平繁無忙の何でも書くブログ

  • マーシャルプランならぬコロナプランがもたらす新冷戦

    地域・大陸として現時点では一番多くの国で新型コロナウイルスの被害が広がっているヨーロッパでは、少しずつ収束に向けて進んでいますが、破滅的なダメージを受けた各国経済を建て直すための方策が検討され始めています。

    仏独がコロナ復興基金提案、5000億ユーロ 返済義務なし
    https://jp.reuters.com/article/france-germany-idJPKBN22U2UV

    欧州委、約90兆円の景気刺激策を提案-共同債で資金調達へ
    https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-05-27/QAZH6LDWX2PW01

    かつて、リーマンショックやギリシャ財政危機など厳しい経済状況下にあってもEUにおける共同債は導入されませんでした。EUという巨大経済圏が成立してから、ドイツのようにその恩恵を受けて好況が続いていた国にとっては、他国の債務の肩代わりをしかねない共同債は邪魔者でしかありませんでした。厳しい財務規律を保っているドイツや一部の国にとって、放漫財政で破綻寸前になったギリシャなどの南欧諸国の手助けをする義務はない、という考えがありました。

    ドイツにしてみれば、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間、いわゆる戦間期において、賠償支払いのためでもありますが財政危機に陥りハイパーインフレが起きたことで、結果的にナチスドイツの台頭を招いてしまったというトラウマがあります。戦後の西ドイツの歴史は財務規律を保ってきた歴史でもあります。

    しかし、今回の新型コロナウイルスによる大ダメージは、そんなドイツなどの考えを吹き飛ばしてしまいました。

    そもそもドイツ経済の好調さも、EU域内における安価な労働力を手軽に調達できることと、無関税でEU域内の数億人にモノを売れることが大きな要因でもありました。

    そのEU経済圏そのものが沈没しかかっている以上、ドイツとしては動かざるを得なかったのでしょうし、今回のコロナウイルス対策で支持率が上がったメルケル首相が主導で動きやすい状態だったのは、EU全体にとっても幸いでしょう。

    まだこのヨーロッパにおける復興基金がまとまるかどうか分かりませんが、まとまれば第二次世界大戦後にアメリカがヨーロッパの復興のための援助として実施したマーシャルプランのようなものになるでしょう。

    マーシャルプランはソ連の影響力を排除する目的もありましたが、今回のコロナ復興基金は中国の影響力を排除することにもなります。中国はそれに対して、アジアとアフリカへの援助で対抗するでしょう。米中間の争いもありますので、欧米対中露とその同盟国たちという新冷戦も考えてしまいます。ただ、20世紀のような物理的な遮断はこのグローバル化した世界ではあり得ません。お互いに非難や無視をしつつ、経済のやり取りは続ける形となって、家庭内別居のような関係性になるのではないでしょうか。

  • 政府によるSNS規制はどこが問題でどこまで可能か?

    インターネット上の有害な、テロや児童性的虐待と関連すると見なしたコンテンツコンテンツを通報から1時間以内に削除するよう、ソーシャルメディア企業などに求める法律が可決されました。期限を守れなかった企業には最大で売上高の4%の罰金が科されます。

    これは安倍内閣によるSNS規制でもなく、トランプ大統領によるSNS規制でもありません。自由・平等・友愛を掲げる「人権国家」フランス政府で先日成立した法律です。

    フランス、有害コンテンツ「1時間以内の削除」を企業に義務付け 2020年05月15日
    https://www.bbc.com/japanese/52671887

    当然ながら表現の自由の観点からの批判もありますし、このような規制に耐えうるのはコンテンツ自動削除システムを備えている巨大IT企業しかないという問題もあります。

    このような規制が日本でも検討されて始めたことで、安倍内閣が恣意的に政権に批判的な書き込みを制限させるという懸念がリベラルから上がっています。そりゃそうなんですが、それを言い出したらメディアへのあらゆる法律がそうなってしまいます。それこそ、前述のフランスと同じ内容の法律が出来たとしたらどうでしょうか? そんな法律は許さない、ということであればフランス政府にも同様の懸念を抱くはずです。そうでないとしたら法律の問題ではなく政府・国民・メディアの性質や歴史の問題ということになります。

    ちなみにネット上の投稿規制について去年の記事も見つかりました。

    仏議会、ネット上のヘイト投稿規制を法制化へ 2019/7/5 9:40
    https://www.nikkei.com/article/DGXMZO46990250V00C19A7EAF000/
    法案全体の採決は9日に予定されている。ドイツではすでに同種の法律が施行されている。

    リベラルの心のよりどころのはずのドイツでも施行されています。ドイツもフランスも移民問題を抱えています。だからこそこのような法律の必然性があるのだと思います。

    TwitterもFacebookもWhatsAppもSnapchatもInstagramもアメリカのものであってヨーロッパがコントロールできないものだから、ということもあるでしょう。

    業界団体や個別企業での自主規制がどこまで進むかにもよりますが、規制をしすぎて使いづらくなったサービスは衰退に直結するでしょうから、企業側は規制による罰金と売上減のどちらを取るかの究極の選択を迫られます。規制が緩い新興ウェブサービスに利用者が流れて行く可能性もあります。

    そのサービスが全く別の国、特に西洋社会と価値観を共有していないような国にある企業が運営しているとすれば、そもそもどうやって規制するか、という問題もあります。それこそ対立している国の企業に対して厳しい課徴金を課したところで無視されるだけです。自動車やスマホのような現物なら輸入をストップ出来ますが、ウェブサービスを国境で遮断するとしたら、それこそ思想の自由の侵害とのジレンマが生まれます。

    別のnoteにも書きましたが、捨てアカによる投稿を止める術はありません。フランスの今回の法律をSNS各社がどのように運用していくのかを見てから、日本での法制か議論を進めても良いのではないでしょうか。

  • コンテンツに織り込まれる未来のウェブ広告

    GoogleがGoogleChromeでの表示において、重すぎる広告をブロックすると発表しました。

    Chromeブラウザ、“リソース食い”な重い広告のブロックを8月末から開始
    https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2005/15/news054.html

    ・4MBを超えるネットワーク帯域幅を消費する
    ・任意の30秒間のCPU使用時間が15秒を超える
    ・合計CPU使用時間が60秒を超える
    この3条件のいずれかを満たす広告がブロックされるそうです。

    また、Appleが提供するSafariでもサードパーティーcookieをブロックしています。

    アップル、Safari 13.1であらゆる第三者Cookieをブロックへ。クロスサイトトラッキング防止徹底
    https://japanese.engadget.com/jp-2020-03-24-safari-13-1-cookie.html

    ウェブ広告がテレビや新聞などの広告と異なるのは、ターゲットを狙い撃ちに出来るところだったはずですが、AppleもGoogleもユーザー情報を過度に利用する広告は否定的になってきました。

    広告主や広告代理店がどうやってウェブサイトに広告を掲載するか、という悩みも出てくるでしょう。ターゲットを絞れず、重い広告も出せない時代になってくると、あえてウェブに広告を出すメリットがどこまであるか、ということになります。

    もちろん、少額で出来るメリットはあるでしょう。テレビや新聞などの広告とはやはり単価が異なります。広告を出すだけならもちろんウェブが手っ取り早いです。

    アフィリエイト広告が昔みたいな文字・画像ばかりの単純な表示だけになり、トラッキングもほぼ出来ないような時代になるわけですが、ユーザー体験を阻害する広告がダメなわけで、ユーザー体験に織り込まれるような広告であればブロックのしようもないでしょう。

    露骨なステマが一時のように増えるかも知れませんが、見たくない広告が画面を占拠したりそのために通信量を消費されたりするよりはマシですね。さらに進むと、真面目に作られたコンテンツの中に広告になる商品・サービスが入り込むかも知れません。

    昔、テレビ創世記の頃に「てなもんや三度笠」という時代劇コメディがあり、藤田まことが「あたり前田のクラッカ−」という、商品名とかけた決め台詞がありました。今の時代では考えられない話ですが、ウェブページのコンテンツ外にある広告表示に制限がかけられると、Webコンテンツ内に埋め込むしかなくなります。

    そういえば、先日5月16日(土)にDAZNで2005年J1リーグ最終節の川崎フロンターレ対ガンバ大阪の試合を振り返り放送していました。解説に大黒将志選手が出てきて、またそれと同時刻にDAZNを見ながらガンバ関係者が当時を振り返りながらZoomで話すというイベントもあり、それもYouTubeのGamba Familyのアカウントでライブ配信されていました。

    大黒が「当時はセットプレーの守備練習してなかった」とぶっちゃけたり、シジクレイ交代後の失点で「シジクレイのミスやな」とか笑いながらなすりつける宮本監督・山口コーチとか非常に面白い時間でした。そのガンバのライブ配信で、スポンサーの一つであるロート製薬の商品を各人の画面内に映り込むように設置して、またその紹介もハーフタイム中にしていました。

    YouTubeやZoomのようなメディアを用いてのコンテンツ作成・消費も増えてくるでしょうけれど、広告はウェブページ内のコンテンツ外に表示される時代から、コンテンツの内部そのものでアピールされる時代になるかも知れません。そうなると、コンテンツ提供側が望まないような商品・サービスに関する広告はなくなります。広告のイメージがコンテンツのイメージに直結するからです。また、そのコンテンツを好きで見ている人は広告にも良いイメージを抱くようになるでしょう。

    将来は、コンテンツに合うイメージを持った、厳選された広告だけがウェブ上では生き残れる時代になるのではないでしょうか。

  • SNSを巡るアメリカと日本

    トランプ大統領とTwitter社の争いがヒートアップしてきました。

    トランプ大統領が「巨大IT企業は2020年の大統領選に向けて検閲をしてくるがそうはさせない」と対決姿勢を鮮明に
    https://gigazine.net/news/20200528-trump-social-media/

    自分のツイートが要事実確認のラベルを貼られたことにムカついてTwitterそのものを潰そうとするトランプがパンク過ぎますが、そもそもツイートするのが大好きすぎる自分の性質に問題あるとは思わないんでしょうね。Twitter大好きだったのに嫌われたらストーカーになる感じですね。

    自分で支持者専用のSNS作れば良いのにツイートするのは好きだけれどTwitter社がその内容をどうこう言うのは許さん、というのなら、TwitterみたいなSNSを支持者に作ってもらったらいいんじゃないですかね。まさにMastodonみたいなものですが、なんで自分たちだけのSNSに閉じこもってキャッキャウフフと楽しまないのでしょうか。それだったら誰も文句を言わないというか、トランプ自身が検閲するSNSメディアであれば好き勝手出来るでしょうに。

    反安倍の人には悪いけれど、トランプよりマシ、というのが痛切に思えます。下を見て満足してはいけないのですが。

    日本でも、テラスハウスの一件からSNS上での誹謗中傷問題、政府によるSNS規制など問題が拡大しそうですが、もう少ししたらみんな忘れて別の話題に熱中してしまいそうな気がします。

    そもそも、このコロナ禍の中でも私権の制限を行わずに何とか乗り切れそうな感じになってきた日本で、SNSの中とはいえ書き込みを政府が規制できるとはあまり思えないのですが。もちろん思想の自由に対する侵害に対しては敏感であるべきだとは思いますが、その元となった問題をまず解決すべきです。

    各SNSサービスを提供している会社が、いろいろ対策を立てると言っていますがどこまで実現出来るかというと完璧なところまでは難しいでしょう。なんせ、俗に捨てアカと言われるような作成したばかりのアカウント(しかもフリーのウェブメールアドレスで簡単に作れます)で誹謗中傷してすぐにアカウントを停止して逃げてしまえば、被害者が対抗するのは非常に難しいはずです。警察が乗り出してもフリーのメールアドレスが外国企業が提供していればもうたどれないでしょう。

    それ以上を求めるならネット実名制の導入が必要ですが、それは謂れなき誹謗中傷を行った人物の特定は出来ても、誹謗中傷そのものを無くすことは出来ないでしょう。既にネット実名制を取り入れた韓国で、まさにリアリティーショーでのSNS被害者の自殺があったことが証明しています。厳罰化が凶悪犯罪防止にあまり意味がないと言われるのと理屈は同じだと思います。やる奴は後先考えずにやるのだから防止効果はありません。

    それよりも大元になったテレビ番組作りにも問題があると思います。視聴率や面白さのために事実の改ざんしたり、インタビューを編集して逆の内容にしたりする既存のマスメディアの方が今すぐにでも解決出来るはずですがどうなんでしょうか。面白さのためには何をしても良い、というのであれば、目的のためには手段を選ばないテロリスト同然ですし、それこそ身勝手な政治家や大資本家などを批判できません。

    一方、Facebookのザッカーバーグが、Twitterの対応に対して批判しています。別にトランプの味方をしたわけではなくて、SNS運営側が投稿の真偽を付けるのは妥当ではないという意見です。

    Twitterは政治的発言のファクトチェックを行うべきでないという考えをFacebookのCEOが表明
    https://gigazine.net/news/20200529-fact-check-political-speech/

    何が正しいのか神ならぬ身で決めるべきではない、ということかも知れません。まだこっちの考えの方が既存メディアよりはマシだと思います。

  • 払い戻しとサポートと補助金にまつわるアート活動

    頻繁に美術館に行くわけではないのですが、京阪神で大規模な特別展が行われる時は結構行っています。少し前で言えば、2月下旬には兵庫県立美術館で開催されていたゴッホ展を観に行きました。

    https://hrsgmb.com/n/na836420ba9b7

    こういった展覧会の情報はいろいろなところで見つけられますが、私が特に利用しているのがアートスケープというアート系のウェブマガジンのホームページにある展覧会スケジュールです。

    展覧会スケジュール|美術館・アート情報 artscape
    https://artscape.jp/exhibition/index.html

    ここで京阪神地域の展覧会を時々検索して見つけています。

    そして、楽しみにして既に前売りのウェブチケットも購入していたのが、
    神戸市立博物館での「コートールド美術館展」でした。

    コートールド美術館展 魅惑の印象派
    https://courtauld.jp/

    リンク先にあるとおり、残念ながら神戸展は新型コロナウイルスの感染防止のために開催中止となりました。多分借りている美術品の期限があるからだと思います。

    マネ、セザンヌ、ドガ、ルノワール、ゴッホ、ゴーギャン、モネといった超有名どころの作品が展示されるはずで、去年から楽しみにしていたのですが、残念です。払い戻しの案内メールが来ていましたが、クレジットカードで購入したのでそのまま返金になるようです。

    もう一つの趣味でもあるJリーグ観戦も、今年はまだ一度も出来ていません。スケジュールも大変なことになるでしょうね。今年は何試合見れることやら。

    吹田でのガンバのホームゲームはもちろん、3月のアウェー鳥栖戦も観に行くつもりでチケットも買っていたのですけれどね。こちらの方は払い戻しがどうなるのか全然チェックしていませんでした。そもそも対戦相手のサガン鳥栖がとんでもない経営状況になっていますし、もし払い戻ししなかったことで鳥栖の利益になるのであればそれはそれで構わないと思っています。

    ガンバの方もシーズンパスは購入していますが、全試合消化出来なかった場合はどうなるのでしょうかね。ただ、一部払い戻しなどがあってもあまりする気にはならないなあ。私個人は仕事も続いているし、養わないといけない家族がいるわけでもないので、シーズンパスのお金ぐらいはガンバに寄付する形になったとしても別にいいや、という感じです。ただ、家族がいる人やその家族で何人分もシーズンパスを買っている人は少しでも払い戻すのも当然でしょう。このコロナウイルスによって仕事や収入に困る事態になっている人も払い戻さないと大変でしょう。

    サポートの形は人それぞれであるべきです。それはJリーグやサッカーだけのことではなく、それこそ美術・芸術も同じでしょう。日本政府がアート分野の個人事業主への補償が少ないのは文化や芸術への行政の理解が足りないからだ、という意見があります。それは確かに正しいと思いますが、いざという時に頼れるパトロンが国しかないというのもリスク管理としてはいかがなものかとも思ってしまいます。

    芸術には反権力・反腐敗・反富裕というメッセージが入ることも多いですが、国からそのまま補助を受けて継続出来る芸術活動というのは、そのお金を意識せずに出来るのでしょうか?

    それが出来たら出来たですごいですが、逆にその芸術を鑑賞する側としては、
    「国の補助金で出来た作品か」
    という思いを抱くことはないのでしょうか?

    だからと言って、国や政府を褒めそやすような芸術作品を見せられても困りますが。

  • メジャーリーグの揉め方に感じる、累進課税と高所得者の権利の関係性

    日本でのプロ野球再開の方針が決まりましたが、世界で最もコロナウイルスの被害が広がっているアメリカではメジャーリーグの再開と収益配分、年俸の減額割合について揉めているようです。

    スター選手大減俸案に選手会落胆、開幕へ交渉難航か
    https://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/202005270000421.html

    もちろん、スター選手、高額年俸の選手の言い分も分かりますが、選手全員同じ割合でカットしたら低年俸の選手が割を食ってしまいます。メジャー契約の最低契約金額を考えれば、カットされても生きていけないレベルにまで下がるわけではないでしょうけれど、今度は低年俸の選手が納得出来ないでしょう。

    以前書いたnoteに、

    https://hrsgmb.com/n/n572d82786bad

    選手の報酬についても考慮が必要となってきます。収入が急速に落ち込んだクラブによっては選手の報酬全額を予定通りに支払えないかも知れません。その場合は一部の支払猶予・延期ということにならざるを得なくなってしまいますが、一部猶予する金額について、選手全員に同じパーセンテージを適用するのではなく、定額部分を決めて支払えるようにすべきです。それは上記のクラブへの分配金と同様です。
    例えば、年俸1億円の選手と1,000万円の選手とが、一律に50%支払い延期となると後者の生活が厳しくなります。1,000万円までは必ず支払い、それ以上の金額にのみパーセンテージを決めるなどの配慮が必要です。支払が厳しくなるのは選手年俸だけではなく、選手以外の従業員なども同様でしょう。クラブスタッフの人件費も含めて、月給20万のスタッフと、月換算の報酬が1,000万円の選手とを一律に按分するのも難しいです。そもそもの収入の少ないスタッフが生活難に陥らないようにすべきであり、この点は選手会や高額年俸の選手達にも理解してもらわないといけません。

    こんなことを書きましたが、所得税の累進課税が高税率な日本人には理解しやすい仕組みでも、日本ほどの累進課税ではないアメリカでは高所得者の権利保護も社会的な通念になっているのかも知れません。

    もしくは、球団側がもっと金を出せ、ということなのかも知れませんが、観客が減ってチケット代だけではなく球場内での飲食やグッズ販売も減るでしょうし、その一方で放映権料は既に決まった金額ですからチームの総収益は増えるわけがありません。

    平等と公平は両立が難しい問題ですが、メジャーリーグや各チームが存続できるかどうかを最優先に考えれば、どうしたって結論は出ると思うのですが、その辺は個人の権利擁護がやはり日本とアメリカでは全く異なるのでしょうね。

    そもそも娯楽の野球だけでなく、国民の生命に関わる医療システムだって、金の有る無しで生きるか死ぬかの選別がされてしまうアメリカです。日本のような国民皆保険制度を提唱するだけで共産主義者呼ばわりされます。最近は貧富の格差が増大しすぎたことで、バーニー・サンダースのような大統領候補たちが国民皆保険制度を訴えるようになりましたが、まだまだ当分実現しないでしょうし、メジャーリーグなどプロスポーツ界でも、日本人から見ればある意味残酷な、金の有る無しで生き残れるかどうかが決まって当然だという考えも指示する人は多いのかも知れません。

  • 後からは何とでも言えるし、前からでも無責任な立場なら何でも言える

    日本が厳しい制限、特に私権の制限やロックダウンを伴わずにほぼ新型コロナウイルスを収束させつつあることをもって、実は今回のウイルスは大したものではなく、緊急事態宣言などは不要だった、と言う人がいます。

    思想信条の自由があるのでそう主張するのは勝手ですが、そう言う人が国政や自治体の上部に存在していなくて良かったとも思ってしまいます。

    今回の新型コロナウイルスが広まりつつあった時、分からないことがあまりにも多すぎました。後になって判明したウイルスの特性や事実などのうち、最初の頃から主張されていたようなものもありましたが、それとは相反するような、例えば空気感染するかも知れないとか、マスクは付けても意味が無いばかりか逆効果だとか、一般人にとっては判断に迷うような情報がまさに錯綜していました。

    世界中が混乱している中で、実はこのウイルスは大したことがないのだから、自粛も休校も緊急事態宣言も不要だ、経済を減速させる必要は全く無いと断定して動けることなど、本当に出来たでしょうか?

    自粛などをやり過ぎたことでのマイナスがあるのは確かでしょうけれど、その見極めが誰に出来たでしょうか? 「羮に懲りて膾を吹く」とは言いますが、膾を吹いてヤケドすることはありません。馬鹿にされる程度です。ロックダウンとウイルス死を天秤にかけた場合は馬鹿にされる程度では済みませんが、大ヤケドしないのであれば政治としては間違っていないでしょう。

    全面的な休校措置や飲食店の営業自粛も行わず、ソーシャルディスタンスだけで対応している、日本よりも緩い対応策で挑んでいるスウェーデンでは人口比率ではかなり高い死亡率を示してしまっています。

    あるいは、ボルソナロ大統領がとてつもないメンタルで全く制限をかけなかった結果、ブラジルの被害状況は大変深刻なものとなっています。

    日本でこの程度の被害で済んでいるのは、政府や自治体の対応に加えて、各企業の自粛、国民の衛生意識など多くの理由が重なったのが原因でしょう。もちろん、検査や治療の最前線で戦い続けている人たちの献身もあってのことですがこれは他の国だってそうでしょう。ただ、もしも100%ノーガードで挑んでいれば、スウェーデンよりも酷く、ブラジルに近い状況になっていたかも知れないのです。

    そういう可能性が2月や3月の時点ではありましたが、誰にも他人を納得させられるほどの根拠を持ってコロナウイルスは大したことが無いと言うことは出来ませんでした。

    収束が近付いてから大したことが無かったというのはさすがに無理があります。為政者がルーレットの赤に国民全員の命をオールインするわけにはいきません。例えそれで勝ったとしても、そんな人は政治家には向いていないでしょう。政治家の仕事は国民の生命・財産を守ることですが、財産を守るために生命を賭けるのはあまりに分が悪いギャンブルです。

    経済が止まって失われる命があるのは確かです。経済をどの程度止めて、それによって失われる命と、それによって救われる命を天秤にかけるしかありません。その線引きの見極めは非常に難しい問題ですがそれが政治でもあります。線引きをせずひたすら経済を守る方を無条件で選ぶのは政治家ではなく、後先考えないタイプのギャンブラーと言わざるを得ません。

  • Jリーグの去年と今年と未来

    Jリーグが2019年度の各クラブの財務状況を発表しました。

    Jリーグ45クラブ「19年営業収益ランク」 合計は1154億円超…上位につけたのは?
    https://www.football-zone.net/archives/264073

    昨年度の順位表
    https://www.jleague.jp/standings/2019/

    と見比べると神戸と名古屋の燃費の悪さとセレッソ・大分・仙台の効率の良さが目に付きます。

    イニエスタ効果ですごいことになった神戸はともかく、ガンバ大阪は営業収益の順位では上から8番目でした。J1で7位という順位は、途中の残留争いや主力選手の移籍を考えると悪くないように思えます。もちろん納得は出来ても満足は出来ません。今シーズンこそはタイトル奪還を! と言いたいところですが、コロナ禍でただサッカーが、Jリーグが存在しているだけでも満足してしまいそうです。どうやら7月11日再開になりそうですが、その後のコロナウイルス感染の第二波が発生して大きな被害が出てしまったら、もうどうなるか分かりません。サッカーファンとしても最悪の事態を覚悟しておかないといけないでしょう。

    間違いなく、Jリーグが2月中に試合開催をストップしたことは間違いではなかったはずです。日本とは比べものにならないくらい感染が広がってしまったヨーロッパでは、3月途中まで普通にプロサッカーが開催されていて万単位の観客がスタジアムに押し寄せていました。

    確実な内容かどうか分かりませんが、イギリスのBBCがこんなニュースを出していました。

    3月のスポーツ大会が感染の「苦しみと死者数を増やした」 英科学者が分析
    https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-52806250
    スペクター教授は言う。「スポーツイベントの休止は、少なくとも1週間は早く実施するべきだったと思う。それによって、苦しむ必要がなかった人が苦しみ、亡くなるはずではなかった人が亡くなった可能性がある」

    本当に休止したことが感染防止に効果があったのかどうかなんて、100%正確なところまでは誰にも分からないでしょう。いつの時点でどれくらい感染が広がっていたかを正確に知る術は現時点ではありません。ただ、早めに対応した日本、Jリーグの措置は正しかったと私は思いますし、村井チェアマンはサポーターとして敬意を払うべき存在だと思っています。

    巨額の赤字が発覚したサガン鳥栖の処理が難しいところではありますが、このチェアマンなら何とか落とし所を見つけてくれるのではないかという期待すら持ってしまいます。もちろん、スーパーマンではないのですし、期待しすぎは良くないのかも知れませんが。

  • 政治家に求められる「若さ」

    新型コロナウイルスの感染防止に関して、政府も自治体も現場の最前線の人はほとんど休んでいないのではないかと思いますが、メディアに出て説明する首長も身体も心も安まる日はまだ先でしょう。

    もちろん感染した人やその家族、医療従事者が一番大変だと思いますが、政治家だって大変です。物理的にしんどいこともあるでしょうけれど、自分の判断で多くの人が死にかねないというプレッシャーも相当なものだと思います。まあ、ブラジルの大統領みたいに5000人死んでも「だから何?」と言い切るような硬度10のメンタルを持っている政治家もいますが。

    総理大臣は就任前と就任後では老け具合がかなり異なります。退任時にはたいていとてつもなく老けている、というかやつれている人が多いような気がします。それだけ激務でもあるでしょうし、いざという時には休日でも即重大な決断をしないといけない立場ですので精神的にもしんどいですよね。

    大半の政治家は年齢的には結構いっていますが、政治家、特に政府や自治体のトップとして毎日判断や決断を求められる立場はそれなりに若さが必要だよな、というのを大阪の吉村府知事を見ていると思います。

    情報を官僚から受け取って、専門家の助言を受け、自分の中で解釈して判断して官僚に指示を出し、そして自分の言葉でメディアや民衆に説明をするにはどうしたって若くないと出来ないでしょう。思考が老朽化していたら新しい状況や問題に対応出来ません。

    ここでいう「若さ」とは、年齢としての若さではなく、肉体や精神の若さです。世間一般の70歳と、政治家の70歳では見た目も体力も精神的なタフさも違っているのではないでしょうか。

    政治家は多くの人々の生命・財産を守る責任というとてつもないプレッシャーがあります。それに耐えられるのは、年齢「不相応」な若さを保っているからではないでしょうか。逆に言うとその若さを保てない人は自然とそこから退場せざるを得ません。

    自然と退場というか、無理を自覚して引退するなら良いのですが過去の政治的遺産で地位を維持し続けるとなると大変です。もちろん豊富な経験や知識を生かして活躍することも可能かも知れませんが、いざという時に思考や行動が遅れるのであれば責任と権限がある政治家としては不適格ではないかと思います。人脈を生かして助言や紹介で活躍できるようなポジションに移った方が本人も周りも幸せじゃないでしょうか。世襲議員批判も分かりますが、実質的な「若さ」のない人も結構問題だと思います。

    年齢の数の問題ではないので、年齢制限は適切ではないでしょう。まあさすがに100歳でもバリバリに働ける政治家はいないと思いますが。ただ、昔よりも平均寿命は延びていますし、肉体や精神の疲労を緩和するケアやサポートも受けやすい時代ですから、例えば85歳か90歳といったかなり緩めの年齢制限に加えて、75歳以上は大臣や政党党首になれないといった二段構えの制限にしてみたらマシなんじゃないでしょうか。

    自治体でも同様です。自治体の首長は直接選挙で決められ、リコールも存在するので国会議員とはまた異なった存在ですが、多選の問題は既に存在しています。これも多選は5選までプラス80歳を超えて次の選挙には出られない、という仕組みにすれば、若さを保てない人が当選する可能性は減ると思います。

    もちろん、若ければ良いわけではありません。ただ、若さしかない政治家はさすがに要職には就かないと思うのですが、どうですかね。選んだ有権者の責任でもありますが、比例で当選する人の資質は有権者の責任とは言えないでしょう。比例を無くすとそれはそれでいろいろ問題でしょうけれど、過去に当選経験がある人(例えば2回以上の当選経験とか)のみ比例の名簿に載せられる仕組みにすれば、いわゆるタレント議員の多くは防げるのではないでしょうか。

  • 残念ながら物事はそう簡単には変わらない

    日本では人が死なないと動かないとか変わらないとかよく言われますが、もっと最悪なのは人が死んでも変わらないことです。

    SNSによる中傷で被害が出ても、元のテレビ番組はいったん休止や中止になったとしても、また形を変えて出てくるでしょう。そもそも外国でもリアリティーショー番組の問題は噴出していました。

    もちろん一番悪いのは誹謗中傷を直接伝えた人です。SNS自体の問題はテレビ番組出演者に対するものだけではありません。これはこれで重要視すべきですが、その一方で誹謗中傷を煽るような番組になっていなかったのでしょうか。

    かつて、TBSがワイドショーでオウム真理教に関してとんでもないミスを犯し、ワイドショーそのものが無くなり、「報道のTBSは死んだ」とまで言われました。フジテレビ系でもかつて発掘あるある大辞典で虚偽の内容を放送して番組終了しましたが、ワイドショーとは名乗らない情報番組という曖昧なジャンルの番組が放送されています。

    番組の責任ではないと開き直られたらそれまでですが、誹謗中傷した人が誹謗中傷が原因ではないと開き直ったらやっぱりそれまでです。名誉毀損程度は問えるでしょうけれど、直接の因果関係を立証するのは相当困難ではないでしょうか。

    また、誹謗中傷を受ける芸能人・著名人に対して自己責任というのもおかしな話です。自己責任を問うならそれこそ番組やテレビ局や、誹謗中傷”する”側の自己責任も問えるはずです。

    SNSが無い時代にも似たようなことはありました。ただ、SNSが人間の悪い面を脅威的なまでに拡大してしまうところはあります。心の弱い人はSNSをするな、という意見もありますが、そもそも心の弱い部分を持っていない人なんて存在するのでしょうか。そして、その弱い部分を全て把握している人などいるのでしょうか。ブラック企業に勤めている人に対して、「退職すればいいだけで、そんなところに勤めているのが悪い」と言うのに近い気がします。

    そして、もう一つ気になるのが、話題沸騰のこの話も時間が経てば話題にならなくなることです。「人の噂も七十五日」ということわざは今では通用しないでしょう。「人の噂も7.5日」程度かも知れません。1ヶ月後、1年後、10年後にも問題視出来るのか。

    近しい人はいつまで経っても忘れられません。おそらく悲劇に直面したほぼ全ての人に言えることでしょうけれど、その差がもう一度絶望を与えてしまうとしたらあまりに悲しい話です。

  • パラダイムシフトが起きるという予言の自己実現

    この新型コロナウイルスがもたらす社会的な影響により、人類の生き方とか在り方とか根本的に変わるパラダイムシフトが起きる、と主張する人が結構います。特にお偉いさんというか、知識人・有識者・賢人とか言われていそうな人たちです。その主張自体はまあ分かるのですが、果たして本当にすぐにガラッと変わるのかな、という疑問も同時に持ってしまいます。

    多くの国では直接的な被害は増加ペースが落ちてきていて、収束も見えてきていますが、まだウイルスについては分からないことも多く、第二波や北半球での冬が来たらどうなるか、ということもまだ予断を許しません。

    そんな状況でも、このコロナウイルスが人々の生活を大きく変えてしまい、もう元に戻らなくなる、という悲観も交えた予測を言われても、私のような天邪鬼からすると、
    「この状況で未来を見据えているなんてすごいな」
    と思ってしまいますが、
    「『この状況で未来を見据えているなんてすごいな』と思わせよう」
    という意図も見え透いているようにも思えてきました。

    ある意味、有識者が意図的にパラダイムシフトを仕掛けているようにも思ってしまいます。

    第二次世界大戦後、東西冷戦後、911、リーマンショック後、311、そしてコロナ禍後、という大事件や大災害の後に時代が変わるというのは、知識人が掲げる典型的なお題目です。

    本当のところは、世間も社会も事件前から少しずつ変わっていて、そして必然あるいは偶然の事件後に大きく変わったという共通理解を持つことで認識される、予言の自己実現のようなものでもあると思います。

    もちろん、それを鋭く分析して発言することにも意味がありますが、事件が起きた後に言われても受け取る側は混乱の最中にあって熟考して受け入れる余裕もありませんし、事件後しばらく過ぎてしまえば忘れてしまいます。そしてその予想が外れていたら尚更、誰も話題にしないでしょうし、当たっていてもしばらく前から続いている変化なので予想のことを尚更気にしません。

    結局はそのような世相の変化にともなうパラダイムシフトに対する指摘は、インテリの自己満足になってしまうことになります。

    西洋社会でマスクをするといっても今のうちだけでしょうし、制限が緩和された欧米では早くも人々が街に繰り出して楽しんでいます。キスやハグも今は注意していてもそのうち元通りになっていくでしょう。

    その一方で、テレワーク・在宅勤務への移行は進むかも知れませんが、一部の企業では先進的に取り組んできましたし、それによってむしろ便利なことが多いと思えばその流れは続きます。日本では満員電車対策に決定的な効果があります。なんせ電車に乗らないのですから。満員電車がもたらす痴漢などの性被害も減るでしょう。ラッシュ時の遅延も減り、乗客の減少にともない過密ダイヤも減るはずです。アメリカでもシリコンバレーなど一部地域ではとてつもない渋滞や地価高騰を招いていましたが、テレワークが充実すればそれらは自然と解消するはずです。

    変わるものは前から少しから変わり続けているはずですし、変わらないものは多分今後も変わらないでしょう。習慣はそう簡単には変わらないですが、それ以上の問題を解決出来るのであれば勝手に変わっていくものだと思います。

  • タッチタイプによって思考を正確に文字化出来るのと同様なサッカーのルックアップ

    インプレス社のPC Watchに連載されている、山田祥平さんのRe:config.sysというコラムがあります。Impress Watch自体を毎日チェックしているので、このコラムも好きでよく読んでいるのですが、先日のコラムでハッと気付かされる箇所がありました。

    電子の紙の錯覚
    https://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/config/1252723.html
    タッチタイプは正確に高速に入力することをめざすテクニックではない。キーボードと画面の視線の往復を回避するテクニックだ。結果として正確で高速になるだけだ。というのも入力中の画面から目を離さなければタイプの間違いにその場で気がつき、すぐに修正ができるからだ。だから正確に入力することよりも、間違ったらすばやく修正できることが重要だ。

    タッチタイプの達人と聞くと、ものすごいスピードで文字を入力することが出来るというイメージが容易に湧きますが、別にタッチタイプは職人技ではありません。文字を入力するためのものですし、それは鉛筆やボールペンや筆で文字を書くのと目的はほぼ同じです。そしてペン字や書道でも上手い人と下手な人がいるのと同じように、タッチタイプが上手い人と下手な人がいるのです。

    自分の思考スピードを妨げないレベルで正確に打ち込めればいいわけで、速さそのものは最重要ポイントではありません。何を入力するのかによって必要とされる速度は異なります。また打ち込む文字・数字・記号も異なります。熟考しながら入力するのであれば速度は必要ありませんが、引用したようにタッチタイプなら視線を移動しなくても間違いに気付いて容易に訂正出来ます。スマートフォンでは画面上にキーボードが表示されるので視線移動が少ないですが、パソコンの場合は画面とキーボードが分離しています。デスクトップパソコンなら30cmは離れています。

    タッチタイプ出来ることで、視線の移動が不要になり、首が疲れず目も疲れず、思考を文字に変換する妨げが減ります。結果的に文字入力が速くなる、ということになります。

    前述のコラムを読んだときに思ったのが、サッカーでボールを足下で上手にコントロール出来れば顔を上げて周囲を見ることが出来て、結果的に余裕を持ってプレーできます。中田英寿の登場で一般人にもよく知られるようになりましたが、ボールを見ずにコントロールできれば視線を移動させずにプレーできますので、これってタッチタイプの理屈と同じだなあ、とふと思いました。そして上手い人と下手な人がいるのも同じですね。

    そこまで考えて、そういったプレーが出来るヤットを思い出してしまい、またスタジアムで見たくなりました。ようやく、Jリーグも6月末での再開の見通しが出てきましたが、最初は無観客でしょうね。やむを得ません。シーズンチケットもあるのに客席を等間隔で空けて座らせるというのも非常に難しいでしょう。

    最初のうちはDAZNのみでの観戦になるのはやむを得ません。サッカーのある日常が貴重ではない状態に早く戻ってほしいものです。