平繁無忙の何でも書くブログ

  • コロナ三年目の夏

    新型コロナウイルスの感染が広がってから、3年目の夏が終わりを迎えようとしています。初期の頃ほどの、「これからどうなってしまうんだろう」感は無くなったものの、状況や症状を理解した上で、「これから感染がまだまだ広がるんだろうな」感は共通認識のようになってきました。

    現状の日本では感染が過去一番広がり、医療現場は大変厳しい状態が続いていますが、それでも政府や自治体による行動制限の依頼も行われず、マスクも熱中症予防として屋外では外すのが普通になってきました。

    このお盆では帰省ラッシュも3年振りとなりました。昨年はデルタ株の蔓延で帰省する人が非難されるくらいでしたが、もはや今では感染覚悟も何もなく、ただ移動するだけです。

    もう、2年半が経ち、コロナ禍3年目を迎えると、人々の感覚も麻痺と言ったら語弊があるかも知れませんが、コロナ感染に対して過去2年ほど怯えなくなった状況に見えます。

    石の上にも三年とは言いますが、それはたいていの人にとって、3年も我慢し続けることが出来ないからこそのことわざです。。3年間ずっと、マスクをして、会食もせず、遊びにも出かけず、帰省も旅行もしないという自主的な行動制限は、出来る人の方が圧倒的に少ないのでしょう。

    もちろん、「石の上にも三年」ということわざの「三」という数字は、「多い」という意味で持ち出される数字であって、具体的に3年間という意味ではないのですが、それでも3年という期間は非常に長いものです。中学生や高校生が入学して卒業するまでの期間そのものでもあります。

    2020年4月に、異常な入学式によって新中学生・新高校生になった人たちは、コロナ禍が収まらないまま、7ヶ月後には卒業式に臨むことになります。中年の自分にとっては長くも短くもない3年ですが、若い人にとっては失望と落胆の続いた3年だったのだろうと同情します。

    15年の人生における3年間と、45年の人生における3年間では、割合で言えば前者は20%、後者は6.7%です。中年のオッサンにとっては、将来振り返ったときに面倒な3年間だったなという印象で済むかも知れませんが、10代の貴重な3年間をコロナ禍に翻弄された若者にとっては、生涯忘れられない辛い3年間になるのでしょう。

    「三年目の浮気くらい大目に見ろよ」という歌詞がすぐに出てくるのは間違いなくアラフィフ以上なんでしょうけれど、三年目のコロナがまだまだ大目に見ることが出来るレベルになっていないのは残念なことです。

  • 良い愚か者か悪い愚か者か

    朝日新聞が少し前に掲載した、某大学の某先生の「ウクライナ降伏論」は結構波紋を呼びました。3月くらいには確かウクライナ降伏論自体を批判する記事を朝日自身が出していたはずなのですが、いつの間にか宗旨替えしていたようです

    ウクライナ文化というものは歴史的に存在しないのだから消滅させる、とプーチンもメドベージェフも公言しているのに、ウクライナが降伏した後のことを何も考えない言説をこの期に及んでも発表できるのは、先生も新聞も恐ろしいとしか言いようがありませんが、戦争を止めさせるためにはウクライナがどんな犠牲を払っても構わないという理屈は、何のために戦争を止めるのかを忘れている妄言でしかありません。

    戦争批判はもっともなことですが、戦争の原因を降伏しないことに求めてしまう理屈が生まれた原因に悩みましたが、もしかしたらかつての太平洋戦争時に日本で大空襲や原爆被害が起きた原因を旧日本軍や日本政府が早期に降伏しなかったことにあるのかも知れません。

    日本が早くに降伏していたら、沖縄の悲劇も空襲も原爆投下も無かったのは確かにそうでしょうけれど、全く同じ理屈を日本が侵略する側に置き換えても成立してしまうことまでは考えていないのでしょうか? 「中国が早期に日本に降伏していれば、盧溝橋事件も南京大虐殺もなかった」なんてことを公言したら大問題になるはずなのですが、ウクライナ降伏論はそれと同じ論理展開をしていることに気が付かないというのはなかなか良い根性をしていると言わざるを得ません。

    自分が降参したら相手が手を緩めてくれる、というのは度を超えたお人好しです。

    正直者が馬鹿を見る世の中はあってはなりませんが、お人好しは馬鹿を見る世の中はある意味当然です。お人好しは他人の悪意に鈍感で、悪事を誘発します。正直者であれば、悪いことをしている悪人に対しても反抗するはずなのですが。

    スティーブ・ジョブズはスタンフォード大学卒業式での演説で、
    「愚か者であれ」
    との言葉を残しました。良い意味で既成概念に捉われない愚かさを持てということです。そしてその言葉の前に、
    「本意でない人生を生きて無駄にするな」
    とも言いました。戦争はダメという固定観念から、プーチンに支配される人生をウクライナ人に求めることこそ、悪い意味での「愚か者」でしょう。

  • 旧統一教会と繋がっている議員を取るか取らないかという究極の選択

    参院選の直後には、改憲に必要な議席数まで確保した岸田政権は3年間国政選挙なしのため、派閥間のバランス感覚を保ち、上手く人事をすれば長期政権を築くことができるだろう、と思っていたのですが、旧統一教会と自民党議員との密接な関わり合いが次々と露わになり、予算や法案を楽々通す以前に苦しい政権運営が続いています。

    本来の保守派であれば、外国の新興宗教と密接な関わり合いを持つなんてことはあり得ないはずなのですが、昭和中頃における反共のための保守派の妥協と利益のために、岸信介から安倍晋三までの旧統一教会との関係性は、日本の一部の保守の中では当然のものとされていることにまあまあ驚きます。一気に批判一色になるかと思いきや、統一教会の何が悪いといった感じで擁護する保守層がいることは、保守内部での抗争につながらないのでしょうか?

    ともかく、この旧統一教会と自民党議員の関係性は、政権運営上で色々とダメージを与えています。もちろん、批判非難を徹底的に無視すれば、なんということもなく政権が続くのでしょうけれど、これまでのイメージとして周囲の意見に耳を貸さない感じとは異なりますので、そういうわけにもいかないでしょうし、メディアからの批判や、支援者(旧統一教会を除く)からも非難轟々でしょう。内閣支持率そのものが政権評価に直結するのではないにしても、低迷し続ければ選挙が近づくにつれて人も離れていきます。自治体の議会選挙や首長選挙にも影響しますから、地方組織からの突き上げも強くなるはずです。

    旧統一教会に関する処理を誤れば、長期政権も難しくなることは間違いありません。

    反対が多かった安倍元首相の国葬について強引に決定したのは、安倍派を繋ぎ止めて保守層の支持を確保するためという見方もありますが、ここまで旧統一教会と安倍氏に近い政治家との関係性が取り上げられると、岸田内閣にとって安倍派と一線を引くかも知れません。

    野党が望むような政権交代は、55年体制確立以降の歴史において、自民党が分裂か大量の離党者を出さない限りは起きたことがありません。93年の政変は小沢一郎やその他多くの議員が自民党を割って出て、日本新党・新進党・新党さきがけといった政党を作り、衆院選では第1党ながらも共産党以外の野党が結集して首班指名で細川内閣を実現しました。

    2009年の政権交代も、その前の衆院選で小泉首相が郵政民営化の反対勢力を潰したため、自民党自体が弱体化したことも要因の一つでした。

    今回の統一教会絡みで、「キレイ」ではない議員を強引に追い出してり、あるいはそこまでしなくても関連議員を軒並み冷や飯食いの状態にしたら、離党して新党結成を目論む連中も出てくる可能性もあります。

    旧統一教会と繋がりの強い議員を抱え込むと、安倍派による支持は得やすい代わりに、世間や支持層からの批判を岸田総理が一身に浴びることになります。その一方でそういう議員を切り離してしまうと、自民党が分裂に近い状態になりかねず、次の選挙で政権を失いかねません。

    安倍晋三暗殺という悲劇が究極の選択みたいな状況を政権に突きつけることになったのは、暗殺事件以上に令和時代における政界のターニングポイントとして、将来において扱われるようになり、歴史的には一連の事象として見なされるのではないでしょうか?

  • 自動生成AIに任せることと任せないこと

    自動で絵を生成してくれるmidjouneyが話題になったと思ったら、また今度は完全無料で生成するAIというStable Diffusionというサービスがオープンソースとして公開されました。

    自分でPCに環境を構築しないといけないので、有料のmidjouneyと結構上手く棲み分けられそうな気がしますが、どちらにせよ細部までこだわらない、タッチにを気にしない用途であれば、これらのサービスを使った絵で個人用途でも法人用途でも賄えるようになりそうです。

    日本ではそれより前から、いらすとやというビッグウェーブによって、イラスト業界がレッドオーシャン化していますので、今回の画像自動生成AIサービスが初めてのビッグインパクトというわけではないにしても、
    ・いらすとや
    ・midjouney
    ・Stable Diffusion
    の3つを使って簡単な漫画を作成するくらいのことまでは、その漫画自体の質を問わなければ、全く絵心がない人でも出来る時代になってしまいました。

    もちろん、漫画家、特にプロとしての漫画家の仕事が無くなるなんてことは思っていませんが、漫画家でもこれらのサービスを使って、仕事量のショートカットをする人は出てくるでしょうね。その時に非難されるか、上手くやったなと思われるか。どっちかというと前者のような気がします。

    しかし昔の話をすると、スクリーントーンの出現によって手書きで同様の表現をしなくなったのですし、背景を描くためのアシスタントを雇う漫画家(事務所)は珍しくありません。いずれは商業誌に掲載される漫画でも自動生成画像が使われ始めるでしょう。

    テキスト・文章はもっと早くに自動生成するAIが生まれています。まさか小説家がそういう自動文章作成サービスを使って書いていることはないと思いますが、AIが作成したショートショートでコンテストに応募したというニュースは以前見たことがあります。

    二次元上の表現は、文字にしろ絵にしろ最初から最後まで人間が逐一作成しなくても良い時代になりそうです。それが良いかどうかは人によって評価が分かれるでしょうけれど、人間がすることとコンピュータがすることが分業関係になっていくのでしょう。

    そもそも、産業革命以降、機械が得意なことは機械に任せることによって産業はおろか人類の文化・社会・経済が急速な勢いで発展してきました。アナログな機械に任せるのは良くて、デジタルなコンピュータに任せるのは良くない、という理屈も変な話です。

    人間が機械に任せている作業と同じくらい、創作物に関してAIに任せるようになるということは、AIにインプットする作業が人間に残される作業ということになります。

    0を1にするのが人間で、1を100にするのはコンピュータという分業になるのであれば、1を生み出すための人間の仕事となり、それに向いた教育・学習・訓練が数十年後には当然になるはずです。

    いわば、思考や行動という概念を無機物で割って、答え(=「商」)が生産物・創造物となり、残ったもの(=「余り」)が「人間らしさ」です。

    案外、なんでもスパッと割り切れてしまい、余りがないことの方が多くなるかも知れませんが、それはそれで人間のすることなんてそんなに大したものではないということでしょうね。

  • ガーシー議員の行方行く末

    東谷義和氏いわゆるガーシー氏が、ネット上での暴露をするだけではなく、参院選立候補、そして当選ということになって、脛に傷のある地位がある人は誰もがビビっていたかも知れませんが、安倍元総理暗殺犯による旧統一教会言及によって、政界もマスメディアも一気に旧統一教会とのつながり一色になってしまい、ガーシー氏の暴露に大半の人が関心を持たなくなってしまいました。

    規模の大きさを考えると、旧統一教会関係のネタはそうそう尽きるとは思えません。AOKI・電通・東京五輪の不正問題が一気に逮捕まで行きましたが、これもいわば安倍政権・自民党批判にもつながっています。

    この「世間的に注目されていない」状態において、ガーシー氏の方で我慢が出来るのかどうか分かりませんが、暴露によって注目を浴びて動画の再生回数を稼ぐというビジネスモデル(もしかしたら存在意義かも知れませんが)が成り立たなくなると、新しい手を打ってくるでしょう。

    その一つが有料のオンラインサロンなのでしょうね。月額3980円だそうですが、もともと暴露動画の視聴者層が中高年男性らしいので、この辺の価格設定なら払う人が結構いるのではないかなと思います。ただ、これが当人が求めるほどの売上利益を上げるかどうかは微妙な気もします。

    ああいう暴露好きな視聴者層が遵法意識や人並み以上の倫理観に満たされた人たちとも思えませんので、サロンで暴露された情報をYouTubeやアフィリエイトブログで勝手に転載しちゃうんじゃないでしょうか? その対策を立てていたら別ですけれど。

    また、そもそも暴露って不特定多数の人々に一気に認知されないと、暴露される側のダメージにつながりません。いわば暴露される側がビビらなくなると思うのですよね。閉鎖された環境で暴露されても、暴露される人の支持者にまで知られなければ地位・名誉・財産を失うことはありません。サロンはあまり上手く行かないんじゃないでしょうか?

    サロンで儲けられなくなると、議員報酬も重要な資金源となりますが、暴露による破壊力が減ったガーシー氏と、NHK党の立花党首との間で、議員歳費等の按分でもめることはないのでしょうか? 双方が相手に対して「もっと寄越せ」ということになれば、金の切れ目が縁の切れ目になります。

    それこそ、立花党首の暴露ネタを仕掛けてくる可能性だってあるでしょう。そこまで泥沼化すれば議員除名も現実化するでしょうし、さらに他の政治家の暴露に派生していくでしょう。

    除名が決まったらガーシー氏としては日本ですることも無くなってくると思うのですが、どうするのでしょうね?

    いっそのこと、日本と関係性が良くない国に亡命する手もありますね。亡命申請が受理されるかどうかは知りませんが。

    アメリカ政府の暴露をしたスノーデンや、ウィキリークスのアサンジみたいな生き方になるかも知れません。志や経緯は彼らとは丸っきり異なりますけれど。

  • 片野坂ガンバと伊藤ジュビロ

    8月中旬に、J1リーグの18位ジュビロ磐田、17位ガンバ大阪で相次いで監督交代がありました。

    ジュビロは伊藤彰、ガンバは片野坂知宏という他クラブで良いサッカーをしているという評判のあった指導者を招聘して臨んだ2022年シーズンでしたが、どちらも前契約クラブで示したようなサッカーを構築することが出来ず、相次いで更迭される結果となってしまいました。

    伊藤氏、片野坂氏ともにJリーグでのプレー経験があり、複数のクラブでのコーチ経験を経て、前者はヴァンフォーレ甲府、後者は大分トリニータで監督に就任し、そこで見せたサッカーによって、いわば「引き抜かれた」格好でしたが、開幕から成績が低迷して、クラブも解任せざるを得なくなりました。

    私自身はガンバのサッカーはずっと観てきていますが他クラブはそれほどではありませんので、ジュビロ磐田での伊藤前監督がなぜ失敗したのかという考察は、他者の見当に頼らざるを得ませんが、片野坂ガンバと共通するのは主軸選手の不在(ガンバは宇佐美・東口の怪我、ジュビロはルキアンの移籍と杉本の不振)と、前のクラブではJ2やJ3で時間をかけて作ったチームをJ1では築くことが出来なかったことでしょう。

    ただし、この夏のクラブによるバックアップではその2クラブは明暗分かれました。

    ジュビロの補強は左SBの松原だけでしたが、ガンバの方は鈴木武蔵、食野、山本(ただし怪我)、ファンアラーノと前目の選手を補強しました。この点では、伊藤前監督は羨ましく思っていたかもしれません。

    詳細なサッカー戦術について私には分析も語る言葉も持ち得ませんが、伊藤・片野坂両氏のやりたかったことというのは、十分な準備や前年までの蓄積がないクラブをJ1で勝たせるまでには短時間で叩き込めるものではなかったのでしょう。逆に言うと、この両氏へのオファーはJ1クラブからは来なくても、J2・J3からはまたあるでしょう。そしてまたトップカテゴリーに挑戦してくることを期待します。

    さて、残るジュビロ磐田とガンバ大阪は、共に厳しい残留争いが続きます。監督交代後の初戦ではどちらも勝ち点を得られませんでした。残留出来るかどうかはもう現有戦力での戦いしかないわけで、解任ブーストもありません。そして残留したとしても来シーズンも理想のサッカー構築までには相当な距離があることも変わりません。

    残留争いあるあるなのでしょうけれど、多くの課題を抱えるチームが残留争いしていると、一度J2に降格してやり直そう、という意見を言う人がいます。負けが込みすぎると冷静な判断ができなくなるのはしょうがないのですが、降格してやり直すと言うのは選択肢としてあるのではなく、単純な結果として突きつけられるだけのものです。自ら選ぶものではありません。

    また、そもそもJ2に降格してから、1年で復帰できると思っている時点で問題があります。ガンバで言えば、2012年に降格が決まり、すぐに長谷川健太監督を招聘して攻撃力を維持しながら守備を整えてJ2優勝して復帰、そして2014年の三冠に繋がったので、降格やJ2での戦いにそこまで悪いイメージを持っていないのかも知れませんが、ガンバもJ2も10年前とは全く異なります。

    リーグ最多得点&得失点差プラスで降格したガンバだったからこそ、守備の整備に専念できたとも言えますが、今の攻撃も守備もボロボロのガンバが降格してからやり直すには相当な時間とリソースが必要です。

    今のJ2を新しいサッカーを構築しながら2位以内に食い込める保証などどこにもありません。J2でも時間のかかるサッカーをしていると、まかり間違えば「J2でも残留争い」をしてしまう可能性も出てきます。J2で失敗するとJ3に落ちるのです。

    大分トリニータはJ1でナビスコカップ優勝した後にJ2に落ち、一度J1に復帰したもののJ2降格、そしてJ3降格したところで片野坂監督が就任したのです。

    別に安易に「J2からやり直そう」と言う人なんぞいないでしょうけれど、今のJ2の混沌さと複雑さを見ると、冗談でも言う気にはなりません。

    ジュビロ磐田も多分同じだと思います。ガンバよりも1回多い、2度のJ2降格を経験し、それぞれで昇格まで2年かかった磐田の方が、ガンバよりもJ2の厳しさを味わっています。

    どちらのチームも、降格したらヤバいと思っている割には最終手段に踏み切るのが遅くなってしまいました。少し早めに手を打った神戸と清水が浮上しているのを見ると、「時間は有限」であり、「時間は貴重」であることを思い知らされます。

  • ガンバ大阪は攻撃サッカーであるべきなのか

    今回の片野坂監督更迭、松田コーチ昇格という事態を受けて色々思うところはあります。シーズン中の監督交代は、私がガンバの試合をよく見るようになった2000年から数えると、
    2001年 早野→竹本
    2012年 セホーン(ロペス)→松波
    2018年 クルピ→宮本
    2021年 宮本→松波
    2022年 片野坂→松田
    と5例です。この5年で3回あったという時点で気が遠くなりそうですが、それより何より、先日の小野社長・和田取締役が記者会見で、「攻撃的なサッカー」を目指すと言及していました。

    これは世間的にもクラブ内部でも、ガンバと言えば攻撃的なサッカー、というイメージが浸透している証拠なのでしょうけれど、果たしてガンバ大阪の歴史から見て、ガンバ=攻撃サッカーと言えるのでしょうか?

    これまでのガンバの歴史の中で、攻撃的なサッカーをして、なおかつ成績が良かったのは西野時代のみです。クゼ、早野、長谷川、宮本といった指揮官の下でもリーグ戦で上位になりましたが、いずれも堅守速攻タイプのサッカーです。

    もっと細かく見ると、ガンバがタイトル獲得もしくはリーグ戦で優勝争いしたり5位以内だったシーズンは、
    1997年
    2000年
    2002年
    2004年
    2005年
    2006年
    2007年
    2008年
    2009年
    2010年
    2011年
    2014年
    2015年
    2016年
    2020年
    この15回です。このうち、2002年〜2011年の西野時代が9回を占めています。それ以外に上手く行ったと言えるシーズンはどちらかというと守備的なサッカーが功を奏した時でした。

    これはもはや、ガンバ大阪が攻撃サッカーだったのではなく、西野ガンバが攻撃的なサッカーをしていただけと言うべきでしょう。

    何がガンバの本来のサッカーなのか

    何のために攻撃的なサッカーを志向するのか

    勝つためか

    客を呼ぶためか

    勝つための攻撃的なサッカーということであれば、西野時代以外ずっと失敗し続けています。監督や選手に割くお金がないクラブではありません。それで失敗し続けているのですからクラブとしてのフィロソフィーや方法の問題でしょう。

    客を呼ぶための攻撃的なサッカーということであれば、攻撃的なサッカーをしていれば負けても客が来ることが前庭にならないといけません。しかしもしそれがためにJ2に降格してしまったらどうなるでしょう。降格しても今と変わらずサポーターがスタジアムに来るのであれば、選択肢になり得るかも知れませんが、実際はそうはなりません。

    J2で戦った2013年シーズンの観客動員数1万2千台で、前後の2012年・2014年の1万4千台と比べて明確に下がりましたし、西野時代後半の1万6千〜1万7千だった頃を思えば昇格直後にも影響が残ってしまいます。

    何のために攻撃的なサッカーを志向するか、そのためには何が必要か、それを実行するために何を犠牲にしなければならないのか。

    攻撃的なサッカーを実現して成績も良いクラブと比較して、今のガンバには足りないものが多く、すぐに実現するとは思えませんし、攻撃的なサッカーをクラブ上層部が口にするのが本当に適切なのかという疑問が残ります。

    川崎フロンターレの鬼木体制での数々の栄光は、風間時代の雌伏の時があってこそでした。タイトルを狙いつつ長期的強化を見越してセレッソは風間八宏を迎え入れたわけですが、今のガンバはどこまで先のことを見ているのか。個人的には短期的にも長期的にも不安が期待を上回ってしまっています。

  • 2012年のガンバ大阪と、2022年のガンバ大阪の比較

    片野坂監督解任後、松田監督就任後で最初の試合となった、昨日のサンフレッチェ広島戦では、ガンバが早くに先制し、すぐに追いつかれるもまた勝ち越して前半は1点リードした展開でしたが、後半に力尽きて4失点。5−2と大敗してしまいました。

    今年最多の5失点試合が、守備で鳴らした松田監督の初戦で起きたのは皮肉ですが、試合展開としては今年何度も繰り返し見てきたものでした。

    リーグ戦序盤では、磐田戦・京都戦・清水戦と内容が悪いながらも最後に何とか追いつくということがありましたが、それ以降は後半の失速具合が半端ありません。

    後半に失点して勝っている試合が引き分けに持ち込まれたり、同点の状況から敗戦に至ったりするケースが、
    リーグ戦では
    第3節 川崎フロンターレ
    第9節 湘南ベルマーレ
    第14節 セレッソ大阪
    第16節 サガン鳥栖
    第17節 横浜F・マリノス
    第18節 コンサドーレ札幌
    第19節 浦和レッズ
    第20節 湘南ベルマーレ
    第22節 セレッソ大阪
    第23節 京都サンガ
    第26節 サンフレッチェ広島
    上記試合で後半失点して勝ち点を失いました。第14節以降の酷さが際立ちます。

    10年前、2012年シーズンでも似たような試合展開は多くありました。
    2012年のJ1リーグ戦ですと、
    第2節 セレッソ大阪
    第10節 大宮アルディージャ
    第11節 ベガルタ仙台
    第13節 サガン鳥栖
    第14節 浦和レッズ
    第18節 横浜F・マリノス
    第19節 ヴィッセル神戸
    第25節 アルビレックス新潟
    第28節 ベガルタ仙台
    第30節 サンフレッチェ広島
    第33節 FC東京
    第34節 ジュビロ磐田
    と12試合で後半の失点で勝ち点を失っています。今年は既に11試合で同様の展開があったので、あの時よりも後半の辛抱が出来ていないと言えます。

    2012年のガンバは17位で降格しながらも得失点差プラス、総得点リーグ1位というハチャメチャなチームでしたから守備の我慢が出来なかったのも無理はありません。

    しかし2022年のガンバは攻撃も守備も出来ていません。

    10年前はリーグ後半戦だけで見ると勝ち点は全体の4位で、かなり盛り返したのですが激しい残留争いの結果、17位での降格でした。前半、特に開幕直後の失敗が最後まで尾を引きました。セホーン・ロペス体制から始まったシーズンでは、キャンプ時のスタミナ作り不足、約束事リセットが最後までたたりました。引き継いだ松波監督が西野時代の攻撃力は復活させましたが守備は取り戻せず、降格してしまいました。

    さて、こうして比較すると、今年のキャンプはどうだったのかなと思います。後半の動け無さを見ると、体力不足を感じざるを得ません。それ以外にも東口の怪我、宇佐美の怪我、コロナ陽性者によってメンバーのやり繰りが難しかったりと、色々苦戦の理由となる原因はいくつもありましたが、逆に、ACLがあった昨年ほどの過密日程でもありません。

    今いるメンバーが守り切るのに向いていないということもありません。大半の選手は宮本体制下で2020年に2位になった、後半しっかり粘り強く守れていたチームから続いてプレーしています。

    さらに言うと、今年のガンバにはチーム内でのガバナンスに問題点があるのではないかと疑念を持ってしまいます。

    5月の大阪ダービーでの昌子とペレイラの揉め事はその象徴です。それ以外にも見ている試合で片野坂監督の交代意図を理解出来ないことも多く、選手自身が戸惑って何も出来ないような試合も何度も見てきました。

    この辺は私の単なる感想なので、ダービー以外の証拠はありませんが、先日の片野坂監督更迭時に小野社長と和田取締役の会見とその一部報道において、強化部はある段階で監督解任に踏み切ろうとしたが社長が一旦止めたという記事もありました。そうだとすると強化部の仕事に社長が踏み込んだことになります。

    クラブ内での強化部以上の組織としてのガバナンス、命令系統、意思決定の権限に関して、果たして今のガンバ大阪は正常なのでしょうか?

    正常だったらこんな状態にはなっていない、というのがその回答になるのでしょうけれど、問題は今年残留しても降格しても、そのガバナンスが正常化するとは限らないということでしょうね。

  • 資格試験のために100円ショップで腕時計を購入

    某資格試験を受けることにしまして、当然ながら試験中の時間を確認する必要があります。

    現在、私はApple Watchしか時計を持っていないのですが、これまた当然ながら試験時にApple Watchなど通信や計算可能な時計を持ち込み可能な資格試験などもまず存在しません。

    ということで時刻表示以外の機能が無いシンプルな腕時計を改めて購入する必要が出てきたのですが、試験のためだけにちゃんとした時計を買うのももったいないと思い、とりあえず100円ショップでないかと調べてみたらいきなりダイソーで見つけました。

    ダイソーでも最近は300円や500円する商品も多く、その程度の金額でも良いかと思っていたのですが、この時計は正真正銘100円でした。

    開封して裏はこんな感じ。

    そして時間をセットして見ましたが、さすが100円といったところでしょうか。表面に傷が最初から付いています。

    デフォルトで傷防止フィルムでも貼られているのかと思って剥がそうとしたのですが、余計に傷が付いただけでした。チープカシオの偉大さを改めて知りました。あれはちゃんとした時計です。

    ともかく、一応Quartzと書いてありますから、一時間で何分もズレるわけがないだろうし、とりあえずの利用としてはこれでいいかと思っています。

    しかし、Apple Watchみたいに露骨にスマートウォッチ感を出しているのなら確実に試験会場で見とがめられるでしょうけれど、普通の時計っぽさ満開のスマートウォッチもたくさんあります。

    それに対して双方向のやり取りをしてカンニングしようとしたらやっぱりバレるでしょうけれど、一方的に外から協力者がそのスマートウォッチに対して、例えば数学の公式や法律の条文やその試験での重要なキーワードを送信し続けて、スマートウォッチ上で通知として表示し続けたら、意外とカンニングが出来てしまうのではと思ってしまいます。

    試験管が時計を見るだけでスマートウォッチかそうでないかを判別できるわけもありません。まあ、時計を頻繁に見続けていたらバレるでしょうから、結局普通のカンニング摘発と同じく、受験生が不審な動きをしているかどうかで見極めるのでしょうけれど。

  • 動画配信サービスをまとめるプラットフォームが生まれるか?

    ウォールストリートジャーナルで動画配信サービスの苦境が伝えられていました。

    https://jp.wsj.com/articles/streaming-services-deal-with-more-subscribers-who-watch-cancel-and-go-11660629065

    コロナ禍によって巣ごもり生活を強いられる人々が無聊を慰めるためにサブスク動画配信サービスが成長したと言われていますが、コロナ対策の各種制限が諸国で撤廃される中、サブスクリプションの整理を人々がし始めるのも当然のことです。

    自分が見たい動画というものは誰もが大量にあるわけでもなく、見たいものを一通り見て、見たいものが無くなった配信サービスは解約するというのも当然のことでしょう。

    インフレとか景気悪化などが一つの理由ではあるのでしょうけれど、そもそも使わないものにお金を払い続ける方が非合理的であり、使わないものは使わないという行動を消費者が取り始めたら、企業側が苦境に陥るというのもむしろ変な話です。配信サービス企業にしてみたら、消費者は一度契約したらいつまでも課金し続けてくれるものと思っていたのでしょうか?

    契約者が離れて業績が悪化したサービスが、コンテンツを強化したり時限的な割引プランでまた顧客を掴もうとするのは良くあることでしょうけれど、それも結局は時限的な業績向上にしかつながりません。

    本当にそのサービスを好きで気に入っていて応援しているような、長期契約者にとってのキャンペーンなどは存在しません。新規顧客や再契約を増やすための施策ですから、これまでずっと契約している人にメリットはありません。

    どこかで聞いたような話ですが、携帯電話会社の長期契約者と新規契約&MNP利用者との関係性と似ています。ずっと使い続ける人は、汚い言い方ですが「養分」ということになります。釣った魚に餌をやらないのは携帯電話会社も動画配信サービスも同じです。

    さらに、動画配信サービスは簡単にネット上で解約できます。携帯電話の比ではありません。解約しようと思った数秒後には解約可能なのです。

    ケーブルテレビや衛星放送だと、工事費用を掛けて契約して、さらに解約時に撤去費用もかかるということになると、解約自体が及び腰になってダラダラ契約し続ける人も結構いたはずですが、動画配信サービスはただインターネット経由で見るだけですので工事も撤去も関係ありません。すぐに解約できます。

    そうなると、コンテンツの魅力、豊富さを供給し続けるか、ずっと支払い続けていても構わない程度の金額にするかしかないのですが、動画配信サービスも乱立してきて、コンテンツの奪い合いは激化しています。私が使用しているDAZNにおけるサッカーなどもまさにその格好の例です。私は全然見ませんが、ドラマ・映画の世界でも多分同様なのでしょう。

    とはいえ、配信サービス側が簡単に値下げするわけにもいきません。値下げして利用者が増えてカバー出来ればマシですが、増えなければ単純に売上・利益が減ります。株主からそんなことが許されるわけがありません。

    一消費者としては、単純に複数のサービスをそのまま支払うのは大変です。単なる割引・値下げによる消耗戦ではなくて、配信サービス業者間でカルテルにならない程度に協力して、複数サービスをまとめて安く契約できるようになってくれませんかね。

    それか、コンテンツを契約するのは配信サービス企業で、配信プラットフォーム自体は共通にすることで安くするとか、コンテンツだけを細かく契約できるとか。

    ちなみに同じウォールストリートジャーナルにて、こんな記事もありました。

    https://jp.wsj.com/articles/youtube-advances-plans-for-streaming-video-marketplace-11660347981

    YouTubeが配信サービスにとってのプラットフォームになる時代が来るかも知れません。

    しかし、一つのプラットフォーム上で複数のチャンネルを見られるというのは、よくよく考えたらこれってケーブルテレビと同じ理屈ですね。今の動画配信サービス乱立は過渡期であって、時代が進めば収まるところに収まるのでしょうか?

  • 献血者を増やすには

    先日、献血不足ということもあって成分献血ではなく全血献血してきましたが、会場は日曜の午後だとさすがに混んでいるのですよね。梅田のような場所だからこそかも知れません。もう少し人の少ない地域ですとまた違っているのでしょうか。

    ともかく、コロナ禍以前でも不足しています、という呼びかけはちょくちょくありましたが、コロナ禍によってさらに不足するケースは増えたのでしょう。献血事業は日本赤十字社の独占事業でもあるので、実際にどこまで本当かは分かりませんし、この辺はあまり突っ込んだらいけない部分なのかも知れませんが、本当にどうやっても血液不足の事態が長期化するのであれば、赤十字だけでなく、厚労省や地方自治体も動くでしょう。

    とはいえ、具体的に献血者を増やす方策としても、
    (1)献血者へのインセンティブを増やす
    (2)献血可能な人を増やす
    しかありません。

    (1)については、今でも色々プレゼントがあります。私も結構もらってきましたが、ぶっちゃけ、現時点で献血に興味が無い人を大量に呼び込もうとおもったら、かなりプレゼントを豪華にする必要があるでしょう。そうなるとその費用も馬鹿にならないでしょうし、だからと言って日本赤十字社が赤字を出すかというとそんなわけはなく、結果としては血液製剤や輸血に関する費用が高くなって、最終的には国民が支払う健康保険料と税金に跳ね返ってきます。

    社会貢献活動への見返りとして、金銭ではない形で公的なメリットを増やすというのも一つの手でしょう。運転免許試験場にも献血会場がたいてい設けられていますが、例えば、全血献血すると違反点数を1点減点するとか。あるいは、年1回以上、献血した人の住民税の控除額を増やすとか。

    献血できない人にとって不公平だ!という批判も生まれるでしょうけれど、本当に献血不足になってきたら不公平どうのこうのを言っていられる状況ではないでしょう。中国で実現している、市民スコアのようなものに近いでしょうか。良いことをしたらメリットがある、ということを政府がやるのは、1984的なディストピアっぽくはありますので、拒否反応も結構出るでしょうけれど。

    (2)については、単純に今後ずっと献血可能な人は減り続けます。若い人が減っていくのですから。献血基準で様々な制限が存在しますが、それを一部緩和すれば、献血可能な人は増えます。

    https://www.jrc.or.jp/donation/about/terms/

    https://www.jrc.or.jp/donation/about/refrain/

    もちろん、献血者や輸血を受ける人、血液製剤などの安全性を最優先するのは当然なのですが、海外旅行先の経験についての規制を緩和するか、タトゥーについての制限の緩和、女性の場合の制限の緩和(100mlなど少量での献血可能にするとか)、高年齢での献血可能にしたり、あるいは年間回数、献血間隔の制限を健康が確認出来た人だけ緩和するとか、献血しても問題ないと個別に判断出来た場合にのみ、特別に献血を認めるような形であれば、大きな被害は出ないでしょう。

    こういった社会貢献は誰かに対して強制的に義務付けるわけにはいきません。非人道的な国家であれば、囚人、少数民族、貧困層を動員してくるかも知れませんが、日本でそんなことなどあり得ません。あくまで自発的意思により、健康被害がない形で献血を募らねばならないので、それが恒常的に不足してくるのであれば、国家政策としての何らかの優遇措置はいずれそのうち出てくるでしょうね。

  • ガンバ大阪監督交代を受けて1人のサポーターとしての感想

    ガンバ大阪の片野坂監督が解任され、松田コーチが昇格となりました。

    https://www.gamba-osaka.net/news/index/c/0/no/13978/

    ついに来るときが来たかとは思いますが、むしろそれ以上に
    「今さら?」
    という感覚もあります。私自身の感情としては、7月16日の大阪ダービーであまりに無念な逆転負けを喫したときに、これで監督を代えないなら強化部は降格してでも片野坂体制で行くのだな、と覚悟しました。そしてその後のPSG戦、京都戦、清水戦と続いてきて、そ今、交代するのですから正直意味が分かりません。

    昨年に引き続きシーズン中での成績不振による監督交代となりましたが、それが不名誉だのどうのこうのというレベルではありません。直近の5年で4回残留争いしているのですから、今のガンバ大阪はその程度のクラブです。

    それよりなにより、片野坂氏が既にチーム内でのガバナンスを持っていないのではないか、という感じはずっと前からしていました。それを強く感じたのは、6月26日のアウェイ札幌戦でした。スコア自体は1−0ながら、ガンバのチャンスは少なく、守備はズタズタで、選手交代の意図も感じられず、選手がどうやって動けば分からないように見えました。

    監督がチームを掌握できていない状態なのではないか?とその時はかなり疑問に思いましたが、3日後の広島戦で前線に入れた坂本が躍動したこともあって2−0と快勝して、個人的には混乱しました。次の浦和戦でも最後にPKで追いつかれたものの前半は非常に良い内容でした。

    しかしそこから、湘南、川崎、鹿島に負け続けて件の大阪ダービーでの敗戦と続きました。

    同じ展開は5月にもありました。5月8日の神戸戦では中村仁郎ら前線を入れ替えて臨んで快勝、続く柏戦でも勝利して、消化試合のルヴァンカップを挟み、5月21日の大阪ダービーで3−1と惨敗。続く鳥栖、マリノスにも負け続けました。

    今年のガンバはたまに良い内容で勝ってもそれが続かず、低迷してから選手ややり方を変えて良くなったと思ったらそれが続かずまた負け続ける、の繰り返しでした。

    開幕前の東口の怪我、開幕後にも宇佐美が怪我、そしてコロナ陽性続出によりユース所属の南野・桒原を使わざるを得ない選手事情もありました。その点は監督の責任ではありません。ただ、あまりにも負けすぎましたし、武蔵・食野らを補強してもそれが効果的にならなかったという結果が厳然と存在します。監督にも責任はあります。それを受けての監督交代というのは仕方ありません。

    しかしそれよりも、J1でも上位の予算を誇りながら、この5年で4回残留争いしているチーム成績に対して責任を取るべき人がいるはずです。それで選手層が薄いなら補強が下手くそということですし、補強した選手が活躍しないなら取る選手を間違っているのです。

    今シーズンは残り10試合、松田監督に運否天賦のような状況になってしまいました。目をつぶってエイヤーと走るしかありません。ここから抜本的なチーム改革などしている場合ではないでしょう。

    ただ、運良く残留できたとしても、クラブの上の方も人を変えるか方法を変えるかしない限り、また来年も残留争いすることは目に見えています。

    クラブの幹部が、ガンバが毎年残留するのが精一杯な程度のチームで満足しているなら変わらないでしょうけれど。