平繁無忙の何でも書くブログ

  • Jリーグクラブの常連監督が解任されている今シーズン

    2022年シーズンのJリーグは既に数名の監督がJ1・J2・J3において交代しています。

    J1では清水の平岡監督、神戸の三浦淳寛監督、
    J2では大宮の霜田監督
    J3では岐阜の三浦俊也監督、YSCC横浜の仲田監督、相模原の高木監督
    が、5月末までのところで解任されました。

    既にこんなに、と思ってしまいますが、実は去年よりも少なくて、去年は5月末時点で代行監督の交代を除いても、
    讃岐、横浜FC、愛媛、鹿島、山形、長崎、鳥取、ガンバ、今治、大宮、鹿児島、相模原で監督交代劇が起きていました。

    ちなみに、コロナ禍により特例措置として、降格が無いことになった2020年シーズンでは、シーズン中の監督はわずかに5名で、いずれも9月以降でした。

    監督交代は基本的に今いるカテゴリーからの降格を防ぐため、あるいは昇格するために行われますので、降格が無かった2020年では監督交代が少なく、降格枠がその分増えた2021年で監督解任が増えたのは当然の結果でした。

    ちなみに2019年は5月末までの監督交代は7名でしたので、今年と近似しています。傾向としてはこの辺が通常なのでしょう。

    今年のクビになった人の名前を見ると、これまでJ1やJ2、J3での別のチームでの監督経験も多い人が続いています。高木琢也・三浦俊也の両氏のように、まずは固い守備組織を作ってカウンター中心の戦いで手堅く勝ち点を取っていくスタイルが、今のJリーグの傾向とはマッチしなくなったのでしょうか(三浦俊也氏は10年以上Jリーグから離れていたこともあるでしょうけれど)。

    神戸の三浦監督は、なんというかいつもの神戸というか、フロントと現場を行き来している人なのでヴィッセル経営陣に便利屋扱いされてるように赤の他人からは見えてしまうのですが、緊急時の監督としては結構優秀な結果を残しているのですよね。ただ、その神戸は物議を醸した永井秀樹氏がフロント入りしていますので、謹慎期間終了後は、ロティーナに何かあったら永井新監督というのもあり得ます。

    神戸はロティーナ新監督、岐阜は横山新監督、相模原は薩川新監督、大宮は相馬新監督と、YSCCの星川新監督以外はいずれも既にJリーグでの複数チームでの監督経験がありますので、グルグル変わらない面子を回しているようにも思えますが、シーズン中に経験が少ない人を監督に据えるのは難しいですよね。

    星川監督のように、女子サッカー・欧州での指導歴が多彩な人がJリーグに、特に途中から就任するというのは珍しいですね。5月25日に就任して最初の試合は先日私が観戦したギラヴァンツ北九州戦でした。アウェイゲームでしかもかなり押されながらも、一瞬の隙を突いての得点と、それを守り切った采配は新監督の未来に明るいものを感じました。

    今年の途中就任新監督組で悩ましいのは神戸のロティーナ氏でしょうけれど、イニエスタの決定的なプレーをゴールに結びつけられる前線の補強が出来れば順位は上がると思うんですよね。それまではいっそのこと槇野FWとかやっちゃえば面白いのに。闘莉王みたいになるかもよ?

  • cakesのサービス終了に見るnoteの危うさ

    note上でnoteサービスに対しての批判や不安を書くことが、どれくらい許されるのか判りませんが、制裁や注意を食らうならそれはそれでそれまでということでしょう。

    先日、noteと同じ運営母体を持つcakesがサービス終了を発表しました。どう見ても会社自体がcakesの後発であるnoteに力を入れているので、いずれ来ることだと受け止めていたかも知れません。しかし問題は、これまでにcakes上で公開されていた数多のコンテンツがサービス終了に伴い消滅することです。移行やエクスポートも出来ないとのことで、多くの作品が危機に瀕しています。大半の著者・制作者は元データを抱えているでしょうけれど、鑑賞する側はそれら制作側が再度別の媒体で公開してくれない限り、見ることが出来ません。せっかくnoteを抱えているのだから、そこに流し込むことが出来るような機能を実装すれば、反発も無かったと思うのですが、運営の偉い人たちは別の考えなのでしょう。

    先日のエンガジェット日本版の突然の閉鎖発表もかなりの波紋を広げました。創作物とcakesとは異なりますが、これまでメディアとして発表されていた多くの遺産が二度と見ることが出来なくなるのは、残念なことです。

    もっと遡れば、ジオシティーズやニフティの過去のホームページの閉鎖も同様です。これらの媒体・プラットフォームの閉鎖に当たっては惜しむ声が相次ぎましたが、それでも運営企業が決めたことには抗いようがありません。出来るとしたら個人レベルで必要なものを保存するか、有志で集って保管するプロジェクトを立ち上げるかですが、前者はマンパワーが足りず、後者はお金がかかる上に著作権等の問題も出てきます。

    結局はどうしようもない、という身も蓋もない結論になってしまいますが、サービスが終わる時の事を考えてサービスの利用を始めなければならない、という制作側・利用側の自己責任原則が突きつけられたということでもあります。

    それで話をnoteに戻しますと、将来、このサービスが終わる時はいつかは来ます。その時に慌てるよりは前もって備えておくべきなのでしょうけれど、noteも同様にエクスポート機能は存在していません。少し前に情報流出問題があった時に、Gmail宛に出力するウェブサービスを提供した方がいましたが、本来なら公式がやれよと言いたくなるところです。

    無料会員がそこまでのサービスを求めるべきではないかもしれませんが、それならそれで何か前もって自己防衛を考えておくしかありません。とはいえ、するとしたら自前でWordPressが入ったサーバを立ち上げて移行するしかないのですが。

  • パリサンジェルマンと対戦することになったガンバ大阪

    先日、パリサンジェルマン(PSG)の日本ツアーでの対戦相手が発表されました。王者の川崎フロンターレ、サポーターが多く大規模な専スタを持つ浦和レッズに加えて、我がガンバ大阪もその対戦相手になりました。

    https://www.gamba-osaka.net/news/index/no/13604/c/0/year/2022/month/05/

    Jリーグ勢が夏場に金儲けとプロモーションを兼ねて来日する欧州ビッグクラブとの試合はこれまで毎年ありましたが、ガンバがその対戦相手になることはありませんでした。

    そのため結構個人的には驚きというか、ガンバはそんな派手な花試合はしない物だと思い込んでいましたので、むしろなんで今回PSGと対戦する試合が組まれたのかと思いましたが、エムボマつながりなんですかね。PSGの中にいるみたいですから、その伝手なんでしょう。

    そういうことでしたらガンバとしてもクラブのレジェンドがフロントにいるPSGとの対戦というのは願ってもないことなのでしょう。多分、サポーターの中には、
    「そんなことをしている場合か、ミニキャンプでもしろ」
    とか、
    「今のガンバがPSGと戦ってもどうにもならない」
    とか思っちゃったりするかも知れません。ただ、既存のコアサポの意見だけを尊重しても、売上もファンも増えないのですよね。

    少し前にJリーグ各クラブの2021年度の経営収支が発表されました。

    https://aboutj.jleague.jp/corporate/wp-content/themes/j_corphttps://hrsgmb.com/wp-content/uploads/2026/04/pdf/club-r3kaiji_1_20220526.pdf

    https://aboutj.jleague.jp/corporate/wp-content/themes/j_corphttps://hrsgmb.com/wp-content/uploads/2026/04/pdf/club-r3kaiji_2_20220526.pdf

    ガンバは2021年度はその前年の好成績もあってか売上増となり、黒字決算となりました。しかし昨年は成績不振により賞金減もあります。スポンサー収入減もあるかも知れません。

    それを考えると、売上・利益を増やす施策は何でもやるべきで、今回のPSG日本ツアーでの試合開催も良いことです。

    新規客開拓はどれだけ儲かっていて順調な商売でも絶えず仕掛けないといけないものです。ましてやコロナ禍での3年目のシーズンとなったJリーグでは、どのクラブの営業も必死で頑張っているはずです。

    ガンバの営業努力の結果、この対PSG戦が実現したのならそれはそれで素晴らしいことです。

    あとはガンバのチームが、PSG目当てで見に来たサッカーファンを、ガンバサポーターにするくらいの試合をしてくれれば良いのです。まあ、今のガンバの状態だとそこが一番の難関なのですが。

  • 5月28日・29日福岡・佐賀サッカー観戦旅行記

    コロナ禍も徐々に恐怖から抜け出せる状況になってきましたが、先月の清水戦に続きサガン鳥栖とのアウェイゲームに臨むガンバ大阪を見るために遠征しました。せっかくなので、これまで来たことが無かった北九州の専スタも見てみたいと思い、前日から九州入りしました。さらに、時間帯的に何とか博多の森での福岡対浦和の試合も見に行くという、1泊2日で3試合観戦の強行軍を試みます。

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    まずは、安いJTBの企画切符で新大阪駅から小倉駅まで移動

    乗車区間:新大阪(新大阪(市内)) → 小倉(小 倉(市内))
     ひかり531号 新大阪(07:35発) → 小倉(09:54着) 普通

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    これで7800円ですのでありがたいものです。変更やキャンセルが効きませんが、確実に乗るならこれより安くて便利な移動手段を探すのも難しいでしょう。夜行バスくらいですけれど、移動の疲労度は段違いです。

    乗車率は結構高く岡山あたりからは9割ほど席が埋まっていました。方向も時間帯も異なりますが、4月10日にアウェイ清水戦を見に行った時に比べると、社会全体で移動や旅行への精神的ハードルは下がっているでしょう。

    小倉駅に10時前に着き、14時のキックオフまで小倉城にでもと思って移動中、小倉駅構内で早くも北九州のユニフォーム姿のサポーターとすれ違いました。駅の南にある商店街を通って小倉城到着。

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    天守閣に登ってみたら5階建ということで結構汗をかきました。内部にもデータが出ていましたが、天守閣の高さも全国的に高い方だそうです。

    眺望も楽しんだ後に再び小倉駅前へ。昼食は地下にある天ぷら定食専門店に興味を惹かれたので入ってみたらカウンターのみで面食らいましたが、待機列が出来るほど。とは言え回転は早く数分後には着席してすぐに料理も出てきました。特にキスの天ぷら、白身魚の天ぷらが美味しかったです。海老天付き天ぷら定食880円でした。

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    それから今日の一つの目的である、ギラヴァンツ北九州対Y.S.C.C.横浜の試合を見るために、ミクニワールドスタジアム北九州まで歩きます。食後の運動にもなりますが、そもそも大した距離もありません。新幹線(のぞみ号も含めて)が停まる駅からペデストリアンデッキでほぼ直通という立地は、ガンバサポーターとしては羨ましい限りです。

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    バックスタンド自由席は結構空いていたので最上段に座りました。せっかくですので海ポチャ期待しますが、関係者は大変ですよね。

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    横浜にはルマンの太陽と呼ばれた松井大輔がいます。いつ以来見るかなあ。横浜FC時代にガンバホームの試合で出ていたら見ていてもおかしくないのですが。

    さて、試合は前半開始直後の決定機を含め、ほぼ北九州のペースながらもフィニッシュの精度を欠き、逆に横浜にも何度かチャンスがある中で、終了間際のゴール前フリーキックでは、キッカーが直接狙い横浜のキーパーが見送るもポストにはじかれ、跳ね返りも押し込めずに前半終了。

    後半はもう少し五分五分の展開に近く、横浜がエリア内で失いそうなところで粘ってつないでシュートを決めて先制。北九州が決めるべき時に決められなかったツケが回ってきました。

    その後も攻勢を強めても決定機は作れず、0-1でアウェイチームの勝利となりました。北九州は全体的に攻めていたのに

    急いでスタジアムを出て小倉駅まで歩き、新幹線で博多駅に向かいます。博多からは地下鉄で福岡空港、次いでシャトルバスに乗り込んで、いざベスト電器スタジアムへ。

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    博多の森は2006年の第32節、福岡対ガンバの試合を見にきたことがあります。あの時はアウェイゴール裏でしたが、今回はバックスタンド、しかも上方の指定席のチケットを購入しています。

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    流石に北九州のスタジアムから1時間で間に合うのは難しく、着席時点で試合開始後10分近くになっていましたがなんとか試合の大半は観戦できます。

    ゴールが遠い、勝利も遠い浦和の現況ですが、サッカーの内容自体は悪いとは思いません。福岡の4−4−2の3ラインの間に入った前線の選手にスパスパ縦パスを通します。そこからサイドに展開したり中央突破を試みますが、決定機での本当に最後のプレーの精度だけが悪いように見えます。対する福岡も縦パスを入れられるも、エリア内での守備ではしっかり弾き返し、守備の破綻もしていません。

    そうなるとどうなるか。結論を言うとスコアレスドローでした。浦和は福岡のチェックが厳しくなるとすっ飛ばしてロングボールの回数も増やし、攻めのパターンも多彩で、本当に最後だけだと思いますので、ユンカーが元気になるか前線に補強するかすれば勝ち点は稼げると思うのですが。

    福岡は楔のパスを入れられていた前半、途中から守備を整えて浦和のパス回しを防いだように、守備には確固たるものがあります。そりゃあ0−0になるよな、と言う組み合わせの試合でした。

    試合後はシャトルバスに乗って空港から地下鉄経由で博多駅前のホテルに泊まりました。投宿したホテルでは、赤い旗を持った浦和サポーターさんもいました。

    翌日、数日前の天気予報では日曜が大雨だったはずですが、実際は朝から快晴。17時キックオフの鳥栖対ガンバの試合まで、ぶらぶら観光します。

    博多バスターミナルから福岡タワーに行ってみます。博多バスターミナルではPayPayドーム行き臨時バスが出ていて、どうやら広島カープとの試合なんですね。JTBの企画切符に付いている福岡タワー無料入場券を使います。

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    福岡タワーの展望台から。

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    タワーから出て海に。ガンバのアウェイユニフォーム姿のサポーターも見かけました。

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    歩いて福岡市博物館に。ここでは有名な漢委奴国王印が展示されています。常設展の最初にあったので驚きました。

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    同時に特別展として、エジプト展がやっていましたが、二月に神戸で見たものなのでここでは華麗にスルー。

    再び博多駅まで戻り、博多バスターミナル地下一階の牧うどんを友人に勧められたのでここで昼食。ぶらぶら博多駅で時間を潰しつつ、JRで鳥栖に向かいます。

    鳥栖駅からも大きく見えるほど近い、駅前不動産スタジアムに到着。最寄り駅に近いスタジアムはやっぱり羨ましいですね。

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    アウェイ側ゴール裏のゲートにはこんな歓迎の横断幕が。誰かを罵る横断幕よりも、こういうものの方が作っていても楽しいですよね。

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    バックスタンド2階席最前列ですと金網越しの観戦となります。チケット買うときには今後は気をつけることにします。

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    朝は晴れていた空模様も、試合が始まる頃には曇り空となり、試合中になんどかポツポツと雨粒が感じられる程度には悪くなってきました。

    始まった試合では、なかなかガンバ大阪にとって厳しい展開が待っていました。

    特に相手の攻撃を弾く役回りがクォンに集中というか、そこまでの途中のフィルターが機能していないのか上手く行かず、クォンへの負担が掛かりすぎに見えました。そのクォンが倒れても流されるとあっという間にピンチになり、それが続いたところで失点。

    その後、5バック気味となりましたが、代わりに藤春や三浦が鳥栖の前線が下がって受けるのに付いていくようになり、少し落ち着きました。

    鳥栖のラインが高いため、スペースに出してパトリックを走らせる攻撃もあり、これで宇佐美がフィニッシュすれば2014年の再来ですが、残念ながらそこまでのフィニッシャーがいません。

    後半はメンバー交代無しで始まりましたが、ガンバが一気に攻勢をかけます。開始直後に何度か決定機があるも決められませんでしたが、綺麗に右サイドを崩して齊藤未月が上げたクロスを、前節同様に山見が頭で叩き込み、遂に同点に追い付きました。やはり彼は「青の希望」です。

    しかし88分、自陣で与えたファウルからの鳥栖のフリーキックから失点してしまいます。

    その後、ペレイラを入れて三浦も上げてパワープレーに出ますが、一度もチャンスを作れずに試合終了。

    最後の失点のシーンでは、勝ちに行くなら早くペレイラ、シウバを出すべきで、引き分けでもいいのなら、齊藤未月や小野瀬を下げて奥野や石毛を入れるべきだったのではないか、と悔やんでしまいます。

    宇佐美が長期離脱の中、ガンバの前線の中心に躍り出た中村仁郎もトゥーロン国際に出るアンダー代表に行ってしまった今のガンバには、二の矢三の矢が足りません。

    次節の横浜F・マリノス戦までは日が空きますが、その間に天皇杯のFC岐阜戦が控えています。かつて明神が、ガンバは元日まで試合をしないといけないクラブ、と言った栄光は昔のものとなり、近年は天皇杯は早期敗退が当たり前になっています。

    「順当に」カテゴリーの差のまま、勝つことを祈りつつ、帰りの新幹線で帰阪しました。

    往路と同じくJTBの企画切符、今回は博多〜新大阪間のものを購入。1000円プラスでグリーン車にして9800円でした。混雑具合としてはグリーン車もほぼ満員でした。多分、皆さん同じような企画切符での利用なんでしょうけれど、さすがはグリーン車と言うべきか、結構静かでした。

    一泊二日で3試合観戦して観光も詰め込んだ旅行でしたが、ガンバの結果だけが残念な旅行となってしまいました。まあ、それでもまたアウェイ観戦旅行に行きますけどね。

  • ミニマリストと程度の問題

    ミニマリストの流行は既に終わったと思われます。これからはトレンドではなく日常に溶け込む形で、ミニマリストやシンプリストっぽいことをする人もいればしない人もいる、という程度になるでしょう。

    ただ、とにかくモノを減らすことがミニマリストだという風潮には違和感を覚えてしまいます。元々のミニマリストの定義としては、厳選したモノだけを所有・利用することで、思考の妨げるモノを無くして生きやすくすることだったはずです。

    あくまで厳選であって、ゼロにすることではないのですが、修行中の禅僧並みにモノを減らしている人は単純に凄いというか何と言うか、何の修行をしているんだろうと思ってしまいます。

    モノを減らすことで思考にかける脳内のリソースを減らすという理屈は、個人的には結構分かりやすいです。

    よくあるのが所有する衣服の種類を減らして、常に同じセットの服を着るようにすることで、毎日の服選びに悩む時間や思考を節約し、より他の生産的な行動に生かすことが出来る、というやり方です。

    よく持ち上げられるのが、スティーブジョブズがイッセイミヤケのタートルネックシャツを愛用して、いつでもそれを着ることで衣服選びに頭を使わずに、プロダクトに集中していたと言われます。しかし、その服は数着しか持っていないのでもなく、最初に何十着もオーダーして、その後も毎年のように購入していたそうですので、決して「モノの数」そのものを減らしていたわけではありません。

    思考を妨げないためにモノを減らすのであって、モノそのものを減らすことに執着してしまうと、手段が目的になってしまうことになります。禅僧並みとは言いましたが、モノを減らす(あるいは断捨離)に執着するなら、それは結局は思考を妨げられてしまっていると言えます。

    モノを厳選して思考を妨げられず、自分のやる気を高められるような状態であれば、それはミニマリストと言えるでしょう。それこそ、大量の衣服を所有していても、その服選びでやる気が高まり、インスピレーションも溢れ、仕事にも生かせるのであれば、矛盾するようですがミニマリスト的生き方のはずです。

    自分が選ぶことに労力も思考リソースも消費してしまうモノを、種類や数を減らして毎日考えずに生きることがミニマリスト的生き方です。例に挙げた服選びだけではなくて、生きることは選択の連続です。食事することに全く喜びや楽しみを覚えない人にしてみたら、完全食とされるバーやレーションなどだけの味気ない食事であっても十分でしょう。

    その一方で、今日は何を食べようか、アレを食べに行こうか、と考えることでやる気がみなぎり、1日を充実して過ごすことが出来るのなら、完全食レーションを食べるのは拷問に近い苦行でしょう。

    とはいえ、なんでもかんでも抱え込んで、モノが家や部屋に溢れるようになると、日々の暮らしにおいて思考が選択に妨げられてパフォーマンスが落ちることになります。

    最終的には「程度の問題」でありますが、大切なジャンル以外はモノを減らせば、たいていは上手く行くのではないでしょうか。

  • 読書の強制や紙の本の良さの押し付けよりも大切なこと

    コロナ禍の巣ごもり生活が耐えられない人はもちろん多いでしょうけれど、読書好きの人にとってはむしろ読む時間が増える!と思って積ん読を消化している人もいるのでしょう。私もそれに近いですが、消化する以上に購入しているので減りません。

    それはともかく、読書習慣がある人が減ったというニュースは何十年も前からありますが、擦られすぎてもはや誰も何も思わないレベルかも知れません。出版業界や書店業界の人にとっては死活問題でしょうけれど、社会や情勢の変化によって死活問題になっている業界は山ほどあるので、多分大半の人は気にしません。

    私は自宅でも通勤移動時でもKindleでの読書習慣があるので、おそらく世間一般の平均よりは読書量・読書時間は多いでしょう。確かに、駅や電車内で読書しているっぽい人は、昔よりも減ったとは思います。

    その対策として、業界の人たちや読書好きの一般人が、読書は良いぞ、本を読もう、読むべき、読まないのはおかしい、と強迫観念を植え付けるような強制的なスローガンを掲げ始めると、逆効果になります。誰だって強制されたことは嫌がります。物理的に体を縛られて本を読ませられるわけではないにしても、読書・本の良さばかり訴えかけられても、無意識的に拒否してもおかしくはありません。

    読書強制の最たるものは、学校での読書感想文でしょう。あれで読書が嫌になった人も多いのではないかと推測します。私自身を省みれば、読書は好きだったものの読書感想文を強制されるのは嫌でした。いつも適当なことを適当に書いてお茶を濁していた程度だったと思います。

    読書感想文コンテストなどで賞されるような文章はいずれも優れていて、
    「読書感想文はこんなにも素晴らしいものだ!」
    のだと、学校関係者や出版業界の人が声を大にしていいたいかも知れませんが、ああいうのはほんのわずかの上澄みであって、大半の人は嫌々やる課題です。

    個人的には読書感想文という学校の課題は、少数の読書好きと、多数の読書嫌いを生んでいる気がします。実際は、多分読書感想文があろうとなかろうと、読書習慣を持つ人の比率はそんなに変わらないとは思いますが、少なくとも本に対する幻想を本好きの人や出版業界の人は捨てるべきではないでしょうか。

    読書したい人が好き勝手に読めば良いと思うのですが、課題図書の中から選びなさいとかむしろ嫌がらせでしょう。もちろんその課題図書に選ばれている本はほとんど全て非常に優れた良い本だと思います。しかし世の中にはそれ以外にも膨大な数の本があり、良し悪しの選別をすること自体が読書経験になるはずです。

    そもそも作文である必要もないでしょう。本を読んで感じたことをイラストやマンガにしても良いはずです。音楽や歌でも良いでしょう。「走れメロス」を読んで走ったって良いじゃないですか。

    本当に読書好き、本好きを作り出したいなら、読書感想文として個人の内面を書かせるのではなく、自分が読んで良かったと思う本のプレゼンテーションをさせたら面白いのではないでしょうか。そのプレゼンも文章のみに絞る必要もありません。少なくとも、マスメディアや書店で「この本はすごい!」という煽り文句よりは説得力を感じるはずです。

    あと、常に思っていることですが業界の人たちは紙の本への異常なこだわりを早く捨てた方が良いです。書店や物流、印刷に関わる人にとっては紙の本がなければ商売あがったりだとは思いますが、業界全体が沈没するか、業界の一部が沈没するかの瀬戸際です。

    読書によって得られるモノはたくさんあります。ただ、それは紙の本だけに限ったことでもありません。電子書籍でも、Audibleなどの読み上げ音声での読書でも同じことです。目が良くない人は文字を大きく出来る電子書籍の方が便利ですし、視覚障がいを持っている人ならAudibleは重宝するでしょう。困難を克服するテクノロジーによる読書を認めないのは、出版・書籍業界にとっては自殺行為同然です。

    本嫌い・読書嫌いの人が減るようなアイデアや施策が普及して欲しいものです。

  • 事件や不祥事がもたらす社会的コスト

    知床の沈没事故は引き上げ作業も行われ、一度落としてしまいましたが、それでも新たな展開を迎えました。この引き上げ作業や、行方不明者の捜索に多額の費用がかかったことに対して、運営会社やその経営者に対して費用負担を求める声は多いです。なんで税金で負担しなきゃいけないんだ、という思いは納税者としては確かにそれは全くもってその通りで、経営者の資産が一円も減らずにのうのうと寿命を全うされるとしたら憤懣も甚だしくなって当然です。

    とはいえ、現行法で出来ることと出来ないことがあるのも当然であって、当人が厚顔無恥を全うして拒否し続けたら、行政なりなんなりが強制力を発揮するにも法の限界があります。国家や政府が国民の財産を処分するには、厳しい法的制限が設けられています。というか自由に処分できないのが当たり前です。

    全ての費用を個人資産(あるいは法人の資産)から拠出できなければ、残りは税金から賄われることになります。それはやむを得ないことです。そうなると今度は、多額の費用をかけてまで捜索や引き上げをしなくてもいいのではないか、とか、もっと進んで酷い意見になると、そんな怪しい会社の船に乗った人が悪いとか、間違った自己責任論が出てきます。

    その社会が何を重視しているか、という証明にもなりますが、少なくとも現代日本社会においては、事故に遭った人の家族にとってはその人の身体が戻ってくるのは重要です。また、船体を引き上げて事故原因や経緯を究明することは、今後二度とこのようなことを起こさないための法律や環境整備に役立ちます。結局のところ、税金を投入する理屈としては、社会を維持していくためのコストであるからです。

    阿武町の誤送金問題についても、その金額の大半は町が確保出来たと発表していますが、残りの差額分や弁護士費用等については、被疑者が弁済できなければ税金で負担することになります。これについても、日本が法治国家である以上は、当人に鉄枷を付けて重労働させたり、臓器を売って負担させたりすることなど出来ません。

    町側の責任も色々問われていますが、それは確かにそうです。ミスをした個人よりは管理職や町全体の責任を追及する声もありますが、そもそも人的資源が少ない過疎地域の自治体では出来ることと出来ないことがあるでしょう。このコストは、行政における業務手続きや承認プロセスの効率化や簡略化を至急行え、という動機付けの費用ということになります。

    加害者あるいは被害者のための税金からの支出は、無関係な人にとっては疑問に思うこともあるかもしれませんが、今自分が住んでいる社会や仕組みを維持していくために必要な負担です。法的な加害者が負担すべき法的制限はあって当然で、それが無ければ無法国家でしょう。腹立たしい気持ちは分からなくもないですが。

  • 暴力において正義と悪は区別が付かない

    秀岳館高校の問題は、あると言えば多くの学校でもあることなのだと思ってしまいます。もちろん、昔よりは部活での体罰・暴力は減っているとは思いますが、令和の時代でもまだまだ残っていることは残念です。

    生徒達が体罰を拒否していないからという理由も、体罰をする側がよく使う言い訳です。指導のためにやむを得ないとか、悪いことをした(ミスをした)相手が認めているから涙を流しながら暴力を振るっているのだ、と言います。

    しかし、指導する側とされる側で明確に立場が異なり、上下関係が存在する中で、「相手が体罰を振るわれることを認めている」という理屈がどれほど信用できるのか、という問題が出てきます。指導者側としての立場によって、暴力容認を強要しているのではないか、という疑念は尽きません。

    法律的なことを言えば、暴行・暴力は親告罪ではありません。相手が許していてもダメなものはダメです。

    DV、家庭内暴力でも似た図式があります。暴力を振るう側を、振るわれた側がかばいます。依存、あるいは共依存関係にあると、その点においては正常な判断が出来ません。「自分が悪いから暴力を受けるのだ」という、自分への加害行為を被害者側が正当化してしまいます。

    体罰だろうと暴力だろうと、アカンことはアカンのです。

    さらに恐ろしいのは、保護者側が部活指導者に対して、我が子への体罰を容認する向きがあることですが、これは今回の事件だけではなくて日本中の部活においても同じことでしょう。もちろん大半の保護者は認めないでしょうけれど、部活だろうと何だろうと保護者が体罰を容認したら子どもは逃げる場所が無くなりますよね。

    「自分が正しくて相手が間違っているから暴力を行う」ことが正しいかどうか、というのは古今東西、未来永劫、人類が抱える問題なのだと思います。

    内情はどうあれ、表向きはロシア軍によるウクライナ侵攻は、「間違っているウクライナを正しいロシアが咎める」という理屈を建前にしています。

    SNSでの誹謗中傷も、
    「相手が間違っているから悪を指摘しているだけで自分は正しい」
    という自己正当化の下に書き込まれます。

    国家権力は暴力装置によって維持されますが、その行使には厳しい法的制限が存在します。だからこそ国民がそれに従っているのですが、その行使が無法状態になれば革命の芽が出てきます。

    正しい暴力と悪い暴力には本質的に違いが無く、区別することは根源的には不可能です。正しい暴力も悪い暴力も、行使する側は正しさの下に実行します。そのため、正否の判断は法律に基づいて行われているかどうかしか出来ません。法的根拠があるかどうか、あるいは法的制限を逸脱しているかしていないかということで判断します。

    国内法によって立つ政府を維持するための暴力装置を国内法で根拠を与えるのは自家撞着にも思えますが、最大多数の最大幸福を求めればそうせざるを得ないのでしょう。

    問題は、原則的に自力救済の関係にある国際社会においてです。国際間の暴力装置は本来、国連軍が担うはずですがそんなもまあ、アメリカがやったようなことをロシアがやってはいけないのはなぜか、という理屈があるのは認めますし、「領土拡張の意図があるかないか」だけでアメリカの武力行使を認めてロシアのそれを悪と決めつけるのも難しいですが、ウクライナにしてみたらどうしたって対抗するしかありません。

    ウクライナが抗戦するのを否定する人って、根本的には体罰容認派なんでしょうね。

  • 2022年5月25日JリーグDAZN観戦の感想

    試合開始当日昼に、TweetDeckで流れてきたガンバ大阪公式のTweetに驚きました。広島の選手・スタッフの新型コロナ陽性判定により、試合開催可否の検討をしているという内容でした。

    https://www.gamba-osaka.net/news/index/no/13601/

    早めに家を出なくて良かったと思いましたが、どうなるか分からないのでそのままTwitterを流しつつ、ガンバと広島の公式HPも頻繁にチェックし続けていると、16時前には、ガンバ大阪、サンフレッチェ広島双方の公式サイトにて試合中止の案内が掲載されました。

    https://www.gamba-osaka.net/news/index/c/0/no/13602/

    https://www.sanfrecce.co.jp/news/other/7413?ref=top_news_all_1

    残念ではありますが、今は結局こういうことが起こり得るのですよね。早く収まって欲しいものですが、平日に休みを取って、場合によっては二日間の有給休暇を使用して大阪まで来ている広島のサポーターの人たちには非常に同情します。一部の方は長居でのセレッソ対浦和の試合を見に行っているようですが、図らずも空いた時間での大阪旅行を少しでも楽しんでもらえたらと思います。

    さて、自宅でDAZNによるJリーグ観戦を決め込んだガンバサポーターは、他会場の試合を気楽な立場で見ることになりますが、DAZNでの2試合同時視聴と、テレビでの鹿島対鳥栖の試合をパソコン・iPad・iPhoneで観戦を楽しみます。iOSでのtorne mobileは画質が悪いので、iPhoneで見た方がまだマシです。

    DAZNでの2試合は、元ガンバの選手、レンタル中の選手がいる試合を見ようと思い悩んで神戸対磐田、群馬対熊本をチョイス。

    試合始まってから思い出しましたが、ガンバの次の対戦相手はサガン鳥栖ですので、鳥栖のサッカーをちゃんと大画面で見るべきだったか。

    神戸の方はイニエスタがミッドウィークでも先発ですね。連戦はフィジカル的に厳しいはずですが、それ以上にチーム状況が厳しいですし、早い時間で先制してイニエスタを早めに休ませたいところでしょう。

    そして鳥栖が31分にCKから先制、さらに追加点。後半立ち上がりにも3点目と鳥栖が鹿島をフルボッコです。

    群馬対熊本はアウェイの熊本が後半早々に追加点で0−2とリード。群馬には内田達也・高木彰人がいるのでひいき目に見ていますが、厳しくなってきました。

    鹿島は1点とって1−3と追いすがります。ガンバでは怪我で苦しんだ小野が鳥栖の前線に出てきました。

    神戸対磐田ではイニエスタから何度もチャンスが作られますが、武藤が97年11月16日ジョホールバルでの岡野みたいになってますね。

    イニエスタがいても最下位の神戸は、ワシントンがいても降格した2005年のヴェルディ、遠藤今野の現役代表がいても降格した2012年のガンバを思い起こさせます。まだ降格するかどうか分かりませんけど。

    そして熊本も3点目。今年の熊本は昇格プレーオフも充分あり得る位置にいるんですね。もし昇格して、ガンバもちゃんと残留できれば来年は熊本旅行も考えます。

    鹿島は2点目を取ってこれで2−3。上田綺世は早く欧州移籍して欲しい。鹿島以外のサポ共通の願いでしょう。

    イニエスタとヤットが味方に好パスを供給し続け、そして決まらない神戸対磐田戦に夢中になっている間に、群馬対熊本ではホームチームが1点返していました。高木彰人も出てきたので頑張ってほしい。

    そうこうしてたらアディショナルタイムに鹿島が土居のゴールで遂に同点。よく追いつくなあ。

    群馬対熊本はこちらもアディショナルタイムに群馬が2点目を取って2−3にするも試合終了。

    と思っていたら鹿島が4点目を取って奇跡的な逆転劇。なんというかすごい。まさにBS劇場となってしまったなあ、と感嘆していたら、最後の最後で鳥栖がCKから決めて4−4。なんやこれ。この試合を見てた人は勝ち組。両チームのサポは悔しいでしょうけれど。

    神戸対磐田戦で試合後にイニエスタとヤットが話していたけれど、この2人が試合後に一緒に飲みに行ったら意気投合するんじゃないですかね。

    さらに時間差で開始されていた名古屋対福岡、甲府対徳島にDAZNを移動させます。甲府はGKの河田、徳島では佐藤、一美が元ガンバですね。

    1点リードされていた福岡が89分に追いついたかと思いきやオフサイドでノーゴール。そしてそのまま名古屋が勝利。甲府対徳島は最後に甲府が退場者を出しつつも1−1で引き分けと、私が見始めてからはスコアが動きませんでした。

    さて、今節はガンバ戦が中止になってしまいましたが、やっぱりサッカーを見るのは楽しいものです。贔屓のチームが負けると悔しいし残念なのは誰でも同じでしょうけれど、スポーツは観るのもするのも楽しむためです。最近のJリーグは色々ありましたが、やはりこの大原則は忘れたくありません。

  • 大阪ダービーの惨敗と騒動

    土曜に行われたアウェイでの大阪ダービーは、ガンバが先制しながらも後半に逆転され3−1での敗戦を喫し、さらに試合中に昌子とペレイラが口論した上に、ゴール裏の観客(あえてサポーターとは呼びません)が試合結果や内容に憤激して危険・威嚇・侮辱・試合運営妨害行為を行うという、悪いところを煮詰めて結晶化したような悲惨な結末となりました。

    私自身は試合を見に行けず、テレビ観戦も出来ませんでしたので実際に観戦していた人たちの落胆と失望はいかほどであったかと同情します。多分、実際に長居まで行っていたら帰り道は呆然としていたはずです。

    誇りをかけた大阪ダービーでの完敗については、試合中に揉めた2人、逆転負けした選手達、そしてもちろん片野坂監督の責任は重大です。ここから立て直せるのか、いつセレッソに勝てるようになるのか、本当に今のやり方が正しいのか。いくらでも逡巡と焦慮が湧いて出てきます。

    しかし、試合にどんなに幻滅しようとも、それとこれとは話が別で、試合中だろうと試合前だろうと試合後だろうと、暴力・暴言の形で憤懣を表に出して他人に危害を加え、応援するはずのチームに悪影響を及ぼす行為は許されるわけではありません。

    かつてのサポーターミーティングで、当時の金森喜久男社長が、欧州視察した際に現地のクラブ首脳から、
    「サッカーは苦痛をファンに売るスポーツだ」
    と言われたと述べていました。まさにそれは同感で、サッカーを見ること、応援することというのは、1から10まで楽しいことなどないものです。

    好きな選手が点を取って勝って欲しいと思いつつ、負けたらどうしようと妄想しながらスタジアムに着き、試合が始まれば自チームのパスがつながらず、こぼれ球を奪われることに「ちゃんとしろ!」と怒り、得点したらケロッと忘れて大喜びし、失点したら落胆し、審判のジャッジに不公平だと不満を感じ、結果として負けたら白目をむいて席でうなだれ、疲れた体を頑張って動かして帰宅します。そしてまた次の試合では勝ってくれると思ってスタジアムに向かいます。

    サポーターなんてたいていこんなものです。あくまで憤激は自分の中に収めなければ、現実社会で生きていくことは出来ません。

    応援の迫力が無くなってしまう、とか、あの試合の顛末では暴れる気持ちも分かる、という擁護意見も見受けられますが、何度も書きますが「それとこれとは話が別」なのです。絶対にしてはいけないことをしたら、敗戦どうこうというレベルではなく処分が下されるのは当然です。

    長谷川監督最終年から、というよりもセレッソがユンジョンファンを監督にしてから、双方が監督を交代させつつもずっとガンバは大阪ダービーにおいて劣勢です。今回の敗戦だけで暴れたわけでもないのでしょうけれど、暴れた時点でサポーターではなくなりました。

    ガンバ大阪からも処分が下されましたが、当然のないようだと思います。

    https://www.gamba-osaka.net/news/index/no/13600/

    かつてガンバはナチスドイツを想起させるフラッグを掲げたゴール裏グループによって、掲出物を一時的に全面禁止という処分を下さざるを得ませんでした。当該グループも解散したはずですが、またゴール裏から問題が起きてしまいました。それ以前にも色々ありましたし(セパハン応援横断幕とか、川口水かけ事件とか、埼スタ騒動とか)、何のために応援しているのか、ということを考えなければ、いずれまた数年後に何らかの形で発生するでしょうね。

  • 音楽が身近でなくなりつつある時代

    YouTubeではかつての著作権侵害まみれだった反動というか自戒というか、音楽を意識的でも無意識的でもうかつに使用すると著作権侵害とされて動画が削除されたり、収益化が解除されたりします。

    例え街中を撮影している動画でも、どこかから流れてきた音楽が入っていたら上記のような規制がかけられることがあります。

    意識的に著作権侵害を犯している動画は削除されても仕方ないとは思いますが、その音楽を聴かせる目的ではない内容の動画であれば、ある程度は大目に見てもいいんじゃないかと思うのですが、難しいのでしょうか。

    YouTubeの動画でBGMとして使用される音楽は大半がYouTube オーディオライブラリに用意されているものです。YouTube(Google)が著作権使用料無料として用意している曲ですから、動画削除や収益化無効になる恐れなく利用出来ます。

    世の中には著作権フリーの曲を揃えているウェブサイトもたくさんありますが、そこから持ってきても、「間違って」著作権侵害の申立をされたり、運営側に誤認されたりしたらダメージが大きすぎます。

    かくて、素人も玄人もYouTubeに存在する曲を使うことが多くなり、音楽に関する多様性が欠けた動画が生まれます。

    もちろん動画そのものは多種多様で質も量もピンキリですが、BGMが動画と全く関係なく存在しているのなら、そもそも音楽は不要でしょう。

    極端な物言いになってしまいましたが、著作権を保護する仕組みが、動画の制作者も視聴者も音楽的多様性から遠ざかる原因となるのです。

    ある程度の時間までなら著作権侵害扱いにしないとか、あるいは音質を自動的に悪くするとかして、これまでよりも限定的に緩くしないと、音楽そのものから人々が離れかねないという不安は誰も持たないのでしょうか?

    今は歌手もバンドもアイドルも新曲をYouTubeで公開する時代ですが、著作権者しかその曲を使用出来ないため、新しい曲に出会うには新しい曲を聴こうと意識的に行動する必要があります。

    テレビ番組では様々な曲がBGMや効果音やブリッジで使われるので、知らない曲が気になって調べてその曲を作った人や歌っている人のファンになる、という、
    「ふとしたときに聞いた曲」
    という出会いがあり得ます。

    YouTubeやその他の配信サービスでも、そのアカウントの利用者が良く見る・聞くタイプの動画や音楽をレコメンドして勧めてくるのは大変便利ですが、普段聞かないタイプの曲、見ないタイプの動画は勧められません。

    自分が聞かないジャンルの音楽との、思いがけない出会いは、多分テレビ番組の方が多いでしょう。ただ、今の人はテレビを積極的には見ません。オンデマンド配信サービスで見ることはありますが、著作権が厳しい曲はその際に削られたり差し替えられたりしてしまいます。

    曲の権利を保護するのは当然なのですが、音楽は人々にとって身近な存在でしょうか?

    高品質なハイレゾストリーミング配信は一般的になりましたが、良い曲を良い音で聴くことは既に音楽好きな人への施策であって、音楽ファンを増やすことにはならない気がします。

    そもそも今の年配の歌手、ミュージシャン、バンドマンには、子どもの頃に音質の悪いラジオのエアチェックやテレビの歌番組でテレビサイズの短い曲をワクワクしながら聴いて、それをカセットテープに録音していた人も多いでしょう。

    短くても、音質が高くなくても音楽に触れることが出来れば音楽ファンは増えるはずで、今の厳しい著作権管理はその逆の道を歩んでいるように思えてなりません。

  • これからの10年とGAFAM

    AppleがM1チップやその派生チップ(SoC)を自社ハードウェアに広く展開し始めました。Macだけでなく、iPad ProついでiPad Airにも搭載し、また最高性能を謳うMac  studioをリリースして自社SoCの性能をアピールしていますが、もっともリーズナブルなMacはともかく、 M1搭載iPadや先日のMac  studioではチップの性能をOSが100%は引き出せていないようです。

    せっかく鳴り物入りで販売しておいてそれはないんじゃないの、と言いたいところですが、結局はAppleという企業が本質的にはハードウェア販売の会社であり、ソフトウェア側が社内的にも追いついていないのかも知れません。

    逆にMicrosoftはWindows11にWindows365を統合させる方向に動いています。完全クラウドベースのWindows365は、一般消費者が広く使う製品ではありませんが、5Gの爆発的な普及や、さらにその次の6Gモバイル通信網の展開によっては、Windowsはクラウド経由で使うもの、という常識が成立するかも知れません。Appleとはことなり、根本的にはMicrosoftはソフトウェアの会社です。WindowsもOfficeも単体パッケージ販売はごくわずかになりましたが、そのブランド力と普及度を考えると、両者を最大限に生かしつつ、法人向けのAzureと三本の矢で戦っていくのは容易に想像できます。

    Googleは無償のG Suiteを有料に変更することになりました。無料サービスが有料になるのはIT特にネット業界では珍しくないことですが、今回は結構な波紋や批判が上がっていましたね。ともかく、Googleはネット上で稼ぐしかない企業ですが、サービスや名称、その形態が比較的コロコロ変わりやすいのが、ユーザーとしては長期間の使用に耐えうるか判断しづらいところです。広告データの利用に対して個人情報保護の観点から厳しい制約が課されたり、Appleが追跡をシャットアウトしたり、広告費を稼ぐ手段が限られてきた今、個人向けサービスでも有料化の動きは強まるかも知れません。

    Facebook改めmetaは、あくまでSNSの会社なのでしょう。仮想現実空間も人同士のつながりがないと成り立ちません。ハードウェアはあくまで同社のサービスのために販売しています。この点はGoogleに近いですが、より、法人より個人の利用で稼ぐ(法人からの広告費を含めて)方向にしか多分、動けないでしょうし、他の業態は結構難しい気がします。

    残るGAFAMはAmazonですが、創業者のジェフベゾスが離れた後、Microsoftや Apple、Googleのように継続的に発展させることができるかが一番の難所です。ウェブショップとAWSの2本柱が巨大化した源泉でしたが、Amazon  Primeを題する動画、音楽などのデジタルコンテンツとの相乗効果を消費者が認めてくれるかが鍵になりそうです。個人的には、大きなストリーミングサービスを買収しそうな予感を勝手に個人的に持っているのですが。

    この10年はこの5社が良くも悪くも中心的にウェブを動かしてきましたが、ここからの10年もそうなるのか、割って入る企業、あるいは弾き出されるGAFAMが出てくるのか。

    少し前なら、中国のBAT(百度、アリババ、テンセント)やTikTokが入る予想が当たり前でしたが、今の米中対立や習近平政権の取り締まりにより見込みは無くなったといっていいでしょう。

    RISC-Vのオープンソースチップと、オープンソースOSやクラウドサービスを組み合わせて、まるっきり思いもよらぬ製品を作り出して普及させるとんでもない企業でもいれば、GAFAMに割り込むどころか抜き去り過去のものにしかねないとは思うのですが。