。

    他は個人をピックアップしている記事として、ビーチサッカーの桑島選手と、セカンドキャリアの紹介としての神山竜一氏・中村北斗氏の紹介。

    刺さる人には刺さるけど刺さらない人が大多数、というのは少量多品種生産が一般的になりつつ現代社会において、スタートアップの手法としては当然の選択肢ではありますが、それにしてもVoyageのスタイルには覚悟を感じます。

    日本サッカーメディアにおいては、常に取り上げられる分野は、海外特にヨーロッパの情報、日本代表、Jリーグがこの30年弱が主流です。あとは高校サッカー、ユース年代くらいでしょう。それ以外のカテゴリーでは、メディアが飛びつくようなネタ(岡田武史社長のいるFC今治とか、流浪人岡山一成のいるクラブとか)があると瞬間的に露出が増えますが、ごく普通に毎日サッカーに取り組んでいる99%のクラブや選手は目立ちません。

    Voyageがとてつもなくニッチなその分野に特化したサッカーメディアとして成功すれば、日本のサッカーメディア、スポーツメディアにも大きな影響を与えることになるのではないでしょうか?

  • ワクチン特許停止がトランプ復権につながるかも

    新型コロナウイルスに対する欧米各社のワクチン特許を停止して、生産量を上げて途上国に配布しやすくする、という動きがアメリカとフランスを中心に活発になってきました。製薬大手を抱えるドイツは反対していますが、どこまで抵抗出来るか微妙です。

    しかし、特許停止による製薬企業への大打撃はどれほどのものになるでしょうか。確かにこのコロナ禍による治療薬やワクチンの販売によって、大手製薬会社は巨大な売上と利益を計上していますが、それは当然であってそういう危機的な状況のために製薬会社は存在します。

    今回のワクチン開発にかけた費用だけではなく、普段から多種多様の新薬を開発するための設備や人員やノウハウを抱え込むのに必要な費用全てを回収してさらに利益を上げるところまでいかなければ、製薬会社は投資家から無視されてしまいます。

    だからこその特許なのですが、途上国支援というヒューマニズムただ一つの理由だけで特許を停止されて、他の製薬会社が好き勝手に製造できるようになれば、もはや新薬を開発するメリットはどこの会社にも存在しません。いざとなったら停止される特許など何の価値もありません。

    次に今回のコロナ禍並の世界的な感染症が流行した時に、また特許を停止されるかも知れないと思った製薬会社が、新薬・ワクチンを多額の費用をかけて開発するでしょうか?

    どこかの誰かが勝手に作ってくれる特許を、政府が停止してくれてから後乗りで製造すれば確実に利益を出せます。

    しかし、絵本に出てくる小人さんたちが、みんなが寝ている夜中に新薬を開発してくれる未来など存在しません。

    欧米各国のトップクラスの製薬会社に比べると有効性が低いワクチンしか製造できない、中国やロシアの実質的な国有企業による新薬に先進国も頼らざるを得ない未来だけが存在することになります。

    ヒューマニズムを旗印に資本主義を否定したら、後は無気力で新規開発できない企業が残ります。それは図らずもかつてのソ連や中国が証明しました。

    アメリカとフランスが自由を否定してロシアと中国が得をするという未来予測は、ジョークにしてはエスプリが効きすぎでしょう。

    もちろん、途上国支援は大切です。何もしなければ、ロシアと中国が国策で途上国に大量のワクチンを提供して影響力を増大させるだけです。

    今あるCOVAXか、あるいはWHOか別の枠組みでもいいので何らかの形で資金を特許を持つ製薬会社にインセンティブとして渡せばいいのではないかと思います。

    そんな金は無いと言う人もいるかも知れませんが、特許停止はその同額を製薬会社に無心しているも同然です。製薬会社だけが損をする取引は悪手でしょう。

    もしかしたら、特許停止はあくまでブラフであって、水面下では途上国へのワクチンは格安にして、その代わりに何か別のところで利益供与するという密約を、欧米各国政府と製薬会社で交渉中なのかも知れません。それだったら特許停止をチラつかせるのは分かります。

    しかし実際に特許停止が実行されると、ブラフや密約交渉があってもなくても、製薬業界による政府へのロビイングの失敗であることは間違いありません。これに懲りた医薬品業界は、多額の資金を献金するようになるでしょう。ただし、そのマネーの行き先はアメリカではバイデン政権・民主党政権ではなく、アメリカファーストを掲げるトランプやそのシンパに向かうはずです。

    硬軟交えた交渉を行う、清濁併せ呑む器量があるのならいいのですが、ただ大企業を締め付けるだけだとどう考えても大企業は相手側に走ると思うのですが、あまり先のことは考えないんでしょうかね。

  • 2021年5月12日J1リーグ第20節ガンバ大阪対サンフレッチェ広島DAZN観戦の感想

    ガンバがなかなか勝てない、というかそもそもまだ1勝で、得点も勝った時の1点と大阪ダービーでのPKのみというかなり悲惨な状況なのですが、選手を色々入れ替えても結果があまり伴ってこない苦しみが続いています。

    今日の試合も中盤・前線の構成を変えてきまして、チュセジョンが復帰しました。もはやこうなってくると新外国人のウェリントン・シウバに期待するしかありませんが、ようやくベンチ入りとなりました。

    本職が高尾しかいない右サイドバックの駒不足が開幕前から分かっていたものの、結局高尾が怪我して代役選びに悩んでいますが、3バックはだめなんでしょうかね? ともかく今日は本職はボランチの奥野が右SBです。

    緊急事態宣言の下、今日も無観客での試合となりました。

    序盤、広島の前から来るディフェンスを上手くワンタッチプレーやロングパスで躱せればチャンスになりますが、後ろから組み立てていくのは厳しい展開となります。最前線にいる一美もパトリック並みに身体を張ってボールを確保できますので、その点では前でのボールの置き所が増えているので最近の試合の中では比較的、後ろで回す時間は少ないように思えます。

    守備面では4−4−2にして3ラインでの守りは去年から出来ていることですのでそれほど不安はありません。広島が縦のボールをフリックしてラインの裏を狙うやり方を露骨に狙ってきます。4−4の守備ブロックが出来る前に速攻するか、ブロックが対応出来ない速さでワンタッチやフリックを入れてきています。

    給水タイムまででボール支配率はガンバが57%と上回りました。内容的にはそれほど良くないのであまり関係ありませんが、前節の川崎戦がアレだったので少しでもポジティブになりたいところです。

    お互いになかなかシュートまで持っていけない時間帯が続く中、35分にガンバの右サイドを突破されてドンピシャのヘディングシュートを打たれますが東口が右足一本で防ぎました。ホントすごいな、と思っていたら直後のFKから佐々木に頭で決められて失点。

    また今日も先制されましたが、得点パターンが無いのがキツいですね。と思っていたら今度はガンバがCKから一美がファーで上手く合わせて同点。一美はガンバ復帰後の初ゴール、かつガンバでのJ1での初ゴールとなりました。

    前半終わり間際で追いつけたのは非常に助かりましたね。これで1−1として前半終了。

    47分、右サイドからの奥野のクロスにパトリックがGK正面で合わせるも防がれました。これは惜しかった。

    51分は今度は浅野のシュートを東口が届かない位置にいた奥野がクリア。失点は右サイドを攻略されてFKからだったものの、今日の奥野は代役としての及第点を出せるはずです。

    63分にも一美のシュートがありましたがDFのブロックに遭います。その直後、ガンバのCKから広島にカウンターで川辺に決められてまたも失点。

    一美とパトリック、チュセジョンに替えて、宇佐美とペレイラと山本が入ります。ウェリントン・シウバはこの場面で出せないのは、連携面かコンディション面か何かの問題ですかね。

    交代後は広島が引いてカウンター狙いになっているのもあって、ガンバが押し込んでボールを回しますが決定機までは作れません。

    78分についに井手口に替わってウェリントン・シウバが登場です。ガッツリ引いて守られている相手に動けるスペースがあるかどうか。

    そのままゴールを得られないまま、88分に倉田から塚元に交代。しかしこのまま何も出来ずに試合終了。もはや試合数が少ないことは言い訳にならないレベルでJ1残留が厳しくなってきました。

    得点に関しては得点パターンが存在しないというよりも、攻撃パターンが存在しないといった方が適切でしょう。どうやって攻めるのかが全く見えてきません。局所局所では良いところはあります。それが増えない、連続しないということは個の力だけで戦っているようなものです。

    得点が少ないというのは今さらの話ですが、守備面でも守り切れないという問題が出てきました。去年であれば、攻撃が上手く行かない時でも守って何とかする、あるいはしのいでいる内にワンチャンスを生かして得点して勝利、という形もありましたが、今年は攻めきれないまま失点して終わりです。

    この状態が続くのであれば、考えたくはないですが、クラブとしての最終手段を取らざるを得ないでしょう。タイムリミットはあと何試合でしょうか?

  • アンパンは文化盗用?

    パンを和食と言う人は多分いません。では、アンパンは和食でしょうか?

    少なくとも、日本以外でアンパンを自国の料理だと言う国はないはずです。どう考えてもアンパンは日本発祥かつ日本でしか普及していないパンです。

    洋食が日本化した場合はどうなるかという話なんですが、どうでもいいことを考えすぎるとろくなことはありません。

    ただ、発祥・考案がその文化内だったかどうかでの区別はやりやすいでしょう。それならアンパンは和食です。和食と言うとややこしいので日本食と言った方が良いかもしれません。

    牛肉も和牛と国産牛で意味が異なります。和牛は日本に元々いる牛を育てたもので、外国から持ってきた牛でも日本で育てたら国産牛表示が可能です。ルーツから考えるとアンパンは和食ではないけれど国産食です。国産食というともはや意味が分かりませんので、日本食と言い換えましょう。

    伝統がある、昔からあるとかを基準にすると、話がもっとややこしくなります。16世紀に伝わった南蛮由来のカステラや金平糖が和菓子か洋菓子かというとややこしいです。同じ頃からある天ぷらはルーツがヨーロッパですが和食扱いされています。同じく油で揚げるエビフライは洋食です。トンカツは和食洋食の分類が微妙な感じがします。

    こんなアホなことを考えているうちは平和ですが、そもそも和食・洋食・日本食とか考えられるのは、日本国・日本文化・日本人・日本語がほぼ同一地域を対象としているからこそです。

    人も言語も文化も入り混じるような地域であればいちいち考えないかも知れませんが、それでもその地域の境界を超えるレベルで文化が入って来たら、やはり考えるところが出てきます。

    それが色々言われる「文化盗用」なのでしょうね。イギリス人がピザを食べながらドイツ人風の扮装をしていても誰も何も言わないでしょうけれど、アフリカやアジアが絡んでくるとアレコレ言われるようになります。

    交流なのか盗用なのか、本人と相手側しかその気持ちは分からないはずなんですが、赤の他人がアレコレいうのは、アンパンが和食か洋食か悩むようなものだと思うんですけどね。あまり「文化盗用」だのなんだの騒いでも誰も得しないはずですが、騒ぐのが好きな人には格好の獲物なんでしょうかね。

  • セキュリティとユーティリティとモビリティのトリレンマ

    セキュリティ・安全性とユーティリティ・利便性は基本的には対立します。

    便利・使いやすいものは人に使われる危険性もあります。極端な例ですが、いちいち鍵の開け閉めが面倒だからと言って自宅や自家用車の鍵をかけずに使用していたら、当然ながら空き巣・窃盗を招きかねません。大きいものに限らず、ウェブサイトのパスワード入力やスマートフォンのロック解除にしても同じです。

    逆に、セキュリティをガチガチにしてしまうと当然ながら使いづらくなります。いわば安全性と利便性のジレンマです。

    技術の進歩、特に生体認証の普及により、デバイスやサービスに対する本人確認機能においては、セキュリティとユーティリティの両立はかなり実現的になってきました。コロナ禍によるマスク着用状態での顔認証が難しいという、新たな問題も出てきましたが。

    このジレンマを解消するには、技術の進化もさることながら、そもそも悪用されない状態にすればセキュリティの部分は解決します。簡単に持ち運べないものであれば、盗まれづらいし盗まれても悪用されづらいはずです。

    例えば、持ち運ぶノートパソコンと、自宅内に据え置きのデスクトップパソコンでは、他人に悪用される可能性は大きく異なります。毎日持ち歩いていれば、移動中や移動先で他人の目に触れますし、盗まれたり置き忘れたりすることだってあり得ます。デスクトップパソコンだってデジタル的にはネット経由でパスワード漏洩したり遠隔操作されたりしないわけではないですが、その点ではノートパソコンも全く同じですので、移動中のリスクの分だけノートパソコンが危険性で上回ります。

    じゃあ、絶対に持ち運べない家そのものは絶対に安全なのかと言ったらこれはこれで異なります。家にアクセスするための鍵は必ず外出時に持ち歩くため、その鍵の悪用(盗難・紛失・不正コピー)のリスクがあるからです。自動車も同様な上、持ち運ぶ(というよりは乗っていく)ために倍率ドン、さらに倍です。

    いわば安全性・セキュリティと利便性・ユーティリティと携帯性・モビリティのトリレンマです。

    これについてはITの進化が続いても変わらないでしょう。スマホで生体認証のスピードが高速になってセキュリティとユーティリティのジレンマが解消されても、持ち運ぶリスクはずっと存在します。

    ちなみに、IT製品以外にもこのトリレンマは適用できそうです。

    傘で言えば、折り畳み傘は持ち歩きやすいという点では便利ですが、傘の部分自体は狭くて使いづらく、強度も弱いです。逆に大きなちゃんとした傘は強風にも強いし雨も防ぎやすいですが、持ち運ぶのは邪魔になります。

    お金だってキャッシュレス化が進んでいますが、モビリティについては現金よりも電子マネーの方が優れていて、使い勝手でもいちいち紙幣と硬貨を数える必要もありませんが、大規模災害や停電時には全く使えなくなります。

    じゃあ永遠にこのトリレンマは解消できないのかというと、あり得なくはないでしょう。そもそも移動しなくても良い状態、まさに昨今のようなテレワーク・遠隔授業などで全てをこなせるようになって、なおかつ自宅に太陽光発電あるいはドラえもんのような超小型核融合炉が出来てエネルギーもまかなえ、SFに出てくるような食品でもなんでも自動で作り出せる装置が出来てしまえば良いのです。外出しなければ携帯性は必要無く、エネルギーを自家発電で賄えれば安全ですし、何でも自宅で作り出せれば便利です。

    マトリックスやアバターみたいな話ですが、そうなった社会が人類にとって果たして良いものなのか、そんな状態の人類が生物と言えるのかどうかという全く毛色の違う問題があるのはまた別の話でしょう。

  • ベタな王道あってこそ

    感情を素直に真正面から表に出すのがかっこ悪いと思うときもあれば、それがかえって良いと思う時もあります。同じ人の思考回路の中でも、時と場合によって異なるでしょうし、その人の人生の時期・年齢によっても変化があるでしょう。

    個人だけではなく、世間の流行だって時代ごとに変わっていきます。感情表現を抑えたクールさが良いとされることもあれば、素直に激しさを表出するものこそ尊いとされることもあります。

    冷静と情熱は入れ替わりながら混ざりながら展開されますが、ベタな表現、王道とも言われる良くあるパターンというのは、無くならないからこそ王道であり、無くなってしまうと守・破・離の最初の段階も生まれません。

    年を取ってくると、ややこしくひねったり、巧妙に仕組まれたり、裏を行ったり、練りに練っているようなものよりも、ベタなもので良いじゃないかと思うようになってきました。

    ベタなエンディングや展開でもそれはそれで価値があるものであり、ベタがあってこそそれ以外のものが存在得ます。

    もともと冷たい印象のあるSFにベタベタのセンチメンタリズムを持ち込んだのがレイ・ブラッドベリだと、星新一のエッセイで読んだ記憶があります。ベタ=王道を新ジャンルにも適用させるというアイデアを褒めた格好だったと思います。

    かつて、小泉元首相が総理在任中に、大相撲で復活の優勝を遂げた貴乃花に
    「感動した!」
    と言って流行語になりました。言葉を尽くしたり技術や分析をしたりするよりも、自分の気持ちを素直に出すというのは、表現の王道のど真ん中でしょう。

    標準、スタンダード、王道、オーソドックスと色々言いますが、オーソドックスとは元々、正統派や正教を意味する言葉でした。

    正統があれば異端があります。そこで戦争が起きたらダメですが、正統や王道を外して考えることはクリエイティブには必須です。定石を覚えなければ定石を相手に戦えません。

    ただ、受け取る側であるコンテンツの消費者はそこまで考えなくても良いですよね。とにかく楽しめて満足できればいいわけで、その上でアレコレ批評したりするのはもちろん好き勝手すればいいものです。

    ベタな王道が批判されるとしたら、ベタしか認めないような、王道のラインから外れるものを認めない狭量な場合でしょう。

    正統だって異端があってこそ中身をアップデートできます。宗教改革によるカトリック批判に対して反宗教改革の動きが出てきて、カトリックの教会における腐敗が多少は軽減したはずです。

    結局、王道も邪道も、ベタもシュールも相互補完的な関係でしかありません。作り手は悩みまくる難問ですが、読む側・見る側・聞く側は間口を広げて楽しめた方がとりあえずは良いですよね。

  • 折り目に表示されるコンテンツ、広さを生かせないコンテンツ

    折りたたみスマートフォンをSamsungやHUAWEI、Xiaomi、Motorolaといったメーカーがここ1,2年で出してきました。

    日本のメーカーが高級路線・高性能路線のスマホを出すことすら出来なくなったのは残念ですが、コモディティ化しやすい商品に全力で取り組むよりも、SONYのイメージセンサーのような、欠かせない部品を供給する、B to Bの商売の方が安定するかも知れません。それはそれでもちろん大変ではあるんでしょうけれど。

    iモードなどのガラケー全盛期はそもそも折りたたみ式が大半でした。ただ、それは画面とキーを分離するための折りたたみ機構であって、画面そのものを折りたたみできるようにしたわけでもなく、タッチ式でもなかったので必然性もありませんでした。

    スマホを折りたたむ必然性にも疑問がないわけではありませんが、数年後にはこれがデフォルトになっていると時代が読めない恥ずかしい人扱いされかねないので、もしかしたら良いかもね?ということにしておきます。ただ、値段を考えると普及するとしても相当先な気がします。

    ともかく、実際に画面を折りたたむことでの懸念点としては、発売前の時点でも
    ・折る部分の強度
    ・画面自体に折り目が見えてコンテンツ体験が邪魔される
    といったものが挙げられていました。

    多少の不具合はあれど、製品としては問題ないようです。有機ELディスプレイを採用するスマホが出てきたときにも、焼き付き問題が話題になっていましたが、実際の利用レベルではそこまで騒ぐものでもなかったのと似ていますね。

    結局折り目の強度も可読性も問題ないということで、折りたためることで可搬性が上がり、また広げたときに大画面でコンテンツを没頭して楽しめるというメリットが実現しました。その代わり、値段と重さは解決出来ていませんが、これも時間の問題でしょう。

    実際に折り目が目立たず、実用性が高いのであれば、スマホに限らずタブレットやパソコンでも利用が広がるでしょう。デジタルデバイスが紙と比べて不便だったのは、一度に大量の広さを利用しづらいことでした。メモをバーッと何枚も広げて見比べたりするのは紙の特権でした。そのアドバンテージが無くなります。

    以前noteに書いたことがありますが、新聞のフォーマットはアナログな紙(まさに新聞紙)でもデジタルの配信でも変えていません。紙面そのものをデジタルな画面で見られるようになっています。記事単位でテキスト配信ももちろんありますが、紙の新聞があくまで大前提ですし、ビジネス的にもまだまだ主流です。

    リアルな紙の新聞を完全に広げた状態で読むことはまずありません。まず2つ折りの状態が初期状態ですが、それでもまだ大きいです。その2つ折りはページの前提なので折り目に文字や写真が入ることはありませんが、さらにそこから折られて配達されているのに、その折り目に文字や写真がまず入ります。

    一部の新聞は半分に折ったときにも読みやすくはなっていますが、さらに半分に折ったときにはもうダメです。確実に記事自体が途中で途切れたりします。写真も大事なはずなのに折り目に重なると体験レベルが低下するはずですが、新聞の記事のレイアウトは読者が折って読むことをあまり考慮されていません。重要性と分量を考慮しつつ最大限に詰め込めるように配置されます。紙は物理的に載せられる記事が限られている以上、仕方の無いことではあります。

    デジタルデバイスがフォルダブルになって、物理的な広さの制限が取っ払われて広大な範囲の一覧性を手に入れられるとしたら、紙の優位性はますます低下していきます。

    レイアウトの仕組みもいずれは紙が最優先ではなくなるでしょう。ただ、今のデジタルデバイスは縦横のアスペクト比がバラバラすぎます。テキストだけならリフロー型のコンテンツはどうとでもなるので気になりませんが、写真・動画はどうにもなりません。上下や左右に黒帯が出てしまい、デバイスの画面の広さのメリットがなくなります。

    折りたたみ形式による画面拡大ではなく、もっと先の未来にはSF作品にあるような、自由自在にコンテンツ表示画面が広がるような時代が来るでしょうけれど、それまではアナログでもデジタルでもコンテンツに対する画面の有効利用の度合いが100%にはならないでしょうね。

  • 日本らしい春夏秋冬の色と動物

    五行説では春夏秋冬にはそれぞれ色と方角が決まっています。方角に季節と色が決まっているといった方が良いかもしれませんが、

    春・青・東
    夏・赤・南
    秋・白・西
    冬・黒・北
    と配されています。青春、朱夏、白秋、玄冬の他に、春宮と書いて「とうぐう」と読みます。夏が南で冬が北、というのは日本人にも理解しやすいでしょう。

    その一方で、色の感覚はちょっと違う気がします。

    夏は赤よりは空の青さ、木々の緑でしょうか。日本では「青葉」「青信号」のように緑も青に含まれますが。

    逆に春は青色よりも桜・桃・梅の薄い赤色が一番合います。

    秋は白というよりも紅葉の赤色か黄色が馴染みやすい色でしょう。

    白はどちらかというと冬の雪の色のイメージが強いです。

    枕草子で清少納言が書いた、
    「春は曙」「夏は夜」「秋は夕暮れ」「冬はつとめて(早朝)」というフレーズには時間帯だけではなく色のイメージもついて回ります。こうなると春・秋は太陽の色ですし、夏は暗闇、冬は雪や霜の白色がそのまま描かれています。清少納言にとっては色を振り分けるよりも、自分が良いと思ったものを重複とか似ている色とか考えずに書いたのでしょう。そういうところは、綺麗な対称性を求めるのではなく、非対称の美しさも認める日本らしさが感じられます。

    ちなみに五行説には動物(怪物)も配置されています。

    青龍・朱雀・白虎・玄武として、今の時代では小説やゲームでよく見る存在かも知れません。

    これも昔の中国で定められたものですので、日本だとまた4つの動物の選択肢は替わってくるでしょう。

    犬、猿、雉(キジ)となると桃太郎そのまんまですが、「ウサギ追いし彼の山」と唄われたウサギも日本らしいでしょうか。因幡の白ウサギの話もありますし。

    あるいはイノシシやオオカミも日本らしい動物かも知れません。八咫烏のカラスとか、稲作につきもののスズメやトンボも日本の田園風景には当たり前の動物です。

    そう言えば、ここまで魚が出てきていませんが、魚だとなんでしょうかね。アユかアジかカツオか、あるいはクジラでしょうか。むしろ、海の物ならワカメや昆布の方が日本らしいかも知れませんね。

  • 2021年5月5日JリーグDAZN観戦の感想

    先日の大阪ダービーの余韻冷めやらぬ中でもJリーグは続きます。5月4日は川崎フロンターレ対名古屋グランパスの2連戦の2試合目が行われ、やはりというかなんというか、川崎が追い上げられつつも3−2で勝利。2連戦で2位の名古屋がイーブンに戻した時間が全く無かったことを考えると、今シーズンのJ1も先が見えてしまった感があります。

    さて、我がガンバ大阪は試合の少ないこのゴールデンウィークですが、他のチームは連戦が続きます。今日はJ1はルヴァンカップですが、J2・J3はリーグ戦です。J3は1試合のみですが。

    ガンバサポーターである私がガンバとは全く関係ない試合を見るときは、基本的には元ガンバの選手がいるチームの試合ばかりとなります。本日で言えば愛媛FC対ジュビロ磐田が一番興味のある試合となります。磐田の方は元ガンバの今野と大森、鈴木がスタメンで控えに遠藤。愛媛には先日ガンバから期限付き移籍をした、飛び級プロ契約の唐山翔自がスタメンに入っています。あと、横谷もいますし監督は實好に代わりましたね。

    さてその愛媛対磐田の試合を見ながら、これまたガンバから移籍したヤンこと高宇洋がずっと中心で出ているアルビレックス新潟の試合を同時に観戦します。

    愛媛対磐田は雨による劣悪なピッチコンディションがサッカーの質というか攻め方に大きな影響を与えています。どちらも大きく前に蹴って、水を吸った芝生にボールが止まることを利用して攻めますが、磐田は特にルキアン何度も前に出ている愛媛GKの上を取るループシュートを狙います。一度も成功していませんが。

    期待の唐山は何度か良い位置でボールを持つものの、仕掛けては奪われるのを繰り返します。どっちかというと磐田が構成ですが、決定機になる前にシュートを打っている感じですね。結局このまま前半終了。個人的には唐山が得点してほしいのですが。

    大宮対新潟の試合は前半終えて1対1。新潟が先制するもホームの大宮が追いつく展開です。

    しかし、やっぱりDAZNは以前やっていた複数試合をまとめてみられるJゾーンを復活してくれませんかね。あれがあるとゴールシーン同時多発なんかが起きると非常に楽しいのですが。

    なんらかの権利関係で同時に映すのが無理ということなら、1アカウントの同時視聴を2デバイスに制限するのを緩めて欲しいです。もしくは追加料金制とか、スカパー!みたいに2契約目は安くするとか。

    そうこう言っている内に唐山は交代となりました。持ち味を出せた試合ではないですね。むしろボックス外からドリブルで仕掛けるのが本領とは言えないでしょう。ヤットと唐山の共演は競演はならず。

    その後も磐田が攻勢ながらも0−0のまま時間が過ぎていく一方で、同時視聴中の大宮対新潟の試合の方が盛り上がっています。後半に大宮が小島の素晴らしいアウトサイドスルーパスからハスキッチが決めて逆転。しかし今度は新潟のエース本間がこれまた見事なドリブルから下がりながら身体をひねってのシュートを決めて2−2の同点に戻します。そして81分には新潟が星のゴールで再逆転。大宮DFは一瞬オフサイドかと思って動きが止まったのが致命的だったでしょうかね。

    愛媛対磐田の方は変わらずチャンスはあれど決められず、結局スコアレスドローとなりました。愛媛は新潟・京都・磐田・琉球と続く、上位陣との連戦での連敗を途中で止めたのはひとまず評価出来る結果でしょう。対する磐田は、この愛媛に新潟・京都が勝っていただけに取りこぼした形になりました。

    そして首位の新潟はアウェイ大宮戦で圧巻の逆転劇でした。今年の強さを感じさせる展開でしたね。

    さて16時からは、藤本がいる相模原、内田と高木がいる群馬、川西がいる岐阜の3試合で迷いましたが、やらかして浦和から岐阜に行った柏木がどんな感じなのかも見てみたいので、東京V対群馬、岐阜対沼津の2試合を見ることにします。

    岐阜のホーム長良川もかなり水たまりピッチになっていますね。雨も強そうです。愛媛のニンジニアスタジアムよりも、水たまりでボールが止まるエリアが広いため90分間両チームと共に難しいでしょうね。

    群馬の方は、内田達也がボランチと言うよりも右サイド前目でプレーしているように見えるのですが、ずっとこうなのでしょうか? 普段見ていないと分からないことが多いなあ。

    岐阜が10分でCKからさっさと先制。セットプレーはこういうコンディションでもほぼ関係ないですよね。

    ヴェルディが見事なカウンターから3人で勝ち越し点を決め、その後は群馬の大前が惜しいシーンを迎えながら2−1で推移していったところで、再びヴェルディが高い位置でボールを奪って3点目を86分に決めたところでほぼ試合は決まりました。高木彰人も出たところだったのですが。

    一方岐阜の方は、川西が左からのクロスを綺麗に頭で合わせて追加点を決めて2-0としましたが、沼津もセットプレーからゴールを決めて2−1。この試合はセットプレー祭りになりそうです。

    後半でもやはり岐阜の追加点はCKから。これで3−1となって結局このまま試合終了。4ゴール中3ゴールがセットプレーからのヘディングシュートといううのは、ピッチコンディションと無縁では無いでしょう。

    さて、18時からは今日の大一番、2位の琉球と3位の京都の一戦です。琉球には元ガンバの沼田と赤嶺がいます。

    ガンバの近隣のアウェイが増えてくれた方が観戦するサポーター的にも、選手達の疲労的にもありがたいので、京都には早くJ1に昇格して欲しいのですがJ2暮らしがかなり長いですよね。

    琉球対京都の試合が始まってまず気になるのが明るいこと。日が落ちていないためにデイゲームのように見えます。

    試合の方は京都がウタカ・宮吉・松田が中心で攻めるもフィニッシュの精度を欠いた感じでしょうか。0−0でお互い無理して攻めていないような中身になっています。

    後半も京都が攻めつつも、お互いに良いところを消し合うというか、ギリギリのところで守り合う消耗戦のような形で進み、結局この試合もスコアレスドローに終わりました。

    昼間に引き分けた磐田と勝った新潟にとってはありがたい結果となりました。J2はあと町田や甲府がこの4チームに加わって、2枠の昇格争いになるかなあといった順位表ですが、まあまだ分かりませんけども。4チームがJ3に降格する残留争いも激しくなりそうです。

  • 週単位と旬単位、世紀単位と世代単位

    欧米を舞台にしたフィクションでもノンフィクションでも、継続的な仕事の報酬として週何ドル(あるいはポンドとかユーロとか)といった表現によく出くわします。1週間が収入の基準になっているわけで、キリスト教由来の1週間が古くから生活リズムの単位になっていたからでしょうけれど、日本ではまず見かけません。時給・日給の次は週給ではなく月給がほとんどでしょう。

    以前、テスラのイーロン・マスクがスピーチで、週100時間を費やせば成功する、と言ったそうですが、これも週単位で動くのが基準だからでしょうか。

    1ヶ月あるいは30日を単位と考えるのが長い場合もありますが、そういう場合は日本では10日を基準にします。上旬・中旬・下旬という言葉は今でも普通に使われています。

    干支(十干十二支)で甲子(きのえね・かっし)から始まり、癸亥(みずのとい・きがい)で終わる60日で2ヶ月が回ります。1ヶ月だと30日になりますが、十干の甲乙丙丁戊己庚辛壬癸で1つの旬が巡るので10日でのカウントは昔の人にとって難しくなかったのかも知れません。

    今の時代に例えば旬(10日)単位で給料を支払うのはさすがに無理でしょうけれど、それだって週休2日制という制度のためでもあります。

    定休日の概念が無く、一週間という曜日の制度もなかった時代と比べるのも無理がありますが、今の時代は7日間で2日休みが入るため、10日間での勤務日数が一定しません。あえて決めるなら、旬休3日制でしょうか。10日間で3日休みというルールなら、週休2日の法的ルールを逸脱しません。誰もやらないでしょうけれど。

    個人の休みとは関係ないですが、日本の商慣習には五十日(ごとおび・ごとび)と言って、毎月の5日・10日・15日・20日・25日・30日(月末)を企業間決済や従業員への給与払いのタイミングに合わせてきました。古い業界なら今でも残っているでしょう。古い業界でなくても、クレジットカードでも15日締め翌月10日引き落としなどもまだまだあるはずです。

    もっと長い単位では、これもキリスト教由来で100年を1世紀として数えます。日本では古来より元号はありましたが、当然ながら1つの元号での長さは一定ではありません。2,3年で変わることもあれば、昭和は64年まで続きました。

    以前、世代というのは30年単位が前提というnoteを書きました。

    https://hrsgmb.com/n/n85850c4e20f9

    日本では30年を一つくらいの長さで考えた方が良いかもしれませんね。石造り・レンガ造りの家が普通で100年持つのも珍しくない欧米と、木造で頻繁に屋根の葺き替えや建て直しもある日本との違いもあるでしょうか。

    そう言えば、一世一元の制が決められた明治以降は、大まかに世代でカウントできます。

    明治時代は45年で1.5世代
    大正時代は15年で0.5世代
    昭和時代は64年で約2世代
    平成時代は31年で約1世代
    今は、明治維新から約5世代を経たことになります。日本人的には、30年を大きなくくりで考えた方がやはり分かりやすいと思います。

  • 薬指の由来から考える役に立つ・立たない

    薬指、医学用語で第四指と呼ばれますが、「薬」指と呼ばれるようになったのは薬師如来が曲げている指だからとか、薬を水に溶かしたり塗ったりするときに使うからだとか、諸説あるようです。

    由来はともあれ、薬や紅差しのために薬指を使うというのはなんとなく理由は分かります。薬指が最も「使いづらいから」だと思います。

    他の4本の指はどうかというと、
    ・親指は最も太く、他の4本と違う向きになっていて、何かを握るときには必ず使います。
    ・人差し指は最も繊細な感覚で使えるため、親指と並んで頻繁に使います。
    ・中指は突き出ていて長いのでこれもまたよく使いますし、物に触れることも多いです。
    ・小指は一番外側にあり、何かを持つときにバランスを取り、他の指を守る役目もあります。
    ということで、他の4本の指は利用することが多く、それだけ色々な物に接触し、それだけ汚れやすくなります。

    薬指は他の指ほど器用に動かせません。使いづらいことによってかえって薬指は汚れにくいはずです。

    だからこそ、汚れ、ばい菌が入ってはならない薬を使うときに、比較的綺麗な薬指を使うようになったのではないでしょうか。

    あと、結婚指輪を薬指(英米では左手、ドイツや東欧では右手らしいですが)に付けるのも、あまり使われないから指輪も傷つく可能性が低く、また指輪が作業の邪魔にもなりにくいという理屈もあり得ると思います。

    これは勝手に思っているだけですので、真偽のほどは知りませんが、普段使わないものがかえって使われるというケースは薬指以外にもあるでしょう。

    使われないことと利用価値がないことは別です。利用価値がないというのは利用する能力が無いとも言い換えられるでしょう。無駄とか無意味とか決めつけるよりも、使い道や使い方を考えることが出来れば、より幅広く、より多様な問題解決が出来るのではないでしょうか。

  • 誰もがすなるマイニングといふものを、吾もしてみんとてするなり

    これまで自分のnoteに、今までやこれからの暗号資産(仮想通貨・暗号通貨も同義)にちょくちょく触れていましたが、一度実際に暗号資産のマイニングをやってみました。

    少し前に、新たな暗号資産であるChiaの登場によって、SSDやHDDの値段が上がっている、買い占められているというニュースがありました。実際にはかつてのグラフィックボードほどの品薄にはなっていないそうですが、このChiaはCPUやGPUを酷使するのではなく、HDDに一旦作った耕地にデータを保存して、それが通貨報酬の元になります。

    https://www.chia.net/

    かつてBitTorrentを開発した人が作ったそうです。

    マイニングと言っても、正確にはマイニングと呼称しておらず、ファーミング(耕作)とのことです。

    日本ではまだやっている人が少ないので、Chiaそのものについての情報は日本語ブログなどではまだ少ないですが、Redditで自動翻訳させながら読んでる方が情報量は多いですね。

    https://www.reddit.com/r/chia/

    余っている2TBのポータブルHDDがありましたので、試しにやってみました。まだ報酬は得られていません。というか、全ネットワーク容量という、世界中でChiaに参入している人が作成した耕地の数がとてつもない勢いで増え続けています。

    私が始めたときには、全ネットワーク容量が500PiB(ペピバイト、Pはテラの1000倍のペタ)くらいだったのですが、毎日100PiB(ペピバイト)以上のペースで増え続けています。今では1.5EiB(エクスビバイト、Eはペタの1000倍のエクサ)を超えています。

    そもそも、まだこのChiaはICOなど公式に取引される状態にはなっていません。それでもこれだけ関与者が増えていますので、どう考えても素人が勝てるものではないですね。少なくとも新しくHDDやSSDを大量に購入して、さらに新しいパソコンを用意して始めても利益は出ないでしょう。

    色々Chiaについて検索していたときにどなたかのブログで、Chiaは最初に耕地を作った後は、CPUやメモリの使用量が少ないので、既存のマイニングマシンにHDDやSSDをつないでChiaを起動させておくだけでよく、ビットコインやイーサリアムのマイニングと両立出来るものであり、一般人が参入しても勝てないと書いてありました。確かにその通りだと、日々増大する全ネットワーク容量を見ながら実感しています。

    狙ってChia単体で大儲けしようとするのはかなり厳しいと思います。

    何種類、何十種類もの暗号資産の採掘を行っている人(というか組織)が、マシンの余剰能力を有効活用しているか、あるいは何十種類もの暗号資産に手を出しつつもリスク分散のためにChiaに手を出しているか、ということであれば、何十種類もの暗号資産全部での利益をトータルで出すことは出来ると思いますが、少なくとも個人では無理ですし、日本の電気料金でも無理でしょうね。

    Chiaに価値が出たら出たでさらに専門業者の参入と競争が激しくなるだけですし、価値がなければそもそも個人でもやる意味がなくなります。

    19世紀のゴールドラッシュのエピソードのように、金儲けしようとする人にモノを売る方が儲かるんでしょう。Chiaに関して言えばHDDメーカーの株式でも買いましょうか。

    現代ではSeagate、WesternDigital、東芝の3社しかHDDを製造していませんが、HDDの売上を期待して東芝株を買うのは難しいなあ。

    しかし、私がパソコンの自作を始めた90年代後半にはHDDメーカーとして、Quantum、Maxtor、日立、富士通、IBMとかあったんですけど、かなり減りましたね。