平繁無忙の何でも書くブログ

  • 北朝鮮の眼はどこに向いているか

    つい先ほど、北朝鮮が日本上空を通過するミサイルを発射しました。太平洋上に落下し、現時点では人的被害などは確認されていないことは幸いでしたが、暴挙であることには変わりありません。

    アメリカの研究機関が数日前に発表していた、SLBM、潜水艦発射弾道ミサイルの発射準備が行われているという報道の通りとなりました。

    これまでにも同様のミサイル発射はありましたが、今回に関しては先日行われた米韓合同軍事演習に対しての反発の意味合いもあるのでしょう。

    日本国内でのニュースはミサイル発射が日本にどのような影響があるか、起き得るとしたらどのような被害か、という内容のニュースや分析が目立ってしまいますが、そもそも北朝鮮は一貫して軍事行動についてはアメリカに対して行ってきました。

    ミサイル発射についても、大陸間弾道ミサイルによるアメリカ本土攻撃の可能性によって、北朝鮮の現体制への保障をしろ、という要求ですし、今回の中距離ミサイルはグアムや日本の米軍基地に対するものです。

    本気で日本を攻撃・威嚇するつもりがあるなら、東京上空を通過するミサイルを発射するでしょう。

    北朝鮮が他国に攻め込まれないという保障はアメリカしか行えない、という理屈に基づいて行動していますし、ロシアと中国に囲まれているのですから、南にある韓国とそこにある米軍を警戒するのはごく当然の理屈です。

    経済制裁を主導しているのもアメリカですから、北朝鮮の体制を維持していくためにはアメリカの協力が必要だ、という考えは間違ってはいません。ただ、そのためのアウトプットが間違っていて、少なくとも日本における軍事費・軍事力の増強を助長する結果になっていることは確実です。

    立て続けてのミサイル発射によって、日本側での対基地攻撃能力の必要性を主張する意見が強まることも確実です。日本が北朝鮮に対して強硬な方針を堅持し続けるのなら、アメリカの反応や外交方針もそれに影響を受けます。

    アメリカによる保障しか国家存続の道は無い、というインプットは正しいのですが、核開発・ミサイル開発というアウトプットが決定的に間違っていると思うのですけれど、間違ったアウトプットを訂正するためにはそもそも北朝鮮の体制そのものを変革するしかないというところが、金一族王朝の詰みっぷりを象徴していますね。

  • 小銭の両替は非営利事業ならOK?

    ゆうちょ銀行での硬貨両替の手数料が改定されてから数ヶ月経ちました。商店や飲食店などの小規模店舗を経営している人にとっては経費的に厳しいはずですが、どうなんでしょうか。

    お釣りの支払いのために大量の小銭が必要なお店がある一方で、神社はお賽銭によって大量の小銭を抱えるものの、硬貨を入金するにも手数料が必要になったために困る状況になりました。

    だったらその二つを結びつければええやん!的な発想で、神社が両替を商店主と行うサービスを始めた、というニュースもありました。金融機関ではない法人が、貨幣の両替を行っていいのか?と思いましたが、その後に政府からお咎めを受けたという報道も見ないので、多分大丈夫なのでしょう。両替によって多少の手数料を取ったり、あまりにも多額の両替を行ったり、全国的に多くの寺社で同じことを始めたりすると、政府の対応も違ってくる可能性はあるでしょうけれど、少なくともこれくらいなら見逃されるのでしょうね。

    とはいえ、それ以外にも小銭の管理に困る人はいるでしょう。個人で貯金箱などに蓄えるのも面倒になります。蓄えるのはいいのですが、それを銀行口座に入金しようと思ったら、入金手数料がかかるとなるとそもそも小銭の貯金という習慣自体が手数料リスクを抱えてしまいます。

    個人も法人も少額貨幣を使用しづらくなってきました。私自身はコンビニ・スーパーあるいは飲食店でも可能な限りキャッシュレスで支払うようにしています。一番小銭を使う買い物は、ウォーキングやサッカー観戦時の水分補給のための自販機での飲料購入かも知れません。施設内にある自販機ではFelicaが使えることも多いですが、道端の自販機は通信の問題からか、コインのみ使用可能になっているケースがほとんどだと思います。そういう時のために100円や500円を財布に入れておいてペットボトルを買う以外での小銭の用途がかなり減ってきました。

    1円玉と5円玉はお店で使うことなく、日本テレビの24時間チャリティーのための紙の貯金箱に貯めています。しかしコロナ禍以降は3年連続で大阪ビジネスパークにある読売テレビ社屋やツイン21会場でのチャリティー受付がないので、もう紙の貯金箱から1円5円が溢れそうです。

    スーパーでも回収していますので、そこに持っていけばいいのですが、あの24時間テレビの会場での回収(と新しい紙の貯金箱の受け取り)が良いのですよね。かくしてズボラに小銭が貯まってくるのですが、いい加減、どうにかしないといけないので、持っていく先のスーパーを調べました。

    https://www.24hourtv.or.jp/donate/

    以前はもっと他のスーパーマーケットチェーン店でも扱っていたはずですが、減りましたよね?

    ところで、こういうチェーン店での寄付されたお金は、そのまま銀行に持っていくのでしょうか? そこで集まった寄付金を一度全部まとめて、その金額を本社から振り込むのでしょうか?

    後者だとしたら、そのチェーン店は少額貨幣を手数料なしで大量に集めることができることになるのですが、それはいいんですかね。神社の両替よりも突っ込みようがある気がしますが、大丈夫なのでしょうか? 両替手数料以上の負担や貢献をしているからOKということなのであれば、赤の他人がアレコレいうことではないのでしょうけれど。

  • 有料メディアでの広告表示はユーザーフレンドリーか?

    スマホやタブレット、パソコンでのニュース記事閲覧は、今では当たり前になりました。大半の人は無料での媒体、Yahoo!ニュースやSmartNewsなどの利用で満足しているでしょうし、それでも足りない人は有料媒体でのニュース講読をすることになります。

    私はウォールストリートジャーナルの講読をしていますが、ブラウザでもアプリでも、閲覧時には記事中に広告が差し込まれます。無料媒体でニュースを読むときに広告が出てくるのは理解出来ますし納得もしますが、費用を払って有料媒体を読んでいるのに広告が出てくるのは損した気分というか、有料なのだから広告を無しにしてほしいと思ってしまいます。

    動画のストリーミング配信では、例えばYouTubeなら無料アカウントなら広告が表示されますし、プレミアム会員なら広告無しで楽しめます。それはたいていのストリーミングメディアでも同様だと思いますが、DAZNではそもそも無料閲覧が出来ない上に、サッカーであれば試合前やハーフタイムに広告が入ります。どうせ見ていないので別に良いのですが、有料でも広告が存在するというのはちょっと気になります。

    とはいえ、これはデジタルメディアにおける話であり、紙媒体のメディアでは有料でも広告があるのが当然です。新聞でも雑誌でも、代金を払って購入しているものにも大量に広告が存在しています。それが当然でした。まあそれら広告も、たいていの読者の目には留まらず、あるいは流し読みされるのですが、それでも価値があるから広告主が存在しているので、それなりに宣伝効果はあるのでしょう。

    ちなみに、書籍に関しては紙媒体でも電子書籍でも基本的には広告は存在しません。その本の出版社や著者の他の本が宣伝されていることはありますが、それは広告主が存在する一般的な広告とは異なります。本だけ広告が無く、新聞・雑誌は広告があるという不思議は、ネットメディアでも継続しています。

    テレビはNHKが事実上の有料で、民放が無料放送です。当然ながら民放は広告によって成り立っています。これがネットの世界に入ると、無料で見られるサイト、有料で見られるサイト、無料視聴可能で有料ならさらに快適or多くの作品が見られるサイトと分かれます。先述の通り、無料視聴で見られるサイトは当然ながら広告が無いと存在できませんが、料金を支払ってみるサイトでも広告が出てくる場合があります。

    完全有料会員のみ視聴可能な配信サイトは、無料ユーザーを排せますので利益効率は一番高くなりますが、それはユーザーに質の保証をすることにもなります。

    逆に考えると、有料配信サービスでも広告を表示することで料金を下げれば、高い質を求めるユーザーの不満を解消することも可能になるはずです。

    だからといってサッカーの試合中にも大量にCMを差し込まれたらそれはそれで困るのですが、完全有料CM無しを貫くのが良いのか、程々のところでCMを入れる代わりに安くなる方が良いのか、消費者によっても反応は異なるでしょうけれど、パターンを分けて選択肢が増えるのが一番ありがたいですかね。

    DAZNで無理矢理考えれば、
    ・CM無しプラン:月3,000円
    ・CM有りプラン:月2,000円
    CM有りプランは試合中にもL字枠で広告表示されるとか。それでDAZN側の売上・利益が確保出来るか知りませんが、DAZN消えてなくなるとJリーグとしても大変ですし、かといって値上げ値上げで苦しめられても困ります。

    Netflixは広告有り有料プランを出すことで、アカウント共有の不正利用を無くそうと考えているそうです。料金が高いから真っ当に使いたくない、というユーザーを無くすには、多分それが最適解なんじゃないでしょうか。

  • 敗戦で失う領土はそれ以前に得た領土にも及ぶ

    ロシアによるウクライナ侵略についてこんなことを書きましたが、

    https://note.com/notes/n07982c486624/

    ロシアが上手くやる場合を中国が真似る可能性もあれば、ロシアが失敗したケースを中国がなぞってしまう可能性もあり得るはずです。

    まだまだウクライナ戦争の行方は確たることを言えませんが、決定的な敗戦を喫すると、ウクライナから逃げ出すだけではなく、既に国際社会が非難しつつも曲がりなりに、やむを得ず不問にしていたクリミアやジョージア、さらにはチェチェンなど大きな範囲での領土や地域を失うことになるかも知れません。

    敗戦してしまうと、ロシア国内での政治的混乱は避けられませんが、誰が大統領になるにしても、西側との協調を目指すことになるのであれば、多くの譲歩を強いられます。クリミア半島はじめ、これまで得ていた地域まで失うことになれば、ロシアが立ち直るにはさらに長い時間が必要になるのは間違いありません。

    かつての日本が、日清戦争の結果得た台湾、日露戦争の結果得た南樺太などは当時の国際社会において認められていました。朝鮮半島の併合についても、多少の批判はあれど公然と日本に対して否定する列強もいませんでした。

    しかし、列強入りした日本がさらに領土的野心をむき出しにして実現していき、1931年の満州事変では国際社会との決裂が決定的になりました。最終的には1945年の終戦で、明治以降に得た地域のほぼ全てを失いました。

    そのような結果になり得るとしたら、それは再び中国も参考にし得るケースとなります。

    中国が台湾に軍事侵攻し統一を目指すも、失敗して撤退するだけではなく、国内も混乱し国際社会で孤立して多大な譲歩を求められれば、香港や新疆などにも影響が出てくるでしょう。

    そうならないために、ロシアも中国も限界を超えて戦い続ける可能性ももちろんありますが、そうならないように、そしてもちろんですが核戦争にまで至らないように、硬軟織り交ぜ、公式非公式な圧力をかけていくしかありません。

  • ウクライナ侵略から極東有事を考える

    ロシアにおける部分的な動員令によって、ロシア国外に脱出する人が相次いでいたり、徴兵を逃れるためにわざと怪我したりする人がいたり、ついにロシア国内でもウクライナ戦争の人的かつ直接的な影響が広く出てきました。

    国外に脱出するロシア人については、ドイツやフランスのように歓迎する国もあれば、バルト三国やポーランドのように警戒している国もあります。移住者が本当に戦争やプーチンを批判する人とは限らないため、どちらかというと警戒する方が近隣国の対応としては正しい気がしますが、ドイツやフランスは理念もあるし若い労働者が欲しい(特にドイツは)という理由もあるのでしょう。

    そもそも、本当にウクライナ侵略やプーチン独裁体制に対して異を唱えるのであれば、今ではなくて半年前には出国していたはずです。全員が全員ではないでしょうけれど、厳しい言い方をすれば、今ロシアを脱出している人は、軍人によるウクライナ侵略戦争は良いけれど、自分が命を削ってウクライナに戦争に行くのは嫌だ、という考えの持ち主であるはずです。もちろん、個々に様々な事情はあるのでしょうけれど。

    これは朝鮮半島有事・台湾有事における極東アジアにおいてもそのまま準用できる考えでしょう。北朝鮮から脱出するのは困難を極め、中国からも政府に疑われずに移住するのは難しいですが、いざ有事の際に逃げ出してきた人たちが、本当に全員難民として扱って良いものかどうか。政府としてはあくまで国内法や国際法・慣例に法律に基づいて判断することになるでしょうけれど、その際に国民感情や政策への批評がどのように表に出てくるかは、非常に微妙な、センシティブな問題になります。

    逆に言うと、北朝鮮や中国から逃れた人たちへの近隣国の対応は、今回のロシアから逃れた人たちへの対応を踏襲することになるでしょう。

    ロシアによるウクライナやジョージアへの以前までの侵攻具合も、極東有事に転用され得るものです。昨年までのように、ウクライナやジョージアの「一部」に限定して、「現地ロシア系住民の保護」だけを掲げて占領する試みは、欧米諸国も避難はすれど被害国に軍事支援することはありませんでした。いわゆるサラミ戦術ですが、これを続けずにプーチンが今回、ウクライナをナチスとして扱い、キエフ始めウクライナ全土に攻め込んだことで、欧米含めて多くの国がウクライナを公然と支援することを呼び起こしてしまいました。

    ウクライナ東部の緩衝地帯化している地域「だけ」を狙っていれば、ここまで欧米が軍事支援していたかは疑問です。クリミア半島は実質見捨てていたのですから。

    そして、台湾で言えば、台湾本島よりもはるかに中国大陸に近い金門島や馬祖島など、台湾が実効支配している島「だけ」を中国軍が狙った場合、アメリカ軍は全力で中国軍と戦闘を交えるでしょうか? 台湾に無制限の軍事支援を与えるでしょうか?

    南シナ海における中国の軍事基地化を防げなかった国際社会が、一部の島だけを目的とした中国による軍事侵攻に対して、今回のウクライナ戦争並みの支援や制裁に踏み切るでしょうか?

    そして、日本領で言えば、実効支配はしているものの無人である尖閣諸島についても同様です。ロシアによるウクライナ侵略が成功するか失敗するか、どのような結末を迎えるのかについては、ただ単に遠い国の話ではないでしょう。

  • iPhoneからAndroidに移行、というか一年ぶりに復帰

    少し前にiPhone14シリーズがAppleから公式発表されましたが、事前に溢れていたリーク通り、今回も指紋認証とUSB-C端子は採用されず、SoCが少し強化されてカメラ性能がアップしたくらいのアップデートに留まりました。

    そもそも今のiPhoneは高くていきなり発売日に定価で買おうと言う気にもならないくらいになってきました。円安の影響も、半導体不足の影響もあるのでしょうけれど、一番の原因はAppleが値上げしても売れると見込むことなのでしょう。

    アメリカではiPhone利用者がAndroid利用者を上回ったという報道もありました。HUAWEI制裁の影響があったにせよ、iPhoneの性能・品質が優れていることの一つの証でしょう。それは間違いないのですが、Apple製品の利用者が増えれば増えるほど、資本主義経済の当然の法則により利益を最大化しようと値上げしていきます。それは利潤の最大化を求める営利企業としては至極当然の動きです。ただ、消費者の全てが当然ながら付いていくわけではなくて、離脱者により失った売上よりも値上げしたことで増えた利益の方が上回るところまで、企業は製品を値上げすることが出来ます。

    まさしく、自由資本主義国家の理念を体現するようなApple社の動きですが、個人的にはちょっと付いていけなくなりつつあります。

    あと、いい加減Lightning端子と顔認証のみのiPhoneがやっぱり不便に思えるようになってきました。EUによるUSB-C端子の強要の期限が近付いているのですが、ギリギリに変更する気なのでしょうかね。

    ともかく、USB-C端子搭載(今のAndroidはいずれもですが)、おサイフケータイ搭載、指紋認証&顔認証のAndroidスマホで、安く買えるものを探しまして、未使用品のAQUOS Sense6を買うことにしました。一年弱前に発売された物で、23,800円で購入出来ました。その数日後にAQUOS Sense7が大々的に発表されましたが、いいのです。すぐに手に入りませんし、この金額では買えないでしょうし。

    iPhoneからAQUOS Sense6に乗り換えたことで、当然ながらApple Watchも使えません。ということで、Suicaが使えるスマートウォッチの中から、中古品のFitbit Versa3を購入。こちらはそれなりの中古だったので10,800円でした。

    Fitbitを使うのは初めてでしたが、設定してみれば活動量計としても通知受信端末としても、モバイルSuica端末としてもApple Watchとそんなに差は感じられません。入れられるアプリや内蔵機能には大きな差がありますが、ほとんど私が使っていない機能でしたので、今のところは不便さを感じません。

    ということで、先日購入したAndroidタブレット Blackview Tab6と合わせて、
    ・スマホ
    ・タブレット
    ・スマートウォッチ
    の3つのデバイスにおいてAppleから離脱することになりました。安い物を買ったので、スマホとタブレットに内蔵するmicroSDやケース・画面フィルムを入れても、合計金額は6万円弱です。Apple製品との価格差を考えると震えますね。

    もちろん、製品としての性能や品質、使い勝手に差があるのは理解していますし覚悟の上です。ただ、今の私には過剰な性能と価格を拒否しただけのことです。iPhone14 Proのカメラ性能が必要な人って、一般人の中にどれだけいるのだろうと勝手に心配しますが、金額を気にしない人は買うのでしょう。

    パソコンはハイエンドマシンを買う人は少ないのに、スマホはハイエンドを買う人が結構いるのは何でなのでしょうね。

  • 故安倍首相の国葬が終わって

    故安倍首相の国葬が行われました。

    国葬の是非はともかく、この件に関してさらなる国政の混乱や危機が訪れるとする主張を目にします。

    https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/164823?display=1

    しかし、個人的にはそれは逆ではないかと思っています。むしろ、これで国葬に関する議論は一般的には終息するのではないでしょうか。

    もちろん、反対してこれからも閣議決定や費用の支出について追及をする、ということは大事なことではあるのですが、それは多数派にはなり得ないでしょう。

    反対していた人の理由はいくつかあって、
    ・国葬そのものが誰であろうと不要
    ・法律上の根拠や国会の決議を経ていない
    ・費用がかかりすぎる
    ・国葬にふさわしい人物ではない(旧統一教会関係により)
    ・国葬にふさわしい人物ではない(これまでの事績から)
    といったものだったかと思います。これらのうちどれか、あるいは複数を理由として反対意見を持っていた人のうち、実際に国葬が実施された後はもうストップは出来ません。上3つの場合はもうやっちゃったことをもう済んだこととして、頭の中から消し去る人も多いと思われます。

    国葬にふさわしい人物ではないという理由で反対していた人は、今後も政権非難や安倍支持層との戦いを続けていくのでしょうけれど、ざんねんながらそもそも戦う場が当面ありません。

    国会は自公政権が衆院で絶対安定多数を取っていますし、今年の参院選でも勝ちました。国会運営の中で野党が追及するにしても大して影響はありません。

    そして国政選挙自体、何事も無ければ衆参ともに3年後です。自民党総裁選も2年後までありません。果たして、それまでずっと国葬問題が熱を持って論点・争点になっているでしょうか?

    2年後、3年後といわず、この後は社会の空気感としては、急に潮が引くように国葬問題について関心を持つ人が減るでしょう。

    かつて、故安倍首相の祖父の岸信介が首相として安保改定を強行して、60年安保闘争が大きな社会問題となっていたとき、国会前でのデモ隊と機動隊の衝突の最中に樺美智子という東大生が亡くなりました。

    その後も抗議活動は続き、自衛隊の治安出動まであり得ましたが、結局そのまま国会にて自然成立し、安保改定の責任を果たした岸内閣は騒動の責任を取る形で総辞職を行い、安保闘争も急激に収まりました。

    60年安保とは原因も経過も丸っきり異なりますが、この国葬問題も国葬が行われた後は、問題を大っぴらに語る人は減ると私は見ています。

  • 値上げされる自賠責保険は自動車所有者だけの負担でいいのか

    自賠責保険の保険料が来年値上がりになるそうです。リハビリ施設等を充実させるため、というのがその理由だそうですが、そもそも自賠責保険の運用が上手く行っていないわけではなくて、積立金を政府が流用しているというとんでもない問題が根本原因にあるのですが、さほどメディアでも大して取り上げられず、そのままなし崩しになりそうです。

    自賠責保険は死亡や重度障害などの被害救済には欠かせません。昨今は任意保険に入らず、そして事故を起こしてしまって高額な賠償を支払えない人もいます。自賠責保険が存在していなければ加害者も被害者もさらに悲惨なことになってしまいます。

    だからこそ自賠責保険は日本のドライバーのみならず日本国民全てにとって非常に重要な保険なのですが、自動車所有者に保険が課せられるようになっています。それはそれで良いのでしょうか?

    今はカーシェアリングも増えてきましたし、自賠責保険の支払を自動車単位よりはドライバー単位の方がだとなのではないでしょうか。理不尽に値上げされる自賠責保険を自動車所有者だけが負担するのは公平ではない気がします。私自身はペーパードライバーですが、多少の負担はしても良いと思っています。

    ドライバー単位というか、結局は運転免許そのものに保険料を課すことになるでしょうけれど、免許更新時の費用に薄く乗せる形になるでしょうか。運転免許証の機能をマイナンバーカードにも持たせるようになるのですから、健康保険証の時と同様に、マイナンバーカードに免許機能を移した人には「ニュー自賠責保険」の保険料を下げると言うやり方もあるでしょう。

    運転免許の更新費用も決して安くありません。あれも何と言うか自賠責保険以上の利権の闇というか、更新時に交通安全協会の勧誘が分かりやすい天下り利権なんだろうなと毎回感じます。税務署近くにある納税協会なんかも同じですね。昭和の成長期に色々作られてきた外郭団体は、今後の人手不足の日本社会を考えると、さっさと整理して働ける人を民間に解放した方が良いんじゃないですかね。

    それはともかく、自賠責保険については広く責任を共有するべきでしょうし、積立金流用問題についてももうちょいメディアが大っぴらに取り上げてほしいものです。強制加入という事実上の税金なのですから。

  • パソコンを快適に使える、本当にちょっとしたこと

    仕事で自分以外、つまりは同僚が使用しているパソコンを触ることがありますが、結構な確率でマウスの裏側にある、机と接するために滑りをよくしている「ソール」部分がかなり汚れています。

    手汗と湿気が机上や空気中のホコリを固めてしまい、それがマウスの接地箇所であるソールの周辺に付着しているのですが、これが綺麗かどうかはパソコンに詳しいかどうかの一つの判定方法になるかも知れません。

    なぜなら、余りにソール部分が汚れるとマウスを動かした時の摩擦感が増大するからです。マウスの動きが悪いなあと思った時には、確実にソールが汚れています。もし汚れていないとしたら、パソコンのOSやソフトウェアの動作が遅いということになるのですが、たいていはソールの汚れが原因です。それを綺麗にするだけでも、マウス操作が楽になります。日頃から長時間使っている人は、折に触れて掃除しているはずですが、たまにしか使わない人は少々マウス操作が重くても気にしないのですよね。

    あるいは、ノートパソコンでテンキーが付いていない場合、テンキーパッドを買うだけでも数字やプラスマイナスなどの記号入力が非常に快適になります。仕事でパソコンを使うなら結構入力頻度は高いはずなのですが、これも使用者も会社もあまり気にしませんよね。

    あるいは、それこそマウス自体を使用せずに、ノートパソコンのトラックパッドを窮屈そうに使っている人もいます。以前からのMacBookシリーズや、最近のWindowsノートでもトラックパッドでの使用は結構快適ではありますが、ドラッグアンドドロップのようにあまり向いていない操作はそもそもOS標準で備えられています。100円ショップで売られているマウスをつなげるだけでも相当違いが感じられるはずです。

    OS内部でもちょっとしたことで快適になります。最近ですとWindows標準搭載のセキュリティソフトで、大半の一般人は十分だということでしょうか。

    PCメーカー製のパソコンでは、かなりの確率でMcAfee・Norton・ウイルスバスターあたりのセキュリティソフトがプリインストールされています。そして、それらのソフトの使用期限(ウイルス定義ファイル更新期限)は3ヶ月やせいぜい1年程度です。

    セキュリティに対して詳しくない、あるいは無頓着な人は、その使用期限が過ぎても放置してしまいます。かくて、動作がそれなりに重くなるセキュリティソフトが入っているのに、定義ファイルが更新されていないのでセキュリティが脆弱という、不便で危険なパソコンの出来上がりとなります。

    Windows標準のセキュリティ(Windows Defender)がWindows10からもう問題ないレベルになってきました。非常にヤバいことをしている人なら勝手にいろいろ考えれば良いでしょうけれど、いわゆる「一般的な」使い方をするなら、これで十分です。サードパーティ製のセキュリティソフトがインストールされていると、機能がバッテイングして動作不能にならないよう、Windows標準のセキュリティは無効化されますから、前述の危険な状態になってしまいますので、使用期限が過ぎたプリインストールのセキュリティソフトなんて削除した方が良いのです(ただ、Windows Defenderはメモリ食いですので、一番良いのは性能が良くて軽量なセキュリティソフトを使うことです)。

    これらのことは詳しいと言うほどでなくとも、それなりにパソコンを使っていれば知っていることでしょう。それでも、それを知らなければ分からない話です。この辺のサポートはAmazonも量販店もしてくれません。

    以上のことは、スマートフォンでは遭遇しない問題です。セキュリティソフトもあるにはありますが、入れなくてもパソコンほどの危険性はありません。マウスもテンキーパッドも必要ありません。ソフトウェアもハードウェアもパソコンよりは直感的に使えるようになっています。

    それだけ、ITデバイスが進化している証かも知れませんが、パソコンが直感的なデバイスではないのは、半世紀経っても変わりませんね。

  • 偏らない読書

    日頃色々なジャンルの本を読んでいます。歴史、政治、経済、文化、といった固めのものや、フィクションならミステリ、SF。スポーツものもサッカー中心ですがあります。

    読むジャンルは複数有りますが、読書の際のマイルールとしては、同じジャンル、あるいは似たような内容の本は続けて読まないようにしています。

    例えば、政治の本を読んだ後はミステリ小説を読み、その次は科学関係の本を選び、またその次は歴史の本を読む、といった感じです。さらに、そのジャンルの中でも、歴史の本の場合、日本→欧米→アジア→その他→日本、といった感じで取り上げられている内容も続けないようにしています。

    偏らない読書、といえばいいでしょうか。別に専門家になるつもりで読んでいるわけではないので、特定のジャンル、特定の分野に偏らないようにしています。

    自分が感じるメリットもデメリットもあります。

    メリットとしては、
    ・一つの分野に偏らないことで幅広い知識・知見を得られる。
    ・読書という行為そのものに疲れや飽きが来づらい。
    ・異なる物事を結びつける閃きやセレンディピティーを得やすくなる。

    といったところで、デメリットとしては、
    ・前に読んだ本の内容を忘れやすい。
    ・知識が積み重なりにくい。
    ・読みたい内容を読み続けられないストレスがある

    こんな感じでしょうか。

    自分で選んでおいて飽きもストレスもなにを言っているんだという話ですが、読書は自分の頭の中に何かの経験を蓄える作業です。知識なり楽しさなりカタルシスなりを、薄くであっても脳内に積層化していくことで、何かの時にふと思い出したり、他の知識と結合して新たな考えが得られます。

    あと一つ、心掛けというか忘れてはいけないのが、小説は別に良いのですが政治なり歴史学なりの本を読むときに、その中身を盲目的に100%信じないように、と思いながら読みます。

    著者の主張が正しいとは限りません。悪意を持って騙そうとしている著者などそうそうお目にかかれませんが、必ずしも主張が正解という保証はありません。その分野で著者とタメを張るレベルでなくとも、自分はそうは思わないなあ、という程度くらいでも良いでしょう。別に同業の研究者でもありませんし。

    そうしておいて、またその逆側の思想に基づく書籍や、あるいはネット記事などに接しておけば、逆側の考え方の耐性が出来ていますので理解もしやすいでしょう。

    かくて、どこかの極所に偏らない頭が出来上がります。職業として何らかの読書をするのなら、拠り所を作ってそこから広げていった方が良いのでしょうけれど、趣味としての読書なら、この程度が良いんじゃないでしょうか。

  • 国際連合という巨大「軍事同盟」組織

    ついにロシアが部分的な総動員に踏み切りました。ロシアによるウクライナ戦争はさらに泥沼化していくことは確実になりました。先だってロシアに対して国連総会において、日米欧による強い非難もありましたが、プーチンが意に介することはもちろんありません。

    国際連合が役に立たないという意見も戦争・紛争が起きる度に出てきますが、国連が役に立てる紛争と、そうでないものがあります。国連安保理常任理事国5ヶ国が直接関わっていない紛争、もしくは大きな利権を抱えていない紛争については、国連が大きな役割を果たすことが出来ます。

    紛争解決には当事者の戦闘行為を止める強制力が必要であり、強制力とはこの場合は軍事力そのものです。経済封鎖程度では止まりません。国連加盟国の中の大国が単独もしくは共同で、紛争当事者を(言葉は悪いですが)脅して黙らせるのです。アメリカばかりが目立ちますが、それ以外にもイギリスやフランスも派遣していますし、西側諸国以外でも例えば少し前のナゴルノカラバフ紛争ではロシアが軍隊を駐留させて停戦させていました。

    常任理事国が関与している場合は、その軍事力行使が常任理事国同士、すなわち核戦争に直結しかねないので、「国連が役に立たない」状態に陥ります。

    これは国連の成立過程と構造に直結する問題ですので、永続的に解決は不可能です。可能にするには常任理事国制度を廃止もしくは国連を廃止して新しい国際組織を作るしかありませんが、どう考えてもその過程でもっと大きな揉め事に発展する未来しか見えません。

    国連そのものに国連軍という強制性を持つ武力装置が存在していない以上は、紛争解決組織というよりも紛争やそれに関係する問題の調査・調整を行う機関だと思っておけば、それほど悪くはないでしょう。

    国連そのものは紛争を停止させることは出来ませんので、紛争停止あるいは抑止できるような国家との軍事同盟がどの国にも安全保障をもたらすことになります。もしくは、スイスみたいに山脈が軍隊を防ぎ、周辺国も野望を持たず、侵略するほどのメリットも無さそうな地政学的理由があれば同盟無しでも生存できるでしょうけれど、そういう国はごく稀です。

    もしも日本に他国が攻めてきたらどうするかという質問に対して、国連に助けてもらうという回答はゼロ点です。軍事力という強制性を持った暴力装置でしか停戦できません。そして、第二次世界大戦後の常任理事国が関与した紛争では常任理事国側が満足するか撤退するかしか停戦・終戦は成立していません。

    撤退させるには抵抗するしかなく、事実、1960年代〜70年代のベトナムや1980年代のアフガニスタンはそれぞれアメリカとソ連の軍事侵攻をはねのけました。

    大国による侵略を自分たちでまず対抗しない限りは、他のどの国も助けてはくれません。場合によっては、対峙する大国と敵対する別の大国の助けは得られますが、今度はその国の影響力を排除する必要が出てきます。まさにベトナム戦争時の北ベトナムを中国やソ連が支援し、戦後にカンボジア侵攻を巡って中越戦争が起きたのは典型的な例です。

    今、ウクライナはロシアと戦うために西側諸国の支援を求めていますが、早々と敗北したり降伏してしまっていたら、今頃は全土がロシアが支配して西側諸国もその支配を黙認していたでしょう。

    国際社会は自力救済の世界です。自らを自ら助けない者はうち捨てられます。だからこそ軍事同盟を締結しているのですが、軍事同盟によって戦争に巻き込まれるという理屈は成り立ちがたいです。何せ、国際連合自体が本来は「軍事同盟」なのですから。

  • 趣味で楽しめないことはあり得ない

    好きなものでお金を稼げるとしたら幸せなことです。それはごくわずかな限られた人にしか出来ない芸当かも知れませんが、逆に仕事では良いこともあれば悪いことも、楽しいこともあれば辛いこともあります。自分が好きなはずの趣味が仕事になったために、悲しい気持ちになることがあるとすればそれはそれで厳しいものです。

    本来、趣味というのは楽しむためにあるもので、リラックスして心を休めたり、あるいはドキドキハラハラしながらリフレッシュすることが出来るものなのですが、仕事になってしまうとそういうわけにもいきません。

    趣味を仕事にするのが向いている人は、趣味を仕事にしても楽しめる人でしょう。もちろん、趣味の種類や中身にもよるのでしょうけれど。

    仕事と趣味が完全に異なる場合、仕事と趣味で頭も体も切り替えて日々生きていきます。仕事では色々あったとしても、趣味では自分に正直に楽しみます。

    仕事は嫌々でも、生きるため稼ぐためにやっていくしかありません。趣味はそれとは全く逆で、嫌々やるものではないですし、生きるために必須でもなく、稼ぐよりはむしろ費やすものです。

    私の好きな作家のG・K・チェスタトンの「知りすぎた男」にこんな一節がありました。

    “人間は商売でずるをしても、趣味ではしません。”

    逆説とアフォリズムと諧謔に満ちた彼の文章ですので、これが必ず誰にでも適用されるわけではないですが、商売(仕事)は真面目極まりないのに趣味ではズルをするという人は確かにいないでしょう。楽しめたものではありません。

    また、同じく好きな作家である星新一もエッセイで昔、「本業をおろそかにするサラリーマンはたくさんいるが、内職や副業をいい加減にするサラリーマンはいない」みたいなことを書いていたと思います。

    これが逆説や冗談として受け止めるか、あるいは一面の真実を突いていると考えるか。結構人によって差が出る気がします。

    趣味は楽しむべきものです。もちろんスポーツや芸術などでは成果を出すのに練習で苦しむことはあるでしょうけれど、それは後の大いなる楽しみのために行うことですので我慢は出来ます。

    それでも、某学校の某部活における暴行(敢えて体罰とは言いません)のようなことは、学生の本分である勉強・学習ではない、いわば趣味に当たるスポーツで起きたことであり、どこに楽しみやリラックスやリフレッシュがあるのかと思ってしまいます。

    暴行している側は趣味ではなく純粋な仕事として行っていたのですかね。それでも仕事としては大失敗の部類に入るものだと思いますが。