この2年ほど、資格試験の勉強を色々してきています。ペーパーテストで全て決まる試験の勉強となると、大学受験以来ですのでもう四半世紀以上使っていなかった脳ミソの部位をフル回転させています。まあそれでも去年は社労士試験落ちちゃったのですが。
ともかく、社会人になってしばらく経っても資格勉強含め、学び続けるということは良いものです。地位も役職も年齢も性別も、試験問題の前には関係ありません。ただ、正解不正解による点数だけでジャッジされます。
ある意味、仕事にまつわる属性が全く効かないペーパーテストに挑むことにより、自分が何者でもなく謙虚でいられる気がします。
世の中には勤め先のステータスを自分のステータスだと思って傲慢かつ横柄になる人がいます。そんな人でも難しい資格試験の勉強でもしてみれば、勤め先の知名度や信用は一切配慮されません。ただ、点数のみで判断されます。
逆に言うと、傲慢で横柄な人は試験勉強なんかもしていないのかなと思います。リスキリングが無理矢理流行させられているような昨今において、学び直せば自分の未熟なところに嫌でも気が付きます。そこで多少は傲慢さがたしなめられるはずなのですが、傲慢であり続けるというのは、ある意味脳天気な幸せ状況にいるのでしょうかね。
学び直しをするしないは、謙虚・傲慢の境目でもあります。
ともかく、社会人として資格試験の勉強をするのは、楽しさや謙虚さを得られる一方で、厳しいものもあります。脳ミソが若い頃よりも退化していることはしょうがないのですが、一番大きい厳しさは、
「試験勉強を止めても、誰も何も言わない」
ことでしょうか。
若い頃、子どもの頃なら程度の差こそあれ、勉強しないといけないものでしたが、社会人が勉強をしなかったとしても社会人失格とはなりません。社会人として必要なのは仕事をすることであり、勉強は二の次です。仕事しながら勉強することを求められる以上、勉強していればある程度評価された子どもの頃とは丸っきり違います。
仕事と勉強の両立は、時間的な制限や気力労力の問題もありますけれど、何より、資格試験の勉強を止めたところで、誰も怒りません。
家族・友人などの周りの人にしてみたら、むしろ勉強に回していた時間をこちらにも使ってくれるようになるのなら歓迎かも知れません。
既に働いているのなら、勉強しなくても生きてはいけます。合格した未来を諦めれば食ってはいけます。現状維持という生温い足枷を振り払って勉強していかないといけない。社会人の資格試験の勉強にとって一番重要なのは、このモチベーションでしょう。
大学受験における武田塾とか、ダイエットにおけるRIZAPのような、直接的に効果を出すのではなくて、継続させるサポートやメンタルケアを行う資格試験サポートサービスも、このリスキリング時代には増えてくるんじゃないでしょうか?






