2022年の小中高校生の自殺者が過去最多になってしまったとの報道を読みました。本当に悲しい話ですし、大人としては社会がサポート出来なかったことの責任も感じます。
その選択をした理由というのは様々なのでしょうけれど、少なくとも、その行為や、あるいはそれに至った原因などについて、それはその人の自己責任だと安易に非難するようなことはあってはならないものです。
青少年だけではなくて、成人も含めた年間の自殺者数もピーク時よりは減ったものの、未だに年間2万人台のままです。なかなか減っていきません。社会が存在していて人口も多い国ではゼロにすることは出来ないとしても、数を減らすには結局はマクロ的な政策とミクロ的なサポートが必要です。
マクロ的な対策としては、政府や自治体によって大きな観点から命を救う施策が望まれます。もう既にかなりのことはやってきているとは言えますが、それでもまだ充分とは言えないでしょう。
ミクロ的なサポートとしては、家庭や地域社会、NPO等諸団体によって細やかな対策が行われます。そのような思考に至ったときに、誰かがさっと支援できる仕組みの整備についても、既に相当やってきているのでしょうが、やはりこちらもまだまだ足りないのでしょう。
かつて、昭和40年代にはモータリゼーションの急激な進展に政策や社会の整備が追いつかず、それは交通事故による犠牲者数の増加という結果につながり、「交通戦争」という言葉が生まれるほどでした。
しかしそれも今や昔のことで、年間の交通事故死者数はかつての一割ほどにまで減らすことに成功しています。これもゼロになっていない以上は手放しで喜べることではありませんが、それでも対策を実行してそれなりに上手く行っていると考えて問題ないはずです。
信号機、横断歩道、歩道橋、シートベルト義務化、エアバッグ、飲酒運転厳罰化等々、様々な政策、技術、インフラによって、犠牲者を減らし続けることが出来ているのです。そしてそれは同様の事を自殺者数にも反映できるはずだとの確信を与えてくれます。
先日、孤独・孤立対策推進法案が閣議決定もされ、速やかに法律として制定されることが見込まれます。それに合わせて様々な政策や対策が実行されていくでしょうから、それが少しでも実を結ぶことを祈ります。

