平繁無忙の何でも書くブログ

  • スポーツにおける政治的主張と普遍的理念の境目

    以前、こんなnoteを書いたことがありますが、

    https://hrsgmb.com/n/n4311604b2a4c

    スポーツと政治というのは時に密接につながり、時にお互いに利用し合います。

    先日、北京五輪において、ウクライナの選手が
    「ウクライナに戦争は要らない」
    というメッセージをカメラに掲げたとニュースになっていました。

    これを持って政治的宣伝として、IOCが処分を下す可能性はあるかもという懸念がありましたが、果たしてこれは「政治的」主張でしょうか?

    政治とは妥協であり、様々な異なる意見を調整して結論を下す社会的プロセスです。となると、件のメッセージが政治的主張ということになると、
    「ウクライナに戦争は要らない」
    という主張に対立する
    「ウクライナに戦争が必要だ」
    という政治的主張が存在することを認めることにになります。

    実際の世界では、軍隊も紛争も無くなることはこれまでなかったですし、これからもおそらくないでしょうけれど、国際組織としては戦争の必要性を認めるわけにはいかないでしょう。

    ですので、
    「ウクライナに戦争は要らない」
    というメッセージは政治的主張ではなく、人類の普遍的な理念であることになり、ウクライナの選手に対して罰則を適用することもありません。

    これが例えば、
    「クリミア半島はウクライナの固有の領土だ」
    というメッセージなど出したら、これはさすがに政治的主張と見なさざるを得ません。ウクライナにして見れば不当に奪われた領土だということは間違いありませんが、具体性が強まれば政治的主張である該当性が高まります。ぶっちゃけて言うとクリミアには親ロシアの人々も多数います。反対意見が現実的に存在すれば、もうそれは政治問題です。

    ともかく、
    「ウクライナに戦争は要らない」
    というメッセージが政治的主張なのかどうかはギリギリセーフのはずです。

    結果的に現段階では、IOCも平和のためのメッセージだということで特に何もしないと表明していますが、プーチン大統領にして見たら腹立たしいでしょうね。とはいえ、プーチン大統領もロシア政府も「ウクライナに戦争は要らない」というメッセージに対して異を唱えるわけにはいかないので、黙殺するだけでしょう。

    それで終われば良いのですが、問題はこれに反発して例えばROC(ロシアオリンピック委員会)所属として出場しているロシアの選手が、
    「ウクライナはロシアのものだ」
    などというメッセージを主張し出すと大変です。当然ながら紛れもなく政治的主張ですが、これに対してIOCが何らかの処罰を与えてしまうと、今度はロシアが反発します。

    ロシア側にして見れば、ウクライナ人選手がメッセージを出しても罰せられなかったのに、なぜロシア人選手だけ処罰を食らうのか、という理屈で抗弁してくるでしょう。ただでさえロシア国内では政府もマスコミも民衆も、ウクライナ危機は欧米の反ロシア野郎が企んだ罠だという見解が一般的ですので、ROCが選手達には政治的メッセージを出さないように厳命していても、やらかす選手が出てこないとも限りません。

    オリンピックを「平和の祭典」というのは、理想はともかく現実は難しいものの、公然と平和を非難する選手が出てきたら、IOCも黙ってはいられませんが、もしロシアに肩入れする中国政府まで口出ししてきたら、IOCは板挟みで何も出来なくなるでしょうね。

  • 高騰し続けるサッカー放映権料に取り残されるデフレジャパン

    少し前の話になりますが、サッカーワールドカップのアジア最終予選は、A組ではイラン・韓国が本大会を決め、B組でもサウジアラビア・日本が半歩抜け出しました。まだ油断が出来るわけではありませんが、オーストラリア戦で引き分ければその次のベトナム戦で負けなければ良いので、序盤の苦戦を考えるとだいぶマシになりました。

    この最終予選では日本国内での放映権では色々とあり、高騰しすぎたためにテレビ局が買えず、結果的にはDAZNが直前に購入しました。時間帯的に視聴率を見込めないアウェイ戦については、DAZN独占配信となり、今度の勝てばW杯出場決定というアウェイのオーストラリア戦もDAZNでないと観られません。

    その他にも、以下の放映権料がDAZNのものとなりました。

    ・AFC アジアカップ(2023年大会、2027年大会)※グループステージ2試合独占配信、ラウンド16独占配信、その他は地上波などと並列
    ・AFC 女子アジアカップ(2022年大会、2026年大会)※独占配信
    ・AFC 女子オリンピック予選(2024年大会、2028年大会)※地上波などと並列
    ・AFC U23 アジアカップ(2022~2028年大会)※2022年、2026年 独占配信、2024年、2028年大会は、地上波などと並列
    ・AFC U20アジアカップ(2023~2027年大会)※独占配信
    ・AFC U17アジアカップ(2023~2027年大会)※独占配信
    ・AFC U20 女子アジアカップ(2022~2028年大会)※独占配信
    ・AFC U17 女子アジアカップ(2022~2028年大会)※独占配信
    ・AFC フットサル選手権(2022~2028年大会)※独占配信
    ・AFC ソリダリティーカップ(2024年大会、2028年大会)※独占配信

    【クラブ】
    ・AFC チャンピオンズリーグ(2021~2028年大会)※独占配信
    ・AFC カップ(2021~2028年大会)※独占配信
    ・AFC フットサルクラブ選手権(2022~2028年大会)※独占配信

    無料のテレビ中継はごく一部となる時代が来たわけですが、このことをもってサッカー人気の凋落を云々するのは無理があります。そもそもは、高騰し続けた放映権料がその原因です。

    カタールワールドカップ本大会の日本国内放映権は、これまた従来のテレビ局連合では購入出来ず、AbemaTVが急遽動いて手に入れました。資本関係にあるテレビ朝日の意向があったのか、サイバーエージェントにお願いしたのか分かりませんが、サッカーファンとしてはホッとした方も多いでしょう。

    ワールドカップもアジア予選も放映権料の高騰は酷いものですが、その一方で20年間デフレが続いた日本経済も酷いものです。その前の10年間もほぼ成長していなかったのを考えると、世界レベルから見れば30年近く日本は物価が上がっていません。

    正常な経済であれば年2%程度の物価上昇があるはずですし、世界経済全体なら年3〜5%で成長しています。30年間を5%複利で計算すると4.3倍になりますし、年2%でも1.8倍にはなります。

    まあ放映権料自体は数十倍・数百倍のレベルで上がっているので、異常と言えば異常なのですが、スポーツ観戦にお金を払うというのは、それだけスポーツ観戦が暇つぶしではなく主体的に楽しむ趣味に変わりつつあるとも言えます。

    ともかく、どこかでサッカーの放映権料の高騰を止めてもらわないと、今回のDAZNの長期契約が終わった後の次のところで、この4月からの3,000円への値上げがかわいく思えるくらいのDAZNの料金になりかねません。

    そもそも、日本経済が成長してくれないとそれ以前の問題ではあるのですが。

  • 2022年2月12日富士フイルムスーパーカップテレビ観戦の感想

    昨年のスーパーカップは川崎対ガンバというカードとなり、ガンバ大阪として久し振りの出場でしたが、今年はガンバに取っては全く無縁で部外者感が半端ないですが、ただのJリーグファンとしてのテレビ観戦です。

    もちろん、ガンバが2週間後のリーグ第2節で対戦する浦和レッズと、4週間後の第3節で対戦する川崎フロンターレの仕上がり具合を見る重要な一戦ではありますが、スーパーカップでの内容がそのままリーグ戦につながるとは限らないのですよね。まさに昨年、王者川崎に3−2と敗れながらも攻め合いになったガンバが、リーグ開幕するとずっと得点出来なかったですし。

    さて、今日のスーパーカップは、富士フイルムがゼロックスとの合弁を解消したためにこれまでの「ゼロックススーパーカップ」から「富士フイルムスーパーカップ」と名前を変えることになりました。これはヤマザキがナビスコのライセンス契約を終えたために、「ナビスコカップ」が「ルヴァンカップ」に名称変更したのと同じ経緯ですね。

    川崎フロンターレは直前に選手・スタッフ数人に新型コロナ陽性が出て、おそらく大変な状況ですが、2月5日の京都サンガ対ガンバ大阪のプレシーズンマッチとは異なり、このスーパーカップは中止にはなりませんでした。恨み言になってしまいますが、数名程度ならクラスター扱いされずに試合は出来るのですね。

    快晴の日産スタジアムで開始されましたが、対戦カードとしては面白い2チームになりました。ロドリゲス監督が攻守で川崎にどう対応していくのか、攻め合いになるのか。

    と思っていたらまだ様子見のような時間帯である前半7分、酒井が中に入れて江坂がダイレクトで合わせていきなり浦和が先制。

    守備で言えば前線、特にサイドで人を集めてボールを奪い、奪ったら少ない手数でシュート。遅攻でも手数は増えてもシュートまでの時間は短く、今年のJリーグでもチーム全体でも個人プレーでも速さが重視されるという潮流は、より一層強くなった気がします。それでいて後ろから単純に放り込むのではなく、両チームともグラウンダーでの中短距離のパスは他チームよりも多いはずです。

    どちらもアバウトなパスが少ないのですよね。確実性が高い選択肢を選んでいて、それを実現するにはボールに対する選手を正しく配置するポジショナルプレーが必要です。

    前半10分過ぎからずっと川崎がポゼッションして攻め続けていますが、浦和も最後の守備が破綻せず、危険な場面は作られていません。それに対して川崎もロングボールも織り交ぜながら崩そうとしていますが、ここまでを見るに浦和の方が予定通りのサッカーを出来ているはずです。

    川崎は得点王・MVPのレアンドロダミアンにフィニッシュを任せすぎにも思えます。三苫が抜け、旗手も抜けたらそりゃそうなのですが、前線で家長がキープしてフィニッシュがダミアンというワンパターンは、ある一定以上の守備が出来るJ1チームなら意外と防げるかも知れません。

    30分過ぎからは浦和のペースのまま前半終了。川崎より決定機は多く作れていて、前半は浦和のものだったと言えます。

    後半、川崎はシミッチをマルシーニョに変えました。やはり前半の駒が足りないのは明らかでしたね。チャナティップもまだ上手く使えていないようにも思えます。

    後半も浦和の守備の出来の良さが目立ちますが、ジワジワと川崎の攻撃の圧力が増してきました。浦和のボール奪取ラインが下がってきています。

    脇坂→瀬古、ダミアン→知念と代えてさらに前線での活力を増した川崎が攻め続けます。昨季までの川崎の対戦相手はこの辺りから苦しくなり、最後の小林悠でトドメを刺されたわけですが、その直前にDFラインの裏に抜け出した浦和の明本がファウルっぽく倒されましたがノーファウルの判定。

    それでも36分に同じように抜け出した明本が今度は前でボールを収めて、上がってきた江坂が受け取って少し左に持ち出してから完璧なシュートを決めて2−0。時間帯を考えるとこれで勝負有りでしょうね。

    江坂は言うまでもなくこの試合のMOMになるでしょうが、明本が素晴らしい。ユンカー抜きでもこの内容はちょっとショッキングです。

    川崎はさらに特攻を仕掛けて2点取らねばなりませんが、39分の知念のシュートは惜しくも枠を外れました。結局これが最後の惜しいシーンとなり、このまま試合終了。

    浦和としては100点の出来だったのではないでしょうか。思っていたサッカーが出来たかどうかの差で言えば浦和と川崎には相当に大きな差があったと思います。

    これを見て来週川崎と対戦するFC東京のスタッフは色々考えるでしょう。浦和の対戦相手である京都も同様でしょうね。さてガンバはその次に浦和と対戦ですが、その前のリーグ初戦の鹿島戦、ルヴァンカップ初戦のセレッソ戦が重要なのは当然なのですが、去年のガンバではこの出来の浦和とは戦いたくないですね。片野坂さんがどれだけチームを変えてくれたかに期待しましょう。

  • M1 MacでSkypeによるプチネット遮断が起きる

    自宅から在宅勤務で仕事をするとき、色々なWebツールを使います。メールやSkype・Teams・Slackでメッセージのやり取りを行い、Zoom・Teamsでのウェブ会議、OneDrive・SharePointでのファイル共有、リモートデスクトップで会社のPCにアクセスしたりしています。

    たいていのツールはずっと起動したままにしていますが、以前からZoomやTeamsでのミーティングが途中で数秒途切れたり、リモートデスクトップでの画面がプチフリすることが続いていました。酷いときは数分ごとに5秒〜10秒くらい止まってしまい、仕事が非常にやりづらかいものとなっていました。

    完全にネットが遮断されるわけではないので、常時データ送受信をし続けるわけではないメッセージ・メールのやり取り、ファイル共有などは問題なく使えていて、Googleのスピードテストで通信速度を測っても上下共に数百MB/sでこれまでと変わらず、原因が分からず悩んでいました。

    セキュリティソフトを止めたり、ファイアウォールを切ったり、DNS設定を変更してもプチ遮断は止まらず、ルータ等ネット機器の再起動も試しましたがダメでした。

    もしかしたらと思って自宅の固定回線であるnuro光ではなく、iPhoneでの楽天モバイルでのテザリングでMac miniをつないでもやはりプチ遮断が起きてしまい、これはネット回線ではなく今のMac mini内部の、ソフトウェアの何かの問題だとは分かりました。

    そして色々試していると、インストール版のSkypeを終了してブラウザ上でのSkypeに変更するとあら不思議、ネットのプチ遮断が嘘のように無くなりました。

    インストール版のSkypeはIntelCPU向けのもので、Rosetta2を経由して動かす必要があります。AppleSilicon登場から一年以上経つのにSkype(実はTeamsも)がUniversalアプリになっていないのは、Microsoftの技術の問題かやる気の問題なのか知りませんが、それはともかく私のM1 Mac miniの設定・状況と、インストール版のSkypeとの相性が問題だったようです。

    SkypeをGoogleChromeなどのブラウザで動かすなら、当然ながらM1チップに対応したサービスとして使えます。これで穏やかな日々を過ごせるようになりましたが、ネットで調べても解決策が見つからなかったので時間がかかりました。

    ちなみにTwitterで「Skype M1」で検索してみると、何人かM1 MacでSkypeやZoomが途切れると言っている人はいますね。私のこのnoteにたどり着く人がいて、解決につながれば幸いです。

  • CO2測定器を買ってみた

    新型コロナウイルスの感染対策として換気を行うことが重要ですが、その換気の十分さを測るのに、室内の大気中の二酸化炭素濃度で判断する方法があります。そのため、コロナの流行が始まってから一気に世間ではCO2測定器が大量に販売されていますが、今さらながら買ってみました。

    https://www.amazon.co.jp/dp/B09KTL23BL

    買ったのはこれです。USB-Aで給電して使用出来るものです。市販のCO2測定器は値段も精度もピンキリのようで、この製品が果たして本当に正確な数値を出せるのかどうかは素人には全く分かりませんが、とりあえずの一つの目安にはなるかと思います。

    ちなみに販売は京都のベンチャー企業です。ただしこの製品の製造は中国です。さすがに国内生産は無理でしょう。

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    二昔前のUSBメモリのような形状です。

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    USBハブに挿したらこんな感じです。

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    一般に、1,000ppmを超えると換気が必要とされるようですが、自室では窓を閉めているとすぐに超えてしまいます。ほんまかいな、と思ってしまいますが、窓を開けているとすぐにCO2濃度が下がっていきます。だいたい最も低い状態で500台ですね。外気の400ppm付近までは下がりません。私の呼気から出るCO2があるからでしょうか。

    ただ、このCO2測定器を付けっぱなしにしておくと、1,000ppmを超えて警告音が鳴り続けます。寝ているときも窓を開け続けるわけにはいかないので、測定したいときにUSBポートに接続することになりますが、これはこれで面倒ですね。

    むしろ、こんな風にモバイルバッテリーと連結して、持ち運んで家の色んな場所で簡易的に測定する使い方の方が向いているかも知れません。

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    だったら最初からバッテリ内蔵や電池駆動出来る測定器を買えば良かった話になってしまいます。

    警告音の有無を切り替えられたら一番良いのですが、USBポートにつなげた機器のオンオフを操作できるやつを買うしかないですかね。

  • 新しくできた大阪中之島美術館に行ってきました

    大阪は中之島、国立国際美術館の真横に新築された大阪中之島美術館に行ってきました。

    https://nakka-art.jp/

    西のローカルニュースでは開館についてやっていましたし、その前段階での建設に至るまでの色々なゴタゴタなどは、大阪市の美術品死蔵(実際には貸し出されていましたが)問題として何度も取り上げられていました。

    バブルの頃に景気が良いから金使う計画が出来たんだろうな、と漠然と思っていましたが、

    https://nakka-art.jp/about/history/

    こちらの沿革によると構想されたのが1983年でしたのでバブル景気の前ですね。実際に動き始めたのはバブルの真っ只中で、それから色々あってようやく今回の開館となりました。

    これまで国立国際美術館に来たときに、隣で建設途中の状態を見ていましたが、出来上がったのがこんな感じ。

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    画像3

    なんかよくわからないオブジェもありました。

    朝10時台の入場の予約を取り、ちょうど10時に自動ドアを開けるくらいのジャストタイミングで行ってみると、既に館内に結構な行列が出来ていました。

    体温測定、チケットチェック、そして長いエレベーターで4Fに上がり、入った開館記念の特別展はこちら。

    https://nakka-art.jp/exhibition-post/hello-super-collection/

    入ってすぐに人の多さにビビりましたが、いくつかの作品は写真撮影可(スマホOK)となっていたためで、が入り口近くに目玉作品である佐伯祐三の「郵便配達夫」を撮影する人の群れが出来ていました。

    混雑に業を煮やしたのか、ジジイが側にいた学芸員に、撮影可能にするからこんな状態になるんだと説教していましたが、偉そうに説教する性根はともかく、撮影可能な有名作品は入ってすぐの場所に設置するべきではないですね。

    途中には、こんなのもありました。

    画像4

    上記リンクにあるように、和洋の有名どころも多数ありましたが、何か一貫したテーマとして展示している特別展というわけではなく、
    「大阪中之島美術館」
    というテーマとして、この美術館はこのような収蔵品を集めていて、これからこんな展覧会をやっていくのですよ、という、いわば顔見世興行のように感じました。

    美術館として購入した作品もあれば、個人・団体からの寄贈コレクションもあり、絵画・版画・水墨画・彫刻・現代美術・家具・写真・ポスターまでなんでもござれでした。

    正直なところ思っていたよりも作品数が多かったです。私は2時間弱で出口につ来ましたが、じっくり見る人だともっと時間かかるかも知れません。

    隣にある国立国際美術館も現代芸術は結構取り上げていますので、棲み分けをどうやっていくのか分かりませんが、共同で何かキャンペーンをすることも今後はあるでしょうね。

    ちなみに個人的に好みなのは、

    島成園《祭りのよそおい》

    池田遙邨《雪の大阪》

    この辺ですね。大阪中之島美術館の存在理由として、こういう作品を見られることと勝手に思うことにします。

  • 表意文字よりも表音文字の方が見た目が分かりやすいという矛盾

    新型コロナウイルスの検査結果が陽性、あるいは陰性だったという文章は、今では毎日どこかで必ず見かける時代となりました。ぼうっとそういう文字を見ると、一瞬「陽性」と「陰性」を見間違えるというか、どちらか分からない時があります。「陽」も「陰」もどちらもこざとへんの漢字で、つくりの部分も画数が多いため、遠目で見たらややこしい限りです。こういう時は表意文字のデメリットを感じます。

    英語なら
    陽性→positive
    陰性→negative
    であり、一文字目の「p」「n」を見れば陽性か陰性かが分かります。一目で分かりやすいという、本来表意文字が持つメリットが表音文字の方で生まれています。

    あるいは、エレベーターでの「開」「閉」ボタンも、一瞬での分かりづらさでは近い話です。色(緑が開く、赤が閉まる)や図形(「← →」が開く、「→ ←」が閉まる)でハッキリしていれば良いのですが、開閉の文字だけのエレベーターもまだまだ多く存在しています。

    はじめて行くビルのエレベーターですと、「開」も「閉」ももんがまえの中の部分をちゃんと見ないと、そのエレベーターのドアを閉めるボタンなのか開くボタンなのかが分からず、自分に続いて乗ってくる人のために開けておこうと思って押したら「閉」ボタンだった、という気まずい経験をした人はたくさんいるはずです。

    これも、英語であればopen、closeとなり、一文字目の「o」「c」ですと分かりづらくても、パッと見て文字数も異なるこの2つの単語を見間違える人はいないでしょう。

    漢字でも英語でもなく、平仮名にすれば良いとも思いましたが、「ひらく」「とじる」あるいは「ようせい」「いんせい」だと、文字数が増えたために可読性が減り、さらに熟語の場合は同音異義語の問題が出てきます。さすがに新型コロナの話題の中で「ようせい」と書かれていて、「妖精」を思い浮かべる人はいないでしょうけれど、「陽性」と「要請」と間違える可能性はあるのでダメですね。

    結局のところ、漢字で分かりやすく表現するというのは、一文字だけなら大変向いていますけれど、対立する概念を表示する記号としてはあまり向いていないようです。表意文字である漢字は、同じカテゴリに属する概念を、同じ部首で表しますのでどうしても見た目が近くなります。英語でもin-とかex-などの語頭に付くなど、表現的には似たものもありますが、正反対の意味の言葉の見た目が似ているということにはなりません。

    これを防ごうと思うと、「開」「閉」ではなく、「開」「不開」とすれば、まあ間違えることはないですが、なんじゃこりゃ、って話です。「陽性」「陰性」も「陽性」「非陽性」とすれば見間違いは減るにしても、違和感が半端ありません。

    どっかで見たことあるな、と思いましたが、ジョージオーウェル「1984」のニュースピークでした。あれくらい権力による統制で締め付けていたら、エレベーターの文字の見間違いでどうのこうの言う人すらいないでしょうけれど。

  • バッテリーも充電もネットワークも安易に借りるものではない

    最近はさほど大きくもない駅でも、モバイルバッテリーのレンタル自販機が設置されていることが多くなりました。スマホが外出先でバッテリー切れになって、事前にバッテリーを持っていなくて充電する場所もないということになると、そういうサービスを使わざるを得ません。

    急な雨に備えて折り畳み傘を持ち運ぶメンタルの持ち主であれば、普段からモバイルバッテリーやケーブル&充電器なんかもカバンに常備しているでしょうけれど、もしもの場合を気にしない人はいざとなったときに慌てることになります。

    ビジネスホテルでは、PCに接続するためのLANケーブルを借りることはほぼどこでも可能でしょう。部屋には有線LANポートが備え付けられています。モバイルデバイスのためのUSB充電器とケーブルの貸出も結構あるはずです。無線LANも同様ですね。

    ただ、こういったネットワークやケーブル、デバイスに接続する機器のレンタル元を全面的に無条件で信用するのも考え物です。ケーブルでつないだデバイス内の情報を抜き取ったり、ネットワークならそこでやり取りされるID・パスワードを傍受するのは比較的たやすいものです。

    携帯充電器によってデータを盗み見されるかも知れないという懸念は、最近の話ではありません。ガラケー時代にも各所に設置されていた充電器で実際に電話帳データを抜き取られた事件があったと記憶しています。

    ただ、今のスマホなどのデバイスでは連絡先どころの騒ぎではありません。各種サービスのアカウントやクレジットカード情報もありますし、仕事でも使っているのであれば企業秘密だって危険にさらされます。

    じゃあ何も安心できないのかというとそうとも言えません。自衛策はあります。

    ネットワークであれば、無料有料どちらでもWi-Fiサービスは利用せずに携帯キャリアのモバイル回線を使えば他人に傍受される可能性は大きく減ります。どうしても共有Wi-Fiを利用するなら、VPNを使うことです。問題はVPNも業者によってはまるっきり信用できず、むしろ危ない場合もあることですが、これは調べて警戒するしかありません。

    モバイルバッテリーの貸し出しサービスや、充電器の貸し出し・ケーブルの貸出については、利用しないことしか対策はありません。唯一、大丈夫そうなのは無線充電(無接点充電)です。無接点充電ならデータのやり取りは出来ませんのでその点は安心です。ただし、素性の分からない無線充電器というのもそれはそれでデバイスに余計なダメージを与えそうでやっぱり使いたくはありませんね。

    結局、レンタルせずに自分で何とかしましょうという結論に至りますが、充電器もバッテリーもケーブルも常に持ち運べるとも限りませんので、バッテリー持ちが良い機種が結局選ばれます。iPhone12 miniが嫌われたのはバッテリー持ちの悪さが原因でしたし。

    あとはネットワークですが、これも結局はキャリア回線の方がマシということになります。菅前首相が強引に推し進めた携帯料金値下げ政策によって、大半の国民は恩恵を受けられるはずです。安易に(ヤバいかも知れない)無料Wi-Fiにはつながないことですね。

  • 生きやすい時代なんて無い

    生きやすい時代なんてありません。その時その時で人によって変わるだけです。

    これまでの歴史上どんな時でも、まさかそんなことが、という事が起きてきました。この30年間の間だけでも、東日本大震災も阪神大震災も、911のテロも地下鉄サリンも、コロナ禍も狂牛病も、バブル崩壊もリーマンショックもありました。

    場所や時代に応じて、生きやすい人もいれば生きづらい人もいます。

    吉川英治の小説、私本太平記の最後の巻「黒白問答」の中に、
    「必ず朝は来ます。朝の来ない夜はない」
    という台詞があります。

    鎌倉幕府滅亡、建武の新政の混乱、そして南北朝の動乱に観応の擾乱と、何十年も国内が2つ3つに分かれて戦い続けている中での言葉として、吉川英治が描いたものですが、太平洋戦争を経た大作家の晩年を飾る名作の最後の名言でしょう。

    いつどこの時代でも
    「必ず朝は来ます。朝の来ない夜はない」
    と、そう思って、そう願って生きるしかありません。

    この現代のまさに今そのものが生きるのが難しい時代かどうかは人それぞれ違うかも知れませんが、少なくとも表現するのが難しい時代ではあるでしょう。

    ポリコレ的批判は当然のものでもありますが、とかく杓子定規で無理矢理難癖をつけるようなケースもあります。それを持って、今だけがかつてよりも表現規制が強まったと批判されることも多いですが、そもそも表現が完全に自由だった時代はそもそも歴史的にも地域的にもそんなにあるものでもありません。

    キリスト教・イスラム教の影響が強い時代や地域では宗教絡み、性風俗などは強い規制を法律や文化によって課せられます。戦後の日本は自由だったと思われがちですが、「チャタレイ夫人の恋人」「愛のコリーダ」「四畳半襖の下張」といった表現規制の事件がありました。

    表現そのものや、その表現への批判非難がSNSと結びついたことが現代の特徴です。SNSは表現への人々へのアクセスをほぼゼロ距離に縮めました。昔はお咎め無かったのになんで今はダメか、というと、ただ単に昔もダメだったけれど無視されていたか、批判の声が小さかっただけのこともあります。

    表現の自由と言っても、何をしても良いわけではなく、結局その表現の自由さは非難や罵倒として自分に跳ね返ってきます。

    生きるのが難しい時代、表現するのが難しい時代かも知れないですが、それを嘆いてもしょうがなく、文句言ってもしょうがない。もちろん、嘆いたり文句を言ったりしても良いですが、それで何かが変わるわけではありません。

    どんな時代でも生きるのが楽、表現が自由だった時代なんてほとんど無かった以上、それを踏まえていつの時代でも生きていくしか有りません。

    今に合わせて変化するしかないし、変化しないならしないでひっそり暮らすしかない。SNSもマスメディアも断って、仙人のような暮らしをすれば何も気にすることはありません。

    古代中国三国志の時代の末期から晋の時代にかけて、竹林の七賢という当時の知識人トップクラスの人たちが俗世から離れて隠者として暮らした事例もあります。7人のうちには政治家として栄達した人もいるので清貧の暮らしとは言えませんが、俗世を超越する暮らしは俗世そのものである社会や政治を批判することにもつながります。7人の中には処刑された人もいます。

    少なくとも今の日本においては、マスメディアもソーシャルメディアも使わずに隠遁していれば、政治や社会や誰か個人を批判したところで処刑されることはありません。それも一つの処世術でしょう。

  • 花粉とハウスダストとテクノロジー

    花粉症の季節がやってまいりました。幸いなことに私自身は花粉症ではないのですが、多分そのうち花粉症になるんだろうな、と若い頃から思いつつ長い年月が経ちましたので、もしかしたら死ぬまでかからずに済むかも知れません。

    花粉症の原因は色々言われていますが、戦後の国策だった杉の植林に加えて、道路がアスファルト舗装され、建物がコンクリート製になったこともあります。

    未だに花粉症になるのは軟弱だとか言う人がいるのかも知れませんが、アレルギーの発症はアレルゲンにどれだけ曝されているかが重要であり、花粉が舞い散る状況下にいるかどうかによって左右されます。

    昔は道路が舗装されていなくて、むき出しの土、あるいは砂利などでした。建物も木造家屋が多く、現代の木造家屋のような外側の化粧も無かったので、花粉が道や壁に付着した後は分解されるまで再度舞い散ることはなかったのですが、現代ではアスファルトやコンクリート壁に花粉が付いてもまた大気中に戻ります。

    似たような構図はハウスダストアレルギーにも存在します。

    日本の新築物件では、カーペット、じゅうたんにいるダニを嫌ってフローリングの床を好むようになりましたが、ハウスダストはダニだけが原因ではありません。ハウスダストにはホコリや花粉、PM2.5など様々ありますが、それらのハウスダストをフローリングでは固定化できません。ただ板の上に乗っかっているだけですので、人が動いたりエアコンの風が当たるだけですぐにハウスダストが舞い上がります。

    空気清浄機と掃除機がずっと動き続けているのならそれなりに減らせますが、一番のハウスダスト対策はカーペットやじゅうたんを敷くことです。その毛がホコリや花粉をキャッチして離しません。そのカーペットを掃除すれば、床も空気も綺麗になります。

    あとは、現在の家は非常に気密性が高くなりました。隙間風なんてもう死語になりつつあるのかも知れませんが、その代わり、意識的にしないと換気がされなくなりました。

    花粉症にしろハウスダストアレルギーにしろ、日本の建築物が本来は住みやすいように進化した結果、新しく生まれてしまった病気と言えます。だからといって、今さら舗装を剥がして土の道にして、コンクリート製の建物を禁止して、家庭内のフローリングを止めて隙間風が吹く住まいに戻すことなど出来ません。

    何らかの形で花粉やハウスダストを減らすか、人間側を薬や手術で耐えるようにするかしかないのですが、しようがないですね。

  • 素人が素人用を使わない自己責任

    YouTubeで、プロ用のものを使ってのライフハック的な、例えば掃除でもプロ用洗剤を使えば市販品よりもはるかに綺麗になる、という動画を見かけます。

    そりゃそうだろうというか、プロ用、業務用が効果が強いということは、その成分が一般市販品に比べて強力というか過激だからです。

    本来、そういった業務用の製品は専門家が専門的な知識が技術を生かして使うものであるので、素人が安易に使うと怪我や事故につながりかねません。一般人には過剰な性能・成分がある業務用は、分量や使い方を少し間違っただけで大変な事態を招く恐れがあります。

    逆に消費者用・一般用として売られている製品であれば、現在ではPL法を始め、消費者保護の法律や条令や業界の自己規制などによって、少々間違った使い方をしても大事には至らない程度の性能・成分になっています。だからこそそのトレードオフとして業務用よりも効果が低いのです。それに不満を感じて業務用を使うのは危険です。もちろん、事故が起きた時に自己責任として処理出来るのなら良いのですが。

    洗剤だけではなく、例えば処方箋が必要な薬と、ドラッグストアで売られている売薬とでは効果が全然違います。ドラッグストアで買える市販薬でも、第1類から第3類及び要指導医薬品に分かれています。素人が生兵法で成分だけを目当てにして、実際の症状や体質などに合わない薬を使うと、とんでもないことになります。まともにお店で買う場合は薬剤師に止められますが、いい加減なネット通販業者や、あるいはネットオークション(さすがに運営がチェックするでしょうけれど)で勝手に強力な薬物・薬品を手に入れるのは、場合によっては命に関わりかねません。おそらくはそこまでやる人は個人輸入に手を出すのでしょう。

    社会問題になりつつあるのが、寄生虫治療薬のイベルメクチンの個人輸入です。

    イベルメクチンは新型コロナの治療に効果がある、効果が無いという意見が、国でも医療機関でも医者でも一般人でも真っ二つに分かれてしまっています。特にワクチンを打ちたくない人が、イベルメクチンがあるから大丈夫!と言うケースもありますが、ワクチンの危険性は重視しながら、治験中で国内未承認のイベルメクチンはOKとするのがよく分かりません。

    私個人としてはイベルメクチンには否定的な感じを持っていますが、ただの素人ですので間違っているかも知れません。もしかしたら特定の状況のコロナ患者に、適切なタイミングで投与すれば効果があるのかも知れません。それは私には分かりませんが、イベルメクチン肯定派の人もほぼ大半は誰かの受け売りでしょう。

    イベルメクチンはドラッグストアで誰でも買えるような市販薬ではありません。使用を推奨している病院や医師の管理の下で、保険外適用で患者も覚悟と了解の上で投与するなら勝手にすれば良いと思いますが、素人が個人輸入して独断で使用するのは明らかに問題があります。

    自己責任原則はこういう時に適用されるべきです。コロナ禍によって困窮している人や仕事が無くなった人に対して自己責任だというのではなく、それは政府や自治体のセーフティネットでカバーされるべきものです。一般人が普通に生きているだけで困窮するなら自己責任ではなく、政府責任ですよね。

  • 一流のジョーク、三流のジャーナリズム

    今年の大学入試共通テストでは刺傷事件と不正事件の二つが起きた、ある意味歴史に残るテストとなってしまいました。どちらの事件に関しても、容疑者に対しての厳しい意見だけではなく、日本における学歴重視社会の問題を指摘する声があります。

    入試や学歴に関しての事件が起きる度の常套句ではあるのですが、そういう意見を発する側の有識者も、そういう意見を採り上げて世間に広めるマスメディアも、世間的平均から見れば羨ましがられる学歴の持ち主がほとんどであるというのは、なおさら学歴の問題が根深いものだという、グロテスクな現実を見せつけます。

    夕方5時台、6時台のニュースでこういう事件に絡めて日本の学歴社会に対して批判的な意見を放送しつつ、7時台からのゴールデンタイムでは「東大」「医学部」「早慶」という学歴を最前面に出し、学歴を連呼して褒め称えているクイズやバラエティ番組をガンガン放送して、そしてプライムタイムのニュース番組ではまた学歴社会を批判する、というテレビ局は、存在自体で渾身のジョークをかましているようなものです。笑えないジョークとしては一流だが、ジャーナリズムとしては三流でしょう。

    新聞社だって全てが東大出身ではないにせよ、有名大学からの入社組が大半です。入社試験でそれなりの問題を出したり、マニュアル化した面接を課したら、インプットとアウトプットに長けた有名大学出身者が入社試験で勝ち残るに決まっています。

    テレビにしろ新聞にしろ、「東大が全てじゃない」「学歴無くてもいいんだよ」とどの口が言うのかと思ってしまいます。そりゃあ少年革命家を名乗る少年だって出てくるでしょうよ。