平繁無忙の何でも書くブログ

  • 炎上もバズりもメッセージである

    人気YouTuberグループ「東海オンエア」による、高速道路上でのガス欠をネタにする動画が炎上し、当該車種のメーカーであるマツダ社が苦言を呈する声明を発表したのも束の間、今度はディーラーの広島マツダの社員が障害者を揶揄する動画を挙げて炎上し、その謝罪文でさらに炎上を招いていますが、最近では、毎日、「誰それがSNSで炎上しています」という報道を見かけます。

    また、離乳食の無料提供を発表したスープストックトウキョーが、乳児が店に来ることについて賛否両論が起きて、これもまた炎上など言われました。

    SNS上での出来事をネタにする報道機関というのも個人的にはみっともないとも思ってしまいますが、ビュー数稼ぎにはもってこいなのでしょうね。ネットサーフィンしてトレンドになっているキーワードで記事を書けば良いのですから。

    東海オンエアや広島マツダの件は確かによくないことであり、というか広島マツダに関しては議論の余地無いくらいダメな炎上例ですが、スープストックトウキョーについては炎上と言うよりは、SNS上で議論を巻き起こしている、くらいのことだったはずで、炎上というのは本来、違法行為や反倫理的な言動などについて非難する反響が巻き起こっている状態のことを指すと思っていましたが、単純に悪いこととは言えない事例に関して大量の書き込みがある状況まで炎上というと、謂われなきイメージダウンにもつながるので良くないと思うのですけれどね。

    ともかく、SNSでは毎日誰かが炎上しています。その一方で面白い、素晴らしいといった「バズり」も毎日起きているわけで、この両極端な現象は、多分根っこは同じで、SNSの本質に由来するものです。

    リツイートというシステムをTwitterに組み込んだのは失敗だったと、Twitterのエンジニアだった人が後に語っていましたが、他人の意見を気軽にまたさらに他人に伝える、というシステムは口コミのデジタル化であり、人間社会にマッチした、というか人間社会そのものの仕組みなのでしょう。

    今さら、マクルーハンの「メディアはメッセージである」という至言を持ち出す必要も無く、メディア自体には意味があり、中身があることは知られています。

    TwitterやInstagram、TikTokなどなどの数多くのインターネット上のソーシャルメディアにおいても、そのもの自体がメッセージであり、おそらく本質的に良い意味ではバズり、悪い意味では炎上という、「短時間に衆目に触れて反響を起こす」ことで人間社会に影響を与えるものです。

    ぶっちゃけ、バズりや炎上の中身は何でも良くて、とにかくウェブ上で騒げればSNS利用者は満足します。メッセージ性においては新しいソーシャルメディアは既存マスメディアと何ら変わりないし、瞬間性・双方向性においては圧倒的にマクルーハンの指摘通りです。

    これは人間にとって欠かせないコミュニケーションの本質でもあるでしょうし、社会が克服することはないのでしょうね。

  • 成功そのものが失敗であるケース

    読売新聞社が新聞販売店との裁判において、賠償責任は免れたものの押し紙行為があったという裁判結果が出てしまい否定していましたが、新聞と販売店との関係は今後どんどん悪化していくのだろうなあと、無関係な人間としては暢気に感じています。

    日本において新聞が人口比で大量に売れてきたのは、店舗販売よりも新聞配達によって各戸に毎朝毎夕配達されるシステムが存在したためであり、これこそが新聞部数が戦後飛躍的に伸びた理由でした。

    しかし、このシステムは人口増が続いているうちは良いものの、人口減と新聞読者減がダブルパンチで新聞紙上を襲う現代に至って、新聞配達のシステムの維持が難しくなってきます。インターネットでニュースを読む、情報を得るのが当然となり、新聞講読しなくてもいいと考える人や世帯が多くなってきた現在、当然ながら新聞配達店の収益は減ります。大元の新聞社だって収益は減るので、こうなると力関係がダイレクトに取引関係に影響してくるので、押し紙のような優越的地位の濫用に現れます。

    成功が失敗の原因になるのはこれに限ったことではなく、SHARPは長年研究してきた液晶がIT製品と液晶テレビによって大量に消費される時代を迎えて大きな売上を得たものの、液晶製品のコモディティ化と有機ELなどの新技術に乗り遅れたのは、成功イコール失敗だった有名な例でしょう。

    docomoのiモードも2000年代において我が世の春レベルの繁栄をもたらしましたが、スマホ時代に適応することが出来ず(というかiOSアプリなどがiモードから学んだのですが)、docomoのコンテンツビジネスはiモードほどの成功を得ることは10年以上出来ていません。

    成功と失敗は紙一重とはよく言いますが、むしろ成功が失敗の原因になる、あるいは成功そのものが失敗であるというケースも世の中には多々あります。

    人口増&経済成長期に当然だった社会システムは今後、上手く行っていたシステムほど、逆に機能不全を起こすようになっていく気がします。その最たる例は、年金なんでしょうね。

  • マスクのあるリアル会議と、マスク無しのウェブ会議のどっちがいい?

    マスクをしない場面が増えてきましたが、それでもまだ至近距離で会話をせねばならない状況になると、どうしてもマスクをすることがなんとなくもとめられます。

    特に会議・ミーティング・打合せといった数名~十数名が一つの部屋に集まり、一つのテーブルで向かい合って話し合うような場面ですと、やはり意識せざるを得ず、マスク姿が並びます。

    一方で、コロナ禍から一般的になったZoomやTeams、Webexなどを使ったウェブ会議・ウェブミーティングにおいては、周囲に人がいなければマスクを外してカメラに映すことが出来ます。

    コミュニケーションの問題から、テレワーク・在宅勤務からオフィスへの出勤を前提とするようになりつつありますが、お互いに顔半分しか見えないリアル会議と、顔全体を見ることが出来るウェブ会議の、どちらの方がコミュニケーションとして優れているのか、というと結構微妙な気がします。

    顔全体が見えるウェブ会議の方が良いという人もいれば、ネット越しでは分からない空気感を感じられるリアル会議の方が良いという人もいるでしょう。

    どこかの大学か研究機関で、リアル会議とウェブ会議でどちらの方がお互いの話を聞いているか、理解が深いかといった研究とかやってそうな気がしますが、無いですかね。

    やっぱり目の前での対面のコミュニケーションが全てにおいて優る、ということを言うなら、何らかのエビデンスがあってしかるべきと思いますけれど、今のところは経営層の管理欲のための感情的な主張が先に立っていないでしょうか?

  • 準軍事組織に支配されつつある21世紀の軍事紛争

    スーダンでの日本人やその関係者の脱出は、自衛隊及びフランスや韓国などの諸外国の協力によって無事完了しました。アフガニスタンからアメリカ軍が撤退したときの混乱を反省材料にできたのか、今回は非常にスムーズだったと思われます。

    今回のスーダンの内戦は、正規軍と準軍事組織の対立によるものです。RSF(即応支援部隊)と呼ばれるこの準軍事組織は、かつてのダルフール紛争で成立した民兵組織が元になっていますが、追放された独裁者のバシーる元大統領とも繋がりがあるとも言われています。

    RSFは軍の傘下にあるものの実際には半ば独立した組織であり、民政移管の協議において国軍との併合について妥協出来ず、結果として正規軍と準軍事組織の軍事衝突という事態に陥りました。

    無関係の外国人にしてみたらただひたすら迷惑というかそれどころではない話ですが、国軍・正規軍は法律や憲法によって外部からの制約がありますし、組織自体を法的に構成されていますので内部の権力・権限についても秩序がありますが、準軍事組織はたいていの場合そういうルールの埒外に存在するので、極端な言い方をすると「何でもあり」になってしまいます。

    民主主義の確立した国家にも準軍事組織はありますが、それらは沿岸警備隊とか州兵とか内務省軍といった、法律や憲法に基づいた組織ですので、例え対立したとしても内戦になんかなるわけがないのですが、法的根拠がない準軍事組織には法的拘束力が及ばず(もちろん本来は及ぶはずですが)、さらに独裁者からは正規軍を使えないような後ろめたいことを請け負って重要度を増していくので、正規軍に並ぶほどの権力や軍事力を備えるようになってしまいます。

    正規軍が出来ないことをさせる、あるいは勝手にするようになると、もう国家の文民官僚・政治家はコントロール出来なくなってしまいます。日本人としてパッと思いつく例は、戦前の関東軍が挙げられますが、他にもナチスのSSとかムッソリーニの黒シャツ隊とかありましたし、現代世界で言えばロシアのワグネルやアメリカの民間軍事会社、中国の海警隊も似たようなものです。もちろん、コンプライアンスやガバナンスはそれぞれ差はあるでしょうけれど。

    正規軍が上と法的にも実力的にも明確に位置づけられているのなら、準軍事組織があったとしても揉めるはずはないのですが、そうでなければ当然揉めます。

    さらに面倒なのは、国際条約や国際法において正規軍はやはり国内法と同様に制約を受けますが、準軍事組織は国際法や人権を無視して行動しかねません。アメリカの民間軍事会社がアフガンやイラクで何度も無法行為を行ってきたのはその証拠です。

    国連で準軍事組織・民間軍事会社についての制約を課すべきでしょうけれど、米中露の3ヶ国が準軍事組織を大いに活用しているうちは無理でしょうね。

    支配というのは言い過ぎでしょうけれど、21世紀の軍事紛争においてキャスティングボートを握っているのは準軍事組織であると言っても、大げさではないと思います。

  • 紙、QRコード、ICカードのチケットについて

    先月、サンガとのアウェイ戦を観に行った時に、入り口で、印刷されたQRコードのチケットを持って困っているような高齢の方がいました。

    通り過ぎながら聞こえてきた会話では、どうやら誰かにチケットを買ってもらって送ってもらった分が、枚数が足りないっぽい感じで、送られた数が少なかったのか印刷した数が少なかったのかは分かりませんが、こういうことがあると、従来の現物の紙チケットの方が分かりやすいよなあとも思いました。

    私が普段見るJリーグのチケットは、ホームゲームなら年間パス利用者なので会員証と年パスカードを持参するだけですし、アウェイ戦を見る時もJリーグチケットサイトでQRコード発券したものを利用します。紙のチケットは長らく使用していませんが、不慣れな人だと手間取ったり間違ったりすることもあるでしょうね。

    昭和、そして平成の大半の期間において、こういうイベントチケットや、あるいは電車や飛行機のチケットは印刷された横長の紙と決まっていましたが、今ではQRコードだったり、ICカードだったりとずいぶん様変わりしました。ガンバ大阪の年間パスでも昔は年間試合数分の紙チケットがまとめて届いていたものです。

    今のJリーグチケットについては、たいていの場合、追加手数料を払えば紙チケットでの発券が出来ますので、先述の方の場合はその手間をかけた方が良かったのかも知れません。

    分かりやすさと使いやすさは、本来両立するべきものですし、むしろ共通していることがあるはずなのですが、それは
    「慣れていて、環境が揃っている」
    という前提が必要なのだと改めて実感しました。紙チケットに書かれてある情報を、QRコードが載った紙として印刷する手間暇はかかるし、スマホで見せるならスマホを持っていて会場入り口でササッと操作することが必要です。ICカードだとデータを見るのはスマホ・パソコン経由でないと不可能です。

    そのうち、マイナンバーカードと紐付けられて、それをICカードとして電車やサッカー観戦にも利用出来るようになるのでしょうか。少なくとも現状のマイナンバーカードシステムだと不便な面もありますので、まだまだ先のことでしょうけれど。

    少なくとも、キャッシュレス化・ペーパレス化の社会を推進するための政策を実施するくらいなら、その前に民間のスマホ講座の費用を高齢者向けに税金で補助したり、あるいは市役所・公民館などでスマホ講座を公費で開いたり、ということもあってしかるべきでしょうね。

  • 30年遅れでの改革でも必要な教育現場

    学校の先生の残業が未だに多く、なかなか抜本的な業務量の改善の効果が出ていないようです。

    教員は今では不人気な職業の代表の一つになってしまっています。長時間の業務時間に加えて、モンスターペアレントへの対応、旧態依然とした職場環境など、色々と不人気な理由はあるでしょう。

    その不利益を被るのは学んでいる子どもたちであり、なんとか改善していかねばならないのですが、教員不足に対する政策として出てきたのが、教員免許を持たない人でも授業をしやすくするという案でした。

    いや、教員免許を持っている人が少ないことが問題なのではなくて、免許を持っている人が教員採用試験を受けようと思えないほど、就業環境が悪いことのはずなのですが、現実に目を背けているのでしょうか。この点、保育士不足と似たような状況だとは思いますが、公立校の教員は地方公務員でもあり終身雇用となるのに人気がないというのは相当に悪いイメージを持たれていると考えざるを得ません。

    なり手がいないと現職の教員の残業時間は減らず、さらに不人気を呼ぶことになり、悪循環にハマってしまいます。

    いっそのこと思いっきり教員の数を増やせば解決すると言えばする話なのですが、少子化が進んでいく日本社会において急増させた教員数はいずれは不要になってきます。それを考えると正規職員の教員を急増させるわけにもいきません。

    デジタル化、今流行りの言葉で言えばDX(デジタルトランスフォーメーション)によって業務効率化を実現し、さらに教員でないと出来ない(するべきではない)業務は教員に、それ以外の業務はアウトソーシング化で民間企業のスタッフに振り分ける、ということくらいしか、素人考えでは出てきません。少なくとも、教員免許のない教員に授業をさせるよりは良いでしょう。

    デジタル化もアウトソーシング化も、日本社会においては20年・30年前に大半の業界で起きたことですが、教育現場ではまだまだ普及していません。手放しでそれらが良いことだとも言えませんけれど、庶務や部活動やアナログ作業で長時間残業している現場がそのまま残るよりは良いと思うのですけれど。

  • 2023年5月3日J1リーグ第11節大阪ダービー観戦の感想

    雨が心配されたゴールデンウイークでしたが今日の大阪は晴れ。ダービーマッチにふさわしいコンディションで迎えた運命の一戦です。

    杉山が外れた前線は、ジェバリ、アラーノ、食野が入り、宇佐美も連続で先発出場です。

    前半の試合開始から、ガンバがボールを支配する展開が続き、決め手を欠くものの、角度のないFKを宇佐美が直接狙ってポスト直撃するシーンもありました。

    しかし、28分に一瞬の隙を突かれて最初のチャンスをセレッソに決められ失点。

    その後もセレッソゴールに迫るも決定機と言えるほどのチャンスは無く、0-1で前半終了。

    ブーイングありそうなスコアながらも、ゴール裏はブーイングなしでコールを続けてチームを鼓舞します。

    後半開始からも、やはり前半のようにガンバがボールを持って攻める展開になり、56分に食野から宇佐美につないでマイナスのパスをジェバリがスルーしてダワンが決めて同点!

    こういう多くの選手が連動するとゴールは近付きますよね。

    さて、その後もずっと押し込んで攻め立てるも決め切れないまま時間が経過します。

    87分、ダワンを下げて倉田が開幕戦以来のリーグ戦出場となりますが、そもそもダワンを下げる必要があるのか?と思っていたところ、89分にカウンターから失点。

    攻めているチームがチャンスを逃し続けると、痛いしっぺ返しを食らうという、非常に典型的な展開となりました。

    最後の最後には、パワープレーで三浦が落としてジェバリがシュートするも、キムジンヒョンのスーパーセーブによって万事休す。1-2で試合終了。

    結果としては、またもやセレッソに敗れる屈辱の大阪ダービーに終わりました。

    今節に限ったことではないですが、ボールは持てる、攻め込んで押し込むことは出来る、しかしゴールが決まらないというサッカーを、どう考えるべきか?

    とりあえず、少なくともポヤトス監督は、試合中の選手交代が上手ではないでしょう。あえて言えば、J1リーグの監督としてはかなり下手な部類だと思います。

    今回、倉田を入れる時でいえば、ダワンは下げるべきではなく、替えるなら宇佐美かアラーノでしょう。攻撃面のサポートと考えたのかも知れませんが、武蔵の入れどころも結局逸しましたし、最後の数分間でパワープレーを続けるなら、黒川の代わりに福岡か高尾を入れるべきです。

    試合後のインタビューを読む限りは、ポヤトス監督が今のやり方を変えることはないようですので、これを容認するなら強化部は前線の点取り屋補強を急ぐべきです。チャンスはあるのに決められない以上、チャンスがあれば決められる選手を揃えるしかありません。

    それが出来ないなら、ポヤトス監督を解任して、現状の選手で勝てるサッカーをする監督を連れて来るしかありません。

    今のサッカーが内容としては過去数年どころか10年さかのぼっても無いくらいのパスワークを備えていることは認めます。しかし、それが出来ていてもこれほどの惨状で過去最低の成績になっていることも認めるべきでしょう。

    結果より大切な内容なんてありません。

    思えば、2012年のガンバが、得点は多いけれど失点も多く、守備と攻撃のどちらが大事かという問題を提示していましたが、結論としては守備の整備されないと攻撃しても無駄ということが、降格という事実によって証明されました。

    今年のガンバも似たような状況、というかあの時よりも遥かに酷い状況です。試合によっては相手を圧倒していてもコロッと負けるサッカーをどうやって擁護できるのか。

    解任したらまたやり直しという批判は分かりますが、降格したらもっと底からのやり直しです。今のJ2は、そこから這い上がってくるのが非常に厳しく、数年さまようと名門であってもJ3降格もチラついてくるようなリーグなのです。

    結果より大切な攻撃サッカーって何なんでしょうね。

  • 質が落ちたのはテレビ番組か?

    先日、TVタックルが、手の常在菌を使って発酵させたジュースを提供する店を紹介していて、ものの見事に大炎上していました。そりゃそうだろと言わざるを得ない炎上であり擁護のしようもありませんが、この件に対する批判で、テレビの質が落ちたとか、こんなこともチェックしていないのか、というものを見かけました。

    ぶっちゃけて言うと、昨今のテレビ番組の質が落ちたとは個人的には思っていなくて、むしろ今も昔も大して変わらず、質なんてこんなもんだろうと思っています。

    今を批判する為に昔を持ち出すのは本当によくあるパターンで、年配の人間に良くありがちではありますが、若い人にもあり得るもので、昔の良かったところのみをピックアップしてそれと比較する形で、今の悪いところを批判する、ということも本当によくあるパターンです。

    私の記憶に残っているテレビ番組というのは80年代以降のものですが、昔のテレビには面白いもの、素晴らしいものもたくさんありましたが、その一方でつまらないもの、くだらないもの、問題のあるものだってたくさんありました。

    だからこそBPOのような団体が出来たり、業界としての自主規制が入ったりするように、少しずつ変わっていったのです。

    その一方で、インターネット、SNS、動画共有サービスの登場により、テレビ番組への批判が可視化され、エコーチェンバー現象に代表されるように、過激な言説が増幅される時代になりました。

    テレビへの批判が視聴者から直接的になったのが今と昔の違いです。

    かつては、テレビ番組への批判を視聴者が感じたとしても、やれることは電話や郵便でテレビ局に抗議するか、新聞の投書欄に意見を出すくらいしかなかったのです。あるいは、同じマスメディア内で、評論家や知識人(これももはや死語になりました)がアレコレ言うくらいで、結局マスメディア内部で処理される話でした。

    「テレビの質が落ちた」
    という批判自体が、可視化されるようになっただけであり、今も昔もこんなもんだったと思っていれば、そんなに目くじらたてんでもええやん、という気になります。

    テレビが普及し始めたときに、大宅壮一が「一億総白痴化」と批判しましたけれど、今だと既存メディアがネットやスマホに対して同じことを言っています。

    そのうち、ネットについても同じことになるでしょう。事実、SNSにおける自主規制という名のBANは、利用者にとっては悩ましい問題です。テレビを批判する視聴者が批判の過激さによってSNS上でBANされたら、今度は「ネットの質が落ちた」という批判に溢れることになるのでしょうか。

  • 大阪ダービーを前に

    土曜の試合後にもアレコレ散々、現状のガンバについてnoteに書いた上での追加の話になりますが、あくまで今年は我慢の年だ、というのは、このポヤトスガンバが内容も結果も悪い状況に直面してから出てきた言葉なのですよね。

    どんなサポーターでも、開幕前には今年は好成績・タイトル獲得を意識しています。それが叶わない現実に直面した時に、監督更迭論を振りかざすか、今年は我慢と割り切るか、どちらかに分かれるものです。

    過去2年及びその前の2018年のクルピ→宮本への混乱の引き継ぎも経験しているサポーターが、また今年も解任したら結局やりたいサッカーが根付かず迷走する、と考えるのは当然です。その点については私も同じ考えです。

    ただ、その前に私は個人的には現実無き理念のみの攻撃サッカー賛美には反対で、去年末の松田体制を今年は続けるべきだと思っていました。

    それでも、ガンバの強化部・フロントがポヤトスを連れてきて攻撃的なサッカーを志向するのであれば応援しますし、試合も見に行きます。しかし、現時点では結果も内容も厳しい試合が続いています。

    リーグ戦10試合経過して、勝てたのは向こうがガンバ以上に混迷していた川崎フロンターレ相手だけでした。それ以外の試合、相手が並以上の調子を持っている場合は負けか引き分けです。

    去年までの内容が酷すぎたから今年は基礎を作っている、という意見も分からなくもないですが、目の前の結果が悪ければ降格します。今年は降格枠が1つのみなのでまだ問題視されていませんが、横浜FCに抜かれて最下位に落ちても基礎作りをし続けるべきでしょうか?

    また、ポヤトス監督の理想を実現出来ない選手層に問題があるという人もいますけれど、選手層に見合って戦術を選び、指導して試合に臨むのも監督の仕事のはずですけれど、それが出来ない場合に責任を選手にかぶせるのもおかしな話です。去年までしなかったような信じられないミスをして負けるのは、そういうリスクを負う戦術を取っているからであり、その責任の第一は監督にあります。

    まあ、本当に一番の問題点は、クルピ監督、片野坂監督の時も同じですが、攻撃サッカーを目指しますと言って後は全てを現場の監督に丸投げする強化部・フロントにあるのですけれどね。

    思えば、2012年12月の磐田戦で負けてJ2降格が決まり、その後の長谷川健太監督就任について、クラブの現場もフロントもサポーターも、守備の整備が必要だというイメージが一致していたはずです。そしてJ2優勝、さらに昇格即三冠という偉業も成し遂げました。

    しかし長谷川体制終焉後は、現場・フロント・サポーターの気持ちがバラバラになっているようにも感じます。この6年間で本当に一致していたのは昨年末、2020年、2018年後半の連勝時くらいでしょうか。

    それを思うと、今シーズンは悲惨な成績ながら、まだポヤトス体制での攻撃志向に対する支持で比較的まとまっています。

    しかし、この大阪ダービーでもし万が一、惨敗するようなことがあれば、解任論が出てくるでしょうし、そうなるとまた今年一年を棒に振ることになってしまいます。

    ダービーの勝利で団結し、調子も成績も上向きになることを祈っています。

  • 入管法改正に思う、政治とは何か

    立憲民主党が先日の入管法改正法案の可決を巡って、活動家云々と色々物議を醸しそうなことも言っていたようです。

    https://www.sankei.com/article/20230428-FDAZNA4T7BMQ5MGQMJ6Y2DGWQU/

    記事が産経新聞のものであることを差し引いて考えないといけませんが、結局何のために修正案を出してきたのか分からない、ということは、政府与党側だけではなくて、修正案を出した当の立憲民主党側の実務担当者にとっても無力感を覚える出来事だったであろうことは想像に難くありません。

    理想と現実は常に対立するものですし、理想を捨てた組織に未来はありませんが、だからといって現実を無視して理想だけを追求しても何も実益はもたらされません。

    それが分かっているからこそ、修正案を出す側の人は100%にはほど遠いものだと分かっていても、少しでも悲惨な入管の現状から一歩でもマシになることを思っていたのでしょうけれど、結局は修正が反映されない改正案となってしまいました。

    活動家上がりの政治家や活動家そのものが、この世の諸悪の根源だと言うつもりはありません。活動家出身で総理大臣まで上り詰めた菅直人が有名ですが、彼の師匠筋に当たる市川房枝は戦前に女性の地位向上に努め、婦人参政権の実現に尽力しました。

    賛否あるでしょうが、婦人参政権のために戦時中の翼賛体制にも協力したこともあり、それが理由に公職追放の憂き目にも遭いましたが、活動家であってもあくまで実利を目指した政治的行動も取っていたことは間違いありません。

    その実例から見た場合、今回の入管法改正を巡る、いわゆる「活動家」の人たちの行動は、多分、政治的実利の獲得よりも、自分たちの主張と支持層へのアピールが重要だったのでしょう。もちろん、主張するのは勝手ですし、理想を追うのは結構ですが、修正案が実現していた場合に救われたであろう人たちが、今後も救われない立場に置かれることについては、どうとも思わないのでしょうか。

    自分たちの主張が100%通らないのは相手が悪い、という理屈では、誰も説得できません。

    政治とは何か、と考えれば、とどのつまりは調整であり妥協です。100人いれば100通りの意見があり、それを調整して妥協点を見つけないと社会は成立しません。そのための行動が政治であり、それを行うのが政治家です。

    その点から見れば、活動家100%の人は政治家とは言えません。

    先述の婦人参政権に関して言えば、実現したのは戦後であり、GHQの強制力合ってのことでしたが、普通選挙については最初の選挙が行われた1890年以来、少しずつ対象者が増えていき35年掛かって実現しました。

    入管法改正についても、今日は100%実現しなくても、少しずつでも改正し続けていこうという思考にはならなかったのが残念でなりません。だから選挙で勝てないんだよ、とまで言ってしまうと悪口になってしまいますかね。

  • 2023年4月29日J1リーグ第10節鹿島アントラーズ対ガンバ大阪テレビ観戦の感想

    普段はDAZNでJリーグを見ていますが、本日のゲームはNHK BSで中継があるので久し振りにガンバ戦をテレビで観てみます。

    両チームとも今シーズンは内容も結果も良くなく、苦しい状況が続きますが、鹿島は前節吹っ切れたようなサッカーをしていたのが印象的でした。一方ガンバはリーグ戦で良かったのは川崎戦のみ。攻撃はパスをつなげるようになってきましたが、フィニッシュに課題を残しています。

    前節何度もシュートが枠に嫌われた宇佐美も先発です。ジェバリ、杉山、アラーノが前線、宇佐美、ダワン、ネタラヴィが中盤と現時点でのベストメンバーのはずです。

    前半、ガンバはここ最近出来ている、パスをつないで攻撃をするサッカーは展開できています。相変わらずフィニッシュの課題はあれど、中盤でのつなぎで引っ掛かることはあまりありません。

    鹿島にシュートを打たれることはあれど危険なシーンはほぼ無く、リスク管理はシーズン序盤よりは出来てきました。

    38分にショートカウンターからジェバリ、ダワンとつなぎ、ダワンのシュートは惜しくもサイドネット。

    40分にもジェバリが粘ってシュートもGKセーブ。

    結局前半は0-0で終了。お互いに決め手を欠く45分でした。

    ハーフタイムでの播戸節が全開だったのですけれど、そもそもなんでこの試合の解説が播戸だったのですかね。鹿島サポはなんかいろいろモヤッとしてそうな気がしますが、大丈夫でしょうか。

    さてそれはともかく、後半開始。両チーム交代無しです。

    後半3分、鹿島のCKから失点してしまいました。ボールがよかったのとマークがずれたことが重なっての失点ですが、どちらにせよ今年のガンバは2点取らないと勝てないサッカーをしているのですから、2点取ることを目指すことに変わりはありません。

    後半11分にダワンから理仁に交代。後半の方が内容は悪いというか、鹿島の守備ブロックがしっかりしてきました。

    そして鈴木武蔵を準備していたところで、鹿島の攻撃を止めきれずに鈴木優磨のヘッドで失点。これで2-0となり、さらに苦しくなりました。

    その後に杉山から鈴木武蔵に交代。

    25分にはスルーパスに抜け出した鈴木武蔵がまさかのシュートミス。これは酷い。

    そして最後の交代として、福岡と山見を入れてアラーノとギョンウォンが下がりました。

    41分、普通に守備を崩されて3失点目。

    直後にも土居に連続ゴールを決められて4-0。

    やるべきことをやっている鹿島と、やりたいことと現実のギャップが大きすぎるガンバとの差が如実に表れています。

    45分の山見のシュートは宇宙開発に終わります。

    そして4-0で試合終了。ガンバにとっては酷い結果に終わった後半の45分でした。

    今のガンバが悩ましいのは、内容が絶望的に悪いわけではないことでしょうか。去年・一昨年のように攻撃も守備もダメというシーズンよりはまだ試合を見ていられるのですけれど。

    ボールはつなげる、チャンスもある、しかしゴールを奪えず失点は多い。選手を替えるか戦術を変えるか、その両方が必要なのか。

    最前線のFWにシュートチャンスがないわけではないので、ペナルティエリア内でシュートを決められるストライカーさえいれば、結構それなりに戦えるサッカーは出来ています。問題はそんな選手が今のガンバにいないことですが。いっそのこと水戸でくすぶっている唐山でも戻しますか。

    そもそも、今のガンバがかたくなに続けている、4-3-3のフォーメーションが果たして本当に正しいのか。2トップを試すことはないのか。

    結局、開幕からずっと十数試合、試行錯誤をし続けています。

    今シーズンに関して言えば、降格枠が1つだけですので最下位に落ちない限りはこのままポヤトス体制を続けるのでしょう。それだけに前節、横浜FC相手に引き分けたのが痛恨の極みでした。

    降格枠について言えば本当に幸運というべきか、最初から考えていたのか分かりませんが、この一年をかけてチームを作って来年からの勝負とするのであれば我慢するしかないですが、「~年計画」というプランってたいてい失敗するのですよね。

    まあ、ガンバのフロントが今年を捨てていると公言しているわけではないので想像に過ぎませんけれど。2020年の宮本サッカーをアップデートした方が、少なくとも残留争いの危険性は少なかったはずなんですけれど、今さら言ってもしょうがありません。

    一番の問題は、現実より理想を優先しすぎていることなのですけれど、そうしないと現場もフロントもサポーターも納得しないのであれば、全員揃って沈んでいくしかないですね。

  • 豆乳代わりのおからパウダー

    日頃、自宅でも会社でもコーヒーはよく飲みますが、一時、豆乳を入れて飲んでいました。ただ、豆乳をドバドバ入れすぎるとほぼコーヒーの味がしなくなるので少ししか入れないと、今度は豆乳の賞味期限もあって、なかなか使い切るのも難しかったです。まあそのまま豆乳として飲めば良いだけの話なのですが。

    とまれ、そういうこともあって結局コーヒーはブラックでばかりのんでいましたが、豆乳おからパウダーなるものが存在することを知りました。

    https://www.k-tounyu.jp/cp/okara/

    これなら賞味期限を気にせずに、豆乳入りコーヒーを飲むことが出来る!と思い、勢い勇んでAmazonで早速、豆乳おからパウダー 120gx10袋のセットを購入してしまいました。

    さて、届いて飲んでみると、液体の豆乳を注いだときよりは確かにちょっと粉っぽいです。パウダーだからその通りなのですが、味は結構豆乳の近いです。これも豆乳おからパウダーなのだから当たり前ですが。

    ティースプーンに山盛り1さじ入れれば十分です。ミルク好きの人なら2さじ入れても良いでしょうか。

    食物繊維とタンパク質が豊富なので、多分健康にも良いでしょう。

    ただ、一つの問題というか懸念というか、今回購入した120gx10袋のセットが、届いた時に分かったのですが、
    「賞味期限 2023.07.28」(注.到着は4月2日)
    さすがにこの量をコーヒー・紅茶に1さじ入れるだけで4ヶ月弱で使い切れない・・・。

    まあ料理に混ぜれば良いだけですので、なんとかなるでしょうけれど、通販で食品を購入するときは賞味期限のリスクは承知しておかないといけないですね。