平繁無忙の何でも書くブログ

  • 儲からなくなりつつあるYouTubeの「小説家になろう」化

    YouTubeが儲からなくなった、という声を聞くというか目にするようになりました。

    YouTube自体の収益は、広告による収入とYouTube Premiumによる課金ですけれど、見る側としては我慢(あるいはゴニョゴニョ)すれば無料でほぼ全てのサービスを享受出来るのがYouTubeです。プレミア公開の動画は無理ですが。

    じゃあYouTubeに動画を出している人はどうやって収入を得るかというと、YouTube運営からの配分です。これの割合が減らされることと、再生回数自体が減ることによって、収入が減っていくことになります。

    YouTubeは見る側も出す側もブーブー不満を言うプラットフォームではあるものの、依然として超巨大な動画配信プラットフォームです。その他たくさんある有料無料のサービスが採算はどうあれ、規模も知名度もYouTubeにはかないません。

    それだけに競争も激しく、配分される報酬を有名無名のYouTuberが分捕りしあうことになります。ある程度以上のフォロワー・閲覧者を抱えていられるYouTuberなら、YouTube自体での報酬ではなくて、企業宣伝案件や外部サービスでの売上を目指すというのも宜なるかな。その方が直にお金もらえますし、努力と成果が直結します。

    出す方も見る方も無料のサービスとしては他にもたくさんありますが、その一つの代表例である「小説家になろう」なんかも、作家側は「なろう」内部で設けるのではなくて、出版されて原稿料や印税が入ってきて収入が発生します。

    YouTubeも努力に成果が対応出来なくなってきたら、無料で動画を出して宣伝し閲覧してもらうだけのサービスとなり、他媒体に誘導するプラットフォームに変容していくのかも知れませんね。

  • コンピュータが人類の仕事を奪った後に、人類に残るものは?

    今の時代は、ありとあらゆるアナログがデジタルに置き換わっていく過渡期であることは誰の目にも明らかでしょう。もちろん、人の営みの100%が全てデジタル化されて、メタバース上で全ての人間関係が構築されるということは、今の人類には出来ません。そこまでの技術も覚悟も今の人々は持ち合わせていません。

    とはいえ、大半の事務仕事、コンピュータ系の仕事はどんどんRPAやAIあるいは自律ロボットに置き換わっていくでしょう。その元になるハードウェア・ソフトウェアそのものを作る人ならともかく、それらを使用する人の仕事は本来、コンピュータがやった方が得意な作業が大半です。

    となると、結局残るのはデジタルに置き換えられない、アナログそのものの仕事ということになりますが、それにしたって全てが残ることもないでしょう。自動車の運転も、自動車の製造も、ロボット・AI・ソフトウェア・インターネットなどによって可能です。小さな建物なら現代でも3Dプリンタで一気に作成出来るようになりました。巨大なビルでもプレキャストによる製品を現場で組み立てるだけなら、いずれは人力を介さなくても出来るようになるかも知れません。

    絶対必要なもの、作業は、人間でやった方が良いのか、機械・コンピュータに任せた方が良いのか。産業革命のときから人類に突き付けられて、目を背け続けた宿題なのでしょうけれど、いずれは人間の基準を機械が追い越していきます。

    残るものは、別に機械でなくても良いもの、コンピュータだと味気なくて、多少の難はあっても人間がやった方が面白いものになるでしょう。

    必須事項ではなく、あくまで余暇・余剰・趣味といった類いのものたちです。無くても良いから別に人間が作って、時には失敗しても良いよね、というものだけが、アナログな生身の人間に残される箱舟になるでしょう。

    例えば、手書きの文字が綺麗であることは、ワープロの出現までは必須でありました。少なくとも読める字を書けることは学生だろうが社会人だろうが大切なスキルでしたが、ワープロ・パソコン・プリンタの普及によって、むしろ手書きの文字を書く場面自体が大幅に減りました。

    現在、綺麗な文字を書いたら褒められはすれど、そのことが仕事に寄与するかというと、そうはいきません。大半の職場では褒められるだけでしょう。

    書道家、書道教室はそれが仕事ではありますが、それは書くことや書くことを教えることが仕事だからであり、しかもそれは社会人としての必須のスキルというわけではなく、あくまで余暇、趣味、教養としてのペン字・習字です。

    しかし、大半の作業がデジタル化した未来においては、むしろ、「綺麗な字を書く」というアナログそのものの技術は、人間が書くからこそ重宝されるようになるかも知れません。

    ペン字・習字だって、ロボットにペン・毛筆を持たせてプログラミングされた通りに書かせれば、ほぼ全ての人よりも綺麗で、乱れのない、美しい文字を出力できます。しかし、そこに人間側の感動はありません。

    チェスや将棋のソフトウェアが人類を凌駕しつつある(前者は既に世界チャンピオンがコンピュータに敗れていますが)現在においても、チェスや将棋の「人間同士の戦い」の方が、注目度も賞金も高いです。

    100m走だって、人間がそのまま走るよりも、二足歩行ロボットが走る方が速い時代はいずれ来ます。しかしその時に、オリンピックの100m走に誰も興味を持たなくなるでしょうか?

    人間の作業をコンピュータが奪ったとき、人間に残るのは人間がやることだけになるはずです。そしてそれは、コンピュータがやっても面白くない、興味を持たない、感動を得られない作業に違いありません。

  • 日本語は生きている限り変わっていくものだし、他のエンタメと時間の奪い合いになっている読書習慣は押し付けても意味が無い

    最近は見かけなくなったような気がしますが、日本語の乱れを口にする人は多分いつの時代にもいます。特に若者言葉における新語や省略、文法の変化に対してアレコレ嘆くのは、いつの時代でも面倒くさい中高年か老人でしょう。

    生きている言語、使用されている言葉というものは、単語が入れ替わり、変化し続けるのが当然です。むしろ本当に嘆くべきは、単語が増えず文法も変わらなくなった時でしょう。それは、使用する人が激減した時です。かつての(あるいは今の)ラテン語のような存在です。限られた人が限られた用途に使うだけの言語には変化が厳禁です。

    嘆いてもしようがないことを嘆くのは老害と言われてもしょうがありません。

    同じく、似たような現象に読書習慣の減少があります。

    本を読む人が減った、怪しからんことだとお怒りになる人は読書好きの中年〜老人に間違いありません。

    読書するのが良いことだというのは分かりますが、それを押し付けても読書好きが増えるはずもなく、かえって本を読むことへのハードルを高くしてしまっている可能性もあります。

    読書なんて読みたい人が読めばいいのであり、読むものを指定したり読み方をこうあるべきだと論じたりして、悦に入っているのは読書ジャンキーだけです。

    だいたいどんな習慣や趣味でも、こうしろああしろとうるさく言われたらむしろ嫌いになるのが当然であり、それをもって「近頃の若い者は〜〜」と言い出したらいよいよ老害待ったなしです。

    読書好きが読書好きを増やすのならいわゆる「にわか」を大切にするしかありません。趣味に関してもよく言われますが、マニアがニワカをないがしろにしたり批判したりすると、新規ファンが増えずそのジャンルは滅びの道を辿ります。

    読書に興味を持った人に対して、読書するハードルを下げた環境を整えておくだけで良いでしょう。それ以上のお節介が欲しい人が求めてきたら提供してあげるくらいの気持ちで良いでしょう。誰彼構わず「この本を読め」「こうやって読め」と強制し始めたら、むしろ読書という趣味のジャンルにおいては獅子身中の虫と言わざるを得ません。

    読書習慣が減少しているのは他の趣味との時間の奪い合いが激しくなっているのであり、テレビや新聞の苦境と理由は同じです。さらに人口、特に若年層の急激な減少によって読書人口が減っていくのも当たり前のことで、人口動態と社会環境の変化を加味した上で論じるべきなのでしょう。

    日本語は勝手に存在していくでしょうし、本を読む人はいます。こうあるべきだ、こうするべきだと言ったところで、多分プラスの影響よりもマイナスの影響の方が大きいのではないでしょうか?

  • 自然を意識しすぎるという不自然

    健康を意識するがために、食品の添加物や農作物への農薬を忌避する人は結構います。それは個人でされている分には大変結構でしょうし、他人に迷惑をかけないレベルであれば他人も気にしないでしょうけれど、人工添加物や農薬の危険性をことさらアピールして大騒ぎするようになると、評価が二分されるというか、むしろマイナスにもなりかねません。

    添加物は理由があって添加されています。もちろん単なる見た目の色づけのための合成着色料なんかは別になくても良いとは思いますが、保存料のように食品の腐敗を防ぐためのものは理由があってこそ添加されています。

    保存料も身体に悪いとよく言われますが、「身体に悪い」とはどういう意味か、人によっても違います。保存料が入った食品を食べ続けると将来どんな健康被害が出るか分からない、という考えもあれば、保存料が含有されていないがためにすぐに腐ってしまったモノを食べるのも「身体に悪い」はずです。

    高度に資本主義化した飲食品の流通のために保存料は存在します。加工して保存料を加えているからこそ、原産地→加工場→倉庫→小売店舗を経て、人々の口に入るまで腐らないのです。

    保存料抜きで遠隔地や長期保存をするには、食品が腐敗しないレベルにまで水分を抜いて塩分濃度を高めるために、大量の塩をぶち込むしかありません。かつての保存食はそういうものでした。

    湿度が高い日本での伝統的食材が塩分多目になっているのはそのためです。味噌や醤油も同様です。つまり、保存料抜きで「新鮮ではない」食べ物を口にするには、高濃度塩分による高血圧との戦いが待っているのです。

    そして保存料が無く、塩分も高くない食品ばかり食べられるのは、かなり恵まれた立場ということになります。そんな食品はまず高価なものになります。ブルジョアかセレブしかそんな食事は出来ないのです。

    保存料も塩分もない食品を選択的に摂取するためには、新鮮なものを選ぶしかなく、またそれが出来るのは時間と財布に余裕がある人だけです。

    保存料入りが身体に悪いとしても、保存料がない食品による食中毒リスク(あるいは高血圧リスク)とどちらがより危険かを、一般人は天秤に掛けるしかありません。

    自然を尊んで人工物を否定する向きは、衣食住のうちの食だけではなく衣にもあります。ポリエステルやフリースといった合成繊維よりも、綿や麻などの天然繊維の方が身体に優しい、という人も結構います。

    これにしても、今の時代では合成繊維の方が天然繊維よりも安く売られています。どちらにも良い面と悪い面があるはずですが、「自然」「天然」の方が良いというイメージが世間一般に存在します。合成繊維、特に原油由来のものは地球環境に悪い!という理屈もありますけれど、天然繊維たる綿が新疆で大量にウイグル族を強制労働させて生産されているのは良いのですかね。あと綿栽培には大量の水も使いますし。

    もちろん、合成繊維の方が無条件で環境に優しいわけでもないのですが、天然物>人工物という式を何でも当てはめるとどこかで矛盾します。

    衣食住のうち残る「住」は、さすがに天然物だけで家を作ることは出来ないですし、逆に貧しいからと言って人工物だけの家に住んでいるわけでもありませんが、突き詰めていくとセレブがツリーハウスに住み出すんじゃないでしょうか?

  • トランプ前大統領のNFTトレカという資金調達手段

    トランプ前大統領が先日、重大発表があると煽った挙げ句に、出てきたのは自身がヒーローになったNFTトレカの発表という壮大なズッコケ劇をやっていました。

    某芸能人が昔、重大発表しますと記者を集め、マイクの前で語ったのが自身のミステリー作家宣言だったことを想起させます。このことを覚えているのもアラフィフ以上でしょうけれど。

    このトレカで得た資金は政治資金にしないとか言っているそうですが、お金には色も名前もありませんのでどうなるかは分かりません。まあ買う人自体がトランプ信者しかいないのですから、どのように転用・流用しようとも文句は言わないのでしょうけれど。

    もしこれを政治資金として使うのなら、新たな献金の形ではあります。通常の物品、例えば紙のトレカなり、Tシャツなりですと、購入時にはそのお金がトランプ陣営には入るものの、その物品が転売されたときには陣営側にはお金は入りません。

    しかしNFTですと、転売された時にその一部を元の販売者に還元されるように設定出来ます。これはトランプNFTトレカに限らず、よくある仕組みです。

    所有者を販売者が把握出来るとしたら、いわば株式会社における株主名簿のようなものであり、支持者・信者としては忠誠心が試されることになります。転売したら非難されるかも知れませんし、気軽な献金とは質が異なります。

    転売を自由に出来るのなら良いですが、もし何らかの制限をかけられるようになれば、自分がかつて忠誠を誓った相手から離れられないという地獄にもなり得ます。

    献金は選挙における投票とは異なりますが、民主主義における選挙の条件としては、
    ・秘密選挙
    ・自由選挙
    ・平等選挙
    ・直接選挙
    ・普通選挙
    が必要です。自分が誰に投票したかが分からない秘密選挙のルールは、現代民主主義国家では必須であり、そこが欠ける場合は正当な民主主義国家とは言えません。

    トランプNFTトレカを購入した・所有している人は好きでやっているのですから、その辺で文句言う奴などいないでしょうけれど、支持を公言している人だけが買うわけではないでしょう。

    誰がどの政治家のNFTアイテムを所有しているかが情報漏洩してしまうと、結構問題になりそうですね。公言しなかったら(中立宣言をしたら)、多分、双方の陣営から敵扱いされるでしょうし。

  • ストップ安スタートのnoteの行方は?

    先日、noteの上場について少し書きましたが、

    https://hrsgmb.com/n/n3f6399812828

    やはりと言うか、案の定と言うか、見事に上場後いきなりストップ安の展開となったそうです。日銀利上げと同じ日になってしまった不運はあれど、そもそも創業以来ずっとnote事業は赤字なのですから、そりゃ高値で買う人おらんやろとツッコミしたくなります。

    公共性があろうとなかろうと、私企業たる株式会社である以上は、利益を出して出資者に還元し、債権者に返済し、投資家に配当を出さねばなりません。その点をすっ飛ばして時価総額を上げることを第一に考えるベンチャー企業は日本のみならず、というかアメリカの方が多い印象はありますが、ずっとそのままではいられません。

    どこかで赤字を解消しないといけないわけで、黒字に転換するか、もしくは累積の赤字を帳消しにするくらいの高値でどこかの誰かが買収してくれるかの二択です。赤字のまま、ひたすら出資を受け続けることなどは出来ません。

    上場した以上は、赤字続きですとゴーイングコンサーンとしてかなりヤバいので、どこかで急激に経費を減らすのか、あるいは何かで巨額の黒字を出せる事業を始めるのか。

    手っ取り早いのは事業そのものをどこかに売っ払うことなのですが、じゃあ誰が買うねんという話です。

    Twitter社のように、誰かが買ったとしても今の事業形態のままでは継続出来るわけもなく、同じく大幅な人員削減をするか、事業を分割して切り売りするかになるでしょう。

    そう言えば、Twitterでは4000字の投稿も可能にするというプランを出していました。noteで掲載されている記事のうち、4000字以内のものがどれくらいの割合なのか知りませんが、結構な割合なのではないでしょうか。有料記事の仕組みはnoteならではではあるでしょうけれど、4000字Tweetが実現したら、無料記事をnoteに載せる意義もかなり減るでしょう。

    私の書いているnoteもほぼ全てが4000字以内です。Twitterのフォロワー数よりもnoteのフォロワー数の方が圧倒的に多いので、当面乗り換えるつもりはありませんが、将来noteそのものがどうなるか分からない状況のまま、noteを書き続けるのには不安もあります。

    奇特な篤志家がnoteを買収する可能性もなくはないですが、結局はじゃあ誰が買うねんという話に戻ります。現在の時価総額は70億ほど。宇宙に行った人とかどうですかね?

  • ワールドカップでの監督による戦術の時代は終わりが近い?

    今回のカタールワールドカップでは、決勝トーナメントに進出した16チームのうち、外国人監督で決勝トーナメントに行けたのは韓国のみでした。

    ワールドカップ常連国、昔からある強豪国、南米・欧州の強国なら自国人監督が自国代表チームを率いて良い結果を出せるのは当然と言えば当然でしょうけれど、そうではないアメリカ・オーストラリア・日本・セネガル・モロッコといった国々が自国人監督でGLを突破したのは、サッカーの潮流の変化を意味しているかも知れません。

    少なくとも、優れた戦術を持つ監督を外国から連れてきて強化するトレンドは無くなりつつあるあるのでしょう。

    サッカーの戦術の進化の度合いは、年々そのスピードを速めていて、どんどん流行が変化していきます。新たな戦術を適用しようとしても、戦術を浸透させるのに代表チームは練習時間が少なすぎるし、人が入れ替わりすぎます。

    クラブチームなら同じ選手たちに時間をかけて複雑な戦術でも落とし込めますが、代表では数多くの選手の中から優れた選手や調子の良い選手を試合の度に選出し、年間わずか十数日だけでやり方を浸透させなければならないのです。

    集まってすぐに出来る戦術と、多くの選手がクラブチームで馴染んでいる戦術を中心として、あとはその都度、対戦相手に合わせてサブ戦術をセットするくらいで準備時間が過ぎてしまいます。

    それなら、クラブチームのように長期的なプランを立てて、ある程度絞った選手層に長時間代表活動をさせれば、戦術を浸透できるということになります。実際、1994年自国開催のワールドカップでアメリカ代表は、長期間の合宿などを通して強化した結果、優勝候補のコロンビアを破り、決勝トーナメントに進出しました。

    そして今回のカタール代表も、同じく自国リーグに所属する代表選手に対して代表活動期間を長く準備していることもあり、2019年のアジアカップでは日本を破って初優勝を果たし、3年後の自国開催のワールドカップでの躍進を予感させました。

    しかし、ご存知の通り今大会のカタール代表は、開催国として初の3連敗に終わりました。多くの原因があっての失敗だったのでしょうけれど、一つには、現代サッカーでは、相手チームの戦術をすぐに分析して対抗するテクノロジーも誰もが使えるようになっていることもあるでしょう。

    試合中に相手の選手配置ややり方をすぐに分析し、それに応じて数分単位で戦術が変わっていく時代のサッカーでは、試合中にこちらの戦術に相手が対応する前に得点を取ってしまうか、相手の戦術対応を破壊するような飛び抜けた個の力で得点するかのどちらかしかありません。日本がドイツ・スペイン相手に逆転した数分間はまさにその前者でした。メッシやエムバペは後者に当たりますね。

    森保監督が選手任せで何もしていないという非難を言われるのは、この辺を最優先事項に位置づけて監督としてチームをマネジメントしているからかも知れません。勝手な想像ですが。

    自らものすごい戦術を落とし込んでも、すぐに相手に対応されたらそれまでです。

    ここで冒頭の話に戻りますが、戦術で代表選手を惹きつけて従わせようにも、その選手たちは欧州のクラブで代表チームよりも長い時間をかけてもっと優れた戦術で日々戦っています。代表選手を戦術で惹きつけるのではなく、その選手たちのサポートが出来る監督の方が、代表においては求められているのでしょうか。

    ハリルホジッチを解任したモロッコ代表がベスト4まで進んだことは、結構重要な示唆なんじゃないでしょうか? もちろん、ハリルホジッチに人徳がないとも言いませんし、後を継いだレグラギ監督に戦術が無いと言うわけでもないのですけれど。

    森保監督に戦術が無いと批判するのは勝手ですけれど、監督の仕事は戦術を編み出すことだけではないのですよね。

  • 次のワールドカップのフォーマットと過密日程問題

    カタールワールドカップの開催期間中に、FIFAが次回2026年大会における実施フォーマットについて、当初予定していた3チーム×16グループによるグループリーグ方式ではなくて、4チーム×12グループでの方式についての言及がありました。まだ本決まりではありませんが、今回大会のGL最終戦の混戦具合を見るに、4チーム×12グループでの方式が選択されそうな気がします。そもそも、3チームによるグループリーグというのが圧倒的に滅茶苦茶なのですが。

    問題は、この4チーム×12グループでの方式ですと、12グループから何チームを決勝トーナメントに進ませるかと言うことです。現行方式と同じ16チームですと、12グループの各1位と、2位のうち上位4チームのみがGL突破となりますので、最終戦が3位・4位の消化試合が増えることになります。

    とは言え、48チーム中32チームをGL突破としてしまうと数が多すぎる、という意見もあります。しかし、この3分の2という数字は、日本がドーハで涙を呑んだ1994年アメリカ大会までのフォーマット「24チーム中16チームが決勝トーナメント進出」というものと、割合的には同じです。グループ3位でも突破の可能性がありますので、消化試合はほぼ無くなります。

    ただ、この場合は「ラウンド32」の16試合が追加されますので、開催期間が1週間は長くなってしまいます。ただでさえ過密日程に苦しむ選手やビッグクラブがすんなり受け入れてくれるかどうかが問題です。

    折衷案とするなら、12グループの1位はラウンド16から、2位の12チームのうち上位4チームを2チームずつに分けて1試合を戦い勝者2チームをラウンド16進出、下位8チームで4チームずつに分けて2試合を戦い勝者2チームをラウンド16進出という形でしたら、追加されるのは8試合ですので、大会日程が延びるのは5日くらいでしょう。グループ2位までで通過というのも現行と同じです。

    ともかく、次回大会では48チームと巨大化した大会になることが決まっています。合わせて、クラブワールドカップの巨大化も発表していましたが、こちらの方はさらに反発を招きました。ビッグクラブにとって利益はなく、過密日程のさらなる過密化につながりますから当然でしょう。

    この過密日程問題が拗れると、またぞろスーパーリーグ構想が再々復活しかねません。FIFAやUEFAが認めない限りは実現しませんが、どこかの組織・団体が切り崩されたらなし崩し的に認められることもあり得ます。

    FIFAに反発する国がある程度以上になれば、新しい国際団体を作って、脱退あるいは両属しようとする国やクラブもあり得るでしょう。

    リブゴルフとPGAツアーの対立的併存状態を見れば、サッカー界ではそんなことは絶対無いとは言い切れないと思います。もちろん、個人競技かつ国籍があまり関係ないゴルフと、サッカーとでは諸条件が異なることは確かです。

    しかし、戦争により排除されたロシア、人権問題で欧州と対立する中東各国、米国と対立する中国だけでは無理としても、アジア・アフリカでそれらの国に同調する国が出てくればどうなるか分かりません。

    少なくとも、ゴルフ界を反面教師として、FIFAには汚職やら腐敗やら多くの問題を解決して排除すべきでしょう。そんなことが出来るとは私も思っておりませんが。

  • PK戦の戦い方(うっさいんじゃボケ編)

    クロアチアにPK戦で敗れた日本代表について、しばらくしてもPK戦の戦い方や準備についてアレコレ議論が収まりません。JFAの反町技術委員長がPK戦強化のために、今後の日本代表の親善試合でも採用するということですが、100%真剣勝負でその試合に巨大な運命が掛かっている、というわけでもない試合でPK戦をしてもあまり意味がないんじゃないかという気もします。

    PK戦は100%運と言い切る人はさすがに少ないですが、それでも技術面よりはメンタル面の影響の方が大きいでしょう。ワールドカップに下手くそが出ている訳もなく、スペイン代表がモロッコ代表相手に3人連続失敗してPK戦で敗れたことを考えると、サッカーの技術的な面よりは、メンタル面の方が重要です。

    テストマッチでPKをしても技術面のチェックにしかならないんじゃないですかね。1.88mmも意味が無いとは言いませんが。

    それよりも、代表戦に限らずPK戦の真剣勝負を増やすべきでしょう。高校サッカーは冬の選手権はPKで決まる試合がたくさんありますし、その一方で高円宮杯プレミアリーグ・プリンスリーグのようなリーグ戦もあります。Jリーグだってリーグ戦に、ルヴァンカップと天皇杯があります。これ以上、大会を増やす訳にもいかないでしょうけれど、先日、Jリーグが、J1~J3の60クラブが参加するノックアウト方式でのルヴァンカップという発表をしていましたね。多少はPK戦への注目が集まるでしょう。

    どうやれば、PK戦でのメンタルを作っていけるか、ということは、日本代表の監督や強化担当に責任があるのは確かですが、日本サッカー全体でも義務とは言わないまでも、関わっていけたら、それは将来に返ってくるでしょう。

    あと選手・スタッフは、試合で負けた以上は批判も覚悟の上でしょうけれど、PK下手くそとかいうのはなんというかアレだなあと思います。アレというのもアレですが、下手くそという批判そのものが下手くそですよね。

    負けた選手、失敗した選手が謝るのがデフォルトの国ではありますが、それが逆に選手へのマイナスのプレッシャーにもなっていないでしょうか?

    いっそのこと、試合でPKを外した選手、ビッグチャンスを逃した選手、ポカミスで失点した選手が、非難してくるメディアや書き込みに対して、
    「うっさいんじゃボケ」
    と傲岸不遜に言い放つようになったら、そしてそういう選手が代表にあふれるようなくらいになれば、日本はいつでもPK戦で勝てるようになるんじゃないですかね。少なくとも今の代表の某選手には言ってほしいのですが。

    逆に、そんな反論をしたらさらに炎上したり非難されたりする社会であり続けるなら、日本はPK戦で今後も負け続けるのかも知れません。

  • Twitterの記者アカウント凍結・解除は重要な示唆

    Twitterのライバルというか似たサービスであるMastodon関係のTweetを勝手に見えなくしたり、イーロンマスクのプライベートジェット情報を流していた記者のアカウントを凍結したりと、まだまだ騒動の種が尽きないTwitter問題ですが、そういったマスク氏による恣意的にも見える運営手法に対して、政府やマスコミによる批判も尽きません。

    別にマスク氏を擁護するつもりはありませんが、本来であれば、単なる民間の一つの私企業において、明確な違法行為でない限りは企業経営者の差配で何したって良いわけで、表現や報道の自由に挑戦する人類の敵扱いのような非難も無理筋なように思えます。

    逆の見方をすれば、それだけTwitterという存在がネット界隈だけではなくて、リアル社会においても重要な情報インフラになっていることの裏返しなのでしょう。公共性が高い事業だから、その事業を運営する企業の経営者にも高潔な思想を要求する、という理屈になるわけです。

    しかし、SNSジャンルにおいてTwitterのアクティブユーザー数は15位とも言われています。Facebook、WhatsApp、YouTube、Instagram、TikTokらと比べて一桁少ないユーザーしか利用していないTwitterに、ポリティカルコレクトネスを義務付けるのもおかしな話で、ユーザー数に比べて配慮が多すぎたことが赤字の理由だったかも知れません。

    実際にマスク氏がどのような対応をしていくにしろ、利用者側の方が考えるべきことは多いです。究極的には、Twitterだけに頼らない、Twitterがないと終わる状況を無くす、Twitterが滅茶苦茶になってもやっていけるようにする、ということです。

    政府やマスコミがTwitterを不公正だと言って非難するのは勝手ですが、だからと言ってTwitterを政府が強制的に徴収して政府管理のサービスにするわけにもいきません。むしろTwitterに頼らざるを得ない行政・マスメディアの方に問題があるというか、覚悟が足りないのかも知れません。

    私企業1つが運営するSNSを唯一のメディア化してはいけないのです。Twitterに限らず、その会社の都合でなんとでもなるSNSは、利用者にとってはあくまでその企業のフィルターを通った後の情報だけが流れてくるのだという覚悟が必要です。

    法律で規制すればいい、という考えにしても、法律の規制は常に後追いでしか実現出来ません。先に穴を塞ぐような予防的な法律は権力の濫用に当たりますし、そんな妨害をされたらそれを回避する手段を結局は企業側が考え出します。

    いっそのこと、政府主導やマスコミ各社が共同でTwitterみたいなSNSを開発するなり、Mastodonを運営するなりしてみたらいいんじゃないですかね。実際にやってみれば、SNS運営がどれほど大変か分かるでしょうし。

  • カタールワールドカップ決勝戦ABEMA観戦の感想

    決勝のカードはアルゼンチン対フランス。どちらも過去に2回の優勝経験があり、3回目の優勝を狙っての決戦となりました。若き英雄として連覇を狙うエムバペと、2006年大会から連続出場の集大成としたいメッシの戦いでもあります。

    フランス代表チームは体調不良者が続出しているとの報道もありましたが、ブラフかも知れないと思いつつ、いざキックオフ。

    開始直後から、解説の本田氏が何度も言及するように、明らかにフランスの選手たちの動きが悪く、ミスが多いもので、体調不良が本当だったのでしょう。

    ディフェンディングチャンピオンが決勝で、試合前に体調不良の選手を出場させて・・・となると、おっさんサッカーファンとしては1998年フランス大会でのフランス対ブラジルの決勝で、体調不良だったロナウドが、噂ではスポンサーの意向で無理矢理出場させられ、結局ダメダメでジダンの2ゴールを含む3-0というスコアでフランスが完勝した試合を思い出します。

    そしてその試合をなぞるかのように、21分にディマリアが「上手い」ドリブルでPKゲット、そしてメッシが決めて押しているアルゼンチンが先制。

    フランスはその後も単発の反撃がいくつかあるだけで、試合の流れを反転させることは出来ず、デシャン監督が手を打つ前にアルゼンチンが2点目をゲット。98年の決勝も確か前半で2-0になったのですよね。

    そしてハーフタイム近くなってから、フランスが動いて2名も交代。今大会4得点のジルーを代えるのは本当に不本意でしょうけれど、得点以前にこのままだと3点目を奪われるのが目に見えているため、緊急的な応急処置なのでしょう。

    その措置が効いたのか、一応はそのままで前半終了。ある意味お互いに予想しなかったスコアのはずですが、フランスは何があろうと45分で2点は取らないといけません。

    後半は両チーム交代なく開始。アルゼンチンは焦らずこのまま攻め、相手の圧力が強ければカウンター狙いに切り替えればいいだけです。

    攻めるしかないフランスのはずですが、後半もアルゼンチンのペースのまま時間は過ぎていき、あわやという場面はアルゼンチンにばかり訪れます。

    アルゼンチンがキレキレだったディマリアを交代させた後から、フランスが攻め始めました。

    フランスの初シュートは後半26分のエムバペが最初でした。そのことからもフランスの苦戦っぷりが分かるものですが、その直後にフランスがさらなる交代カードを2枚切りました。

    そして33分、遂にフランスのチャレンジが実を結びPKゲット。これをエムバペが読まれながらも決めて2-1と追いすがります。

    さらに直後、浮き球のパスを受けたエムバペが身体を倒しながら完璧なダイレクトボレーで同点ゴールを奪いました。これで2-2。日本戦のスペインのように5分だけパニックに陥ったアルゼンチンは痛恨の2失点となりました。70分はほぼ完璧だったことを思えば、選手も監督も信じられないでしょう。

    体が重かったフランスが水を得た魚のように軽やかに動き始めた一方で、2点差を追いつかれたアルゼンチンが急に守備も攻撃も苦しみ始めました。

    今にして思えばディマリアを下げたのが間違いにも思えますが、そんな検証をしている余裕が無いアルゼンチンは延長に持ち込んで切り替えるしかありません。

    と思っていたらアディショナルタイムでアルゼンチンも最後の力を振り絞っているのか、メッシの強烈なミドルもありました。

    死力を尽くした決勝戦は2-2で延長戦へ。エムバペのヤバさが後半途中から突如出現しました、アルゼンチンはその前に3点目を取ってで仕留められなかったの悔やまれます。

    延長前半はフランスにもアルゼンチンにも決定機があり、それを必死でクリアして逃れる場面の応酬です。

    延長後半。エアポケットのようなフランスの守備の甘さが突如表れ、GKが弾いたボールを押し込んだメッシが勝ち越し弾を母国にもたらしました。

    フランスは呆然となり、アルゼンチンは歓喜に沸くスタジアム。延長前の後半からの流れでは、フランスがいずれ勝ち越すか、アルゼンチンがPK戦に逃げ込むかのどちらかかと思いきや、アルゼンチンのレジェンド、バルサのレジェンドのみならず世界のサッカー界のレジェンドが自身の伝説に最後の一花を添えました。

    と思いきや、延長後半11分にエムバペのシュートからハンドにより再びPKの判定が下されました。これをエムバペが決めてハットトリックにより3-3のタイスコアにまたもや持ち込みます。

    おそらく、この試合は将来に語り継がれる決勝戦となるでしょう。

    その後も、両チームとも勝ち越しゴールのチャンスがあるも決めきれず。エムバペの恐ろしいドリブル突破をかろうじてクリアしたところで120分が終了。決勝がPK戦になるのは1994年、2006年に次いで3度目となりました。

    PK戦はエムバペとメッシが共に1人目のキッカーとして登場し、両者ともあっさり決めましたが、フランスは2人目・3人目が外し、アルゼンチンは4人全員が決め、遂にメッシがワールドカップの栄冠を手にしました。

    メッシの素晴らしさを言うのは野暮でしょう。アルゼンチンはマラドーナがいた1986年以来の優勝を成し遂げましたが、それよりもワールドカップ連覇がこれほど難しいものなのかと、改めて思いました。

    これほど強いフランスが、エムバペが大爆発しても連覇できないものなのか。イタリアが連覇した34年・38年はまだ大会自体が若かった頃ですし、58年・62年大会は16チームの開催だったこともあるでしょうけれど、今後も連覇する国が出てくるのは相当難しそうです。

    カタールワールドカップはメッシの笑顔のまぶしさで大団円を迎えました。

  • カタールワールドカップ3位決定戦ABEMA観戦の感想

    グループEの突破は日本とスペインでしたが、その両チームが揃ってラウンド16で敗れた相手であるクロアチアとモロッコが、ともに準決勝で敗れて3位を争うことになりました。後から思えば、3位と4位がいるグループFが本当に死の組だったと言えます。

    試合は早い段階で動き、前半7分にクロアチアがペナルティエリア内でヘッドでつないで先制ゴールを奪ったのも束の間、9分にはクロアチアの選手に当たって高く跳ねたボールを上手く頭で合わせてモロッコがすぐさま同点に追いつきました。

    この辺のチームになると、速攻も遅攻も、それらに対応する守備も洗練されているように思えます。明確な苦手なパターンがないというか。ひたすらポゼッションサッカーにこだわったために日本とモロッコに負けたスペインの対極のような感じですね。

    42分には左サイドからクロアチアのオルシッチが見事なコントロールショットを決めて勝ち越し。

    前半はこれで終了。つまらない試合とは口が裂けても言えませんね。後半は攻めるモロッコ、守るクロアチアという展開になるでしょうか。

    後半開始してみると、そんな思いとは裏腹にずっとクロアチアが攻め続けます。モロッコは選手間の共通意識があやふやに鳴っているようにも見えます。

    それでも後半の半分過ぎあたりから、さすがにモロッコが前掛かりになってきたこともあり、お互いにエリア内外であわやPKという場面も出てきました。

    結局このまま試合終了となりました。試合後、モロッコの選手が審判に文句を言い続けていましたが、試合中に確かに不利な判定かなとも思えるシーンもありましたし、準決勝のフランス戦からのフラストレーションが積み重なっていたのでしょう。

    この3位決定戦はどちらもグループリーグで同グループだったという非常に珍しい組合せでした。どちらも守備の固さも持ち味でもありました。日本は逆に4試合全てで失点したことは反省材料でしょう。思えば、ロシアワールドカップでも日本は4試合とも失点しています。守備は重要な問題でしょう。

    あとは1日後の決勝戦で、今回のワールドカップは終わります。大会前も大会中もいろいろありましたが、カタールに対して欧州議会や一部の国の議会で非難決議がされたりしていて、大会後も多分色々あるんだろうなと思います。

    東京五輪みたいに、終わってしばらくしてなんだかんだとスキャンダルが出てくるんじゃないですかね。